第二章 夜遊び
光輝は、拓馬にもらったバーガーとドリンクを交互に口に運ぶ。
「あのさ、今日の夜って暇。つか、外に出てこられる?」
拓馬は、バーガーをすべて食べ終えて言った。
「たぶん良いと思うよ。父さんに確認してみないとわからないけど。で、何をするの?」
「学校の屋上に侵入する」
突然何を言い出すのかと、光輝は驚いた。拓馬は真面目な顔だった。
「そんなことしたら、先生に怒られるし、警備のおじちゃんに捕まるよ」
「そんなへまを俺が今までしてきたか」
「うん、してきた」
光輝は即答した。拓馬は一瞬静止したが、
「俺がいつそんなことをしたのか言ってみろよ」
と、強がった。
「小学一年のころ、小学校の裏にある山からドングリを校舎の向こう側まで飛ばせると豪語して、投げたどんぐりが勢いよく窓の中に入って行って、中にいた教頭先生にこっぴどく叱られた。小学三年のころ、体育の時間にかっこつけて逆立ちしていたらバランスを崩して、そのまま女子の群れに突っ込んで行った。小学五年のころ、肝試しをしよと侵入した小学校の校舎で、大きなくしゃみをして近くを歩いていた校長先生に発見された。小学六年・・・」
「もういいよ。よぉーく、思い出した。けど、もうあの時の俺とは違う。細心の注意を払えば、きっと何事もなくことは済む」
拓馬は、自信に満ち溢れているようだ。いつもこういう時に限って失敗をすることを光輝は知っていた。
「いつもそういう時こそ失敗するじゃん。もう先生とかに怒られるのはいやなんだけど」
「心配するなって、絶対いいもん見れるからさ」
「わかったよ。拓馬がそこまで言うなら、今回は信じてみようかな」
半ば冗談のつもりでそういった。
「今回は、は、ってなんだよ。今回も、だろ。毎回光輝は、こうだからな。石橋をたたいても渡らないみたいな。慎重すぎるんだよ。もっと大胆に行動していかないと、将来社長になった時も、決断するのに時間が掛かっちまうぞ」
拓馬は、光輝が話に乗ってくれたのがとても嬉しかった。光輝も、また二人で馬鹿なことができることを少し楽しみにしていた。
「僕は、肝は小さいけど、肝は据わっているから」
「それって矛盾してない。度胸無いけど、度胸あるって事だろ」
「大胆なことはできないけど、すると決めたら揺るがないってこと」
拓馬は、飲み物も食べ物も無くなった自分のトレーをもって返却しに行った。
光輝も急いでドリンクを飲み干して、トレーを返しに行った。
二人は店を出ると、家に向かって歩いた。国道の歩道は広い。二人は並んで歩いた。
時折通る自転車に道を譲りながら、ゲームや勉強のことを話しながら歩いた。昨日の雨は嘘であるかのように、今日は晴天、快晴である。街路樹の木の葉の合間から日差しが入ってくる。
「じゃあ、夜また迎えにくるから。何かあったら電話して」
「分かった。待ってる」
じゃあなと手を振りながら、拓馬は歩いて行った。
光輝は、玄関の鍵を開けて中に入った。
「ただいま」
家の中から返事はない。静まりかえっている。
光輝は、自分の部屋に入って荷物を机の横に下ろした。制服を脱いで、私服に着替える。
今日は、夜に備えて早めに晩御飯の準備を始めた。
米を研いで、炊飯器をセットした。あと四十分で炊き上がる。今日は、タコ飯にする予定である。タコ飯に合うおかずが思いつかなかったので、今日はシンプルに飯だけ。
こんな晩御飯作っていたら、母さんに怒られるかな、と少し心配だがまあいいだろう。たまには手抜きしても罰は当たらないだろう。
あとは、炊き上がるまで待つだけである。
時計は午後七時を回っていた。父さんは八時前後に帰宅してくる。それまでの間、明日の宿題をすることにした。
数学の宿題がワークブック六ページ分といつもよりも多い。それに、国語の漢字テストが明日に控えている。
数学は得意な科目であるが、国語はどうも苦手である。特に漢字の書き取りを嫌っている。国語の先生にこのことを言うと、漢字や特に熟語は意味さえ分かれば自然と書けるようになる、と言われたので、最近は広辞苑を机に置いて、それを引きながら漢字を覚えるようになった。
今日も父さんの書斎から広辞苑を引っ張りだしてきて、横において漢字学習を始めた。
そのうちに父さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
光輝は、リビングから大きな声で返事した。
「どうした、やけに元気のいい声だな。何かいいことでもあったのか」
「今日ね、拓馬と一緒に夜出かけてもいい?」
父さんは難しい顔をすると思っていたが、すぐに、
「もちろんだ。でも、明日も学校だからそんなに遅くなるなよ」
というと、着替えるために書斎へ行った。
ちょうど、炊飯器が炊き上げを告げた。
どんぶりいっぱいにタコ飯を盛った。
それをテーブルに運ぶと、父さんと二人で食べ始めた。
ほぼほぼ食べ終えたころに、インターフォンが鳴った。
光輝は、残っている分を口にかきこむとシンクに食器を運んだ。
「あとは、父さんがやっておくから早く行っておいで」
「ありがとう」
光輝は、急いでリビングを出て、自分の部屋に向かった。部屋に入ると、懐中電灯などを入れた遊びに行くとき専用のバックを背負った。
外に出ると、拓馬も同じバックを背負って立っていた。
「いくぞ」
拓馬は、歩き始めた。光輝もその後に続く。
小学生のころからいつも先頭は拓馬だった。その後を後ろからついて歩くのが光輝である。目立つのは拓馬で、その影に居るのが光輝。光輝は光り輝くとは、ほど遠い性格であった。
拓馬は、小学校の頃から優等生であり、先生からも生徒からも一目を置かれる存在であった。だが、時には悪さもしたし、学力では光輝に遠く及ばない。だが、いつもみんなに囲まれながら学校生活を送る拓馬は光輝のあこがれの存在であった。
拓馬は、あまり人と関わろうとしない光輝をいつも気にかけいつもそばに居てくれた。一歳の頃からの絆は深く、言葉を交わさなくてもお互いが何を考えているのか大体分かってしまう。
楽しい時も、辛い時もいつも二人は一緒にいた。時には喧嘩もしたが、謝罪の言葉など口にすることなく明日にはまたいつものように仲睦まじく話していた。怒られる時も、褒められる時も二人は二人で一つのようなものとして扱われた。
一方が怒られれば、もう一方が何のかかわりがなかったとしても、なぜか一緒に怒られていた。二人は、運命共同体としてお互いを支え合い、補いあった。
「ここから入るぞ」
拓馬が指差したのは、裏門横のフェンスだった。高さは、二メートルほどである。
「なんでここからなんだ。裏門の方が入りやすいと思うけど」
実際、裏門は閉まっていたが門の高さは二人の胸ほどで門の方が乗り越えやすかった。それに、そんな脇から入るよりも、門から堂々と入る方が拓馬らしい。
「あそこは、防犯カメラに映るけど、ここからなら、映らずに入れる」
そういうと、拓馬はフェンスを音をたてないように慎重に登り始めた。光輝もその後ろに続く。
二人はフェンスを乗り越えると、運動場の端を校舎に向かって歩いた。街灯がない運動場は真っ暗であった。光輝はバックから懐中電灯を取り出した。
「バカ、そんなもん点けたらすぐに見つかるだろうが。早くしまえ」
「あっ、そっか」
光輝は、懐中電灯をバックに戻した。拓馬は、いつも以上に冷静であるようだ。
二人は、校舎の裏にたどりつくと、非常階段を上り始めた。
夜の学校に明かりのついている部屋はないようだ。静まり返っている。
非常階段を一番上までのぼり、屋上にまできた。屋上には柵してあり、南京錠で施錠されていた。
拓馬は、それを乗り越えると、光輝に手招きした。光輝も、その柵を乗り越えて屋上に降り立った。
屋上に上がると、風の強さを感じた。
「風が気持ちいな」
「だろ、ここ俺のお気に入りの場所なんだよ」
拓馬は、持ってきたバックからレジャーシートを取り出して敷いた。そしてその上にあおむけで寝た。
昨日の雨で、屋上にも少し水溜りができている。
「光輝も、隣に来いよ」
光輝は、言われるがままに拓馬の隣に寝た。
仰向けに寝ると、目の前に満点の星空が現れた。
「うっわ、すごい」
きれいにオリオン座が出ている。一際明るい星がベテルギウスだろう。
「きれいに見えるだろ、昨日の雨で空が現れているから一段と明るく見える。この空は、光輝にぴったりだと思ったんだよ」
「どういうこと」
「今日は、新月だから月の光がないだろ。で、他の星々がその分光り輝いてる。親友の俺としては、光輝にはもっと光り輝いて欲しんだよ。そんなしょんぼりされてたら、こっちまで元気吸い取られそうだしな」
二人は、だまって空の星に見入った。雲一つ見えない空には、星がちりばめられている。
「あっ、流れ星」
拓馬が言った。
「えっ、どこ」
拓馬が南の方を指さした。光輝はその指の方を見たが、見れなかった。
「見逃しちゃた。最悪」
「嘘だよ。光輝は、本当に引っかかりやすいな。星空を見ている時の、よくある嘘じゃんか」
拓馬は、笑った。光輝も一緒に笑った。
「俺まだ、流れ星みたことないんだ。死ぬまでに一回は見てみたいよ」
「僕も、見たことないよ。確かに死ぬまでに一回は見てみたい」
また束の間の沈黙が訪れた。
「流れ星って、本当に願いを叶えてくれるのかな」
「そんなことがあったら、俺は苦労しないんだけどな」
天の星は、ゆっくりと動いていく。
「もし、願いがかなうとして光輝は何をお願いするんだ」
「そうだね・・、悲しみを一緒に分かち合える人とずっと一緒に居たい、かな。喜びはさ簡単に共有できるけど、悲しみを共有できる人はそうはいないからさ」
「俺は、毎日何の心配も、悩みも無く生きていけたらいいなって思う。悩みほど重くて辛いものは無いと思うからさ」
「叶うといいね。二人共の願いがさ。そんな将来が来てくれるといいな」
「きっと来るさ。つか、来てもらわないと困る」
風が二人の間を駆け抜けていく。
「なんか、この空みてると俺たちがちっぽけに思えるな。無力で、いったいこんな俺に何ができるんだって思うよ」
「人は、みんな無力だよ。でもそんなこととっくにみんな知ってて、知っててそれでも生きてる。僕たち人間なんてアリよりもずっと力あるけど、アリはあれだけ必死にえさを運んで行列して、人に踏みつけられて・・・。それでも生きてる。僕たちもアリにならないか。たとえ、同じ日の繰り返しのように思っても、必死で同じことを繰り返してみたいなって思うよ。勉強も反復が一番身に着くしね。同じ日々を繰り返すうちに、なにか別の境地に行けるような気もするし」
「光輝は、すげーな。俺なんかそんなこと考えたこともないよ。昔から俺が何か悪さしようとしたときに、そうやって先を読むというか俺が見えてない部分を言葉にしてくれたよな。あれのお陰で何回助けられたことか」
拓馬は遠くの方を見ていた。星を見るでもなく、ただ遠くの方を見ていた。
光輝は、コンクリートの固さに体が慣れず、腰が痛くなっていた。光輝は、身を起こした。
「どうした」
「いや、ちょっと腰が痛くなった」
光輝は腰を伸ばすように座ったまま背伸びした。拓馬もそれに習って、身を起こすと背伸びした。
「そろそろ帰るか」
「うん」
二人は立ち上がって、レジャーシートを片付けた。登ってきた非常階段を音をたてないように下りていく。
いつも通っているはずのこの中学校の校舎も、今日は違った建物のように見えた。
「拓馬はここ結構来てるのか」
「いや、今回で二回目。一回目は、学校の用務員さんの手伝いで屋上の掃除してたらいつのまにか、真っ暗になってて、その時見た星空も今日みたいにきれいだったんだ」
「用務員さんの手伝いをしてる時もあるんだ。本当に拓馬はよく使われてるね」
「好き好んで使われてる訳でもないんだから、そんなこと言うなよ」
「いや、僕は褒めてるんだよ」
「いや、けなしてる」
二人は、階段を下りて、運動場の端を来た道を引き返している。
「拓馬は、自分よりも相手のことを優先してやってるだろ。その結果が、人に使われるってことになってるんだけど、その人の好さはみんなが認めてるよ。でも、僕からしたらもう少し自分のことを大切にして欲しいとも思うよ」
「俺がやってるのは、人助けじゃなくて、自分への投資だから。そんな綺麗なことじゃないよ。人を助けていたら、いつかその人が助けてくれるかもしれないっていう嫌らしい考えだから、褒められたものじゃないよ」
「そんなこと関係ないよ。どう思っているかなんて黙っていればわからないからさ」
「悪いけど、俺は光輝が言葉にしなくても考えてること大体わかるからな」
二人は、学校のフェンスを乗り越えた。
光輝は、バックから懐中電灯を取り出して付けた。真っ暗な街灯のない道に、光輝の明かりだけがある。
「そんなもん点けなくても、もう夜目は効くだろう」
「こういうライトは、前を照らすだけじゃなくて、自分の場所を周りの人に知らせるって役目もあるから」
そうなんだ、と拓馬もバックから懐中電灯を取り出して付けた。
二人の明かりが、暗い夜道を照らす。
「じゃあな、また明日」
拓馬は、懐中電灯の明かりを振りまきながら手を振った。
光輝も同じく、手を振り返した。
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