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新たなる時代

 「……我こそは………闇の…王なり…」

 「悠久の…太古より…地底を統べし…主なり…」


 「ヒトよ…卑小なる地上の民よ…」

 「我が再臨を持って…汝らの…時は終わる…」


住処を失った人々が集う王立マーディフ公園の難民キャンプで、

堅固なバリケードで封鎖されたウフェッティ地区で、

都市を脱出する列車を待つ中央駅大陸横断鉄道のホームで、

都市の復興を祈る大聖堂前の広場で、

人々は茫然と立ち尽くし、その声に聞き入った。


 「かつて…遥か遠き昔…我は神々の闘いに敗れ…死せり…」


 「然れども…我が(むくろ)は死せず…」

 「…骸は朽ち…無数の肉片へと分かれ…」

 「闇の底を這いまわった…」

 「爾来(じらい)…知能持たざる…愚かなる我が肉片は…」

 「(カビ)を舐め蟲どもの糞を喰らい…地底で細々と命を繋いできた」



 「ある時より…滋味豊かなる糧が…我らが元へと流れ込み始めた」

 「汝らの(くそ)であり…尿であった」

 「汝らの垂れ流せし美味なる汚穢(おわい)…」

 「其を得て我が肉どもは喜びに身を震わせた」


 「…やがて…」

 「地上の民が数を増やすと共に…地底に流れ込む糧も増えていった」

 「我が肉片はいよいよ殖え…地の底を埋め尽くした」


地の底で糞尿を喰らう肉片…やはりスライムのことなのか?あの下等生物のスライムの正体が、こんな邪神だったとは…。俺は毎日、太古の邪神の身体の一部をスコップでズタズタに切り刻み、袋詰めにし、焼却していたのか。途方もない事実に頭がクラクラしてくる。



 「そして……臨界点が訪れた…」

 「増長せし肉片の総質量が…閾値を超えし時…」

 「我は…闇の王としての我が意識は…」

 「悠久の時を経て…今日…再び覚醒した…」


 「我は此処に宣言する…」

 「闇の世の到来を…光の世の終焉を…」

 「我が治世が始まるのだ…」



闇の王こと、スライムの演説はようやく終わった。誰もが皆、呆気にとられて反応できないでいた。こいつの治世が始まるだと?一体どういう意味なのだ。何をするつもりなのだ。どちらにしろ、俺たちにとって良い事なわけはない。食糧にされるか、奴隷にされるか、それともただ単に皆殺しにされるかだろう。



肉塊の巨人は、先ほどまでの饒舌が嘘のように押し黙り、佇立したまま彫像と化したかのように動きを止めている。その巨体からは白い蒸気が漂っている。



周囲の人々がざわめき始めた。皆口々に不安、恐怖、怒りの言葉を吐き出している。ざわめきはどんどん大きくなっていく。そして、ある女が鋭い悲鳴を上げた。


それがきっかけだった。人々は怯える群衆と化し、怒涛の勢いで疾走しはじめた。一歩でも遠く不浄な邪神から遠ざかろうと押し合いながら、何百人もの人間が壁となって押し寄せてくる。このままでは俺も巻き込まれて潰されてしまう。

俺は建物の間の狭い路地に身を躍らせ、何とか間一髪で群衆をやり過ごした。目の前を無数の人々の群れが流れていく。倒れた者を容赦なく踏みにじりながら。通りを悲鳴と怒号がこだました。この騒動が収まるまでここでじっとしているのが得策だ。


ガエビリス…彼女はこの一件に関わっているのだろうか。あの本の一節が脳裏によぎった。「闇の王の復活こそダークエルフの悲願」そんなはずはない。彼女がこんな事態を待ち望んでいた訳がない。



群衆の密度が疎らになり始めたな、そう思ったときだった。背後に気配を感じたのは。後ろに伸びる狭い路地に誰か、何かがいる。カリカリと引っ掻くような物音が聞こえる。俺は懐に忍ばせたナイフに手を伸ばしつつ、間合いを図りながらそろそろと振り返った。

そこにいたのは、蜘蛛だった。巨大な黒い蜘蛛が、路地の両側の壁面に脚を突っ張り、俺を見下ろしていた。鋭いトゲが生えた大顎が開いたり、閉じたりし、粘液が糸を引いて滴り落ちる。魔境と化した下水道から上がってきた化け物か。ナイフ程度では勝ち目は無さそうだった。

俺は通りに向かってゆっくりと後ずさりしていった。急に動くとこいつを刺激しかねない。忌々しいことに、俺の動きに合わせて蜘蛛もゆっくりと前進し距離を縮めてきた。路地の外はまだ群衆の列が続いていて逃げられない。蜘蛛の化け物との距離はどんどん縮んでいく。目の前に瞬かない8つの複眼が迫る。タワシのように硬い黒い毛にびっしり覆われた体、鋭いカマのような鉤爪を備えた脚がするすると前に向かって伸ばされ、まるで俺を抱きしめるように…

一撃だった。俺は背嚢から取り出したスコップを蜘蛛の頭部に力任せに叩きつけた。刃のように薄くなった先端が、蜘蛛の頭部を真っ二つに断ち割り、深々と食い込んだ。裂け目から粘液を垂らしながら、そいつは地面に落下し動かなくなった。


危ない所だった。ふぅと息をついて安堵したのも束の間だった。蜘蛛の背後の路地にはさらに無数の蜘蛛がひしめいていたのだ。マンホールの蓋が開き、その隙間から新たな蜘蛛がどんどん地上へと湧き出してくる。俺は一目散に通りに飛び出した。杖を突きながらなので思うように走れない。俺を追って路地から飛び出した巨大蜘蛛を見て、人々が悲鳴を上げた。近くを走っていた女が最初の犠牲者となった。長大な脚で絡め取られ牙を突き立てられるとすぐに悲鳴は止んだ。俺は振り返らずに走り続けた。



街のあちこちで悲鳴が上がり始めた。これが暗黒時代の到来なのか。

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