第一章 <少年とM.M.>
時系列があやふやになりそうだなと、思いながら書きました。
分かりにくかったらすみません。
少年とM.M.
僕が中学三年の夏の時のことである。今から約八か月前のこと。
夏休みに入り、部活動を引退して本格的に受験シーズンが始まった。連日猛暑日を記録していく。容赦のない日差しが降りそそぐ、夏真っ只中。
受験勉強に精を出していた僕は、気分転換がてら近所のスーパーへお菓子とジュースを買いに行った。
そのスーパーは家から徒歩一分のところにある。幼い時から母に連れられてよく行っていた。従業員の方とは顔見知りで、小さいころからお世話になったスーパーである。
最近は勉強ばかりしていたから、あまり外出をしていなかったので久しぶりの訪問である。
クーラーの効いた部屋を出ると、熱風に身を飲まれるように暑い。
僕は、その暑さから逃げるように足早にスーパーに入った。
しばらく行っていなかった間に、スーパーの陳列棚や壁の塗装などが一変されていた。昔の面影を残すものは何一つなかった。少しさびしく感じたが、変化というもの感じられたことが嬉しかった。
前の姿を知っていた者だけが感じることのできる、変化。それを感じられたことで、少し清々しく誇らしい気持ちになった。
僕は、見知らぬところに来たかのように、そのスーパーをじっくりと観察しながらお目当ての商品を探した。
棚に並んでいる商品に格別珍しいというものは何一つなかったが、久しぶりのスーパーは商品を見るだけでなぜだか楽しかった。
気が付けば三十分近く居座っていた。
そろそろ帰ろうと思いお目当ての商品を購入した。
レジ担当の人は以前から見知っている人だった。ベテランの佐藤さんである。
「あら、コウちゃん久しぶりだね。受験勉強忙しんでしょ」
幼稚園の頃は光輝の光をとって、コウちゃんと呼ばれていた。今では幼馴染の近所の子と、このスーパーの人しかこの呼び方をしない。
久しぶりの「コウちゃん」に少し胸が躍る。懐かしさと、温かさが胸にしみわたる。
「御無沙汰してます。受験勉強は大変ですけど、僕、勉強だけはできるのでしんどくはないですよ。それよりこのスーパー、だいぶ変わりましたね」
「そうなのよ、きれいになったから私たちは喜んでんだけど、常連さんからは前の温かさがなくなってさびしいって声が多いのよ」
「そうですか。僕は、清々しい気分ですよ。確かに前よりきれいになったし。それにほとんどの人は、前の方がよかったって新しいものにいちゃもんをつけるものですよ。それがその人にとって大事な存在であればあるほど。このスーパーは常連さんに愛されているって証拠ですよ」
「うれしいこと言ってくれるね」
「いや、かっかこつけすぎました。すみません」
僕は照れ笑いしながら、商品を受け取る。
「そうそう、そこの角のコーナーに店長いるから少し話していけば。コウちゃんが来ないって寂しがってたんだから」
「わかりました。寄っていきます」
僕は、レジ袋を提げ店長のいる角のコーナーに立ち寄った。
店長は僕のおじいちゃん的存在である。幼稚園児のころから見知っている。正確な年齢は知らないが、七十前半ってとこだろう。小柄ながらビールケースをすたすたと運べる強靭な肉体を持っている。いまなお、働き続けるタフなじいちゃんである。
「お久しぶりです、店長」
店長は、商品陳列の作業をやめて、こちらを振り返った。
驚いた様子だったが、いつもの笑顔になった。店長は、商品が入った段ボールを抱えた。
「コウちゃんか。久しぶりじゃのう。見ないうちに背が伸びたじゃないか。立ち話もなんだから、カウンターにでも座ろうじゃないか。コーヒーでもおごってやる」
店長は段ボールを抱えたまま僕の前を店の出入り口付近のカウンターへ向かって歩き出した。
そのカウンターは昔は惣菜などを食べるスペースであったが、今はそのスペースが有名コーヒーチェーン店になっている。店長は昔の名残でそこをカウンターと呼んでいるのだろう。
その店に入り店長にコーヒーをおごってもらった。
「もう受験やから忙しいやろ」
「まあ、それなりには。でも、もう九割は暗記したからもう受験勉強終わったも同然ぐらいになってる」
「そうかい。コウちゃんは頭がええからのう。うちの孫なんかは勉強するのに四苦八苦って感じじゃわい」
「僕は春、夏に本気出しすぎちゃって、これからすることがほとんど残ってないんだよ。だから、少しこ
れからゆっくりしようと思ってる」
「余裕じゃのう。そうだ、コウちゃんは読書は好きかい?」
「本読んだのは小学校の時が最後かな。たぶん。しばらく本は読んでないけど、新聞とかは毎日よんでる。ゆっくり読書をするってのも悪くないね」
「なら、ちょうどよかった。そこの出入り口のところに本棚おいてるから好きな本一冊持って帰りなさい。儂のお気に入りの本も入れておるから」
と店長は言って入口の方の本棚を指差した。腰ぐらいの高さで、木製で温かみのあるアンティークの本棚であった。
「ありがとうございます。お仕事中失礼しました。また来ますから、寂しがらないで下さい」
あいよ、と返事をした店長は段ボールを抱え作業に戻っていった。
僕は、コーヒーを飲み干すとカップをゴミ箱に捨てた。
例の本棚に向かう。
そこには、文庫本サイズの仕切りが五枚してあった。合計六段構成である。現在その下二段が埋まって
いる。冊数にして約三十冊ぐらいであろう。その本棚の上に一枚のプリントが張り付けられている。
(本のリレー?)
そのプリントには、本のリレーをしよう、とゴシックの太字で書かれている。その下に、ルールと題し
てこう書かれている。
この本棚に自分の読んでいらなくなった本を持って来よう。この本棚の本から自分の好きな本を一冊持って帰って読もう。みんなで本をリレーしよう。
ざっくりとした説明であった。単純明快なルールである。
僕は本棚の本をじっくり見る。どうやらそのほとんどが店長のものらしい。歴史好きの店長の歴史小説がその大部分を占めている。
僕はその中から司馬遼太郎の「坂の上の雲」を選んで読んでみることにした。
それに決めた理由は特にない。ちょうど目に入ったということぐらいである。
店長には一冊持って帰ってよいと言われたが、ルール上自分の本を献上しなくてはならない。
こういう点をしっかりと守るのが僕のよいところである。一度帰宅して、自分の本の中から読まなくなったファンタジーの児童文学を五冊ほど持っていった。
それから僕は一週間に一冊のペースで本を読み進めた。もちろん、受験勉強も少しはしていた。
「坂の上の雲」「竜馬がゆく」と続けて司馬遼太郎を読み進めた。店長のお気に入りの系統も十分理解できた。
僕がスーパーの本棚に通いだして三か月が経過した頃、新しい本が一冊加わっていることに気が付いた。
その理由は簡単。歴史小説の中に和歌集が紅一点あったからである。
和歌に興味のなかった僕であったが持ち帰って読んでみることにした。ちょうど歴史小説に飽き飽きし
ていたところであったからである。
その和歌集は西行法師の「山家集」であった。
文章ではないし、古文なので読むのとても苦労した。結局、一週間で初めの二十頁ほどしか読めなかった。今回は諦めて別の本に取り換えることにした。
本棚に山家集を返して、ほかの本を探す。するとまた、もう一冊加わっていた。今度は普通のファンタジー小説であった。今回はこの本を読むことにした。
他に加わった本がないかと捜したところ、僕が持ってきた本が一冊なくなっているのに気が付いた。どうやら歴史小説ではなく、ファンタジーを好む読者が通っているようである。
毎週のように店長と会話を交わし、そのたびにコーヒーをおごってもらうような日々を過ごした。気が付けばあの週から新しい本がずっと追加されていた。
あの週から一か月がたった時であった。いつものように本を読み終わり、最後の解説の部分を読んでいると数枚のメモ用紙が挟まっているのに気が付いた。
その内容は、
おそらく私の本を毎週読んでくださっているお方へ
初めまして、M.M.と申します。この本の元持ち主です。大切に読んでいただきありがとうございます。
人違いでしたら大変失礼ですが、貴方が上橋菜穂子さんの守り人シリーズを本棚に入れたお方でしょうか?もしよければ第六巻を貸してもらえないでしょうか。
十二月二日に本棚に寄ろうと思っているのでどうかよろしくお願いします。
M.M.
というものであった。
もちろんその守り人シリーズを本棚に入れたのは僕である。したがって、僕は第六巻を提供しなければならない。
僕は、自分の本棚からそのシリーズの続巻を探した。二冊見つかったのでそれを明日持っていくことにした。
ついでに、僕もM.M.さんに今回僕の読んだ本の続巻を頼むことにした。
M.M.さまへ
初めまして。貴方の本を毎週読んでいるY.K.と申します。毎週貴方の本を楽しみにしています。というのも、あの本棚には歴史小説ばかりですから。
続編二冊見つかったので置いておきます。それ以降の本は持っていないのでご了承ください。
こちらからもお願いしたいのですが、今回僕の読んだ本の続巻を次回お願いします。
Y.K.
僕はこれを第六巻に挟んだ。
それから、僕とM.M.さんとのやり取りが始まった。