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本返し  作者: 愛松森
第三章
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第三章 本当の笑顔

光輝が目を覚ましたのは、午前七時のことだった。間違いなく遅刻する時間であるが、今日は学校に行きたくても行けない。


看護師さんが朝ごはんを持ってきてくれ、今日の検査の予定や面会のマナーなどを事細かに教えてもらった。この病院は以前母が入院していた病院と同じだった。そのため、大体の施設の場所はすでに把握できている。光輝が入院している病室は、母の病室のちょうど一つ下の階の部屋だった。


朝ごはんを終えると、さっそく検査が始まった。MRIなどの検査や、リハビリの説明などすべてを終えたころには、すでに正午を回っていた。お昼御飯は、病院内のレストランでそばを食べた。


午後からは特にすることもないので、病室に戻った。病室には、光輝の学校鞄と制服、拓馬の持って来た着替え類しかない。この中で一番暇つぶしになるものは、やはり読書という結論に至った。


 しかし、右腕を動かすことができないためまともに本も持てない。左手だけで持つこともできるのであるが、ページをめくるのに一苦労する。すでにあと二時間ほどで読み終える程度まで読み進めていたが、午後の時間をすべて使い切っても読み終えることはできなかった。


 コン、コンっとドアをノックする音がして、扉が開いた。入口に立っていたのは、榊原先生だった。


「体調はどうだ」


「あと、数日で退院できるそうです」


「それは、よかった」


榊原先生は、持って来たスーパーの袋から温かそうな缶コーヒーを出してくれた。光輝は、それを受け取ると、左手で起用に開けた。


「なかなか、片手だけでこれを開けるのは難しいと思うが」


「さっきまで数時間、ずっと左手だけで本のページをめくっていたので、それで慣れていたのだと思います」


榊原先生も缶コーヒーを開けて、ごくりと飲んだ。


「今日は、二週間停学処分についての説明に来た。言いたいこともあるだろうが、まずは話を聞いてくれ」


「はい。わかりました」


「まず、君が女子生徒に手を出したという報告が多数の二年生女子から寄せられている。放課後に裏門のあたりに呼び出して、淫らな行為をしようとしたところを山室が力ずくで止めたと証言している。これに間違いはあるか」


「はい。すべて事実と異なります」


即答だった。


「まず、僕が呼び出したのではなく、僕が呼び出されました。次に、僕はいっさい手を出した覚えは無く、山室先輩に一方的に暴行されました」


それを聞いて、榊原先生は安心したような安堵の笑みを浮かべた。


「それを聞けてよかった。これで君たちのことをしっかりサポートできると思う」


「君たちとは、誰の事ですか」


「まだ聞いてないのか。二年の村上真琴と三年の上田龍之介が君の無実を証明しようと今、校内中を駆け回っているのだぞ」


それを聞いて、温かい気持ちになった。病院の冷たい雰囲気に染められ始めていた心が救われるようだった。


「本当ですか。それは良かったあの二人なら上手いことやってくれると思います」


「君の二週間停学処分は、校長の独断で決定したというよりも、教育委員会から指示されたとう方が正しい。山室の親は、教育関係でかなりの権力をもっているからそこからの圧力だと思われる。先生もこんな理不尽な決定には賛同しかねるのだが、事実が未だ曖昧だから、いかんともしがたい。君の運命は、あの二人に託されたといっても過言ではない。あの二人が動かぬ証拠を持って来たときには、全力でサポートすることを約束しよう」


「よろしくお願いします」


それだけ言うと、榊原先生は病室から出て行った。それから五分以内に、拓馬が入ってきた。その顔はいつにもましてニヤついている。


「学校の噂で聞いたんだけど、光輝がセクハラ的なことをしたとか。それ本当か」


「なんで、拓馬の学校でそんな噂が流行ってんだよ。嘘に決まってるだろ」


「俺たち北高生は、わりとK学の人たちとも仲がいいから。自然と俺の耳にも入ったってわけ」


拓馬は、制服で学校帰りにここに来てくれた。学校の鞄から、用意してくれた教科書一式をだして、ベットの隣にある棚に入れてくれた。


「どうせ、彼女がいじめられてたからそれを英雄のように救い出そうとして、逆に痛めつけられたとかなんだろ」


ほぼほぼ的を射たその発言に、光輝はうろたえた。表情には出さまいと必死に真顔でいるように努める。


「当たったな」


「少し違うかな」


「彼女はいないはずだから、好きな人とか」


「まあ、そんなところだ」


それを聞いて拓馬は、興奮して一段とテンションが高まった。いろいろ質問攻めにしてやろう、というのが見ているだけで読めてしまう。


その時、まさに拓馬が口を開こうとしたとき、病室のドアがノックされた。


「はい」


光輝が返事する。


「有沢志保と申します。お話が合ってまいりました」


ドアの向こうから聞き覚えのある声がした。確か、あれは昼休み手紙を渡しに来た二年生だったと思われる。


拓馬は、手でグットサインを出して、自分の荷物を即座にしまって、


「応援してるからな。邪魔しないうちに帰るわ」


来て、数分で帰ってしまった。拓馬は出ていくときに有沢を中に招きいれた。


病室に入った有沢は、光輝の前に行き、土下座した。あまりに唐突なその状況に、光輝は戸惑った。


「すみませんでした。こんなことになってしまったのは、私の責任です。許されないことをしてしまいました。まさかこんなことになるとは、思いもよらず、軽率な行動をとってしまいました。本当にすみませんでした」


有沢は、床にひれ伏したままでいた。光輝は、怒りというよりはむしろ憐みの念を抱いた。


「いえ、いえ、僕の方こそ先輩に対して挑発的な発言ばかりしてしまいましたから、その報いを受けたのでしょう。そんな恰好をされては、こちらとしても話しずらいのでこちらの椅子に座っていただけませんか」


それを聞いた有沢は、頭を上げて光輝の向かい合う配置にある椅子に座った。光輝のことを直視することはせず、俯いている。


「どうして、そんなに俯いているのですか。こんな怪我たいしたことありませんよ。顔を上げてください。あなたは、何も悪くない。山室先輩にやらされただけなんですよね」


「はい。でも、断ることをしなかった私も同罪です」


相変わらず有沢は俯いたままだった。


「そんなことないですよ。断れなくて当然です。逆らえませんよね。だって、あの人見るからに怖いですし」


「それでも、私は逆らうべきだったんです。自分が次の標的になるようなことになっても」


「そんな自己犠牲は、必要ないです。一人で抱え込める問題ではないですから」


それを聞くと、有沢は顔をゆっくりと上げた。


「私は、一年の頃山室と佐藤にいじめられていました。ずっと、一人で苦しんでいました。いっそこの学校をやめてしまおうかとも思いました。でも、真琴が私を助けてくれたんです」


「真琴が?」


「はい。真琴とは幼稚園からの幼馴染です。真琴は、山室と佐藤から私を救い出してくれました。なのに私は、周囲がアンチ真琴になったことで私もその波に乗ってしまいました。またあの孤独に戻るのは怖かったんです。それからは、山室と佐藤の陰で隠れて過ごしてました。真琴がいじめられているのも、もちろん知っていましたが黙殺していました」


有沢は少し間を取るように、深く息をすった。光輝は、黙って有沢の話を聞いている。


「私は、真琴を裏切ってすべての重荷をなすりつけた、そんな最低な人間です。だから、真琴のために、立ち向かうあなたがすごく輝いて見えました。私を救ってくれたあの時の真琴と同じ雰囲気を持っているあなたは、何かこの状況を変えてくれるのではないかと、勝手な期待もしてしまいました。本当にどうしようもない人間なんです。人にすがることでしか生きて行けないんです。どうか、笑ってください。こんなみじめな私を」


「誰が笑うんですか。笑えるはずないじゃないですか。有沢先輩も苦しんでるんですよね。僕にはわかります。」


思わず大きな声を出してしまった光輝は、今病院に居ることを思い出して声のボリュームを落とした。


「僕が初めて有沢先輩に会ったのは、確か昼休みのコンビニ帰りの時です。でも、そのことを今の今まで忘れていました。それはなぜでしょうか?」


「そんなの私が他の二人よりもただ大人しかっただけでしょ」


「いや、違います。あの時、有沢先輩は真琴の悪口を一言も言ってなかったからです。それは、なぜですか?」


「・・・・・」


有沢は、黙って拳を握りしめた。ぎゅっとみぎり締めた拳を見ていた。


「本当は、嫌だったんですよね。止めたかったんですよね。あの時見せた笑顔は偽物だったんですよね」


「あなたって、なんでそんなに強くいられるんですか。弱い者にもちゃんと目を配れるんですか」


「それは、簡単です。僕も弱者だからです。だけど、自分が出来ないことも出来ることも把握して、自分が

どう行動するのが最善策かということを常に考えています」


「私もそんな風に変われるでしょうか」


「変われると思いますよ。変わろうと思えばの話ですが」


有沢は、顔を上げてまじまじと光輝を見た。


「ありがとうございます。なんだか、勇気付けられました。私も変わろうと思います」


「お役に立てて何よりです」


二人は初めて笑いあった。本物の笑顔で、偽りのない笑顔で。


今週は十八~二十部を更新します。

十八;0:00  十九;6:00  二十;16:00に更新する予定です。

毎週日曜更新です。

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