第三章 幼馴染
今週は21~23部更新しました。
翌日は、検査結果の報告と今後の対応について医師から説明を受けた。各種検査には異常は発見されず、今日の午後には、退院しても良いとのことであった。夕方に拓馬が迎えに来てくれることになり、それまで病院で過ごすことにした。
今日は、退院準備をして、拓馬に持ってきてもらった勉強道具で勉強していた。この二日間で取った遅れは大した量ではないと思うが、二週間の遅れは相当なものになるだろう。さすがに、この遅れは、取り戻しておかなければ後々苦労する。
適当に勉強をしていると、すでに日は西に傾き始めていた。西日が病室に差している。
トン、トン、ドアがノックされて拓馬が入ってきた。
「昨日はうまくいったか」
拓馬の顔は今日はすでににやけている。
「昨日の人は、関係ない人だから」
「そうなのか?けっこうかわいい人だったのにな」
拓馬は本気で残念がっている。話す気力を失って、脱力感が見て取れる。このアップダウンが激しいのも拓馬の特性である。
すると、拓馬の後ろのドアがノックされた。
「真琴だけど、入ってもいい?」
無表情だった拓馬の顔が、途端に前のにやけた顔に戻った。
「来たか。本命さんが」
すると、持っていた学校の鞄を持って、
「一時間後くらいにまた迎えに来るから。じゃあな」
拓馬はすぐに病室から出て行った。それと同時に真琴が入ってきた。
(デジャブだよな)
光輝は、真琴を迎え入れて正面の椅子に促した。
「さっきの人は誰?」
「幼馴染の河野拓馬。北高の一年」
「北高ってことは、何かスポーツができるの?」
「拓馬は、合気道で全国大会に出場したらしいよ」
真琴は、ベッドの横にある椅子に座った。
「入院したって聞いたから心配してたけど、見るからに元気そうでよかった」
「言っとくけど、医者からはこんな軽傷ですんだのは奇跡だって言われたんだからな。当たり所が悪かったら死んでたって」
真琴は、笑いながら泣いていた。
「よかった。生きててくれて」
「なんで、そんなに泣いてるんだよ」
「だって、私のせいで光輝が」
「だれが、真琴のせいでこんなことになったって言ったんだよ。僕は自分の力に驕れてしまっただけだっ
て。だから、そんなに責任感じないでよ。こんな真琴を見てたらこっちまで罪悪感に捕らわれるから」
(あの時、あの一瞬の油断でこんな事態になってしまったんだ。山室先輩の蹴りなんか、自分の前では無力だと思ってた。でも、そのせいでこんなことに)
「光輝は気が付いてたんだよね。私がいじめられてるの。いつから知ってたの?」
「昨日の昼休みから。あの三人が真琴のこと話してるの聞いたから」
そっか、といって真琴はしばらく黙って息を整えた。
「いつかは、話さないといけないなと思ってたんだけど、いつ言ったらいいかわからなくて。ホント、ゴメン。怒ってる?」
「怒る要素がどこにあるのか教えてほしいよ。逆に僕も謝るよ、ずっと気が付いてなくてゴメン。もっと早く気が付いてあげられれば良かった」
「なんで、光輝が謝るの?いつも傍にいてくれたじゃん。それで、私これまで頑張ってこれたんだから」
泣きやんだ真琴は、いつにもまして表情が柔らかかった。光輝もそれを見ると、自然と笑みがこぼれていた。
「ため口で話してもいいって言ったのは?」
「気楽に話せる相手が欲しかったから」
「新書を買いに行った日。あの時、学校近くの大きな本屋に行きたくなかったのも」
「そう、あそこには私を嫌ってる人がたくさんいるから」
真琴は、淡々と答えてくれた。
「じゃあ、一緒に星を撮った日は?」
「あの日は、クラス会をあの三人が発案して、その案内が各家に配達されたんだけど、私は行く気なんてさらさらないのに、母さんがせっかくだから行って来なさいってうるさいから仕方なく家を出たんだけど、行けるわけないでしょ。あんな人たちよりも、光輝と一緒にいる方がずっと楽しいしね」
「そっか、なんだ色々今までにヒントはたくさんあったんだ。なんで気が付けなかったんだろ。まさか、真琴がそんなことになってたなんてこれぽっちも思ってなかった」
「当然だよ。まさかK学生がいじめなんていう愚行をするなんて、一年の光輝が思うはずないから。ちょっと幻滅したんじゃない」
「そうだね。世の中にはとんでもない人がいるものだと思ったよ。まさか、二週間の停学になるとはね」
えっ、真琴の顔が引きつった。
「何それ、そんなこと聞いてない。榊原先生も他の先生もそんなこと一言も言わなかった。なんで、光輝がそんな目に合わないといけないの。だって、おかしいでしょ。なんで、山室が平然と学校に来て、光輝は来ることも許されないなんて」
「しょうがないよ。弱者は強者に、従うしかないんだから。でも、犬もかみつくってことを忘れているわけじゃないよ。手荒な飼い主に、黙って従うつもりはないから」
光輝の目は、凛とした光を宿していた。まるで、獲物を前にしたオオカミのようである。
「私もそのつもり。今は上田先輩が協力してくれてるし、なんとかなると思う。絶対、負けないから。今回は、私たちに任せてよ」
「それじゃあ、今回は先輩方に助けてもらうことにするよ。頼れる先輩が居るって、ほんとに心強いな」
真琴のこわばった表情はゆるんで、いつもの笑顔になった。それを見ると、光輝も安心した。
「そうだ。有沢志保に次会ったら、話しかけてあげて欲しんだけど。もちろん、他の二人がいない時に」
「どうして?」
「昨日、ここに来て今回の事を謝ってくれたんだけど、一年の頃に真琴が助けてくれたのに、自分は逃げてしまったって打ち明けてくれたよ。それで、一回だけでいいから有沢先輩が変われるチャンスを与えてあげて欲しい」
「確かに、私はいじめられてた志保を助けたけど、それって親友として当たり前のことじゃない?あれから志保があの二人の仲間に加わったのも、大体理由は想像できるし、昔から一緒に過ごしてきたから考えてることも、表情でなんとなく分かっていたし。次会った時に、一度話しかけてみるよ」
西日は、いつの間にか山々の彼方に沈んでいた。まだ、拓馬が帰ってくるであろう時間までには時間があった。
「ちょっと、このあたりを散歩してみない?」
「いいけど、光輝は大丈夫なの?」
「今日これから退院する予定だから、ただ腕と肋骨を骨折してるだけで他に異常はないから」
光輝は、上着を羽織って外に出る準備をした。真琴も脱いでいたブレザーを着て、学校鞄を持った。病室を出て、真琴は光輝の少し後ろをついていく。階段前の少し広いスペースに出た時、見覚えのある人影が椅子に座っていた。
「よっ、光輝。もう話は終わったのか?」
どうやら拓馬は家に帰ることなく、ここで待っていたらしい。普段はかけていない、メガネをかけて本を読んでいた。
「これから、少し外で散歩しようかなと思ってるんだけど」
「それじゃあ、俺がお供してやろう」
光輝の後ろにいる真琴の姿は、拓馬には見えていないらしい。真琴が、ちょこっと光輝の後ろから顔をのぞかせると、拓馬はちょっとの間固まっていた。
「なるほど、なるほど。悪いが俺はここに残ることにするよ。外は寒いからな」
「そんなに遠慮されなくてもいいですよ。私は、拓馬さんともお話したいです」
ホントにいいのか、というような表情をしている拓馬に、光輝は頷いて返事した。
「それでは、今から病室から光輝の荷物を大急ぎで取ってきますから二人は、ここで待っててくれ」
そう言って、拓馬は本を自分の鞄にいれると病室に戻って行った。ものの一分ほどで光輝の荷物をすべてまとめて帰ってきた。
「このまま、退院ってことでいいよな。もう先生には退院するって伝えといたから」
「仕事が早いな」
まあな、と言って拓馬が先導して病院を出た。三人の家は、ほとんど同じところにある。この病院から歩いて三十分、自転車で十分ぐらいの位置にある。真琴と拓馬は、駐輪場に自転車を取りに行き、光輝は病院の入り口付近で待っていた。荷台に大量の荷物を括り付けた拓馬の自転車は見るからに重そうだった。
「拓馬さんは、合気道をされているんですよね」
「そうですよ。小学校の時に光輝と一緒に始めてたんですけど、今は北高のエースなんて呼ばれるくらいになりました」
拓馬は、自慢げに話している。
「すごいですね。一年生でそんなに活躍している人は少ないですし、なによりもあのスポーツ高の北高でそ
こまで上り詰めるのは難しいでしょうから」
「いや、いや、実の所俺よりも光輝の方が上手いですから。小学校の時からの勝敗でいったら俺の方がはるかに負けてるんですよ。まあ、光輝はなんでもできますから、勉強もカメラもその他もろもろも光輝には敵いません」
そういって、拓馬はドヤ顔で後ろを歩く光輝を振り向いた。光輝は、真顔でそれを無視した。
「そうなの?」
真琴も振り向いて光輝に聞いた。
「幼馴染がそういうなら、そういうことなんだろ」
暗がりを自転車のライトと街灯とを頼りに歩いていく。母さんの見舞いで通いなれた道であるが、久しぶりに通ると溝が無くなっていたり、柵が新たに設置されていたりする。
「光輝はなんで合気道止めちゃったの?」
「何事にも執着心がないから、極めたらもういいかなって思って」
「じゃあ、また今度俺と試合してよ。そこでもし俺が勝ったらまた合気道始めるってのはどう?」
「それいいね。私も見てみたい」
二人に迫られると、断りたいことも断れなくなってしまう。内心は、嫌だったがここは仕方なくその申し出を受けることにした。
「いいけど、もし僕が勝ったら何かメリットがあるんだろうな」
「その時は、俺が何かおいしいものを御馳走してやるよ」
もっぱらそんな気はないというのは分かり切ったことであるが、ここには真琴という証人がいる。いざという時は、真琴が証言してくれるだろう。
「よし、乗った。この腕が治ってからの話だから当分先のことになるけどな」
「それまでに、しっかり感覚取り戻しておけよ」
「最近、実践的を経験したからなんとなく取り戻しかけてるから安心して待ってな」
三人は、それぞれが分かれる分かれ道に来ていた。
「真琴、無理はしなくていいから出来ることだけやってくれればそれで十分だから」
「うん。できる限りやってみる」
「真琴さん、困ったことが俺のことも当てにしてもらっていいから。これメールアドレス」
拓馬は、さりげなく自分のメールアドレスを真琴に渡した。
「ありがとうございます」
三人は別れた。
「なかなかかわいい子じゃないか」
「言っとくけど、真琴は二年生だからな」
真琴と別れた二人は、光輝の家に通じる道を歩いていた。
「ウソだろ。てっきり同級生だと思ってた。つか、なんで真琴って呼び捨てにしてんだよ。まさかもうそんな関係に・・」
「そんなわけないだろ。それについては色々と事情があるんだよ」
その後は、高校入学以来あまり話していなかったということもあり、お互いの学校の話をした。主には、部活と勉強、教師陣についてのことだった。
スポーツといえば北高、勉強といえばK学というのが世間の見解である。それに準じてお互いの生徒も互いを見下していることがある。北高生はスポーツしかできない、K学生は勉強バカで運動神経が悪い、といったことは日常的に耳にする。戦っている土俵は全く違うのだが、ライバル校という印象が根付いている。
それを最も象徴しているのは、年度末にある交流戦である。卒業生と在校生がスポーツと筆記テストで争うのである。お互いの十八番であるスポーツと勉強で争われるこの交流戦は、地域の放送局も毎年取材に来てテレビで放送されている。昨年度は、北高が勝った。
「それじゃあ、交流戦でさっき言ってた合気道の試合をしないか?それなら、真琴さんも見られるし」
「確か交流戦は、トーナメントだからお互いが勝ち続けないと対戦できないよな」
「負けなければいいなんて、簡単じゃないか。俺はもちろん、光輝も絶対勝ちすすめられるって」
「面白そうだな」
「久しぶりに意気込んでる光輝を見たような気がするよ」
二人は、光輝の家に着くと荷物を運び入れた。光輝は片手しか使えないので、大半は拓馬が運んでくれた。運び終えると、拓馬は自分の家に帰って行った。
毎週日曜更新です。




