俺の仕事
俺がこの世界にやって来た顛末は、このような次第だ。
普通に通勤電車に乗っただけなのに、いつの間にやらこちら側へ入り込んでしまった。はっきりとした境界もなく、どこが入口だったのかもわからない。
そもそも俺は、こんな悪臭ぷんぷんたる地下深い穴の中でいったい何をしているのか?早い話が、下水道整備員だ。
この世界にも大勢の住人が暮らす都市があり、当然大量の汚水やら排泄物が発生するからには下水は必要不可欠なインフラだ。それが滞りなく機能し、街の人々が心地よく清潔に暮らせるようにする。それが俺たちの役割だ。
しかし、これが中々そうは行かない。
目下最大の問題は、スライムの大発生だ。
スライムとはぶよぶよした半透明のゼリー状の生き物で、高温多湿、滋養豊富な下水道網で大繁殖し我が世の春を謳歌している。直接、人を襲ったりするわけではないが、大発生して下水管が詰まらせるのが問題だ。ひどい時には人が立って歩けるくらいの幅広い水路さえ隙間なく塞いでしまう。すると当然、あちこちのトイレが逆流して行政局に苦情殺到というわけだ。
それからが俺たちの出番で、マンホールから地下へ降りていき、あちこち歩き回って問題個所を発見、詰まりを除去してめでたしめでたし。
そして、その詰りが目の前にいる。暗渠の天井近くまで達するほどの、折り重なる薄ピンク色の巨大な肉塊。透き通った表皮の下で白い毛細管が脈動している。
全体の印象としては浜辺に打ち上げられて崩れたクラゲに似ていなくもない。
そいつがランタンの光に驚き、巨体をひくひく震わせながら闇の奥へと這いずっていこうとしている。
まず、ベテラン作業員のタイモンさんが前に出て、先端を尖らせた鉄パイプをそいつの心臓部の白っぽい器官に思いっきり突き立て、ねじったり前後にこじったりして、完全に破壊した。スライムは動きを止め、若干縮んだのち、だらりと弛緩した。
「よ~し、作業開始ぃ」
親方の合図で、俺はマスクの装着具合を確認して、スライムの死骸にスコップを振るい始めた。スライムは死んだわけではない。放っておくとすぐに再生して元通りに動き始める。その前に、バラバラに解体し、地上に運び出して天日に干した後、焼却する。
俺達は無言でスライムを切り刻み、持参した土嚢袋に詰め込んでいく。小さな肉片もできるだけ回収する。破片からでもたちまち出芽して、どんどん成長するからだ。
下水の悪臭とは違う、スライムの体液独特の生臭い異臭が辺りに立ち込め、気分が悪くなる。マスクは悪臭防止の役には立たない。これはスライムの細かな破片が、口や鼻から体内に入り込むのを防ぐための保護具だ。スライムの中には、人体に侵入すると内臓を内側から喰らって死に至らしめる怖ろしい種類がいるらしい。今でも数年に一度、同業者がそれで命を落とす。
1時間ほどで作業が片付いた。合羽の中が汗まみれだ。親方がランタンで取りこぼしがないか最後の確認をしている。俺達はスライムを詰め込んだ土嚢袋を山ほど乗せたソリを引っ張り、マンホールへと戻っていった。
これが、異世界に来た俺の日常だった。危険できつくて汚くて、まさに3K。ハーレムも無双も冒険も、何もあったもんじゃない。当然だ。俺はこの世界では身元すら定かではない不法入国者も同然なのだから。