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旅立ちの夜

念のため最後にもう一度、装備を総チェックし直す。

抜かりはなかった。ついに準備は整った。



最後に、万一俺が留守にしている間に彼女がここに戻ってきた時に備えてテーブルの上に手紙を置いた。実際、あのダークエルフの男は街に戻っていた。彼女も上に来ていないとも言い切れない。この手紙には彼女が家を後にしてからの経緯、俺の行方、そして彼女に対する嘘偽らざる気持ちを書き綴った。これまで書いては消し、書いては消しを繰り返しながら、少しずつ書き溜めてきた手紙。その内容をここに詳らかにする気はない。



重い背嚢を背負い、壁に立てかけられたスコップを手に取ると玄関へと向かった。その時ふと物音を耳にした。ガエビリスのペットたちだった。すっかり失念していた。この捜索がいつまで続くのか、いつこの家に戻ってこられるかも分からない。このままこいつらを放置していけば、ほぼ確実に死んでしまうだろう。二人で家に帰ってきた時、全滅したアクアリウムを見せてガエビリスを悲しませたくなかった。

俺は水槽から下水生物たちをつまみ出して小袋に移し替えていった。どうせ俺も下水道に降りるのだ。下でこいつらを逃がしてやろう。


生物の数がかなり多いので、意外と時間がかかってしまった。小動物がもがく袋を手に、俺は玄関を出た。

夜だった。崩壊後、街灯が灯らなくなった都市の夜は漆黒の闇だった。雲が出ているのか星や月も見えない。しかし暗闇に適応した俺の目には、まるで暗視ゴーグルを通したようにすべてが鮮明に見えた。


階段を降り、庭から振り返る。今度この家に戻る時は、かならず彼女と一緒だ。

そう自分に誓うと、庭に生い茂った雑草を踏みしめ、背嚢を揺らしながら、彼女が消えたあの場所、工業用水路の暗渠へと出発した。どこかで野犬か、あるいはもっと不気味な何かが遠吠えを上げていた。




暗渠の正面に立ち、入り口を塞ぐスライムを見据える。

スライムは依然肉の壁となって立ち塞がっていた。しかし前と違うのは、こいつは意識を宿した知性体、神の一部だということだ。はたしてこいつにスコップを突き立てて大丈夫なのだろうか。


これについては前から考えていた。特魔隊の総攻撃で、巨大な火球で焼かれながらも、煙が晴れると闇の王は健在だった。全身の肉の大半が焼けただれ崩れかけていたが、その傷もものの10分程度で再生した。そして今でも都市の中央部に居座っていた。あんな強烈な攻撃を受けながらも何食わぬ顔をしているくらいだし、こんな末端を少しばかりスコップで削り取ったくらいで大騒ぎになるはずがない。



しかし、中々踏ん切りがつかなかった。もしかしたら一突きした瞬間、触手を伸ばして襲いかかってくるかも。こっちの事はすべてお見通しで、スライムの肉壁の向こう側にモンスターを待機させているのかも…‥

「ええい!」

脈打つ肉の壁めがけスコップを振り下ろした。かすかな抵抗とともに弾力ある表層部を突き破り、ゼラチン質の肉に深々と刃先が埋まった………。

反撃も、モンスターの襲撃もなかった。

さかんに肉を脈打たせ異物を排除しようとしているが、その反応はこれまで仕事で遭遇した知性なきスライムと何も変わりがなかった。どうやら取り越し苦労だったようだ。

ほっと息をつくと、俺は慣れた作業に取り掛かった。


盛んに肉にスコップを振り下ろし、切り裂き、すくい取っていく。破片は背後の水路に投げ捨てる。夜のしじまにザクッ、ザクッとスコップの音が響き渡る。さすがに一人だけでこれだけの量のスライムを相手にするのは大変だ。俺は早くも汗みずくになりながらも手を休めることはなかった。少しテンポを緩めたとたん、スライムはどんどん回復し穴を塞ごうとするからだ。


ようやく肉壁の向こう側に通じる穴が開いた。俺は肩で息をしながら、闇の領域へと踏み込んでいった。この闇の先に彼女が待っているのか。

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