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本返し  作者: 愛松森
第一章
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第一章 <少女の憂鬱>

本返し、プロローグの続きです。

このぐらいの長さで、毎回区切りのいいところで投稿していきたいと思います。

前回よりは長めの尺です。

次回はいつになるか未定です。

第一章


少女の憂鬱


 高校一年の春。いまから一年前の話。


 私は、補欠合格で県内の県立学校に入学した。


 楽しみだった高校生活が始まった。憧れの高校生となれたことで心が浮ついている。


 毎日が新鮮な日々だった。


 補欠合格であったから、最下位なのだろうと思っていた課題テストが思いのほかよかった。三百二十人中百三位であった。


 この結果に胸を撫で下ろした。


 正直、勉強面をとても心配していた。中学の頃から適当に授業を受けて、適当に宿題して、適当に受験勉強した結果の補欠合格。ちょっと恥ずかしい。


 周囲の人には、私の補欠合格はばれていないらしかった。


 同じ中学校からの友達はもちろん、他の中学校からの人とも仲良くなった。


 毎日が楽しくてしょうがなかった。


 部活動に、休日のお出かけ、かわいい制服。中学の頃に思い描いていた高校生活。


 だが、実際はそんなに甘くなかった。県内最高偏差値の県立高校であるからか、いつしか周囲の人たち

はみんな勉強ばかりしていた。


 私も、そんな周囲に合わせるように勉強ばかりしていた。その甲斐あって校内順位は二十位前後になった。


(やっと、高校生になったのに)

 と心のなかで呟いては、何か適当に理由をつけて自分の欲望を諦めをつけて勉強ばかりした。


 何の目的も目標もない勉強には限界があった。


 一学期の最後の模試で六十三位に落ちてしまった。


 そのまま、だらだらと過ごして夏休みに入ってしまった。


 夏休みに入ると、私はおじいちゃんの家に預けられた。


 母も、父も共働きなので昼間に家にいない。昼ごはんぐらい一人で作って、食べられる年齢であるが、

「火事なんかになったらどうするの」と母が無駄な心配をしておじいちゃんの家で夏休みは過ごすことになった。


 おじいちゃんの家は、自宅から自転車で十五分のところにある。


 スーパーを経営しているおじいちゃんは、毎日朝早くから夜遅くまで働いているが、昼時になると帰ってきておいしい昼ご飯を作ってくれた。


「ねぇ、じいちゃん。私は何のために勉強してるのかな。最近わかんなくなっちゃった」


 そんな、私の愚痴にも似た質問におじいちゃんは真面目に受け止めてくれる。


「勉強の目的か・・。ちと、儂にはむずかしいのう。一つ儂から質問しよう。儂が昔必死に勉強していたと思うか?」


「全然。だって、じいちゃんアホだもん。その点、天国のばあちゃんは頭よかったって母さんから聞いてるよ」


「そうかい。そうかい」


 じいちゃんは、文字通り腹をたたきながら笑った。


「だが、儂はこう見えて高校は出ておるんじゃよ」


「別に普通だよ。高校なんてみんな出てるし。私だってもう高校生だし」


「そうか、時代が違うからのう。儂らの時代は高校に行ける人は今よりもずっと少なかった。一番の理由が経済面だろうけどな。戦争が終わった頃に、儂は生まれた。五人兄弟の二男としてな。家の畑仕事を手伝ったりしながら過ごしよったわけよ」


 そう話をつづけながらじいちゃんは昼ご飯を作る。


「そこまで裕福な家ではなかったから、兄弟全員が高校に行けるはずもなかった。でも、兄貴が高校に進学せずに就職して、お前が高校に行って勉強して来い、と儂に言ってくれた。で、儂が高校に行けることになった。それから儂は必死になって勉強した。母さんや父さん、兄貴や他の兄弟のためにもとと思ってな。結果、公務員になれた。それで、いままでの恩を返したわけよ。じゃから、儂の勉強の目的は兄弟を代表しての親孝行をすることやった」


 そこまで語って、用意のできた昼ご飯をダイニングテーブルに運んでくれた。


「要するに、一人ひとり目的は違う。絶対的に目的はこれである、なんてことは誰もいいきれないというのを忘れるなよ」


 じいちゃんは、そういうとチャーハンを食べ始めた。私もそれにならって食べ始めた。


「焦らないでも、そのうち見えてくると思うぞ」


「見えなかったら。私はどうしたらいいの」


 こんなことをじいちゃんに聞くのは筋違いであるように思う。でも、どうしようもなく不安なのである。


 このまま適当に高校を過ごして、適当な大学に進学して、適当な会社に就職して。こうして死ぬまでな

あなあに生きていくのかと思うと不安でしょうがない。


「夢が叶う人が何人いると思う?」


じいちゃんは、私の不安を感じているのだろう。いつもより優しい声である。


「・・・・・」


「ほんの一握りの人だけなんだよ。でも、周りの大人にがっかりして、人生を諦めている人はいないだろ

う?真琴は先を見過ぎとる。心配せんでも今できることを、今やりたいことをすればいい。そのあとに、結果がついてくるからな」


「後先考えなかったら、将来路頭にまようかも。それが怖いの」


「儂には真琴の見ている風景がわからんけど、人生の先輩として一つ言わせて欲しい。今思い描いとるよ

うな将来はきっと、来年思い描いとるものとは変わっとるわい。そうしてどんどん自分が理想から離れて

いくのをずっと感じながら毎日生きてく。そうしてると、今の自分に自信が持てなくなって、将来じゃな

くて、今路頭に迷うかもしれん。その先にいい未来は待っとるんかいのう」


 私は、箸をおいて俯いてしまった。今おじいちゃんの顔を見たら、泣いてしまいそうだった。


 高校に入って、周りの人たちにおいて行かれそうで、焦りだけが自分を突き動かしていた。


 そんな日々の連続で疲れ切っていた。


 自分の現在地も、目的地も分からない。北を見ているのか、南を向いているのかもわからない。教えてくれる人も、コンパスもない。そんな闇の中で走っていると思っていた。


 必死だったのだ。不安で不安でしょうがなかった。


 先ばかり見て、焦って、空回りして、失敗して。これの繰り返しだったのだ。


 気が付いていた。自分でも分かっていた。自分は何をしているのだと思っていた。でも、これぐらいし

かできることがなかったと思っていた。


「心配せんでも、世の中の大人はそれなりの生活をしてるし、それなりに幸せなんよ。もし、真琴が路頭にまようようなことがあったら、儂がどうにかするから、今を楽しんだ方がいい。」


 おじいちゃんは、そのまま席を立つと、仕事いってくると言って、行ってしまった。


 取り残された私は、チャーハンを一口一口噛みしめるように食べた。おじいちゃんの言った一言一言を胸に刻みながら。


 今できること、したいことを考えた。


 (じいちゃんの仕事を手伝いたい)


 私は、思い立ったら行動はできるだけ早くしようと思った。


 勢いよく残りのチャーハンをかきこむと、シンクでサッと洗った。


 動きやすそうな服装に着替えて、自転車でおじいちゃんのスーパーに向かった。


 夏真っ只中の暑さが身に染みる。汗が額に流れるのを感じた。


 スーパーにいきなり入って、手伝うという行為に少しためらいもあった。


 (迷惑かな)


 少しスーパーの駐輪場で立ち止まる。


 (まあ、いっか)


 私は、スーパーに入って店長室に向かう。


 この夏休み中に何度か来ていたので迷うことなく店長室まで行けた。


 そこにはおじいちゃんは居なかった。


 「あら、店長のお孫さんじゃない。どうかしたの?」


 店長室にいた女性スタッフが声を掛けてくれた。名札には佐藤とある。


「ちょっと、おじいちゃんに用事があるんですが、どこにいますか?」


「そこの通路を抜けて左に曲がったところに扉があって、それを通ったところにトラックの集積場があるんだけど、そこで備品の整理をしていると思うわよ。」


 「通路を抜けて左の扉ですね」


 佐藤さんは頷いた。


 私はお礼を言うと、その通路を通って左折し扉を開けた。


 冷房の効いた店内とは打って変わって、あの夏独特のジメッとした暑さがそこにあった。


 集積場と呼ばれるその場所には段ボールの山が所狭しと列をなしている。照明も所々にあるだけで少し薄暗い。


 おじいちゃんはそこで一人でせっせと段ボールを運んでいた。


「じいちゃん」


 おじいちゃんは、扉の近くに立っている私を見て驚いているようである。


「どうした」


「じいちゃんの仕事手伝いたいんだけど。ダメかな」


「段ボール重たいぞ。真琴に持てるんか」


「私、性格も体力も男っぽいんだから」


 おじいちゃんは、手招きをした。


 私はおじいちゃんのそばに駆け寄る。


「持ってみ」


 おじいちゃんはダンボールの山の一つを指示した。


 私はそれを軽々と持ち上げて見せた。


 「これが若さかい」


 おじいちゃんは驚いているようであったが嬉しそうでもあった。


「そんじゃ、段ボールについたシールの色によって仕分けるんじゃが、」

 と、作業の説明を始めた。


「ピンクはあそこ、赤はあそこ、青はあそこ」


 順々に指で示していく。


 合計十色もの区分があった。


 私は日々の学習で培った暗記力でそれらをしっかりと覚えた。


「要するにこの段ボール全部仕分けしたらいいんだよね。任せといて、私こういう作業好きだから」


 私はせっせと段ボールを運び始めた。


 力仕事には自信があった。


 近所には男しかいなかったから、小さいころから男子に交じって遊んでいた。その結果男子に負けないほどの怪力を手に入れた。


(あの頃は、こんなことに役立てようと男子に交じって遊んでいなかったな)

ふと思った。


(ただ、楽しいと思ったことをしてただけだったな。先のことを考えることなんかしないでさ。それがこん

なところで役に立つなんてね)


 私は次々に段ボールを運ぶ。そのたびに頭の重荷も片付いていくように感じた。


 段ボールの山も次第に少なくなっていく。


 百箱ほどあった段ボールもあと十箱程度となった。


 おじいちゃんはいつの間にかいなくなっていた。


 灼熱の集積場での長時間の作業はさすがにきつい。


 おじいちゃんは一時退散したのだろう。


 私は残りの段ボールを運んだ。


「やっと、終わった」


 ふー、と息を吐く。


 汗をこんなにかいたのは久しぶりである。


 さっそく店内にいるであろうおじいちゃんに報告に行くことにした。


「真琴終わったか」


「あれ、じいちゃん外にいたの?」


 じいちゃんは搬入口から集積場に入ってきた。


「優秀な助手が来たから、外のごみを分別しよった」


 優秀な助手と言われて私は嬉しかった。


「ジュースでも飲むか」


「うん」


 おじいちゃんと店内に戻る。


 店内の冷房におもわず体が身震いする。


 時計を見ると午後三時。作業時間は約二時間というところだろう。


 飲み物のコーナーにつくと私はお気に入りのジュースをおじいちゃんに御所望した。


 レジに行くとさっき店長室で会った佐藤さんがいた。


「お手伝いご苦労様です」


 どうやら私のことはばれているらしい。


「私のわがままですから」


 そういうと、佐藤さんは笑った。


 私はジュースを受け取ると、おじいちゃんが、もう帰って勉強でもしなさいと言うから大人しく帰るこ

とにした。


 それかというものの、勉強が一気にはかどるようになった。


 不思議なことに前よりも気持ちが落ち着いて、集中力が増した。


 数週間の夏休みがあっという間に終ってしまった。


 私は、おじいいちゃんの家から再び自宅に戻ることになる。


 おじいちゃんに、お礼として何かしようと思ったが何も思いつかなかった。


 そんな私をみておじいちゃんは


「今度のテストはいい順位出せるんじゃないか」

 と笑って言ってくれた。


「また度々遊びに来ていいかな」


「ダメだ」


 私は、あっけにとられてしまった。


 そんな私を見ておじいちゃんは笑った。


「一位取ったら、胸張って遊びにきな」


「そんなのいつになるかわからないよ。でも、絶対遊びに行くから待ってて」


 おう、と返事をしたおじいちゃんに送り出されて私はおじいちゃんの家を後にした。


 夏休み明けの課題テスト、結果は三位。


 喜んでいい順位であるはずなのだが、喜べない。


 そんな私の気持ちとは裏腹に両親は、私を褒め、御馳走を用意してくれた。


 ありがたく私はそれを食べるが、どこか心は別のところにあるようだった。


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