第三章 私の言葉は誰にも届かない
光輝が事故に合った翌日、真琴は何も知らないまま登校していた。教室に着くと、いつも以上にみんながざわついていた。
何を話しているかなど、一切興味はないのだが、時折、山瀬光輝、という名前が聞こえてくるので、読書をしているふりをして耳を傾けていた。
聞こえてくるのは、セクハラと山室、入院というフレーズだった。どうにも結びつく要素のないものばかりである。
予鈴のチャイムが鳴って、教室から全員が出ていく。今日は、週に一日ある朝礼の日なのである。全員が体育館に集合して、校長や教頭の退屈な話を聞かなくてはならない。時々、生徒会からのお知らせや、表彰伝達なども行われる。
今日、ステージに上がったのは生徒科長の榊原先生であった。いままで、榊原先生が壇上に上がるときに、良い話を聞いた記憶はない。いつも近所の住民からの苦情や、その他学校生活に関する説教ばかりである。
案の定、今日の先生の顔はいつも以上に険しい。
「ええ、諸君もいろいろと噂を聞いていると思うが、昨日我が校であってはならない事態が起きた。今回は、その被害者の生徒の友達が仲介に入って難を逃れたが、こんなことが起こったことに先生は大変ショックを受けている。もういい加減、していいこととしてはいけないことぐらい分かっているだろう。特に三年生はもう受験に向かって毎日何時間も勉強している。それを、後輩の二年や一年が邪魔するようなことが無いように気を付けてくれ。・・・・・」
その後先生の話は、十五分ほどあった。朝礼が終わって、解散した。
朝礼での先生の話と、教室での噂を考慮するに、そのセクハラを行った生徒が光輝であると推測できた。まず、ありえない話だと思い、確かめるために本人を探したが今日は欠席していると一年生に教えてもらった。
結局何もわからないまま、昼休みを迎えた。ことの真相を知るために、榊原先生に尋ねることにした。
「あの、今日の朝礼の話についてお聞きしたいのですが」
「昨日の事か?」
職員室には、榊原先生しかいない。他の先生は昼ごはんを外に食べにいったようだ。榊原先生は、愛妻弁当を食べていた。
「はい。あまり噂のような曖昧な情報を信じたくはないので、事実をしりたいのです」
「わかった。昨日、一年の山瀬光輝が二年の有沢志保を裏門前に手紙で呼び出して、淫らな行為をしようとした。それを見た二年の山室が止めに入ったそうだ。その時に、山室が山瀬を突き飛ばし、山瀬が運動会の櫓用の支柱にあたって、それが山瀬を押しつぶしたそうだ。その時の音で、我々教員がそこに急行して、処理をした。山瀬はその時の衝撃で、気を失って救急車で搬送されて、今は県病院に入院している。ざっくり、いうとこうなる」
真琴は、呆然としていた。まさか、あの光輝がこんなことを起こすとは考えられなかった。
「それは、光輝本人も認めているのですか」
「いや、昨日の段階で意識が戻ってないからまだ確認はとれていない。でも、安心してくれ、今日の朝意識が戻ったと連絡があった」
それを聞いて少し、気が和らいだ。
「それなら、まだそれが真実であるかどうかは、断定されていないということですね」
「その時の状況について、多くの目撃情報も挙げられているからまず間違いないとこちらは判断している。それとも何か腑に落ちない点があるのか」
「光輝がそんなことするはずがありません。山室は、二年女子の中ではかなりの力を持っています。ですから、その目撃情報も他の生徒に強要して言わせたということは考えられませんか」
そう言われてもな、と榊原先生は机の中からファイルを取り出した。
「これが、その目撃情報のリストだ。これを見る限り、口裏を合わせたとうことは考えにくいと思うがな」
そういってそのファイルを真琴に見せた。表紙には、マル秘のマークがあるのだが、躊躇することなくその中を見た。ざっと目を通すに、その内容はすべてが異なっており、それらにも矛盾が多少はあるのだが、全体で見ると筋が通っていた。
「君は、山瀬と付き合っているという話も聞くが本当か」
「いえ、ただの読書仲間です。たまに本屋や、コーヒー店で本について話し合う仲です」
「そうか。仲のいい人がこういうことをしたということは、ショックが大きいと思うが、これが事実だ」
「でも、・・・」
榊原先生がその言葉を遮った。
「かばいたい気持ちもわからなくもないが、学校としても隠密に解決できるように努力する。だが、山瀬にとってこの学校は生きた心地のしない場所になってしまうかもしれない」
「それって、光輝にこの学校を出て行けってことですか」
思わず声が大きくなってしまった。
「それは山瀬次第ということだ。悪いがこのあと、仕事が立て込んでいるからここまでにしてくれ」
真琴は、やるせない気持ちを抱えたまま職員室を出た。何を思ったのか、あの裏門の前に来ていた。
近くにある花壇に腰かけた。
どうしても、光輝があんなことをするとは思えない。何かの間違えであると思いたい。だが、先生にあれだけの証拠を見せられてしまっては、どうしていいかわからない。光輝を助けたいと思うのに、何も出来ない。
自分にもっと力があったら、山室のような学年の中心人物だったら。きっと二年生を束ねて、先生に抗議を申し立てることもできただろう。一人の力は、たかがしれている。まして、友達と呼べるような同級生のいない自分には、助けを求める相手もいない。
孤独に泣いた夜もあった。でも、その時は光輝がそばに居てくれた。光輝は、自分のことを先輩として慕いつつも、自然体で接してくれた。そのことが何よりもうれしかった。だれからも相手にされない学校は、息が詰まるほど苦しかったけど、光輝がいると思ったら少しは楽になった。
思えば、幾度となく光輝に助けられていた。それなのに、光輝が大変な時にそばに居てあげることも出来ず、陰で支えることもできない。こんな自分が情けなかった。
きっと光輝を助けるために、みんなに訴えかけても誰も耳を貸してくれないだろう。それに、榊原先生の反応を見るに、先生に言っても聞き入れてもらえそうにない。
自然と涙が出てきた。悔し涙が、頬をつたった。
「私の言葉は、誰にも届かない」
嗚咽紛れに、そうつぶやいた。悔しくて仕方がない。
「ちょっと、待て、まこもんの言葉は俺の耳にしかと届いたぞ」
顔を上げると、上田先輩がビニール袋をもって立っていた。
「どうして先輩がここにいるのですか」
「そこのコンビニに昼飯を買いに行ってたんだけど。何かあったのか」
どうやら、上田先輩には光輝の噂が流れていないらしい。
「今日、朝礼で榊原先生が話していたこと覚えてますか」
「あの女子生徒に男子生徒がちょっかいを出したって話か。それがどうかしたのか」
「その男子生徒が光輝かもしれないんです。とうより、先生もみんなも犯人は光輝だと思ってるというか、断定しているんです」
上田先輩は、考え事をするように右手を頭に当てて真琴の前を左右に歩いている。その顔は、真面目で真剣なものであった。
「その件、俺に任せてくれない。なんとかなるかもしれないから。でも、まだ確定したわけではないから、あくまで可能性があるっていう話だから」
「でも、先輩は受験勉強で忙しいのではないのですか」
「気にするな。俺を誰だと思ってるんだ。受験勉強と後輩のピンチに救いの手を差し伸べるのとどっちを取るかなんか、比べるまでも無く後者に決まってる」
それを聞いて、なんだか安心してしまった。その途端、涙が止まらなくなってしまった。
「おい、おい、なんで泣くんだよ。先輩が後輩のために何かするなんてこと当たり前だろ」
真琴は、声を殺しながら泣いていた。上田先輩も真琴の横に座って、買ってきたおにぎりを食べていた。真琴は、ひとしきり泣くと深呼吸して息を整えた。
「落ち着いたか」
「はい」
「そう一人で抱え込むなよ。いつでも俺は、味方になってあげるから」
上田先輩は、食べかけのおにぎりを一気に口に押し込む。
「先輩が味方なら怖いものなしですね」
「そう言われるとなんか照れくさいな。でも嬉しいよ」
「あの、私の話聞いてもらえますか」
真琴は、自分の悩みについてすべてを上田先輩に打ち明けた。いじめられていることも、何もかも隠してい
たことはすべて話した。
それをまじめに聞き終えると、それじゃあ、と言って上田先輩は立ち去った。真琴も張りつめていた思いがすっかり軽くなったような気がした。
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