泡沫の行方
すっきりした気持ちは戸惑うというのよりかはある程度晴れやかであるとしかいえない。捜査一課はいつもどおりあわただしさがにじみ出ていた。席に着くころには小寺が律儀にコーヒーを置いていた。
「ありがとう。」
「いえ、それより泡沫について調べてみたんです。」
家庭教師をしていたとされる泡沫は名も挙がってきていないの上に捜索願も出てきていないのだというのだ。市橋は小難しそうに首をかしげているだけである。渡辺はソファを独占して資料を見ていた。
「どこの会社の家庭教師か名前が挙がればわかります。」
「小寺、名前は挙がっているだろう。仲のよかった隣の人が言ってました。東西大学の江藤望だとか。」
「あの有名な大学の学生だったらかなりだったんじゃないんですか。期待も高かったと思います。」
学生がしていたのだ。小遣い稼ぎのうちだったのだろう。口を挟んできた市橋が言うように期待が大きかったのは確かだろう。
「それで今日、東西大学に行ってみようという話になっていたんです。班長はどうするんですか?」
「俺は斉藤達郎に会いに行こうと思ってな。孫の年齢も確か一致してもおかしくないし、偽名を使っていたっておかしくない。駄作だって言っても本は売れている。そう考えるとな。」
小寺は相槌を打ち、渡辺はあくびを1つしていた。重い腰を上げるかのように立ち上がりいなくなった。古木はホワイトボードに東西大学、江藤望と達筆な字で書いていた。しるしをつけているようだ。
「さっき、斉藤達郎に会いに行くって言ってましたけど、アポはキチンと取ったんですか?」
「いらないよ。前にも話したろ。親父の手伝いとかやっていったりしたから知られているし仮の居場所を突き止めたって苦労するだけだよ。斉藤は完璧主義なんだよ。邪魔はいらないってな。それを確認するのにアポなんざいらない。」
有名な作家は別の場所で書いていることが多いというのは本当なのだろう。手書き派だったり今はパソコンが多いのだろうかと空想を練るしかない。隣の水沢はしきりにうなずいていた。
「古木、それじゃあ斉藤ってとこに行くんだったらサインをもらってきてよ。」
「わかった、お前だけは特別だよ。何の作品に書いてもらいたい?」
「『炎の館』かな。映画化とドラマ化を同時にするらしいからな。舞台も近いうちにするってサイトに書いてあったしうれしいことはないよ。」
水沢はねだる子供を見ているほどの目の輝きを持っていた。炎の館は賞を取っていた。トロフィーを受け取った斉藤のすがすがしいくらいの誇らしさが見ていてあこがれた。なれることのない入ることのない世界を見せ付けられたと思ったほど・・・。