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人間たち

俺たちは日当を受け取ると職場を後にした。


外は夕暮れ時だった。

小さな町工場や廃品解体工場がゴチャゴチャと密集する区域に職場はあった。切断機で鉄板を切り裂く甲高い音や、金槌の打撃音、蒸気が噴出する音であたりは騒然としている。工場の間をぬうように走る狭い道は、舗装がボロボロに劣化し、道端には様々なガラクタや金属くずが山積していてかなり歩きにくい。



軒を接するように工場が立ち並ぶ地帯を後にすると、道幅が広くなり視界が開けた。運河沿いの大通りに沿って、5階建てくらいの建物が並んでいる。つい先ほどまでいた工場地帯とはまるで別世界のようだ。この街は通り一本違うとまるで別の顔を見せる。


この大通りには様々な建物が並んでいた。古代遺跡のような重厚な石造建築、蔦のからまる伝統的な木造家屋、精緻なアラベスク文様で彩られた礼拝堂、何本もの煙突をにょきにょきと突き出した食品工場、漆喰細工で装飾された集合住宅と、時代や地域、用途を異にする建築様式が一堂に会し、まるで統一感がない。


通りは荷車や通行人でごった返していた。行きかう人の顔ぶれも様々だ。豊かな金髪を風になびかせたエルフの貴婦人もいれば、油まみれのつなぎを着たゴブリンの機械工も、厳めしい顔で歩く白いローブの賢者もいる。


これが俺が迷い込んだ異世界の都市の姿だ。「混沌」それこそがこの街の第一の特徴だ。



そんな中を、俺は石田さんと河骨(こうほね)さんと歩いていた。実は二人とも人間、それも日本人だった。



石田さんは50歳くらいに見えるが、実際はもっと若いのかもしれない。頭髪は薄く、すり切れてボロボロになったスーツをかたくなに身に着けている。詳しくは知らないが、この人はここに辿り着くまでに相当ひどい経験をしてきたらしい。



偶然この世界に入り込んでしまう人間は少なくない。そういう人間はこの世界では稀人(まれびと)と呼ばれている。

だが、迷い込む領域は様々だ。俺はまだ運が良かったとも言える。広大な砂漠地帯や氷河地帯のど真ん中で野垂れ死んだり、野蛮な種族の支配地域で奴隷にされたり、密林の魔物に食い殺されたり、そういう悲惨な例も多い。


石田さんは都市の外に広がる外地アウトランドをさまよっているところを保護されてこの町へやってきた。それ以前どこで何をしていたかは誰も知らない。いつも猫背で虚ろな目をして、無表情でぼんやりしている。この人を見ているとなんだか気の毒でいたたまれなくなる。




河骨さんも日本人だ。だが、彼はこちらの世界で生まれ育った人だ。日系異世界人とでも言おうか。

この世界へ迷い込む人間はずいぶん昔からいたらしい。河骨さんの父親は50年前に迷い込んだ稀人だが、母親は江戸時代に迷い込んだ日本人の子孫だという。40歳くらいの不愛想な中年男で、これまで職を転々としてきたらしい。


石田さんも河骨さんも同じ日本人だけど、お互い馬が会うタイプではなく、一緒にいても会話がない。気を使って話に付き合う必要もないので、これはこれで気楽ではあるが。


ここで分かれ道だった。俺は二人に軽く会釈すると、一人家路についた。



日が暮れかけた石畳の道を一人歩く。ヒラデルの樹の葉が風にそよいでいる。この樹の葉は人間の掌に気味が悪い程よく似ていて、正直気持ちが悪くて嫌いだ。だがこの町ではなぜか街路樹として好んで植えられている。風に揺れる葉はまるで、無数の手が「おいでおいで」をしてるみたいで不気味この上ない。落葉の季節には黄変した葉が路上に散乱し、まるで切り落とされた手首のようでギョッとする。



坂を下りきった先で橋を渡り、ヘドロ臭い運河を越えると、そこは粗悪なコンクリート製の高層住宅が密集して立ち並ぶ陰気な一角だ。その中の一棟に俺の部屋がある。


どの建物も古く、おそらく築50年は下るまい。外壁はボロボロに剥落して大きな亀裂が走り、非常階段は真っ赤に錆びている。まさに満身創痍で、建っているのが不思議なくらいだ。実際、十重二十重にかけられている補強魔法の効力を解除したなら、一瞬で倒壊するだろう。


暗い小口をくぐり、洞窟のような狭い階段を上へ向かう。黄色く薄暗い照明に、何十年か前に誰かが描いた卑猥な落書きが浮かび上がる。部屋の薄い戸板を通して、子供の騒ぐ声、家事の音、祈祷の声、男女が言い争いなどが漏れ聞こえてくる。


上の階に行くほど家賃は安いが、部屋の状態は劣悪で、住人層もそれに比例して悪くなる。10階より上は、後で違法増築された部分で、アル中、精神異常者、吸血鬼などの正真正銘の下層民の巣窟になっている。ひどく物騒な所に住んでいるようだが、実際に物騒で危険だ。

ただ、上の階の下層民たちは、不必要に干渉しない限り基本的にこちらに危害を加えてくることはない。だが日が沈んだ後は外出を控えるようにしている。


7階に着いた。階段の右側が俺の部屋だ。


鍵を開け、6畳一間ほどの広さの自室に入る。ベッドと粗末な木の机と椅子、わずかな手荷物と衣類。それだけの部屋。小さな窓からは隣の高僧住宅の外壁しか見えない。

パンとドライフルーツで簡単な食事を済ませ、俺は床に就いた。スライム駆除で疲れ果てていた俺はすぐさま深い眠りに落ちていった。

俺はこんな毎日をもう何年も繰り返していた。

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