節度を大事にしながら目一杯楽しみましょう。
いつの頃からか日本に伝来したハロウィンは、国を挙げての仮装大会と化しているけれども、どうやら宗教的な色は既にかの米国にて抜け落ちてしまっているそうで、つまりは今や世界を挙げての仮装大会となっているわけだ。
というわけで我らがゆうやけ荘でもハッピーハロウィーン。大仮装大会です。強いて言うなら神道に属しているであろう屋敷神の佐々木さんが異教の祭りに参加してもいいものなのかというツッコミは無用だ。何をいまさらというお話です。
はい。
「トルィィィィィィィックオァトルィィィィィ――――ットッッッッ!!」
もはや何と言っているのかわからない。
トリック・オア・トリート。
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ☆
「というわけでユーヤ。菓子を寄越せ」
「いきなりの暴投!」
「お菓子をくれなきゃ悪戯するんですよー――ゆうやけ荘総出で」
前島さんに続き、加賀さんまでもが僕に迫ってくる。これはマズいと戦略的撤退をするべく身を翻すと既に背後には佐々木さんと花笑ちゃんがわきわきと手を開閉しながら待ち構えていた。
万事休す。
「そ――それにしても、凄いですよね皆さん! その仮装!」
そう、本日ハロウィン。ゆうやけ荘の皆さんもしっかりと仮装しているのです。それも、
「かなり凝ってますよね! どこで売ってるんですかね」
前島さんは襟を立て足首まである真っ黒な外套、紅いカラーコンタクト、どうやら付け歯で犬歯まで伸ばしていて、見るからに吸血鬼って感じだ。
次いで加賀さんは、
「……え、それって何のコスプ、仮装ですか」
いや、何と言うか、もう訊くまでもなくアレなんだけれども。
愛らしいツインテール、サスペンダーで吊ったスカート、巨大なリュックサック。
そして美味しいビーフシチューが作れそうなロリボディ。
「コスプレとは失礼ですね、これはちゃんとした仮装ですよ空也さん」
「いや、僕を平安中期に全国を行脚して踊念仏を広めた上人のような名前で呼ばないで。僕の名前はユーヤです」
「失礼、噛みました」
「いや、わざとでしょう……じゃなくて! さすがにそれはダメですよ!」
版権にかかわるから!
そしてそれはもはや完全にただのコスプレだ!
「佐々木さんはいつも通りなんですね……」
強引に視線をずらす先にいる佐々木さんは、平素と変わらない浴衣姿だ。
「ふふふ、ハロウィンだかベドウィンだか知らんがの。祭の中身などどうでもいいのじゃ。わっちは菓子さえ手に入ればそれでいい」
いっそのこと清々しいです。
「花笑ちゃんは! 花笑ちゃんはどんなもんですかー!?」
ぴょんぴょんと手を上げて飛び跳ねる花笑ちゃんの格好は、猫耳つきヘアバンド、猫ハンドな肉球手袋、尻尾。
あら可愛らしい。
「見ようによってはあざといんだが、花笑が着てると本当に遊んでいるだけみたいだよな」
ふふん、と前島さんは笑う。そうですねー、と場を和ませることに成功したと思い、僕もつられて笑う。
微笑ましいですよね。
「まあそれはそれとして、だ。――菓子を寄越せ」
「おあ、ちょ、待って、脱がさないで! そこには何もないからー!」
話を逸らせたと思ったのに! 僕が暴れるのを四人がかりで押さえに掛かる。女子四人に囲まれるのはいっそ冥利に尽きるのかもしれないけれど、ちょっとシャレになっていない!
「また、何を騒いでるんですか。御飯できましたよー」
救いのタイミングで料理の大皿をもって入ってきたのはまつげさんだ。もの凄い量の料理が大皿いっぱいに積まれている。おお、とまず佐々木さんと花笑ちゃんが反応し、そちらに飛びつく。拘束の手が緩んだ一瞬の隙をついて、僕は逃げ出した。「あ、逃げた」と前島さんがちょっと悔しそうな声を出す。もしかしたら前島さん、ただ面白がってただけなんじゃないか。
「というか、お菓子を要求するなら僕だけじゃなくて、ほら、木鈴さんや最上さんは⁉」
「あのふたりなら一番初めに全部剥ぎ取った。大した素材も手に入らなかったな」
「え」
僕がちょっと引いたところで、テーブルに料理を並べていたまつげさんが「あれ?」と声を上げた。
「ソファの裏に木鈴くんと最上くんがパンツ一枚の格好で転がっているんだけれど……何があったの?」
「はぅあ⁉」
本当に剥ぎ取ったんですか⁉
「ま、まつげさんは仮装しないんですか?」
「ん? するよ。料理が完成したら、水戸ちゃんと一緒に着替えてくるよ」
「ちなみに、何に?」
「それは内緒。もうちょっとでできるから、着替えてくるよ」
おー。何に仮装するんだろう。
……版権ぎりぎりとか攻めていなければいいんだけれど。
「ほらほら、前島さんも佐々木さんも花笑ちゃんも。御飯より先にお菓子食べたら、御飯食べれなくなるから後にしてくださいねー」
おお、これは思わぬ助け舟! まつげさんに諌められて、三人とも渋々ながら引き返していった。向かうはテーブルだ。
もはや三人とも食欲の亡者である。
「ちょっと、三人ともまだ早いよ。私と水戸ちゃんが準備できるまで待って」
五分で戻るから、と言ってまつげさんは奥へと戻っていった。
お預けの状態となった三人は箸を構えて待機している。よしが出たら速攻で食らいつく腹積もりのようだ。
「ユーヤさんは、コスプレしないんですかー?」
「今コスプレって言いましたよね加賀さん」
まあ、加賀さんの言う通りだ。僕は今日も特に奇抜な恰好をしているようなことはなく、いつもと同じような、
「もっさりした格好だな」
「ダメですよ前島さんーそんなはっきり言っちゃー。ちゃんとオブラートに包んでー、地味で特徴のない恰好と言ってあげないとー」
「……いや、どっちもちょっと傷つきます」
否定はしないけれど。
「ほら、僕ってこういうイベント苦手で。ノリが悪いんですよ」自分で言うのもなんですけど。
というか、今朝になって皆の仮装姿を見るまでハロウィンだって知らなかった。仮装なんて準備する暇なかったわけで。
「そうなんですかー。――あ、ちなみにですけどー、今日のパーティにはお客さんも来るんですよー」
「え、お客さん? 誰のですか?」
「そりゃあ、ユーヤさんのですよー」
僕のお客さん……はて。誰が来るというのだろう。ただでさえ友達の少ない僕だし、そもそも誰も誘っていないし。だって、ハロウィンだって今朝まで知らなかったんだよ?
と、僕が思案しているところで呼び鈴が鳴った。どうやら件のお客さんのようだ。玄関に一番近いところに座っているのは僕だから、僕が出ていく。
で、戸を開けた先に立っていたのは、
「おお――田中さん」
「どうも」
すちゃっとフラットな表情で片手を上げたのは田中さんだった。その後ろにはやや恥ずかしげに畠山さんも立っている。
「お客さんって、田中さんと畠山さんだったんですね」
「ええ。加賀さんとまつげさんにお誘いを受けまして。お邪魔させていただきます」
礼儀正しく丁寧に言う田中さんの意識は、しかし既に僕のところには微塵もなかった。かぐわしい香りに鼻をひくつかせ、視線はその出所を探っている。
「バイトはいいのですか、田中さん」
「ええ、今日に備えて昨日のうちに十八時間ほど働いてきましたから。当日より前日までの方が忙しいのでね」十八時間って、昨日僕が起きていた一日の時間よりも長い。「――ところでユーヤさん。このパーティ、食事も出るのですか?」
「ああ、うん。――と、いつまでもこんなところで立ち話もなんですし、奥へどうぞ。もうそろそろ始まります」
「では失礼」
軽く会釈して、風のように田中さんは居間の方へ消えた。は、速い。そして後からゆっくりと畠山さんも続く。
どうやらまつげさんと水戸さんもちょうど着替え終えたところのようで、僕が戻った直後に居間に入ってきた。ふたりともばっちり仮装している。
「おお」僕は嘆息した。これはもう、一目見てわかる仮装だ。版権にも触れていない。至って健全。「まつげさんは魔女で、水戸さんは魔法少女なんですね。よくお似合いですよ」
「ちょっと待ってユーヤくん」おや、まつげさんの口角がひくついている。どうしたというのだろう。「どうして水戸ちゃんは魔法少女で、私は魔女なのかな? ふたりとも魔女なんだけれど」
「……え?」地雷?「あ、ちょ、まつげさんまで、やめてぇぇぇぇ!」
「おう、遅いぞお前ら。もう先に食っちまうぞ――おいおい何だよユーヤ、その恰好」
「何も聞かないでください……」
危うくパンツまで脱がされるところだった。辛うじて死守したけれど、あと許されたのは靴下だけだ。これはこれでかえってマニアックで恥ずかしい……ほら御覧、水戸さんも僕をちらちら見ながら顔を赤らめているではありませんか。見てる方も恥ずかしくなるに違いない。
「早くしてくださいユーヤさん。私は空腹です」
……馬?
こちらを凝視する馬頭に催促された。
とんとんと箸の頭でテーブルをノックする馬頭。一瞬びっくりしたけど声から察するに田中さんであるらしい。あれが田中さんの仮装なのか……隣の畠山さんは変わってないけれど。田中さんは既に席についていて、前島さんたちと並んで料理に食らいつく構えだ。僕の格好を見ても歯牙にもかけずぶれないところが清々しいです。
「まあ、いいんですけどね……行きましょうか。あれ、水戸さん?」
振り返ると、水戸さんは田中さんを見て固まっていた。馬の被り物を見るのは初めてなのだろうか。まあ確かに、初見では度肝を抜かれるだろう……「水戸さん?」手を引くと、慌ててがくがくと頷きながらついてきた。
全員が席に着いたのを確認したところで、ひとつ頷いてまつげさんが立ち上がった。
「はい、それではパーティを始めましょうか。とはいってもね、一応言っておくけれど、ハロウィンというのはそもそも、」「そんなのはいいからさっさと食わせろ!」「そうじゃそうじゃ!」「花笑ちゃんも腹ペコです!」「(タダ飯タダ飯……)」「……はいはい。それじゃあ皆、手を合わせて――いただきます」
阿鼻叫喚。
もともとこういう場合は前島さん佐々木さん花笑ちゃんが先を争って箸を乱舞させるパターンだったのだけれど、そこに無言の欠食魔人田中さんも加わったものだから、僕や水戸さん、畠山さんは箸を差し込む隙がない。ならばと見ると、しかしまつげさんや加賀さんは飄々と料理を確保しているのだから摩訶不思議。
やむなく隙を見ておこぼれを頂戴し、何とか食事にありつく。ハロウィンというだけあって、南瓜のふんだんにアレンジされたメニューだ。美味しい。
「ど、どうですか、ユーヤさん……」
隣に座る水戸さんが、ちょっと不安そうな顔で問うてきた。まあ、食武闘と化している人たちは味がわかっているのかどうかも定かでないし、まつげさんと加賀さんは少し席が遠いし、水戸さんは人見知りだから畠山さんには話しかけにくいんだろう。僕は大いに頷いた。
「うん、凄く美味しいです。いつものことだけれど、水戸さんは本当に料理が上手だよね」
「い、いえ、私は全然……」
「南瓜料理ってこんなに種類があったんだね……これってやっぱり、学校で習うの?」
「ハロウィンが近いからって、この間まで結構いろいろ習いましたけど、でもまつげさんのほうが凄いです……私の倍くらいレパートリーがあって。本当に……私なんてまだまだで……」
「それはこれから増やしていけばいいしね! 水戸さんは若いんだしまだまだこれから熱いっ」あつあつの南瓜が飛来した。どこからと見るがまつげさんも加賀さんも素知らぬ顔だ。はて。「と、とにかくそういうわけでね。今だってこれだけ凄いんだから、何もそんな下を向くことないよ」
暗くなりかけた水戸さんに必死で言い募ると、ちょっとだけ水戸さんは視線を上げてこちらを見た。
「……そうでしょうか」
「うんうん。なんなら、僕も料理を教えてほしいくらいだよ」
「本当ですか?」
やおら水戸さんは顔を上げた。どうやら気分を上げられそうだと僕は重ねて頷く。
「そりゃもう、水戸さんが迷惑でなければ」
「迷惑なんて! ――そ、それじゃあ、今度お教えしますね」
そう言って、水戸さんはにこっと笑った。よかった、何とか暗くならずに済んだ。ついでに水戸さんに料理を教えてもらえることになった。
多少でも僕も料理を手伝えるようになれば、水戸さんやまつげさんに食事の負担をかけ過ぎずに済むようになるわけだし、悪いことはないよね。
誰も見ていないけれど点けっぱなしのテレビでも、ハロウィンの話でもちきりだ。ちょうど放送しているニュースでは、毎年の熱狂ぶりが話題になっている。首都の某区某交差点では毎年、我を忘れた若者たちが数々の暴挙を起こすらしい。その対策として、数百人規模の機動隊が出動しているのだとか。翌朝に残される膨大なゴミも問題になっているそうだ。
「――そういえば、結局のところハロウィンって、何のイベントなんでしたっけ」
何気ない疑問を口にしてちらっと様子を窺うも、いつもならすらすらと解説してくれる田中さんは一心不乱に料理を貪っている。佐々木さんたちにも負けない勢いだ。食いだめでもしようというのだろうか。
「ハロウィンはもともとは、古代のケルトのお祭りだって言われているね」
田中さんに代わって、というわけではないけれど、説明の口火を切ってくれたのはまつげさんだ。そういえばまつげさんは、初めにも説明してくれようとしていたんだった。
「古代ケルトでは一年の終わりが十月三十一日だったのね。この日に夏の季節が終わって、十一月一日から新しく冬の季節、新年が始まるとされていた。それで、いわばその大晦日には、お盆と似たような感じで先祖の霊なんかがやってくると考えられていたの。ところがこのとき同時に、魔女だとか、悪霊みたいな悪い霊もやってくるのね。だから当時の人々はそれらに対する魔除けとして、仮面をかぶったり火を焚いたりしていた」
さすが、というべきか民俗学専攻のまつげさん。ハロウィンは異国文化なわけだけれど、すらすらと淀みない。
「でも、それがどうしてこんな、仮装パーティになったんですか?」
今のところ、つながりが見えないのだけれど。訊くと、まつげさんは頷いた。
「もともとはさっき言った通り、魔除けの意味合いがあったわけだよね。さすがに詳しいことは曖昧なんだけれど、もともと仮装していたのは子供たちなの。お化けとか魔法使いに仮装した子供たちが、家々を回ってトリック・オア・トリート、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞって言って回るの。そうね……強いて言うなら、仮装した子供たちが扮していたのは、さっき言ってた悪い霊だったのかもしれないね。悪い霊にお菓子をあげて、いい気分で帰ってもらう、みたいな。子供を悪霊っていうと問題あるかもしれないけれど」
成程。それで、悪霊をもてなさなかった家は悪戯されるわけか。
「ハロウィンはもともとアイルランド、イギリスの方の祭事だったんだけど、これが世界に広まったのは大戦下、大英帝国の帝国主義に由来していてね。だから英語圏にはかなり広まっているの。中でもアメリカでは仮装パーティの色が強くて、長いこと流行っているね。それが首都の某アミューズメントパークの先導で日本にやってきて、日本でも商業促進策として取り入れられていった。バレンタインデーなんかと同じようにね。今ではそれこそバレンタインのように、起源なんかはそっちのけで、イベントとして楽しむのが普通になっているというところよ。――ただ、ひとつよく間違えられるから気を付けてほしいんだけれど、キリスト教とは起源的には関係がないから、一緒にしないようにね。キリスト教の中ではハロウィンに対するスタンスはかなりいろいろだよ」
おお、凄い。予備知識までついてきた。いつもこういう知識は田中さんから聞くから、まつげさんから聞くというのは新鮮だ。
「さすが、民俗学だとそういうことも調べるんですか」
大いに感心することしきりなのだけれど、しかしまつげさんは苦笑で首を振った。
「いいや違うよ。私は確かに民俗学専攻だけれど、中でも妖怪関係、それも日本の妖怪のことだけだからね。そっちを専門に研究している人もいるけど、私はハロウィンは対象外」
「え、それじゃあどうしてそんなに詳しいんです?」
「ん、まあ、趣味かな。調べたことはあるんだ」
趣味でそこまで……何というか、模範的な大学生然としているなあ、というか。まつげさんは院生なのだけれど。
曲がりなりにも大学生の僕も、しっかり見習わないとなあ、と思ったのでした、まる。
……ん。
「ん、飯がなくなったぞ。もうないのか?」
「いや、前島さん、ひとりで十人分くらい食べてたじゃないですか……さすがにもうないですよ」
……そういえば。
「まつげ! 酒じゃ! 酒はどうした!」
「それももうないですって。佐々木さんたらここぞとばかりに浴びるように呑んじゃうんだから……」
ひとつ思い出したなあ。
「御馳走様でした。味のついた食べ物を食べるのも久しぶりでしたが、こんなに美味しい料理を頂いたのは初めてです。とても美味しゅう御座いました」
「いえいえ、お粗末様でした。水戸さんも半分くらい作っているんですよ」
「水戸さん、凄いですね。可愛いお嫁さんになること間違いなしです」
「か、かわ、可愛い、お、お、お、お嫁さんだなんてそんな……り、料理学校に通っているので……」
もりもりあった料理はあらかた捌けていた。前島さん、佐々木さん、花笑ちゃんという大食メンバーに思わぬ伏兵、苦学生田中さんも加わったことで想定以上に早くなくなってしまったようだ。味のついたものを久しぶりに食べたって、普段はいったいどんな食生活なのだろう……
と、それはそれとして、思い出したんだけれど。
「そういえば、僕の地元でもハロウィンと似たようなイベントがあったんですよ」
テーブルが落ち着いたところで、僕は何気なく切り出す。
「地元って、北の国か?」
「ええ、津軽海峡の向こうです」
そういえば、あれの名前って何なんだろう。とりあえず呼ぶなら、
「『ロウソク出せ』っていうイベントでしてね。これが、ハロウィンに結構似ていて」
「ロウソク?」
「何だその奇習は」
「奇習ですとな⁉ いや奇習ではないですよ前島さん……ええ、ロウソクです。仮装はしないんですけどね。七夕の時期なんです。まあ地元は七夕が本土よりひと月遅くて、八月七日なんですけれど。浴衣とか着て、夕方に子供が家々を回るんです」
「へえ」
前島さんは興味薄な様子だけど、まつげさんは前のめり気味だ。聴いてもらえると僕も嬉しい。
「で、歌うんですよ。『ローソクだーせー』って」
出さないとかっちゃくぞ、おまけに食いつくぞ。
「その歌を聞き終えたら、家の人はお菓子をあげるんですね。いっぱいくれる家もあれば居留守を使う家もあって、その辺りは小学校で情報共有されるんです。あの家は豪華だぞ、みたいな。子供にとってはお菓子回収イベントでしたね。だから、ロウソク出せって歌って本当にロウソクが出てきたらちょっと凹みましたね」
成程、とまつげさんは頷く。まつげさんもどうやら聞いたことがなかったようだ。成程、これがいつも田中さんの味わっている気分か。
見れば、田中さんは食後のデザートを食べている。上品に食べているけれど、ついさっきまでの乱戦はすでに見ているからね。
「ちなみに、田中さんは知ってます?」
少なくとも、田中さんは僕と同郷ではなかったと思うけれど。果たして田中さんは軽く頷いた。
「ええ。でもほとんどはユーヤさんのお話と同様ですよ」
聴きますか? という目で見られたので、お願いしますと返す。田中さんは頷いた。
「『ロウソク出せ』。ないしは『ロウソクもらい』と呼ばれるものですね。ロウソクをもらえない場合の、ハロウィンで言う悪戯に相当する代償に関しては、ユーヤさんが言っていたようにかっちゃく、食いつくの他にも、噛み付く、ひっかく、食いついて離さないなどの種類がありますし、歌全体でのバリエーションも地域によって違いがあります。ちなみに、これは北の国全域にかけて見られる民間行事ですが、一部北陸地方でも見られます。かつての海運商業の関係で伝播したものでしょうね」
おお……やっぱり田中さんには敵わないなあ。これに関しては僕はほとんど僕自身の経験による記憶なのだけれど、田中さんのは純粋な知識なんだもんなあ。
「本当に……いつも思いますけれど、田中さんはなんでも知っていますよね」
「何でもは知りません。訊かれたことだけ」
ん、あっれ、それってかなりぎりぎり……しかも、訊かれたことだけって、それはつまり知らないことはないってことなんじゃあ。謙遜のようでいて謙遜になってませんね?
まあなんであれ、と前島さんが締めるように言った。
「奇習に違いはないな」
「だから奇習ではないんですって……えー? 奇習なのかなあ」
当時は結構楽しかったんだよ? 小学校も高学年になると、歌うのは恥ずかしかったんだけどね。近所の小さい子たちの付き添いも兼ねて、まあちゃっかりお菓子も頂戴していたけど。
さて、と再びまつげさんが立ち上がった。ぐるり、と皆を一望する。
「では、食事も済んだことだし、例の時間と行きましょう」
おや、例の時間とは何のことだろう。いや、大方の予想はできているんだけれど、そこは考えたくないというか。しかし僕の現実逃避に反してみんなの視線がざっと僕に向かう。
気を失いっぱなしの最上さん鈴木さんを除いて、総数十六の瞳。
「……ええと」
特に意味もなく両手を上げる。ホールドアップ。
何も持っていませんよー。
「――覚悟はいいね?」
……な、なにも持ってないんです、よー……?
じりじりと逃げ腰の僕に容赦なく、にやり、と佐々木さんが笑った。
「それ、かかれ!」
「トリック・オア・トリート‼」
事ほど左様に、ゆうやけ荘のハロウィンパーティ。
原典スルーのお祭り騒ぎも悪くはないですが、くれぐれも節度をもって楽しみましょうね。