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遺品

下水道に危険な未知の怪物が徘徊している。


同業者で結成された下水作業ギルドでは事態を深刻視し、集会では自衛策や駆除作戦が検討されていた。下水道のモンスターの噂は都市の住人の間にまたたく間に広まり、トイレや排水溝から出現した怪物の目撃談が街のあちこちでまことしやかに囁かれた。市民たちの不安を払拭するため、行政局は警察や軍との協力の下、近日中に危険生物の一掃を約束する旨の声明を発表した。


警察による行方不明者の捜索は数日間続いたが、行方不明者のものと思われる遺体の一部が見つかっただけだった。




従業員の半数近くが死亡または行方不明の状況で、俺の勤めるファーリーズ下水道清掃社は事実上の廃業に追い込まれていた。ただ、親方が病床から知り合いの同業者に掛け合ってくれたおかげで、俺たち生き残った従業員は別の下水道清掃会社に転籍してそのまま働けることになった。


後日、再び見舞いに訪れた時、親方は病院のベッドで寝たきりながらもだみ声で俺たちをどやしつけ、笑いながら今後を祝福してくれた。


そもそも俺がこれまでこの見知らぬ異世界に曲がりなりにも順応し、なんとか今日まで生きてこれたのも、親方が俺を雇ってくれたおかげで、まさに俺にとって命の恩人と言っても過言ではない。


だが、そう思えるようになったのもようやく最近の事だ。右も左もわからぬ異郷の地で、過酷な汚れ仕事にこき使われる毎日に、親方を心底憎み続けていた。慣れない力仕事に手間取っていると容赦なく怒声が飛び、失敗すれば殴られることさえあった。しかしそんな過酷な日々の中で俺は鍛えられ、異世界で生存する強さを得ることできたのだと思う。

あ、でも…冷静に思い出してみると、やっぱりあの扱いはあんまりだったかもしれない。


別れ際に、俺は親方から小さな包みを託された。石田さんの数少ない遺品だった。

「同じ稀人(まれびと)であるお前がが預かり、いつか元の世界に戻った時に、どこか景色のいい場所にでも埋めてやってほしい。あいつもきっとそれを望んでるだろう」親方からの頼みだった。石田さんは最後までこの世界をかたくなに拒み続けてきた。同じ境遇なのに、石田さんとは表面的な付き合いしかなかったことが今更ながらに悔まれた。


包みには今にもバラバラになりそうな財布と10年以上前の古い機種の携帯電話が入っていた。当然バッテリーは切れていた。この世界でも電気は一部実用化されているが、一般家庭への給電は行われていないので充電できないのだ。だが、俺も捨てることができず、今でもお守りのように持っている。財布には免許証と小銭がいくつか入っているだけだった。免許証の色褪せた写真に写ったさわやかな好青年の面影は、俺の知っている石田さんには残っていなかった。元の世界で、石田さんはどうやって暮らしていたんだろう。家族や友人はいたのだろうか。


俺たちは病室を辞すると解散した。最近、何かと俺に絡んでくることが増えたガエビリスはその日も昼食に誘ってくれたが、そんな気分ではなかった。



元の世界のことを思うのは、ずいぶん久しぶりだ。ずっときつい仕事の毎日で過去を振り返る余裕なんてなかった。家族はどうしているんだろうか。元気にしてるのだろうか。あっちでは俺は失踪者の扱いになっているんだろうか。


俺は大学卒業後、親元を離れ地方で一人暮らしをしながら、IT関係の仕事に勤めていた。朝から深夜までパソコンに向かう毎日。仕事は多忙だったが別に頼りにされていた訳でもなかった。


会社の同僚や上司との表面的な付き合い以外、友人もおらず、会話もほとんどなく孤独で単調な生活。当然、恋人なんていない。家族とも仲が悪いわけではないが、何となく帰るのが億劫で、両親の顔は数年見ていなかった。大手住宅メーカーに長年勤める親父は昔から口数が多く社交的で、無口で内向的な俺よりも、人付き合いのいい義兄、つまり姉の旦那と馬が合うようだった。

俺がこっちに迷い込んだのは、そんな味気ない毎日が数年続いたある朝だった。俺と世界との結びつきが希薄で、誰からも必要とされず、誰も必要としていなかったせいなのかもしれないと、ふと思った。


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