第三章 悲しみの夜
光輝が目覚めたとき、隣には幼馴染の拓馬が居た。拓馬は心配げな顔をしながら、光輝を見ていたが、意識が戻ったのが分かると安心したように見えた。
周囲を見ると、母さんが入院していた病室に似ていた。窓の外の風景は、真っ暗でここが何階でどこの病院なのかもわからない。
「光輝、お前大丈夫なのか」
「たぶん。つか、拓馬の方が状況知ってるんじゃないのか。それに、何で拓馬がここにいるんだよ」
「光輝の父さんに光輝が入院したから様子を見に行ってもらえないかって言われて。まさか、鉄パイプに潰されるなんて思ってもなかっただろう」
やっとここで、光輝は自分の背後で起こった爆音の正体を知った。あの日、あの場所には運動会の櫓で使用した鉄の支柱が立てかけられていた。運が悪いことに、光輝は蹴り飛ばされてそれらを倒したのだ。それが光輝を押しつぶしたらしかった。
「僕以外にけが人はいないのか」
「いないって、さっきまで居た学校の先生が教えてくれたよ。確か名前は、榊原先生だったかな。結構貫録のある先生だった」
「拓馬の目はまだ曇っていないようだ。榊原先生は、学校一の鬼教師だから次会う時は気を付けた方が良いと思うぞ」
そう言いながら、光輝は自分の状況を少し整理しようと自分の姿を眺めた。麻酔で麻痺しているのか、自分の体の感覚がほとんどない。右腕は、ギブスでがっちり固定され骨折していることは確定している。他の外傷はぱっと見た感じ無いようだった。
「僕の容体って、どんな感じなんだ」
「詳しくは伝えられてないんだけど、右腕と肋骨の骨折、あと頭を強く打ったことによる脳へのダメージで記憶が飛んでる可能性があるらしい。他にもなんか言ってたけど、あんまり覚えて無いわ。また、明日主治医の先生が説明に来てくれるっていってた」
「そうか、ありがとう」
どうやら、思ってた以上に頭へのダメージが大きかったらしい。あの時の衝撃は、確かに凄まじく、受け身も取らずにまともに受けてしまったのが悪かった。肋骨の骨折は、鉄パイプというより、山室の蹴りの可能性の方が高いように思える。あの時のことを思い出すだけで、腹立たしい。
「あと、言いにくいんだけど、学校側が光輝に二週間の停学処分にするって決定したらしい。理由は本人にしか言えないと言われたから、明日また榊原先生が来ることになった」
「えっ、ちょっと待て。なんで僕が停学処分になるんだ。意味が分からない」
拓馬は、大きなあくびをして目に浮かんだ涙をぬぐった。時計を見ると午前二時だった。光輝が倒れたのは、放課後の事だからあれから約八時間経過している。おそらく、拓馬は眠ることなくずっと横に居てくれたのだろう。
「なんか、ごめんな。こんな時間まで、ありがとう。とりあえず、なんとなく状況は理解できたから、今日はもう帰った方がいいんじゃないか」
「そうか、それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。さすがに、明日の学校を休むわけにはいかないからな。今日は、二時間睡眠かな」
「ホント、ゴメン。いつか、この恩は返すから」
「気にするなよ。俺たち親友だろ。こういう時こそ、俺たちの関係が役に立つんじゃないか。困った時はお互い様だ」
拓馬は、そばに置いていた財布とスマホをポケットにつっこんで、また来るわ、と言って病室を出て行った。
光輝は、放課後の出来事についてもう一度思い出すことにした。記憶が欠落していては、いけないと思ったからだ。それにしても、気がかりなのは二週間の停学処分のことだった。来週には、文化祭が控えていた。初めての文化祭であるから少し楽しみにしていたのだ。なぜ、自分にこのような処分が下ったのかは、定かではないが何か嫌な予感がする。
結局、真琴を救おうと思っていたのに結果として何も変えることはできなかった。かえって、この状況で真琴を苦しめてしまうのではないかと不安だった。どうして、こんなことになってしまったのか、と考えれば考えるほど自分の落ち度と山室への恨みにも似た感情に支配されてしまう。
いつものことだが、自分が一人では何もできない、ただの弱い人間なのだと痛感せざるをえなかった。悔しさと自分の無力感を増大させただけであった。
いつのまにか、頬を涙が流れ落ちていた。だが、今はそれを拭うために手を動かすこともままならない。光輝は、一人悲しい夜を過ごした。
今週は十八~二十部を更新します。
十八;0:00 十九;6:00 二十;16:00に更新する予定です。
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