表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本返し  作者: 愛松森
第一章
6/25

第一章 <少年の日常>

 テスト最終日。今日は、晴天で雲一つない。秋も深まり、窓から見える校庭の銀杏の葉はきれいな黄色に染まってきている。

 

 今は、テスト最終日の最終科目である社会のテスト中である。

 

 光輝は、三十分を残してすべての問題を解き終えていた。残りの三十分をどのように過ごすか考えている。寝るか、窓の外を眺めるか、テストの問題用紙の裏に落書きをするか、この三つの選択肢が浮かんでいる。

 

 結局、窓の外を眺めることにした。理由は以下の通りだ。まず、寝るという選択をすれば、テストの監督をしている学校一の鬼教師である榊原さかきばら先生に目を付けられる可能性があるから。第二に、あいにく今回の社会のテストは両面刷りで落書きをするスペースがなかったからだ。

 

 外を眺めていてもいつも通りの校庭しか見えない。あまり顔を動かしていると、カンニング行為として見られる恐れがあり、ろくな範囲も見ることができない。

 

 見えるのは、校庭の落ち葉掃除をしている用務員さんと野球部のグランド整備をしている数学科の鎌倉かまくら先生だけである。

 

 今日はこの社会のテストの後は放課になる。部活動生は、テスト後に弁当を食べて部活動をする。その他の生徒はたいていが早々に帰宅してゴロゴロと午後のひと時を楽しむのである。

 

 光輝は現在、写真部に所属している。


 写真部の活動は文字通り写真を撮ることである。運動会や文化祭といった学校行事の写真撮影はすべて写真部が執り行っている。それなりのことをしているが、行事以外はそれぞれの部員が自由に写真をとって自由に現像して写真部のアルバムにお気に入りの写真を張り付けていくだけの部活動である。卒業する三年生はこの部員全員で作り上げたアルバムをプレゼントされるのがこの部活動の伝統である。決まった部活動の日程はなく、写真を撮れた生徒が自由に参加するというだけである。


 光輝は、毎日昼休みにカメラを首から下げて校庭で被写体を探している。一日三十枚程度撮影し、その中から一枚だけを現像してアルバムに張っている。


 光輝は今日はテストの後に一時間程度

活動する予定だ。

 

 窓から視線を外し、腕時計に目を移した。まだ十分しか経っていない。こういう時の時間の経過はいっそう遅く感じてしまう。

 

 再び目線を外に向ける。相変わらず用務員さんは掃除をしている。鎌倉先生は、グランド整備を終えて、バットやボールなどの手入れを始めている。

 

 そのうち、グランド関係の部活動の顧問の先生が出てきて準備などを始めた。

校内専用[ナンバープレートがない]車でブラッシングをする先生と水撒きをする先生に分担して作業していた。車の後ろには整備用の大きなブラシが取り付けられている。その車はグランド中央から円を描きながら徐々に外に外にブラッシングをする。その後、水撒き用の大きなホースで水を放射状に撒いていく。


 この光景は実に面白い。白っぽいグランドが徐々に茶色に染まっていく様子は、四階の教室から眺めると趣深い。見ていて飽きない。


 それに水撒きをしている太田おおた先生がグランドの隅でバットを手入れしている鎌倉先生に水をかけてしまいそうになったシーンは傑作だった。鎌倉先生が慌てふためいて整備し終えた野球部のグランドを走って必死に避けたのである。水撒きをしていた先生はそれにお構いなしに水撒きを続行していた。


 チャイムと同時に、榊原先生の、ペンを置け、の声がかかった。テスト用紙が後ろの席の人に回収されていく。やっとテストから解放され、クラスはにこやかな雰囲気に包まれた。


 生徒はそれぞれ荷物を片付けて、弁当を食べたり、話したり、帰宅したりしている。


 光輝は荷物を鞄に入れると、カメラを取り出し調節を始めた。今日の光の具合は、さっきの三十分でしっかり確認している。その光の条件で最も良い写真の撮れるに設定を変更した。


 光輝は調節し終えたカメラを手に、校庭や中庭を歩いた。


 校庭ではまだ先生がグランド整備をしていた。


 人を被写体にするには、必ず許可が必要になる。無許可で撮ればそれは盗撮になってしまう。光輝は整備中の先生に撮影許可をもらうためにグランドに入った。


 相変わらず太田先生はホースの使い方に慣れていない様子である。鎌倉先生がバットの束を抱えて逃げ回っている。


「太田先生、整備中の様子を撮影してもいいですか」


 水がカメラにかかってはいけないと思い、十五メートルほど離れたところから声を掛けた。


「え、なんか言ったか」


 鞄にカメラを入れて、光輝は足早に太田先生に近づいた。


「整備中の様子をカメラで撮らせてもらってもいいですか」


 ホースと顔を鎌倉先生に向けたまま、太田先生は光輝の話を聞いていた。


「別にいいけど、おっさんの戯れているところなんか面白くもなんともない

だろ」


「いえ、いえ、この学校でいま先生方がいちばん人間味がありますよ。じゃあ、少し離れたところから数枚だけ取らせていただきます。カメラを意識せずにこのまま水撒きしていてください」


「あいよ。鎌倉先~生、いまから撮影始まるんでなるべくゆっくり避けてくださいよ。ブレたらせっかくの先生のイケメン顔も台無しですから」


「そんな無茶苦茶な。太田先生こそゆっくり撒いてくださいよ」


 鎌倉先生は、少しだけスピードを落として避け始めた。


 光輝は、水のかからない程度に離れてカメラを構えた。


 日光が撒かれている水に乱反射して、きれいな虹を作り出している。


 光輝は数枚写真をとり、先生方に感謝の言葉を述べグランドから出た。


 それからは、中庭の池の鯉や、紅葉した銀杏などを撮った。そうこうしているうちに一時間程度が経過していた。こういう時の時間の経過は早く感じる。


 光輝は、第一校舎二階にある写真部の部室に入った。中には誰もいない。カメラの三脚や、バッテリーなどが所狭しと棚に並べられている。


 写真のデータを部室のパソコンに移し、専用のプリンターで写真を現像した。今日の一枚はもちろん『戯れる先生』である。


 部室中央にある机の引き出しからアルバムを三つ取り出し、それぞれに『戯れる先生』を張り付けた。写真の題を書く項目にしっかりと題を書いた。今年の三年生の先輩は三人であるから、アルバムは三つになっている。


 ついでにペラペラとアルバムをめくり、他の部員が撮影した写真を確認した。


 この時期になれば、紅葉の写真が特に多かった。


 学校の横にあるお寺の境内には大きな桜の木と、モミジの木が植えられている。春には桜、秋には紅葉を楽しむことができる。


 その寺は生徒たちが総体などの大きな大会前に部員全員でお参りする学校になじみ深い寺である。住職と生徒は友達のような関係である。光輝もたまにそこに出かけることもある。


 アルバムをもとに戻すと、パソコンの電源を切って部室から出た。


 部活動生は、午後の部活の準備のため忙しく動いている。


 光輝は、第三校舎裏の駐輪場に向かった。


 駐輪場には誰もいなかった。光輝は、荷物を荷台に括り付けてヘルメットを装着した。


 光輝は帰宅の途についた。


毎週日曜日の更新を目指していこうと思います。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ