第二章 R.U
真琴から連絡が入ったのは、それから四日たった木曜の夜のことであった。
メールによると、R.U.さんと今週の土曜日、午後一時にスーパーのコーヒー店で会うことになったそうだ。手紙を挟んで朱の詩集を返却したら翌日には返事が挟まっていたらしい。
十二時半ごろに早めに集まってR.U.さんを待つことになった。ただ会うだけでは、面白くないので、光輝は俳句の題材に成りえるような写真を何枚か選りすぐって持っていくことにした。
R.U.さんは、俳句も短歌もあらゆるジャンルの詩を書くことが出来るのである。俳句は、そう数が多いわけではないが、十数作品は鶯の詩集に掲載されている。
土曜日まで残すことあと二日であるので、今から新しい写真を撮りに行くよりもいままでの写真から持っていくことにした。
いままで撮影した写真は、すべて部屋のパソコンに保存している。撮った日付ごとにファイルにまとめている。
写真部に入部してからの半年で撮った写真は、六千五百枚程度になっており、そろそろ整理する頃合いだと思っていたからちょうどいい機会だ。
すべての写真に目を通すだけで、半日以上かかった。そこから写真を厳選するのだが、数枚にする予定が、数十枚になってしまった。それらの写真を現像して、一枚一枚小さなアルバムに張り付けて一冊の写真集のように仕上げた。
そして約束の土曜日を迎えた。
いつものショルダーバックに財布と用意した写真を入れた。昼間でもさすがに寒さに体がこわばるようにな
ってきたので、しまっていたダウンジャケットを着ていくことにした。
コーヒー店に約束の十二時半ごろに到着した。真琴は先に来ていて、右角の席でパンを食べていた。
光輝は、先にホットコーヒーを注文してから右角の席に着いた。真琴とたわいもない会話をしてから、スーパーに昼ごはん代わりのおにぎりを買いに行った。
レジから戻ると、真琴の正面に見知らぬ人が座っていた。服装は、見覚えのあるK学の制服である。制服から見て男子生徒である。真琴の彼氏か何かかと思って、しばらくコーヒー店の入り口付近で様子をうかがうことにした。
その男子生徒と真琴の様子を見るに、あまり慣れ親しんだ仲ではないことがなんとなくうかがい知れたので、近寄って声をかけてみることにした。
席に近づくと真琴が手招きした。それを見た男子生徒が光輝の方を振り向いた。
ブレザーの胸ポケットに裏返してつけられた名札の色から見て、三年生の先輩であると分かった。とりあえず初対面の先輩に会った時の対応として、光輝は自分の学年、氏名を名乗った。
「はじめまして、K学一年の山瀬光輝と申します」
先輩は光輝の自己紹介を聞き終えると、座るように促した。
「どうも、俺は三年の上田龍之介。まあ、みんなからは龍君って呼ばれてるからそれで読んでもらって結
構。光ちゃんには、入学当初から会って話してみたいって思ってたから会えてうれしいわ」
龍之介は、そういって学校鞄から本を取り出して光輝に渡した。
その本は、鶯色と朱色の二冊の本であった。
「しょうもないものやけど、マコモンから光ちゃんも俺の詩を読んでくれてるって聞いたから持って来た」
光輝は、マコモン?と思って横に座っている真琴の方を見ると照れくさそうないつもの笑顔を向けるばかりであった。
「ありがとうございます」
そう言ってショルダーバックに本を入れて、ついでに写真を取り出した。
「あの、僕からも」
写真を龍之介に手渡した。
「なんやこれ」
まるでクリスマスプレゼンをもらった小学生のように目を見開いてアルバムを開いて吟味し始めた。
「スゲー、めっちゃ綺麗やん。こんな写真どこで買えんの?」
龍之介は、体をテーブルに乗り出してきた。
「それ全部僕が撮った写真です」
光輝は、真顔でそう返した。
「俺にそんな嘘は通用しないでぇ」
龍之介は、光輝がジョークを言っていると思っているらしい。
「嘘じゃないです」
真琴が横やりを入れてきた。
「嘘じゃないですよ。光輝は高級カメラで毎日パシャパシャ撮ってますから」
「マジか。まさか一年学年トップの君にこんな隠れた才能がまだあるとは」
龍之介は、ずり落ちかけていたメガネを定位置に戻す。そのまま、もらったアルバムの写真に一通り目を通した。
「なにかお気に入りの写真はありましたか」
光輝が龍之介がアルバムから目を上げたタイミングで尋ねた。
「この夕焼けの写真が一番きれいだと思ったんだけど、これはどこで撮った写真なんだ?」
龍之介は、オレンジ色のきれいなグラデーションのかかった空の写真を見せた。写真の日付けは、八月十日であった。
「それは、高速バスで瀬戸大橋を渡っている時に撮ったものだと思います。夏休みを暇で持て余していたの
で、ちょっと四国の方に旅行に行ったので。特に瀬戸の夕焼けはきれいだと聞いていましたが、想像を超えるほどの美しさだったと記憶しています」
「瀬戸の夕焼けねぇ。良い題材になりそうだ」
隣に座っている真琴は、じっと二人の成り行きを伺っている。
「それにこの写真もいいね。ウミホタルだよな」
「はい。それも四国の愛媛県にある今治市で撮影しました。親戚が愛媛に住んでいるのでそこの人に連れて行ってもらったんです」
「じゃあ、この写真は・・・・・・・・・」
それから数時間、写真と詩の話を三人でして解散することになった。そうと決まれば、上田先輩は、学校の鞄を背負って早々に塾へと向かった。受験勉強真っ只中に後輩と数時間も駄弁っていたから少しは焦りの気持ちもあったのかもしれない。
光輝と真琴は、そのままコーヒー店に残って少し話すことにした。
「上田先輩って、本当に面白い先輩だな。僕もあんな先輩になってみたいよ」
「光輝と上田先輩は、似てるからいつかああいう先輩になれると思うよ」
ほとんど場を盛り上げていたのは、上田先輩であったので、いつもの落ち着いた雰囲気になってからも少しそわそわしていた。
「どこが似てるんだよ。どっちかというと陰気な僕に比べて、上田先輩は陽気で明るいだろ」
「まあ、そういうところは違ってるけど、上田先輩も入学してからずっと学年トップなんだって。K学で
は、有名な話だよ」
「そんな人だったとは、知らなかったよ。てっきりムードメーカーに徹しているそこそこの人だと思って
た」
「光輝は知らないと思うけどああ見えても、前生徒会長だし、しっかりとした人だと思うよ。教師陣からの
信頼も厚いしね」
コーヒー店に来てもうかれこれ六時間は経とうとしている。日はとうに沈み、コーヒー店の窓の布製のおしゃれなブラインドが下ろされた。店の照明もすべてが稼働している。
「ここの本棚って、K学生ばかりが使ってるのかな。なんか変な感じがする。こんなことがあるんだな」
「偶然なんて、この世にあふれるほど起こってると思うよ。ただ、それに気が付かないか、気が付いたとし
ても、気に留めないでいたりするんじゃないかな。私もたまにそういうことあるから」
「そうだな。僕もなんだか見落としてきたものが多いような気がするよ。見えない所でたくさんの人が僕のことを支えてくれてたりしてさ。後になってからそれが分かったけどその時には、もういろいろ手遅れになってて。恩返ししたかったけど、出来ず仕舞い。まだ十五年しか生きてないけど、悔い残りまくり」
「誰だって、そうだよ。私も後悔してることたくさんあるよ。今もずっと後悔してる。でも、後悔無しで生きて行ける人なんて、そう居ないからね」
いつものように、話す真琴の顔はいつもよりも暗く見えた。光輝はそれに気が付いたが、あまり詮索をいれるのは好きではないので、真琴から目をそむけて、先輩からもらった本に目を移した。真琴もしばらく俯いたままでいたが、明るいいつもの笑顔が戻ってきた。
「私、今日はもう帰るね」
「僕も一緒に帰るよ」
光輝は、本を片付けようとした。
「今日は、一人で帰りたい気分だから。ごめん」
光輝は、今しか聞くタイミングが無いだろうと思い、言った。
「何かあったのか」
「いや、特に何もないけど。少し疲れが溜まってるのかな」
光輝は、やはり聞いてはいけないことだったのだと思って、それ以上は引き止めず、二人は別れた。
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