転機
捜査一課にはある種有名な班があった。そこに行くことになったら出世できると噂になっているが、行ったことのない人間の噂なので信用には向かないと思っている。配属で行くことになったのは心底うれしいはずなのだが、笑顔を見せないことで上司に怒られた。初めての刑事としていく場所だというのに一抹の不安を抱えながら見下げるようなビルを市橋は見つめた。警察に入ったのは刑事になりたいわけでもなく制服警官で終わりたかった。狭い範囲だろうがそのほうが近くに感じることができて相談してくれるのではないかと思っていたがこんなところで転機が訪れるとは思ってもなかった。
警視庁に入るとそわそわが止まらない。班といってもどんなつわものがいるのか知ったことではないからだ。大きな段ボールを抱えて捜査一課のドアを開けた。配属の班を探す作業から始まる。近くにいたいかにも誠実そうなスーツの着こなしの男性に声をかけた。
「古木班は何処ですか?」
「新入りか。同じ班だから一緒に行こう。一番奥にある本を読んでいる人のところだよ。」
丁寧なうえに同じ班であるということにうれしかった。グループごとにまとめているが会議になれば何処が扱うかになるのだろうか。未知の世界へ入らされたと思った。
「班長、新入りだそうです。名前は?」
「市橋勝弘です。よろしくお願いします。」
段ボールを抱えたまま、深々と頭を下げた。班長と呼ばれた男は読んでいた本を机に置いて市橋に向かい合う形で立った。
「此処で班長をしている古木詩郎だ。君の席は決まっている。何も置いてないのが場所だ。けど、関係ないよな。」
彼は場を和ますために笑ったのだろう。案内をしてくれた人も同じように笑っている。あまりにもぎすぎすしていないことに驚きを隠せなかった。
「紹介するの忘れていた。僕は小寺だ。そこのソファで寝ころんでいるのが渡辺。」
「重いものをもって突っ立ているのもダメだろう。置けばいい。誰も取りはしないよ。」
段ボールのどさっという音をさせておいた。渡辺といわれた奴は起き上がることはなかった。迎え入れていないのだろうか。
「渡辺、挨拶しろ。礼儀がなっていないのはいけないだろう。刑事もみな。」
けだるそうに立ち上がった彼のラフさに驚いた。
「渡辺です。よろしく。俺はそこの小寺と組んでいるから君は必然的に班長だね。」
知っておけばいいというような言い方だった。覇気が感じられない渡辺をじっと見つめていた。