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本返し  作者: 愛松森
第三章
23/25

第三章 昨日の敵は今日の友

今週は21~23部更新しました。

光輝が学校に行ったのは、火曜日の事だった。月曜日の放課後に榊原先生から電話があり、停学処分が取り消されたとのことだった。詳しい説明は、火曜日の放課後にするということであった。とりあえず、学校に来ることができて一安心というところである。きっと真琴や上田先輩が上手く処理してくれたのだろう。


久しぶりの学校は、いつも通りという訳にはいかなかった。クラスに入るなり、クラスの人に取り囲まれた。あぁ、今度は僕がいじめられる番か、と思って棒立ちしていたら、「山瀬、お前本当にすごいな」「かっこいい」「見直したぞ。頭が良いだけじゃないんだな」「お前は、一年の星だ」と次々に言われた。何が起こっているのかわからなくて、そのまま棒立ちしていたら勝手に机まで連れて行かれた。あまりの出来事に、あっけにとられてしまった。


「あの、そんなに騒がなくてもいいんじゃない」


机に座ってそういった。だが、周りを取り囲むクラスメイトは興奮覚め止まないという感じである。


「そんなに謙遜するなよ」なんて言って騒いでいる。担任の先生がクラスに入ってきて事態は収束に向かったが、休み時間の度に光輝の机の周りには大勢の人で溢れかえった。中には、別のクラスから来る人もいた。わずかな間で、自分の印象が大きく変わっていることを光輝はあからさまに感じた。


以前とは違った理由でクラスに居ることに疲れてしまったので、助けを求めに一つ上の階の二年生の教室に逃げた。さすがに追いかけてくるようなことはなかったので良かった。


二年生の教室の前には、何人かの女子生徒がいたが光輝の姿を見ると、すっ、と廊下の隅によって道を開けた。なんだか、高貴な人になったような気分になるのだが、自分の性格からしてこういうのはすごく苦手である。真琴に事の次第を聞いておこうと思ってここまで来たのだが、近寄りがたい雰囲気があるので一旦退散することにした。


昼休みになると、一緒に弁当を食べようと何人かの男子生徒が誘ってくれたが、コンビニに買いに行かなくてはならないので断った。裏門に行って、木を使ってフェンスを乗り越えると、後ろから声を掛けられた。振り返ってみると上田先輩がいた。上田先輩も同じようにフェンスを乗り越えてこちらにやってきた。


「よう、こうちゃん。元気そうでなによりや。だけど片腕骨折してるのに、フェンス乗り越えるなんて危ないことやったらダメだろ」


「すみません。今回は僕のために色々とご迷惑をかけました」


二人は、道路を渡ってコンビニ入った。


「先輩として、後輩を助けるなんてことは当たり前のことだから、気にするな。それに、まこもんのあんな顔を見たら手伝わないわけにはいかなかったしな」


上田はパンコーナーに光輝は弁当コーナーでそれぞれ商品を探した。


「先輩、今日は僕が奢ります」


「そんなことしなくていいって」


上田は、早々とレジで会計を済ませた。光輝もその隣のレジで会計をした。


「どうしたんだ、山瀬君。その腕」


店長の上杉がレジを打ちながら言った。


「ああ、これですか。鉄パイプで打ちまして、ポキッとやってしまいました」


「そうかい、それは災難だったな」


上杉は、レジ袋の口を持ちやすいようにして手渡してくれた。上田は、光輝の後ろからその会話を聞いていた。会話が途切れたのを見て、


「店長、あの防犯カメラの映像ありがとうございました」


「お役に立てたならなによりだ」


二人がコンビニを出た時、ちょうど美化委員会の生徒がゴミ出しをしているところであった。上田は、何も気にしていない様子でそのゴミ出し専用通路を通って校内に戻って行った。光輝もそれに習い校内に戻った。


「上田先輩、さっき言ってた防犯カメラの映像って何のことですか?」


「こうちゃんが、山室から暴行されているのが、あのコンビニの防犯カメラに映ってたからそれを借りて朝礼で流しただけだよ。決定的証拠だから、校長もその事実を認めざるを得ないから、二週間の停学も無効になったわけ。それについては、榊原先生が校長と教頭に直談判してくれたから、お礼言っとけよ」


そういって、上田は校舎に入って行った。光輝はクラスに戻る気が全くないので中庭にあるベンチで食べることにした。中庭は風通しが異常に良いため、体感温度は他の場所に比べて低くなっている。

買ってきた弁当を起用に開けて、割りばしも口を使って割った。運悪く利き手の右が骨折してしまっているので、慣れない左手で箸を使わなければならない。全く使えないというわけではないが、それなりに時間がかかってしまう。こんな状況でクラスメイトに囲まれてしゃべりながら食べていては、昼休みをすべて使っても食べきれないことは分かり切っていた。


「山瀬君」


苦戦しながら弁当を食べていると、カメラを首から提げている早川が話しかけてきた。


「早川部長」


「右腕以外は元気そうね」


早川は、光輝の隣に座った。


「あと肋骨も折れているんですけど、それ以外はご覧のとおり元気です。この度は本当にすみませんでした」


「最初聞いたときは本当に驚いたけど、まさか山瀬君がそんなことをするような男ではないって皆分かってたから。早く腕直して戻ってきなさいよ。文化祭もすぐなんだし、準備するものはたくさんあるから」


「分かりました。がんばります」


それを聞くと、早川は仕事があるからと足早にどこかへ行ってしまった。予鈴が鳴って、昼休みが終わったが結局食べきることはできなかった。


放課後になると、校内放送で光輝と山室が榊原先生に呼び出された。場所は、校舎四階にある大会議室であった。


光輝が会議室に入った時には既に榊原先生と山室が来ていた。大会議室は、教室二個分の広さで、椅子と机が整然と並べられていた。その最後尾の席に二人は座って待っていた。光輝もその最後尾に着席した。


「今日集まってもらった理由は分かっていると思うが、今日は今後の対応について話会いたい」

三人は三角形になるように座っていた。


「山瀬、山室には特別指導で退学にするという方針が教師陣で固まっているんだがどう考える」

山室は、無表情で平然としている。


「そうですね、まずいじめをしていたという事実を消すことはできません。ですが、僕に暴行をしたということについては、僕は水に流そうと思っています。僕の方にも非が無かったわけではないですから。ですので、退学というのはあまりにも重いと思います」


「そうか・・・」


榊原先生は、少し物思いにふけっていた。その間、光輝は山室の方を向いてみたが、目を合わせてはもらえなかった。


「あの先生、ちょっとの間席を外してもらえませんか」


山室がそう提案すると、暴力はダメだぞ、といって会議室から出て行った。


「なんで、今回のことは水に流す、なんて言ってんの?」


「さっきも言いましたが、僕の方にも非があると思うからです。あの時は、不用意に隙を作ってしまいましたし、その前に挑発的な発言もしましたから」


向かい合った二人は、目を合わせて話した。


「それでも悪いのは私の方だから、ごめんなさい」


「以外に先輩は素直な方だったんですね」


「殴られたいの?」


山室は拳を握って真顔で光輝を睨み付ける。光輝は、首を横に振って応えた。


「普段とだいぶ印象が違っていて驚きました」


今、光輝の前に居るのは普段の厳つい山室ではなく、いたって穏やかな山室であった。見るからに怖いという以前の印象ではなく、か弱い女の子という対極的な印象である。


「信じてもらえないかもしれないけど、これが素の私だから」


「到底信じられませんけど、親戚に多重人格の人がいるのでそこまで変な感覚はないです。でも、一般にこんな対極的な振る舞いをしている人もいるんですね」


「私も常々そう思うんだけど、辞めるにも辞められなくてね。一度付いたイメージを返上するのは難しいから、このまま演じ切るしかないと思ってね」


山室は、席を立つと空手の演武を始めた。光輝も何か演武のようなものをしようかと思ったが右腕を見て、断念した。


「こうして、心を空にしたら気持ちがスッと軽くなるの」


「なんで今、僕の前では演じることをしなかったんですか」


「なんでだろうね。なんか君の前では演じる必要がないっというか、演じても演じなくても同じように私のことを扱ってくれるような気がしたからかな」


「蹴り飛ばした相手によくもそんな台詞が言えますね」


苦笑い交じりに光輝は言う。なおも山室は、ゆっくりと空手の型をしている。


「あの時の私はどうかしてたよ。気がくるってた。あの後、急いで親に連絡したら何もしなくていいっていうから、救急車だけ手配してその場を去ったの。まさか、あんな嘘話を親がでっち上げているなんてまったくもって知らなかった」


「僕はてっきり親に泣きついてそうしてもらったのだと思ってました」


「そう思われても仕方ないけど、これは本当の事。虎の威を借る狐みたいなイメージが私にあるんじゃない?」


言われてみれば、あまり山室先輩のことを知らなかったなと思う。第一印象が悪すぎたせいで、他の情報もすべてマイナスのとらえ方しかしていなかった。


「あまり良いイメージではないですけど、今の山室先輩は好きですよ」


「好きなんて軽々しく口にしないでくれるかな。その言葉は私には似合わないから」


型を一通り終えた山室は、元の席に座った。


「それで、私はどんな罪を償えばいいの?」


「それは僕が決めることではないでしょう。山室先輩の本性を知った身としては、そこまで大げさな罰を与えることに抵抗もありますし」


入院中に抱いていた山室に対する怒りは、いつの間にか意識の外に出ていた。今はあの時とは、別人としか言いようがないような状況でもある。


「これが私の本性だって認めてくれるんだ」


「一応、そういうことにしておきます。今更これも演技だったなんて言われたら、それはそれでその演技力に免じて、僕はこれからも騙され続けようと思います」


そこまで言ったら、さすがの山室も笑いを堪えるのに必死だった。


「前から思ってたけど、君は本当に面白い。龍君にそっくり」


「龍君っていうのは、上田先輩のことですか?」


「そうよ。元彼なの」


「元彼って、付き合ってたんですか?」


山室は何を今更、といったような表情をしている。


「龍君はカッコいいし、勉強も申し分ないし、運動も人並みにはできるからファンが多いんだけど、私もそのファンの一人だったの。で、色々とあって付き合うことになって、昨日までの私の地位もほぼほぼ龍君のお陰だったんだよね。きっとけじめつけてから卒業したかったんだろうね。何も底辺まで落っことさなくてもいいのに。元カノには冷たいのかな」


そういっている山室は悲しそうだった。いつもよりずっと小さく見える。


「そんなことないですよ。実は一昨日まで、山室先輩のことを絶対に許さないって思ってました。でも、上田先輩が訪ねてきて許してほしいって頭下げられました。その時はなんでだろうと思ってましたが、そういうことだったんですね」


「どれだけお人好しなんだろうね」


会議室の扉が音を起てて開いた。その音につられるように二人の視線もその扉に向いた。


「まだ、終わらないのか」


榊原先生が待ちきれなくなったようだ。


「もう良いです。言いたいことは全部言ってやったんで」


すぐにいつもの山室に戻った。それを見て光輝の口元が緩んだ。


「そうか、なら山瀬、今回はどういう対処を望むんだ」


「何も望みません。話に聞けば、昨日の朝礼で全校生徒に自分の悪行を暴露されているそうであるので、それだけでもう十分重い罰だと思います」


「そうか、ならその旨を校長に報告するが、本当にいいんだな」


「はい」


「なら今日はもう帰っていいぞ。今からすぐに報告しに行くからここの戸締りを頼む」


榊原先生は、すぐに一階の校長室に向かった。残された二人は、戸締りなど一切せずに会議室で、話の続きを始めた。


「さっき笑いかけたでしょ」


「やっぱりあの豹変は面白いです。これからも笑いかけると思いますが、頑張って我慢します」


「でも、ありがとう。お陰で退学は免れたみたい」


「感謝なら、上田先輩や真琴や有沢先輩に伝えてください。僕が先輩のことを許したのは、この三人が先輩のことを許したからです。それに、今や地に落ちた先輩の味方になってくれるのは、佐藤先輩、有沢先輩と真琴ぐらいでしょから、今後のためにもしっかりした関係を築いておく必要があると思いますよ」


「助言ありがとう」


そろそろ帰ろうか、と言って開いている窓を二人で手分けして閉めた。すべての窓を閉め終えると、教室の照明を消して扉に鍵をかけた。カギは、職員室に返却しなければならない。二人は、一緒に階段を下りて職員室に鍵を返却した。


「人の目があるところでは、いつも通りの私になるからあんまり馴れ馴れしく話しかけないでね」


小声で山室は光輝に告げた。光輝もそれを受諾して数歩後ろを歩くようにした。


「山瀬は歩きなの?」


山室は振り返ることなく、正面を向いてそう言った。離れたところから見ても、二人が話しているとはだれも思わないだろう。


「骨折したので、自転車に乗れないのでバスで帰る予定です」


光輝も周りから見て不自然に見えないように気を配りながら答える。


「車で迎えが来てくれるんだけど、乗せて帰ろうか?」


「でも、そんなところを見られたらまた変な噂が流れますよ」


「校門を出て、裏門の方にいったところにあるコンビニで待ってて。迎えに行くから」


「分かりました。お願いします」


光輝は、校門を出て裏門の前にあるいつものコンビニに向かった。入学以来ずっとあの抜け道を通っているので、ここの道を歩くのは初めてだった。


コンビニに着くと、駐車場に黒のベンツが止まっていた。窓が開いて、山室が顔をのぞかせた。運転席のドアが開いて、黒いタキシードに身を包んだおじいさんが出てきて、後方の席の扉を開き光輝に乗るように促した。光輝は、それにしたがって車に乗り込んだ。


「すごい車ですね」


「君の家の方がもっとすごいと思うんだけど」


すでに光輝のことはリサーチ済みのようだ。


車に乗っているのは運転手と、後方の席に山室と光輝だけであった。


「それで、君の家はどこなの?」


「三丁目あたりに送ってもらったらあとは、歩いて帰ります」


「じい、三丁目までよろしく」


運転手は、それをきいて車を走らせた。


「敵だと思ってた人がこうもいい人だったら調子がくるってしょうがないです」


「校内では完全に悪役を演じてるし、これからもきっとそれは変わらないと思う」


「ちなみに先輩の本性を知ってるのはだれなんですか」


「君と龍君だけ。他の人は知らない」


車は右折して環状線に入った。


「なんでもっと多くの人に知ってもらわないのですか。絶対皆受け入れてくれると思いますけど?」


「もうあのイメージが定着してるから、変えようにも変えられないっていうのが本音なんだよね」


「じゃあ、今回が良い契機になりませんか。今回のことで懲りた山室は心機一転して別人のような人になった、なんていう筋書きは成り立つと思いますけど」


「簡単に言ってくれるけど、実際そんなにうまくはいかない。そんなことは、分かってるけど試してみる価値はあるかもしれない」


夕方の環状線は混雑してて、渋滞していた。いつもなら車で十分ほどだが、今日はもう少しかかりそうだった。


「そうだ」


光輝は自分の学校鞄から鶯色と朱色の本を取り出して、山室に渡した。


「これは何?」


「ある人が書いた詩集です。読んでみるといいと思いますよ。面白かったですから」


「ありがとう、お借りします」


「返却は僕の所ではなく、スーパー加藤にある本棚に入れておいてもらえますか」


「スーパー加藤ね。了解した」


車は、環状線から逸れて三丁目付近に来た。運転手が適当に車を停車させて、ドアを開けに来てくれた。光輝は、お礼を言って車を降りると家までに少しの距離を歩いた。


新月の今日の空には、光り輝く星々がちりばめられていた。



毎週日曜更新です。

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