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エピローグ

「行ってらっしゃい」

 妻に見送られ、俺は玄関を後にした。

「あ、弁当忘れてた!」

「もう、しっかりしなよ。はいこれ」

 妻から弁当を手渡される。手作りの愛妻弁当だ。

「おう、済まねぇ。じゃ、今度こそ行ってくるわ」

「頑張ってね」

 妻、ガエビリスが微笑みながら玄関で手を振っていた。


 都市では急速に復興が進んでいた。破壊されたり汚染された建物を取り壊し、新しい街が急ピッチで建設されていた。朝というのにあちこちで響く槌音や作業員たちの声で騒々しい。だがそれも決して不快じゃない。石材を積んだ竜車をかわし、仕事場へ向かう人々の群れに紛れ込んだ。




 あれから半年になる。

 塔から落下しながら気を失ったらしい俺は、気が付くと粗末な寝台に横たわっていた。避難民のテントの中だった。吸血鬼のナイフで受けた傷、ヒュドラに弾き飛ばされた時の額の切り傷、闇の信徒との乱闘で負った骨折、甲虫による咬み傷、そして全身の無数の擦り傷や打撲。地下に潜って以来受けてきた無数の傷は、ほとんどがきれいに癒えていた。伸び放題だったヒゲもきれいに剃られていた。

 俺を治してくれたのはウォルフ先生だった。俺の切断された足を治してくれた医師だ。彼も当然都市を捨て外地へと避難していた。彼の話では俺は5日間も眠ったままだったそうだ。同じテントではガエビリスも治療を受けていた。彼女の場合、俺よりもずっと傷が浅かったため、ときおり炊事や洗濯などで先生を手伝っていた。難民キャンプは怪我や病気で患者が絶えず、先生は常に多忙だった。



 俺たちがいた難民キャンプを取り仕切っていたのは、ロイド氏だった。行政局の若手の切れ者だ。かつて地下迷宮まで共に赴いたあの男だ。彼は苛立つ避難民たちの諍いを収め、難民キャンプの環境をある程度衛生的に保つことに成功していた。それだけでなく元から外地に住んでいたオークの略奪者とも巧みに交渉して雇い入れ、物資の運搬や集落の防衛まで行わせていた。


 彼は定期的に都市へ偵察隊を送り込み、帰還の時機を伺っていた。

 偵察隊が目撃したのは、都市を破壊し汚染していた闇の王が消え、断片と化した無数のスライムが力なく徘徊し、今しも干乾びようとしている光景だった。大蜘蛛や巨大蛭、その他おぞましいモンスターたちの姿も消え失せていた。地上に溢れ出た下水はほとんど引き、後には乾いた汚泥の堆積だけが残されていた。

 その報告を受け、ロイド氏は帰還を決断した。この報は他の集落にも伝えられ、都市住民たちの帰還が一斉に始まった。

 はじめは混乱もあった。闇の王に忠誠を誓った都市の下層民やマイノリティたちの手で、帰還者にテロや襲撃が繰り返された。だが都市が日に日に常態に復し、保安機構が息を吹き返していくにつれ、彼らの大半は抵抗を諦めて帰順し、ある者は徹底交戦の末、駆逐されていった。

 一部の者は都市を去っていった。その中には闇の信徒の幹部と目されるダークエルフの一団もいたらしい。ギレビアリウス。俺と数々の因縁を抱えたあの男も、その中にいたに違いない。



 どうやって俺と彼女が墜死を免れたのか、彼女は何も語ってくれなかった。彼女が重い口を開いたのは、つい最近の事だ。

 あれは幻覚ではなかった。純血種のダークエルフにのみ可能な変身だった。いや、むしろあれこそが本来の姿というべきか。エルフに擬態して人の世に紛れ込む以前、ダークエルフの祖先はもっと昆虫を思わせる姿をしていたらしい。変身はその名残だった。今となっては闇の王の発する強力な精神波の元でしか発現することができない変身。同族以外には見せることが禁じられたダークエルフの秘中の秘の姿だった。

 

 彼女については、気になることがあった。

 地底世界で再会した時、彼女は以前の彼女ではなかった。闇の聖母。ダークエルフの種族的な意識に目覚めた人格を、彼女はそう呼んだ。今の彼女にはまだその時の意識が残っているのだろうか。闇の聖母として宿命を全うできなかったことを密かに悔いているのだろうか。

 表面的には以前、二人で同棲生活を送っていた頃と何も変わらない。地底でしたような人類の滅亡やこの星の歴史の話は、あれ以降まったくしていない。だが、窓辺の椅子に腰かけて一人佇んでいる時など、ときおりひどく寂しげな表情をしていることがあった。

 でも、それでも、今は人の母親になる喜びのほうが勝っているようだ。すっかり大きくなったお腹をさすりながら、お腹で元気な双子が動くたびに、俺に喜んで知らせてくれる。




 そうなのだ。俺はもう間もなく二人の子供の父親になる。これまで以上に責任重大だ。何しろ四人に増える家族のために必死に稼がなければならないのだから。もうすぐ職場に到着だ。



「アルゴー環境美化社」

今日もまた、マンホールを開けて汚物溢れる地下に潜る危険できつく汚い作業が始まる。地上からはスライムが一掃された。だが下水道には断片化して知性を失ったとは言え、依然スライムが徘徊し、隙あらば増殖しようとしている。

 都市を守るため、人類の命脈を繋ぐための仕事が、今日もまた始まる。

小説家になろう初投稿作、いかがでしたか。思いつくまま設定を突っ込んで書いていくのは楽しかったです。感想、突っ込みよろしくお願いします。

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