襲撃
翌朝、出勤した俺が河骨さんから聞かされたのは信じ難い話だった。
昨日、親方含む15人の別班は中央駅地下の下水管内のスライム駆除作業に出動していた。作業は難航し、予定時刻を大幅に超過していた。そこで何らかの事故が起きた。石田さん含む3名が亡くなり、親方他5名が重傷、5名は行方不明となっていた。稀に見る大惨事だった。地上に待機していた2名が悲鳴を聞いて急行した時にはすでに手遅れだった。
下水道内での作業は危険が伴う。特に多いのが突発的な豪雨による鉄砲水だ。短時間に大雨が降ると、雨水がマンホールから一挙に流れ込んで下水管内の水位が急上昇し、脱出が遅れると押し流されてしまう。
他にはガス中毒防止魔法が適正に使用されてなかったり、何らかの原因で失効してガス中毒をきたす事故もたまにある。今回はそのどちらでもなかった。
親方たち重傷者は病院に収容され、今朝から警察による行方不明者の捜索が再開されるとのことだった。俺たちは突然の事態に茫然とするしかなかった。とにかく、今日は仕事どころの話ではなくなった。
俺たちは病院で親方たち生存者に会った。親方は痛々しい姿でベッドに横たわっていた。両足をひどく損傷し、頭部は包帯でぐるぐる巻きにされ、隙間から目と口元だけが覗いていた。病院で十分治療を受けたにしても、再び歩けるようになるには当分かかりそうだった。
親方は俺たちに昨日の顛末を語ってくれた。
途中まで、地下での作業は順調に進んでいた。飲食店街からの栄養分豊富な排水を餌に、はちきれんばかりに増殖したスライムの集合体が、水路をぎっしりと埋め尽くしていた。人海戦術でスコップで掘れども掘れどもキリがなく、スライムのピンク色の肉の中にトンネルを穿つように掘り進んだ。けっきょく完全にスライムで埋め尽くされていた区間の長さは30メートル以上にも及んだ。膨大な量の震える肉片を壁からそぎ落とし、袋詰めにし、外へ運び出す作業が終わりなく続けられた。ある程度作業完了の目途がついた頃にはすっかり深夜になっていた。
そんな時、それは突然起きた。
側道のトンネルから何かが飛び出してきた。太い蛇のようなものが水飛沫をあげて狭い水路内を暴れまわり、作業員たちを次々に跳ね飛ばし、床や壁面に叩きつけた。突然の事態に誰も反応できなかった。
それはピタリと空中で動きを止めた。真っ黒い人間の胴体ほどの太さの長大な触手。表面にはピンク色の斑点が散り、拡大と収縮を繰り返している。全体を緩やかに波打たせながら、身動きの取れない作業員たちを品定めしているようだった。
触手は水中にうずくまっていた石田さんに向かって一気に伸びた。そして全身に巻き付き締め上げた。めきめきと胸が悪くなるような音を立てて骨が軋み砕け、石田さんの口からは苦痛の呻き声と共に大量の血液が溢れ出した。
触手の先端部がぱっくり割れると、白い鋭い牙がずらりと並んだ口が現れた。そして親方たちが成すすべなく見つめる前で頭部に喰らいつき。バリバリと噛み砕きはじめた。側道からは何本も同じような触手が伸びだして倒れていた人たちに次々に襲いかかりはじめた。
そんな中、倒れていたタイモンさんが触手を跳ね飛ばして起き上がった。鉄パイプを手に雄叫びを上げながら、闇に包まれた側道に突進していった。それが親方の見たタイモンさんの最後の勇姿だった。しばらく側道からは叫び声と激しく争う物音が聞こえていた。
やがて触手全体に痙攣が走ると、作業員たちに襲いかかっていた触手たちは動きを止め、側道の奥へとずるずると撤退を始めた。何人かは触手に絡めとられたまま、共に通路の奥へと消えていった。
一瞬の出来事だった。親方は触手の一撃で両足を砕かれ、トンネルの側壁へ頭を打ち付けていたが、幸い連れ去られずに済んだ。タイモンさんは姿が見えなかった。石田さんは無残な姿で汚水の中に浮いてた。
下水道には得体のしれない生物が潜んでいる。しかしこれまでこんな危険な生物は知られていなかった。未知のモンスターだった。