第二章 夜の撮影会
二人は、飲みきったマグカップをテーブルの端に置いて、あの本棚を使う謎の人物について話し合うことにした。
「私も一回か二回、光輝に頼んでいた本とは別に新しい本が入っていたのを見たことがあったような気がする」
「それはいつ頃の話なのだ」
真琴は、横に置いているバックから、手帳のようなものを取り出して、ページをめくる。
「えーっと、・・あった」
そのページを広げて、テーブルに置いた。
「今年の四月八日に手紙の入ってない本を読んでる。光輝は、必ず手紙を書いて挟んでくれていたよね」
広げた手帳は、カレンダーになっており、真琴が指差す欄には、手紙なし、と書かれていた。
「ああ、いつも短くてもちゃんと裏表紙に挟んでから本棚に置くようにしてた。って、ことは、その本は誰かが置いたってことになるな」
「ちょっと待ってね」
そういうと、真琴は再びバックの中からノートを取り出した。
「これ見て」
ノートを広げて光輝に手渡した。
ノートの左上の日付けの欄に四月八日と書かれている。その下には、長々と文章が書かれている。どうやら日記のようだ。
[今日は、高校二年の初めての登校。まあ、いつも通りの学校でした。新しいクラスは、おとなしい人ばかりで、休み時間も騒がずに読書に勤しめました。なんでかわからないけど、今回は、K.Y.さんの手紙が挟まって無くってすっごくがっかり。私結構あれ楽しみなんだよね。ちなみに今日読んだのは、詩集みたいな本でした。表紙は無地できれいな鶯色をしていて、作者名も、表紙に作品名も書かれてなかったけど、いい詩ばかりで心にしみわたりました。・・・・・・・・・]
「だいたい状況は、理解できたよ。ありがとう。真琴は、僕の手紙を楽しみにしてくれてたんだね。うれしいよ」
光輝は、ノートを真琴に返した。
「もう、恥ずかしいからそんなこと言わないでよ。やっぱり、このノート光輝には見せるべきじゃなかった」
「ごめん、ごめん。ところで、その詩集には真琴は手紙を挟まなかったのか」
「もちろん、挟んであの本棚に返したよ。次に読んだ本に、光輝からの手紙が挟まっていたけど、話が食い違っていておかしいなって思ったけど、その時はそんなに気に留めて無かったんだよね」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
光輝は、バックを片に下げて席を立った。
「行くって、どこへ」
真琴も、バックをもって立ち上がる。
「決まってるだろ、本棚だよ」
光輝は、二人分のマグカップをカウンターに返却した。二人は、店を出て本棚に向かった。
「もしかしたら、まだその本残ってるかもしれないだろ」
「そっか、光輝はその本を持ち帰ってなかったんだ。それじゃあ、まだ残ってるかもしれないよ」
二人は、本棚の前に来て、鶯色の本を探し始めた。
「あったよ」
真琴が右下の隅にあった鶯色の本を手に取った。
「これをどうするの。これが何かの手がかりになるとは思えないけど」
「まあ、見てなって」
光輝は、その鶯色の本の表表紙の裏に挟まっていた手紙を取り出した。
「それは私が書いた手紙だよね」
光輝は、手紙を開けてそれを読んだ。
「予想的中。これ見てよ」
光輝は、その手紙を真琴に手渡した。真琴は、それを受け取るとそれを読み始めた。
[M.M.様
初めまして、R.U.と申します。私の詩集をお読みいただきありがとうございます。自作の詩集ですので、製本もあまり上手にできていませんし、内容も素人が書いたものですので、内容も薄っぺらいものだったのではないかと思っておりましたので、M.M.様からの感想はとても心温まるものでした。ありがとうございます。
話は変わりますが、第二作を作ろうかと思っています。まだ手も付けていませんが、秋ごろには完成できるように頑張りたいと思います。その時は是非M.M.様にも読んでいただきたいです。
それでは、また秋が深まる頃に]
真琴は、はっとして顔を上げた。
「このR.U.さんがこの本棚を使ってるもう一人の人物ってことなの」
「たぶんね。まあ、もう秋だしそろそろその第二弾をここに入れにくるんじゃないかな」
「楽しみだな~。R.U.さんの詩本当にいい作品が多くて、国語の苦手な私でも飽きずに最後まで読めたから。光輝も読んでみたら」
「もちろん読むつもりだよ」
光輝は、鶯色の本をバックの中に入れた。手紙は、真琴が日記ノートに挟んで持って帰ることにした。
「じゃあ、今日はもう帰ろうか」
光輝は、スーパーの出口に行く。真琴もその少し後ろをついて来た。
スーパーから出てみると、空はすっかり雲が晴れていてきれいに月が出ていた。
「なんだ、天気予報って当たるんだ」
光輝はボソッと呟いた。後ろを振り向いて、真琴を見るがどうやら聞こえていなかったらしい。真琴は、バックからマフラーを取り出して首に巻いている。
光輝の視線に気が付いて、
「どうかした?」
「いや何でもないよ。もう、夜は冷え込むから僕もそろそろ防寒具を出しておかないといけないな」
自転車に乗って、来た道を家に向かって走る。雨の影響で冠水していた道路も今はもう水たまりを残すだけである。
「きれいな月だね。今日の天気予報は夜は晴れるって言ってたけど、まさか本当に晴れるなんて。最近の天気予報の当たる確率って結構高いのかな?」
後ろから真琴の声が聞こえた。
「最近読んだ文献によると、だいたい明日の天気予報が当たる確率は九十パーセントほどで、
明後日は、八十パーセント、明々後日は、七十五パーセントってだんだん精度は落ちるらしいけど、大体当たるらしいよ」
光輝は、後ろに聞こえるように少し大きめの声で、近所の人の迷惑にならない程度の声で言った。
「こういう日には、写真とか撮ったりしないの?すっごくきれいな夜空だよ」
真琴の声はなんだかいつもより生き生きしている。
「撮ろうと思って準備してたけど、家でる時に曇ってたからカメラとか機材とか全部家に置いて来た」
「なんかもったいない。撮りに行こうよ」
真琴は、光輝の横に出てきた。二人は、並走する形になった。
「行くって言っても、時間が時間だし、真琴のご両親もこんな遅くまで外出するのは、許してくれないんじゃない。僕は、親がいないからその点は問題ないけど、やっぱりまだ高校生だし、こんな深夜に出歩くのは何かと問題がある気もするけど」
「まあ、そのへんは心配しなくてもいいよ。私の親は私には甘いから、友達の家に泊まるって言ったら、ちゃんと礼儀正しくして迷惑かけないように、って言うくらいですぐに許可でるから。確かに高校生二人でうろつくのは、危ないけど光輝の家の周辺はそんなに街灯もないし、庭先でも写真ぐらい撮れるんじゃないの」
確かに暗い所の方がきれいに夜空を撮影できる。それに光輝の家の周辺は、民家が多く、一日中明るいコン
ビニもなければ、自動販売機も周囲にはない。街灯もそれほど多くない。
「そうは言っても、やっぱり・・」
「大丈夫、私はこう見えても昔は男子どもに紛れて遊んでたから、運動神経も並みの女子より良いし、多少は写真の知識もあるし、立派な助手になれると思うんだけど。今日なら、バイト代ゼロで手を打ってあげてもいいけど」
真琴は、早口にまくしたてた。それがあまりに早くて、面白くて、光輝はおもわず吹き出してしまった。
「それは、オッケーっていう合図と心得ましたが」
「しょうがないな。今回だけ特別。そんなに早口に言う人初めてみた」
光輝はまだ、笑いが止まらない。いつもは、笑うな、とツッコミを入れそうな真琴であるが、今回は終始笑顔でいた。
そのまま並走して、光輝の住んでいるアパートに着いた。自転車置き場に自転車を止める。
「なんか風情のある家だね。私こういう家好きだよ」
「外見は古民家だけど、中は現代のアパートと同じだけど。どうぞお入りください」
玄関扉を開けて、招きいれた。
「おじゃまします」
光輝は、家に入るとまず廊下の電気をつけて、真琴をリビングに通した。真琴にリビングのソファに腰かけてもらい、光輝は自分の部屋のへカメラと三脚などを取りにいった。
カメラや三脚は午前中に準備していた状態で部屋に置いていた。それらを持って、リビングに戻った。
真琴は、ソファに座って電話していた。
「ママ、今日は友達の家に泊まって帰るから。・・・・・分かってる。迷惑はかけないようにするから、明日の昼前には帰るから。じゃあ、おやすみなさい」
スマホをバックの中に戻す。
「私は、助手として何をしたらいいの」
「それじゃあ、このバックを持ってもらっていい?」
「了解しました」
真琴は、光輝が持っていたバックを受け取った。中には三脚とリモコンが入っている。
「それじゃあ、縁側から外に出てください」
光輝は、リビングにある大きな一枚戸を開けた。開けたのと同時に冷たい風が部屋の中に入ってきた。
縁側から外履きのスリッパに履き替える。庭は車が八台ほど駐車できる広さで、桜の木が二本隅の方に植えられている。周囲は、田畑に囲まれ特にしきりという壁は使われず、田畑につづくあぜ道が土地の境になっている。
「そのバックから三脚出して、このあたりに置いてくれ」
真琴は、縁側にバックをいったん下ろし、三脚を取り出して光輝の指差したあたりに立てた。
「これでいい?」
「いいよ」
光輝は、バックからカメラを取り出して三脚に固定する。真琴はその傍らに立って見ていた。カメラの電源を付けて、角度とその他の調整を済ませた。
「バックからリモコン取ってくれる?」
真琴は、バックの中を覗き込んでコードを引っ張り出した。
「リモコンってこのコードのこと?」
「そうだよ」
真琴はそのコードを持ってきて光輝に渡した。
「よくクラス写真とか撮るときに業者のおじさんが使ってるだろ。リモコンを使ったら、カメラの本体のボタンを押さずに済んで、カメラの角度が変わることが無いから、いちいち調節し直す必要がなくなるんだよ」
「そうなんだ、知らなかった。解説ありがと」
光輝は、手元を懐中電灯で照らしながらリモコンを取り付けた。
「よし、準備完了。それじゃあ、部屋の電気消してくるよ」
光輝は、縁側からリビングの電気を消しに戻った。
電気が消されると、庭は闇に包まれた。
「光輝、どこにいるの。全く見えないんだけど」
庭のから真琴の声が聞こえてきた。
「ちょっと、待って今行くから」
懐中電灯をつけて、縁側から外に出る。懐中電灯の明かりをめがけて真琴が駆け寄ってきた。
「私、暗いのダメなの。小さい頃に肝試しして転んで大けがしてから一人で暗い所に居たらなんだか、息切れして苦しくなったりするから」
「それじゃあ、何か明かりでも持ってくるよ。やっぱり懐中電灯みたいな人工的な光よりは、キャンドルみたいな自然な光がいいよな」
光輝は、真琴と一緒にいったん家の中に入った。キッチンの横にある納戸の段ボール箱を何個か引っ張り出した。段ボール箱の側面にはガムテープが張られ、その上からマジックで中身が記されている。
光輝は、花火と書かれた箱を開けた。中には、着火マン、マッチ、小さなバケツ、ろうそくやキャンドルが入れられていた。
「結構たくさんあるんだね。私の家になんか一つもそんなおしゃれなキャンドルなんかないよ」
「これは、父さんが接待とかで使って残ったものだから、どれも一回は使ったことがあるものだけなんだけどね。たまに星を見る時に虫除け代わりになるキャンドルを使ったりもしたかな」
光輝は、箱の中からきれいなガラスの入れ物に入れられた手のひらサイズのキャンドルと着火マンを取り出した。
庭に戻ってそれに火をつけて縁側に置いた。淡い光が、あたりを浮かび上がらせた。
「少し暗すぎるかな」
「私はこれぐらいの明るさが好きだな」
「ならいいや。それじゃあ、撮影しますか」
光輝は、カメラの最終調節をしてリモコンを持った。
「はい」
光輝は、そのリモコンを真琴に差し出した。
「えっ、私がするの?」
「ここのボタンを押すだけだから」
光輝は、リモコンを真琴の手に乗せた。真琴はそれを握って、ゆっくりとボタンを押した。数秒の間があり、シャッター音が鳴った。
「だいぶ時間差があるんだね」
「カメラの撮影ボタンを押してからシャッターが切られるまでの時間を露出時間っていうんだけど、こういう星みたいに暗いものを取るときにはより多くの光を得るためにその露出時間が長くなるんだ。よく星空の写真で、星の軌道が線になってる写真あるだろ。ほら、あの、北極星を中心にして星の軌道がその周りをぐるりと回ってるような写真。ああいうのは、この露出時間を何十分とかに設定して撮影してるはずだよ」
光輝が力説している間に、二度ほどシャッターが切られた音がしていた。真琴は、光輝の話に相槌を打ちながらも、自分でカメラの向きを変えたりして撮影していた。
「楽しいね」
真琴は笑顔で光輝を顧みた。光輝は自分の話が流されていることを承知していたが、なぜだか悪い気がしなかった。
光輝は、少し離れた縁側に座ってカメラに燥ぐ真琴を見ていた。キャンドルの炎が風に揺れる。
「なんか、月が明るくてあんまり星がきれいにみえないね」
真琴は、空を見上げている。光輝も縁側から一歩外に出て夜空を見上げた。
夜空に浮かぶ月は明るく、周りの星々は霞んで見える。はっきり見えるのは、一等星か二等星ぐらいで他はあまりきれいに見えない。
「やっぱり、新月の日じゃないとあんまり見えないな」
「そうだね。次は新月の日にやろうね」
笑顔で真琴が言う。
「ちょっと待て、今回は特別で次回なんてものは絶対に無いから。いくらなんでも、それはやり過ぎだろ」
真琴は、ふて腐れたような顔を向けてきたが、すぐにカメラに向き直って、月を取り始めた。
光輝は、大きなあくびをしながらその姿を見ていた。
「ちょっと眠くなってきたから、リビングのソファで横になってる。満足したら起こしに来て、片付けは一緒にやってあげるから」
「わかった。あと、三十分ぐらい経ったら起こしに行くから」
光輝は、真琴を残して一人リビングに戻った。明かりはつけずに、一歩一歩足で探りながらソファまで歩いて行った。そのまま横になって、仮眠を取った。
どれだけ経ったかは、定かではないが真琴が起こしに来た。すでにカメラや三脚は完ぺきに収納されていた。
「なんか、僕が起きた意味がないような気もしなくもないんだけど」
「私は優秀な助手なんで、これぐらいのことはできて当然でしょ」
光輝は、真琴が持っている機材の入ったバックを受け取り、自分の部屋にそれらを片付けに行った。三分ほどで、リビングに戻ってみると、真琴がソファで横になって寝ていた。
「おい、おい、これはダメだろ」
光輝はその光景に後ずさりしたが、冷静に判断して、このあと取るべき行動を考えた。
さすがにソファで寝させるは心苦しい。だが、かといって年頃の女子が普段男子が寝ているベットで寝ることをよしとしないだろう。敷布団が部屋の押し入れにあったような気がする。この冷え込む季節に毛布なしというのも、風邪をひきかねない。
色々と考えた後、光輝はとりあえず敷布団を押し入れから引っ張り出した。洗濯を終えてしまっていたシーツを敷く。真琴を起こさないようにソファの下に敷いた敷布団に移動させた。毛布の予備は無かったので、暖房をかけてバスタオルのような少し大きめのタオルを用意した。暖房で乾燥するといけないので、一応加湿器も付けておいた。暗くならないようにダイニングの明かりだけつけっぱなしにした。
光輝が思いつくだけの気配りを施したあとで、自室に戻ってベットに入った。時計は午前二時ぐらいをさしていた。
(昼寝しておいて、良かった)
ゆっくり目を閉じると、すぐに眠ってしまった。
毎週日曜更新です。