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脱出(エクソダス)

外地(アウトランド)――

都市城壁の外側に広がる荒涼とした半砂漠地帯。都市の政治、経済機構の統制下に入ることを嫌う独立系のオーク、ゴブリン等の氏族が群雄割拠し、終わることのない抗争を繰り返す無法地帯。凶暴なモンスターも数多く生息する。




「都市」は、外地という野蛮の大海の中に遺された文明の砦だった。

かつての偉大なる時代、大陸全土は強大な国家権力により統治されていた。国内からは盗賊やモンスターは一掃され、誰もが大陸中を安全に通行することができた。地域間の流通が促され経済は大いに振興した。広大な土地が開墾され、農地や住宅地へと生まれ変わっていった。その結果、莫大な富が生み出され、大陸全土の至る所に輝かしい都市が築かれた。この世界の人々がもっとも幸福だった時代。


しかし、やがて衰退の時が訪れた。政治、経済の歯車が狂い始めたのだ。政治は腐敗し、行政は動脈硬化に陥り、経済は低迷した。国境は異民族に侵犯され、略奪を受けるようになった。異民族を撃退するための国防費の増大は度重なる増税で賄われたが、その負担が国民を圧迫し政府への不満を募らせていった。そしてついに内乱が勃発し、国家は解体した。

各都市は国家としての独立を宣言し、互いに勢力争いに明け暮れた。都市は周囲に堅固な城壁を巡らして外部から鎖された。地域間の交易、交流は寸断された。長期にわたる戦乱は都市を疲弊させ、都市国家は一つまた一つと没落し廃墟と化していった。最後にはわずかな数の大都市圏だけが文明の火を灯していた。




人々は常に都市内部の温もりに包まれて暮らしてきた。大半の人が都市の城壁の内側で一生を過ごし、外部の世界については考えることさえなかった。外地(アウトランド)は見捨てられた土地だった。


その都市から、人々は脱出しつつあった。

金と権力、コネを持った者は、かろうじて維持されてきた大陸間横断鉄道の乗車券を勝ち取り、重武装列車に乗ってカムやヒュウリンなどの別の都市へと旅立っていった。


金も権力もコネもない大多数の人々は、長蛇の列をなして都市の城壁から徒歩で歩み去って行った。家財道具を背負い、または荷車で引きながら、足取り重い人々の列は途切れることなく続いた。そんな人々に無慈悲に外地の野蛮種族どもが襲いかかった。暴行、殺人、略奪、拉致が容赦なく繰り返され、または庇護の代償として法外な金品の要求がなされた。それでも都市の汚濁と疫病、怪物や邪神による確実な死よりははマシだと多くの人は考えた。


しかし、一部の者は都市に残った。

一部の者は都市への愛着から。また別の者は忠誠心から。ある者は単に外地への恐怖から。誰からも見捨てられ取り残された者もいた。だが最も多い理由、それは暗黒時代の到来を歓迎するが故に。社会に不満を抱いていたアウトサイダーやマイノリティ、最底辺の貧民、犯罪者、精神異常者、吸血鬼などは、闇の王の支配を嬉々として受け入れた。




そしてもちろん、俺も都市に残っていた。愛する(ガエビリス)を取り戻すために。




特魔隊の全滅で都市の混乱に拍車がかかった。絶望した人々の渦に巻き込まれつつも、何とか都市を横断して彼女の家に帰り着いた。あれから五日が経つ。俺は備蓄した食料を消費しながら、家に閉じこもって過ごしていた。家じゅうの雨戸を閉め、扉を施錠し、真っ暗闇の中での生活。足の傷はすっかり回復し、もう杖は必要なくなっていた。


「第4章。もしも食料がなくなった時に:飢餓耐性魔法。大きな災害や戦争が発生すると、流通がストップしてしまうため、物不足が起きます。とくに死活問題となるのが食料品です。しかしこの魔法を習得すると飢えに対しての耐性がアップするので、わずかな食料だけで長期間生存することができるようになります。もしもの時のための備えとしてぜひとも覚えておきたい魔法です。まずそのための準備として…」



真っ暗闇の中、雨戸の隙間から漏れるわずかな外光だけで、俺は読書していた。「まさかのための護身魔法・初心者でも簡単にできる10の魔法」。闇の王の復活の直前に購入したあの本だ。室内の暗さにも関わらず苦も無く文面を追うことができた。


これまでこの本を何度も繰り返し精読し、いくつかの魔法は身に着けることができた。そのうちの一つが暗視魔法だ。夜行動物のように暗闇でも目がきくようになる魔法。この魔法を真っ先に習得したのには訳がある。


当初の計画では、俺は地下でのガエビリスの捜索にランタンなどの照明具を使うつもりでいた。仕事ではそうやってきたのだから当然だ。しかし状況は変わった。闇の王の降臨後、怪物の数や危険度が飛躍的に上昇していた。もしこの状況でランタンを灯しながら地下に入ろうものなら、たちどころに怪物に発見され餌食にされてしまうだろう。自らの存在を周囲の化け物どもに誇示するも同然なので、照明は持ち込まないことにした。

そのかわり、暗視魔法を使うことにした。魔法で自分の視覚系を改変し暗闇に適応した眼に作り変えたのだ。これなら地下の暗闇の中でも手探りせずに歩くことができるだろう。


今、習得しようとしている飢餓耐性魔法もかなり重要だ。広大無辺な下水道網と地下迷宮のどこに彼女がいるのかわからない現状では、捜索が長期間に及ぶ可能性が高い。携帯食をできるだけ節約するためには必須の魔法と言える。


準備は整いつつある。もうすぐだ、待っていてくれガエビリス。そして、無事でいてくれ。


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