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蒸気街のハーフボイルド探偵 ジオ

蒸気街のジオ~愛しの子猫ちゃん事件~

 電気エネルギーから蒸気エネルギーへの技術革新によって、人々の生活は大きく様変わりした。

 明治時代に西欧の文明が入って来た事により食文化や服装、西洋建築や髪型までも変えられたあの時代を彷彿させるように、人々の考え方は蒸気によってその姿を変えられていた。

 つい先日まで自分達の生活に欠かす事が出来なかった電化製品達の事を古く、味はあるだけの商品――――骨董品を意味するアンティークと呼ぶようになったのもその1つだ。


 電気エネルギーから蒸気エネルギーへと変わって行く中で、街では急激に煙が燃えだして視界を悪くしていた。それにより霧に乗じて、霧に隠れるように行われる犯罪も多様化して、増加していた。

 蒸気エネルギーの弊害とも言うべき犯罪の多様化と増加によって、急激にその人数を増やしていった職種が2つある。


 1つ目は義肢装具士。失った身体の代用をするための義肢と、機能障害の軽減を目的とするだけの装具――――この2つは電気エネルギーのさして重要視されない分野であったのだが、蒸気エネルギーによる弊害として霧によって視界が悪くなる事によって生じる事故や犯罪などにより、義肢を付ける機会が多くなったのだ。

 また闇市場(ブラックマーケット)で犯罪者に対して、絶大な力を与えてくれる蒸気義肢(スチーマー)を取り付けるなどが多くなったからかもしれないのだが。


 2つ目は探偵。蒸気義肢(スチーマー)を使う犯罪者の増加、蒸気による視界の悪さによって探しているものが見つからないと言う事態が続出。

 警察で対応出来ないほど犯罪が増加したために、その些細な事件に対応する為に、探偵と言う商売が流行り出したのである。


 探偵であるジオ・カッペッレッティもまた、こう言った情報から増えだした探偵と言う需要に乗っかった者の1人である。

 今回はそんな探偵ジオの、とある調査の記録についてのお話である。


 白い蒸気が石畳の街を包む神秘的な光景を窓の下に見つつ、俺はスレイから貰ったコーヒーの挽きたての香りを味わっていた。

 仄かに香る豆の香ばしい香り、紳士らしいコクのある苦味、そして……えっと……まぁ、何だって良い。

 ともかくコーヒーとは、ハードボイルドな俺に相応しい飲み物だと言えるな。


「おい、ジオ。砂糖、入れすぎだ。それだと甘すぎて飲めたもんじゃねぇぞ?」


「何を言う? やはり飲み物とは、飲めてこそだろう。どう飲むかは飲む側の俺の自由なのだから」


 俺はそう言いながら、ミルクを入れる。

 このスレイ特製の濃厚なミルクを入れる事によってコーヒーのコクと苦みの中に、深みと美味しさを味わうためには美味しくするために必要なのだからしょうがないだろう。


「あまりにもミルクを入れすぎて、カプチーノになってるがな? そんなのが美味いのかよ。せめてそれならカプチーノ頼めよ……」


 スレイからの文句をそよ風のように受け流しながら、俺はコーヒーを飲んでいた。


「……で、なにか良い依頼はないのか? スレイ?」


「…………」


「情報屋であるお前の所には警察も手を出せないような危ない山から、警察が手を出せない小さい山まで、色々な依頼情報が来ているはずだ。そのうちのいくつかを見せて欲しいのだが?」


 そう言うとスレイは無言で、数枚の依頼書類を見せて来る。

 内容は……どれも大した事のない依頼ばかりだな。お金の問題ではなく、ハードボイルドな俺に相応しいクールでダンディーな依頼がないという事だな。


「どれもこれもピンとこないな……」


「仕方がないだろう。ほとんどの探偵事務所では、依頼人が持ち込んできた依頼をしている事が多い。ジオのように情報屋の依頼を当てにする探偵なんて少ないのさ。

 だからお前も、ちゃんと事務所で依頼を受けろ。その方がお前の言う……なんだ。クールでハードボイルドな探偵らしくないのか?」


 スレイの言う事は至極当然だと思う。

 クールでハードボイルドな、俺が憧れている探偵達は、自分の事務所でコーヒーを(たしな)みながら、急いで駆け付けた依頼人の依頼を受ける。


 ……まさに甘美なる探偵ワールドじゃないか。


「よし、では早速駆けつけて来る依頼者を待つべきだろう! ここで!」


「……頼むから、自分の事務所でやってくれないか?」


 そうやって嘆息するスレイ。そんな中、ガラガラと来客を告げる扉の鈴が店内に鳴り響く。


「おねがいしやがります! わたしの……わたしの大事なあの子をたすけてくだしやがれ!」


 そう言って店の中に現れたのは――――一人の幼い少女が、涙目でなけなしのお金を握りしめてる姿であった。



「お任せください、お嬢さん! その依頼――――このハードボイルド探偵、ジオ・カッペッレッティが見事解決してご覧にいれましょう!」


 この時の俺は少しコーヒーに酔っていたと言わざるを得ない。

 まさかその依頼が、ハードボイルドな探偵に似合わない、"猫探し"だと知らなかったからである。


 クールで、ハードボイルドな探偵にとって一番似合わない仕事……それが猫探しだ。

 街中を探し回り、どこに居るかも分からない目標(ネコ)を探し回る日々。クールでハードボイルドな俺には似合わない仕事ではあるが仕方がない。


 一度受けた仕事をきちんとやりきる。

 それがハードボイルド探偵の使命なのだから。


「で、これがその探している猫の画像、と言う事か?」


「うん! かわいいネコちゃんでしょ?」


「……かわいいネコ、ね」


 俺はそう言われて画像の、銀色の子猫を見る。


「これはどう考えても……人工知能伴侶動物(AIペット)に見えるが?」


 人工知能伴侶動物……AIペットと呼ばれるこの機械は、体内に蒸気石を宿した自らで思考して、自らで動く機械のペットである。ペットの種類として色々なタイプがあるがイヌ型、トリ型……そしてネコ型の三種は本物よりも人気だと言うのだから驚きである。

 一時期流行ったこのAIペットは確かに多くの人々に買われ、本物のペット以上に可愛がっている人も居ると言う話ではあるが……まさかこれをネコとして探して欲しいとは思いもしなかった。


「で……このネコ型ペットの「ミィちゃん!」……ミィちゃんを探すのがあなたの依頼という事で良いんですよね? ペス・カトーレさん?」


「ペスで良いよ! おじさん!」


「"おじさん"じゃない。俺の名前はジオ、ジオさんだ」


 この少女、ペス・カトーレという名前の10歳の少女は、少し前に人工知能伴侶動物――――AIペットのネコ型のミィちゃんが行方不明になってしまったらしい。

 それは行方不明と言うよりも盗難事件だと思うが、この銀色の髪が美しい淑女(レディ)にとってはこれはただの機械(AI)ではなく、大切な家族(ペット)なのらしい。


 ……ともあれ、この依頼は猫探しよりも難しいだろう。

 なにせAIペットは世間に多く出回っているため、類似品が多く、彼女が探しているミィちゃんかどうか見極めるのが難しい。

 一応、見極めるポイントとしては自分で色付けしたと言う桃色の身体(ボディ)とひまわりのシールが特徴なのらしいが、色もシールもはがされては非常に困る。また、『自分で学習するのが売り』ではあるが、初期化(フォーマット)――――記憶を完全に初期化されるとそれで判断が出来なくなってしまうから、早めに決着をつけるべきだろう。


「じゃあ、ペスちゃん? そのミィちゃんを最後に見たのが、どこだっけ?」


「え、えっとた、たしか……船がいっぱいあるところで、コンテナがあるところでかくれんぼしてて……居なくなっちゃったの」


「船がいっぱいあるところ……つまり、五番地の港街の辺りで居なくなったのか? あそこには蒸気義肢(スチーマー)を武器として使っているギャングやマフィア達が多いし、ここは結構危険な場所のはず……。どうしてこんな所で、かくれんぼなんか……」


「え、えっと……その……」


 どうも依頼人はその事についてははなしたくないみたいである。

 まぁ、10歳の少女の秘密を調べる事はしなくて良いだろう……。ハードボイルドな探偵にとって、依頼人の事情を聞こうと言うのは野暮な事だろう。


「よし……さて、あまり使いたくはないが、仕方がない」


 俺はそう言って懐から銀色の球体を取り出していた。真ん中には大きな赤いボタンが取り付けられており、その下には大きなカメラが取り付けられていた。

 相も変わらず、クールなデザインとは裏腹に、持っているだけでこれを作った"あいつ"の顔がチラついてイライラしてくるが仕方がない。


「――――あまり使いたくはないが、仕方がない。緊急事態だからな」


 そう言って俺は球体のボタンとは反対側の部分を叩く。するとそこから小さな穴が現れ、俺はその穴の中にミィちゃんのデータが入った通信機械のコードを繋ぐ。


「ポチッ、とな」


 繋いだ後に赤いボタンを押すと、ウィーンという音と共に球体が動き出す。それを見てペスちゃんが「すごーい!」と歓声を上げる。


「ねぇねぇ、おじさん! これ、なーに?」


「おじさんじゃねぇ、ジオさんだ! これは……その、なんだ。タンサクキカイとか言う奴だ。

 俺の学生時代の、頭のイカレた知り合いが作った俺専用の探偵七つ道具の一つ、《シラベマス。》だ!」


 正直、最後のは要らない気がするが、これが正式名称なのだから仕方がない。

 この《シラベマス。》に情報をインプットすると、半径500m圏内に居る対象物を瞬時に把握してくれるという優れものなのだ。ただし中に蒸気を使っているので、蒸気が届かない場所は調べられないのだが。


「すごいね、おじさんの友達!」


「おじさんじゃねぇし、友達でもねぇよ! ……ったく、俺は電化製品(アンティーク)専門なのに、こんな蒸気で動く機械なんか渡しやがって! おかげで地味な探偵業に精を出しちゃうじぇねぇかよ! ちくしょう!」


 俺は地味なコツコツと働く探偵がしたいんじゃねぇ!

 血沸き、肉躍るクールな戦闘とハードボイルドな毎日の日々を送る探偵をしたいんだ!


「くそぅ! ……まぁ、調べ終わったか。あそこ、か」


 俺が顔を上げると、黒い煙突からもくもくと大量の赤と白の蒸気を走らせる倉庫があった。

 

(赤と白……つまりはランボー組か)


 ここいらのマフィアはそれぞれチームカラー……いや、カラースモークを持っている。

 彼らは自身が所有する倉庫や企業などから、ここは自身の領域(テリトリー)である事を示す色つきの蒸気をあげるのだ。

 赤と白って事は……ジェイソン・ランボーが組長の、街の裏帳簿などを管理しているとも噂されている『まだらの財布持ち』、ランボー組の管理している倉庫だと言う事だ。


「なんであんなところにAIペットが……」


「あそこにミィちゃんが!? 私、行って来る!」


「あぁ、おい!?」


 そう言って我先にと、恐れも知らないガキが突っ込んで行く。

 くっそ、危険な場所であるとしらねぇのか! マフィアが管理してんだぞ、マフィアが!


「ちくしょう! 行くしかねぇじゃねぇか!」


 俺はそう言って、彼女を追って倉庫の中に跳び込んだ。






「敵襲だ! 皆の者、応戦しやがれ!」


 そう言って現れたのは、左腕に鋭く尖った蒸気義肢を付けた隻眼の小柄な男。

 軽薄そうな見た目と、どこかひょうきんそうなナスみたいな細長い顔が特徴のこの男の顔……ジオの手配書でも見た事がある賞金首だった……確か、名前は……。


「そうだ、ボン・ゴーレーだ!」


「ほぅ? 俺の事を知っているとは、ただの男じゃねぇな?

 ……あぁ、今噂になっている、ハッキング野郎か!? 蒸気の煙を使って、人様の大切な情報を奪う不届きな野郎が、まさかこんな冴えないおっさんだとは思いもしなかったぜ!」


 ……おい、なにを言いやがった? こいつ?

 今、人の事を冴えないおっさんだって?


「まぁ、良い。今すぐこの、催眠ガスを溜めた蒸気義肢の餌食にしてくれるわ! 喰らいやがれ、眠り針!

 ――――ハハッ! 刺さった! 刺さった! 俺の蒸気義肢は特別製でな? 中に入った蒸気は圧縮させて、そのまま超強力な催眠性の気体(ガス)になる! これを受けた者は眠りにつく! そして眠ったまま、あの世に行く事から別名……。

 って、おい? どうして、ねむらねぇんだ? このガスはかのテンジクの巨大なゾウさえも12時間はぐっすりと眠らせるほどの強力な催眠ガス! 普通の人間が喰らったらただじゃ。

 ……はっ! ま、まさかお前は、人間とは思えない身体能力を持つあの……」


 そうやって青ざめた彼は、大きな声で叫んでいた。


「――――ハーフボイルド探偵!?」


「だ、だれがハーフボイルドじゃい!」


「ひ、ひぃ! う、うてぇ!」


 ボン・ゴーレーの号令によって蒸気銃が撃たれるも、蒸気を圧縮して時速400km前後で撃って来る弾なぞ痛くもかゆくもない。

 それよりも今は……この人の気分を逆なでした男の"処分"の方が先だ。


「う、うそだろ!? あんなの、まともに喰らったら反動でしばらく起き上がらない蒸気弾を何発も撃たれて、平気な人間がこの世に居るはずがねぇ!

 や、やめろ! く、来るなぁ! くるなぁ!」


 ――――その後、ボン・ゴーレーが呼んだ蒸気街の警察がこの場所に辿り着く頃には、現場はまさに巨大な竜巻が通ったとしか思えない、ありさまになっていたと新聞で報じられた。

 また、ランボー組の電子帳簿が盗まれたと言う事も報道され、ランボー組はただいまパニックらしい。


 俺をバカにしたあんなマフィアなんて、どうでも良いがな。

 

「……しっかし、この現場。そこまでやってないと思ったがな。新聞もちゃんと報じて欲しいぜ」


 追伸。

 ミィちゃんは無事、倉庫の中で発見してペス・カトーレちゃんの元に無事、戻って来た。……全く、人騒がせなペットだぜ。


 これにて、《愛しの子猫ちゃん事件》解決だ。


 ……でも、その時の俺はまだ知る由もなかった。


 ペス・カトーレ。

 まだ10歳にも満たない彼女が身体の中にひたすら隠し通している、その《闇》の存在を。

活動報告にて、キャラ設定などをまたしても後々載せる予定。

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