第三章 文化祭
一連の事件に終止符が打たれ、先生からの説明も行われた。その結果、校内カーストの変動が起こったが、目立った衝突もなく事態は丸く収まった。
光輝に対する誤解も完全に解けて、その名は全校生徒に知られて、一目置かれる存在になった。一年生の間では、英雄、として慕ってくれる人が多く、男女問わず光輝と関わる人が増えた。榊原先生とも親しくなり、廊下ですれ違う時には少し立ち話をすることも少なくなかった。
以前とは違い一人でいることが、無くなった。初めは慣れないこの生活に疲れていたが、慣れるとそれほど気にならなくなった。だが、その分一人で写真を撮ったり、真琴や他の先輩と話す時間は減ってしまった。それが唯一の気がかりだった。
ちぐはぐしていた二年女子も、有沢がしっかりとまとめ上げてもめ事もなかった。山室は、相変わらず厳つい山室を演じているが、真琴たちにはしっかり素の自分を打ち明けたらしかった。山室を嫌う人は依然として多いが、徐々にその数も減ってきていると聞いている。
一時は乱れていた学校も、平穏な日常に戻っていた。
そして今日は、文化祭当日。多くの人で校内はにぎわっている。いつもは、厳しい教師陣も今日は目をつぶってくれるそうだ。
体育館では、特設のライブステージが設けられて昼ごろから生徒のライブが行われる予定である。運動場が駐車場になり、普段の駐車場にはテントが所狭しと並び生徒や教師陣、PTAが食品バザーをしている。美味しそうな匂いが立ち込めている。校舎内は、文化部の出し物や、クラスの展示物、休憩スペースなどが設けられている。
光輝は、写真部のブースの店番の任務を部長の早川から与えられていた。骨折のせいで、まともに機材の運搬もできず、展示物の掲示なども出来なかったため、この役を命じられてしまった。
仕事の内容は、展示物に手を触れないように注意すること、写真部特製の写真集を完売させることだった。写真集は、全校生徒が九百六十人であるにも関わらず、五百部と膨大な数を発注していた。全校生徒の半分が買わなければ完売しない。例年、この数の写真集が完売していると聞いて少し安心したが、なかなかの量である。
店番は、光輝一人に任されて他の同級生や先輩方は文化祭を満喫すべく、早々に校内各地に散って行った。残された光輝は、少しずつ減っていく写真集の山を眺めつつ、自ら購入した写真集を見ていた。
写真集に掲載されている写真は、すべて写真部の部員が今年度撮影したものだった。学校行事はもちろんのこと、校内の日常の写真や地域の写真も多く載っていた。全部で百三十五枚の写真が収められている。この百三十五という数字は、この学校の電話番語から取っているのだと、部長の早川が言っていたのを思い出した。なぜ電話番号なのかという疑問はあるが、それを尋ねても先輩は教えてくれなかった。おそらくたまたま電話番号の数字と合致しただけなのだろう。
写真展示の方にも、たまに人が来て写真を見ながら笑ったりしている。どの写真を見て笑っているのだろうかと思い近づいてみると、いつか自分が撮影した「戯れる先生」の写真だった。確かにいつ見ても、笑ってしまうような写真だと思った。
お昼になると、先輩が弁当を買ってきてくれたがまたすぐに出て行ってしまった。厄介な仕事を任されてしまったと思うが、迷惑をかけた自分が悪いのだと思って我慢した。
「一緒に弁当食べてもいい?」
山室が弁当を持ってきていた。周りを見て他の人がいないことを確かめている。
「いいですけど、たまに人が来ますよ」
「そう思って、みんなには招集をかけておいたからあと少しで来ると思う」
店番をしていた光輝と山室は教室の端に避けて置いてあるパイプ椅子と長机を開いてるスペースに置いた。
「山室先輩は、写真集に興味はありませんか」
「無いかな」
山室は椅子に座って弁当を広げた。光輝は食べかけの弁当を持って山室の隣に座った。
「お待たせ」
真琴が弁当を持って入ってきた。その後ろには、上田がいた。
「佐藤さんと、志保は仕事があるからこれないって」
「二人ともここに座って」
光輝が案内する。真琴は光輝の隣に上田は山室の隣に座った。
「上田先輩、写真集どうですか?」
一応は写真部部員としての仕事もしておく。
「一冊幾ら?」
「三百五十円です」
「わかった。一冊いただく」
光輝は、写真集の山から一冊取って、紙袋にいれた。お金を受け取って、売上金を入れるケースに入れる。
「私も欲しい」
真琴が三百五十円を手にして待っていた。
「じゃあ、私も」
さっきは購入する気などなかったはずの山室もお金を出して待っていた。
「毎度ありがとうございます」
二人分の写真集も紙袋に入れえ手渡した。
弁当を食べている間も、写真集は少しずつ売れていった。それでも、残り四百部はある。二日間の文化祭であるが、初日の昼過ぎでこれだけ残っていれば、この先が思いやられる。
「こうちゃんは、どこのブースに行ったんだ」
「僕は、ずっとここで店番してましたから、どこにも行ってません」
「せっかくの文化祭なのに、残念だな。で、いつ店番を交代するんだ」
「わかりません。早川先輩は何も教えてくれませんでした。てっきり、一人の人がずっと店番するのかと思ってましたが、交代するんですか?」
この発言には一同驚いている模様。
「早川はそういうところをきっちりやらないからな。それなら俺が代わりに店番やっとくから午後からは他の所を見てくるといいよ」
「それなら、私も一緒に残る」
山室は手を挙げてそう言う。
「じゃあ、私も」
真琴も手を挙げた。
「あんたは、光輝と一緒に回ってあげないと」
山室が真琴の手を下げさせる。もう、いじめなどなくて、初めから友達だったように二人は接している。
「ここは、私と龍君が引き受けたから二人で回ってきなよ」
「それでは、お言葉に甘えさせてもらいます」
弁当を食べ終えると、光輝は店番の仕事について二人に説明して、真琴と一緒に校内をめぐることなった。
「真琴は、この後何をする予定だったの」
「私は書道部の書道パフォーマンスを見て、あとは体育館のライブを見るくらいかな」
二人は、校舎三階から二階に階段を下りていた。教室をブースとして使っているため、教室にあった机などを廊下や階段に出している。その影響で、通行止めの階段や廊下も多い。文化祭の日は校舎が迷路のようになってしまっている。
「それなら、僕もその予定についていくよ」
「いいの?初めての文化祭なんだから行きたいところの一つや二つあるでしょ」
「あんまりどんなブースがあるのか知らないから、行きたいところが無いんだ」
二人は、二階まで下りると中庭を見下ろせる位置に陣取った。書道パフォーマンスは、中庭で行われ、観衆は二階から四階の廊下や教室から見ることになっている。すでに大勢の人が詰めかけていた。
中庭には、ブルーシートの上に大きな半紙が敷かれている。書道部の人たちが、書道着をきてスタンバイしている。パフォーマンス開始までわずかである。
音楽が流れ始めて、大きな筆を持った人が勢いよく半紙に文字を書き始めた。観衆は手拍子や歓声を上げて、場を盛り上げた。カラフルな色の文字が、徐々に半紙を埋めていく。
半紙の中央には、「挑戦」という大きな文字が力強く書かれ、その周りにはそれぞれの部員の抱負が書かれた。
完成した作品を部員全員で持ち上げて、会場中に見えるようにゆっくりと三百六十度回転した。それが終わると、部員が一列に並び一礼した。割れんばかりの拍手が送られて、書道パフォーマンスが終了した。
「かっこいい」
「でしょ、去年も見たけどやっぱりすごいよね」
光輝は、今カメラを持っていなことを後悔した。きっといい写真が撮れただろうと思う。
「ねぇ、光輝は何か抱負あるの?」
「何に対する?」
「それじゃあ、拓馬さんとの試合に対して」
「そんなの、拓馬を黙らせる、に決まってる」
間髪入れずに即答した。あまり拓馬を調子付かせると厄介になることは、経験済みである。それを阻止するためにも、勝たなければならない。
「それで、真琴は何かに対する抱負はあるの?」
「あるけど、秘密」
満面の笑みでそう答えられては、返す言葉が無い。光輝も薄ら笑いを浮かべて、ごまかした。
「今、ずるいって思ったでしょ?」
真琴は上目使いで光輝の瞳を覗き込む。ドキッとして、光輝は目をそらした。
「言いたくないんだったら、言わなくていいけど。言いたいことは、ちゃんと言葉にしろよ」
「分かってる。光輝も言いたいことがあったらちゃんと言葉にしてよね」
「分かった。約束する」
しばらく、中庭の書道部の後片付けなどを見下ろして時間をつぶすと、次は体育館でのライブである。昨日の案内放送では、機材を始め音響設備はプロ並みと豪語していた。クラスの噂では、設備はもちろんのことパフォーマンスも熱が入っているらしい、とのことだった。
体育館に行くとすでに人で溢れかえっていた。すでに一階は人で埋め尽くされていたので、二階席に上がることにした。
二階には、照明器具やスピーカーなどの機材が置かれていて、観客は一人もいない。体育館二階の使用は、写真部の専売特許である。写真部部員は、二階からの写真撮影や頼まれればビデオ撮影なども行う。今二階にいるのは、写真部の一年だった。おそらく他の先輩方は、仕事を一年に任せて一階で盛り上がっているのだろう。
光輝と真琴は、カメラを持っている一年生のいる方とは対岸に陣取った。写真部でない人が二階に立ち入ることは原則禁止だが、この盛り上がりの中二階にいる人に注目する人などいないだろう。
「初めて二階に上がっちゃった」
真琴は、少しばかり興奮気味だった。
しばらくして、横に置いてあるスピーカーから大音量の音楽が流れ始めた。特設ステージは、普段のステージからランウェイのような一本通路が体育館中央まで続いている。
まず、ダンス部とその他勇志のダンサーがバックステージから飛び出してきた。その瞬間、観客から歓声が上がった。ダンサーが躍っている間に、ステージに楽器を演奏しながらバンドメンバーが登場した。
会場の盛り上がりは最高潮に達して、観客全員が音楽に合わせて飛び跳ねている。その影響で、二階は少し揺れている。
ホントにこれがK学なのかという疑問が浮かぶような、そんな雰囲気があった。いつもの厳粛とした雰囲気は一掃され、どこか異世界に来たような不思議な感覚に陥っている。隣にいる真琴は、柵から身を乗り出すようにしながら食い入るように見ていた。
いつの間にか、光輝もその場の雰囲気にのまれて一緒になって盛り上がっていた。
ステージでバンドが生演奏して、特設ステージでダンサーが踊る。それが五、六曲続いてダンサーとバンドメンバーはバックステージに撤収していった。
その後、ステージに登場したのは太田先生と鎌倉先生だった。
「皆さん、こんにちはK学一のイケメン教師コンビがやって参りました」
いつもの授業中ならば、無反応で流されるようなフレーズであったが今日は違った。その一言で会場中が笑いで包まれた。
「今日は、皆のために昨日の放課後一時間も練習した歌を披露したいと思います」
そういって、先生は二人ともいったんバックステージさがってグランドピアノを引っ張りだしてきた。
「知っている人もいると思いますが、僕らは幼馴染で小さい頃から一緒に遊んでました。せっかくまた、教師としてですが、同じ高校に通えるようになって、しかも文化祭があるとなっては、僕らも参加しないわけにはいかないだろうということになりまして、今回参加させてもらってます。これから、受験に向かっていく三年生の背中を押すような、また二年生、一年は次の学年に向けて学校を盛り上げて行けるような、そんな曲を弾きたいと思います。聞いてください、K学校歌、鎌倉、太田オリジナルアレンジ」
連弾の演奏が始まった。まさかの『校歌』に会場は驚いていたが、手拍子で応える。
「さあ、皆も歌って」
先生が言うと、全員が歌い始めた。今までに聞いたことが無いほどの、大音量である。肩を組んで、左右に揺れながら会場が一体となって揺れている。アレンジ曲であるが、歌の入りの部分はオリジナルと同じにしてあった。
歌い終わった時、先ほどまでとはまた違った一体感が出来ていた。
「大きな声で歌ってくれてありがとう」
先生たちは、再びステージ中央に戻った。
「こんな機会もあまりないので少し話をさせてください」
皆の視線が太田先生に集まる。
「といっても、あんまり時間も無いので手短になりますけど。God doesn’t require us to succeed; he only requires that you try. この言葉は、マザー・テレサの言葉です。神様は私たちが成功するなんて思っていない、ただ挑戦することを望んでいる、という意味です。どうですか、何か挑戦しようかなと思ってることがありますか?私には、僕には難しいなんて思ってませんか?先生は昨日までピアノを弾いたことがありませんでした。でも、今日みんなの前で、下手だったかもしれませんが引いて見せました。初めは無理かなって思ってたけど、鎌倉先生がやろうっていうから出来るかどうかわからないけど、というよりできないだろうと思いながらもやってみました。結果は見ての通りです。
これほどの一体感のある皆さんなら、何事もみんなで挑戦して、励まし合いながら一緒に前を向いて行けると思います。三年生の皆さん、受験に向けて、頑張ってください。しっかり、気持ち切り替えてね」
太田先生が一礼して、一歩後ろに行く。生徒からは拍手が送られた。次に、鎌倉先生がマイクの前に立つ。
「ええ、・・・」
「お知らせします。お知らせします。鎌倉先生、鎌倉先生、お伝えしたいことがあります。至急、本部までお戻りください。繰り返します。鎌倉先生、鎌倉先生、お伝えしたいことがあります。至急、本部までお戻りください」
放送が流れた。
「どうやら、お呼びがかかってしまいました。最後に一言だけ、今日はありがとう」
そういって、大きく手を振りながら鎌倉先生は足早に体育館から出て行った。生徒はそれを拍手で送り出す。残された太田先生もその拍手の中、退散した。
今日の演目はすべて終了した。明日は、別のバンドと生徒会によるプロジェクションマッピングが行われる予定である。
体育館にいた生徒は、残り時間を有効に使うために三々五々思い思いの場所に向かって行った。光輝と真琴も群衆に巻き込まれないように、急いで体育館から出て写真部のブースに戻ることにした。
「すごかった。ここが校内ってこと忘れてた」
「私もこんなに盛り上がったの久しぶりな気がする」
階段を上がって三階へ行く。途中、机で階段がふさがれていたので渡り廊下を通って別の校舎を通っていくことになった。
まだ、一度も通ったことのない場所であったので目につくモノすべてが目新しく感じた。家庭クラブのクッキーや化学情報部の実験コーナー、ロボット研究部の試作品展示。いろいろな部活動のさまざまな活動報告が行われている。
「おーい、山瀬君」
廊下を通っていると前方一番奥の教室から声が掛かった。クラスメイトの女子が数人教室の前に立っている。看板を見ると華道部と書かれている。廊下には、花の入った大きなポリバケツが置かれている。
「どうかしたか」
「ここの花、どれでも好きなもの取っていっていいよ。今日の余りものだけど」
ポリバケツの花を指差して言う。
「いいのか」
「いいよ、どうせ各クラスに配布することになるから数本取ったって大差ないから」
「ありがとう」
光輝は、ポリバケツに入っている花を見る。どれも色鮮やかできれいだが、どれが何の花なのか分からない。花に疎い光輝でもわかるのは、向日葵、チューリップ、コスモス、アジサイ、などである。どれも季節外れの花々である。それに華道にこんな花は使わないのではないかとも思ったが教室前には『簡単 フラワーアレンジメント』書かれていたのでそれで合点がいった。
「これは、向日葵、花言葉はあなたをずっとみている、これがマーガレット、花言葉は真実の恋、これがマリーゴールド、花言葉は嫉妬、絶望、これが、・・・・・」
華道部のクラスメイトが戸惑っている光輝のためにすべての花の説明をしてくれた。そのおかげもあり、名前と花とが合致した。
「ありがとう、じゃあこれをもらうよ。一番ベタなやつ」
光輝が手にしたのは赤色のバラだった。すでに棘は処理されている。
「お隣のあなた、たしか村上先輩だしたっけ。先輩も花いかがですか」
クラスメイトは、隣に立っている真琴にも花をすすめた。真琴もそれをに快く応じて、ポリバケツから花を取った。
「ありがとうございました。また花が欲しくなったら来てくださいね」
二人は礼を言ってその場を離れた。
写真部のブースに続く渡り廊下。人通りが他の所に比べて極端に少ない。体育館や運動場から最も遠い辺境ともいえるような場所であるからであろう。
「あのさ、この花真琴にあげる」
光輝は、さっきもらったばかりの花を真琴に差し出した。
「なんで?せっかくもらったのに」
「赤いバラの花言葉は、あなたを愛してます」
光輝は真琴の顔を見ていられなくなり、顔をそむけた。
「じゃあ、私もこの花あげる。アザレア、花言葉はあなたに愛されて幸せ」
時が止まったように感じた。さっきまで騒がしかった校舎が急に静まり返った。光輝が顔をあげると真琴と目が合った。照れているのかいつもより顔が赤いように見える。ふたりは、それぞれの花を交換した。そして笑った。
写真部のブースに戻ると上田と山室がパイプ椅子に座って雑談をしている。相変わらず写真集の在庫はまだまだ残っていた。
「おめでとう」
上田が唐突にそういった。
「何がですか?」
光輝はおもわずそう聞き返す。上田の視線は、光輝の顔から徐々に下にずれていき手に持っている花に移った。
「確か、赤いバラの花言葉はあなたを愛しています。で、アザレアの花言葉はあなたに愛されて幸せだった気がするんだけど」
上田は無表情でそう答える。光輝も真琴もその答えにたじろいだ。
「すごいですね。そんな知識まであるとは」
多少皮肉を込めて言ってみる。
「そう怒らないでよ。さっき風に乗ってそんな声が聞こえてきただけだからさ」
(聞こえていたのか)
上田は不敵な笑みを浮かべている。山室も同じような表情である。
「そんな目で見ないでください」
後ろから真琴も参戦してくれた。
「悪かった。まあ、入って座りな。聞きたいことはたくさんあるから」
この後、上田と山室に質問攻めにされて文化祭初日が終わってしまった。
毎週日曜更新です。あと少しで完結して、別タイトルで続編を書きたいと思っています。




