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動物園

動物園は彼女の家から徒歩で45分ほどのところにあった。

大通りに沿って数キロ南下して左に折れ、カルディナ運河を渡った先にある王立マーディフ公園、その敷地の一角が動物園だった。広大な園内には他にも温室植物園や博物館などの文化施設が点在し、さながら東京の上野公園のような場所だ。


空は青く晴れわたり、心地よい風が吹いている。これ以上ない行楽日和だった。


ガエビリスと手を取り合い、木漏れ日がまだら模様を描く園内の遊歩道を歩く。ここには気味の悪いヒラデルの樹はなく、緑色の羽毛のような柔らかい葉のマールの大木や、大きな葉っぱのバリガルなどの樹木が植えられている。


彼女はいつもよりリラックスしているようだった。やっぱりエルフは樹が多いところが好きなんだろうか。


公園内では様々な人々、種族が思い思いに散策していた。先日、下水探索で訪れたロードリオ戦勝記念公園と違い、こちらは市民の憩いの場としての機能を果たしていた。噴水広場では大道芸人がジャグリングをし、アルディ族の民族楽器ポポイを演奏する一団が滑稽で陽気なメロディを奏でている。絵を描いている人も多い。エルフの老人が鉛筆一本で描き出す超細密なスケッチ画には息をのんだ。ゴブリンの大家族が芝生にござを広げ、ガツガツと弁当をむさぼっている。こういう公園の雰囲気はどの世界でも変わらないのだなと思った。5分程度歩くと、木々の向こうに動物園の入場門が見えてきた。



この動物園には、この世界の各地から集められてきた珍獣、奇獣、魔獣、幻獣など合計130種が飼育されてるという。入場門を通ってすぐ正面にあったのはドラゴン舎だ。


一番最初に俺たちを出迎えたのは、グリーンドラゴン。鉄格子の向こうに植えられた熱帯植物の影に、緑と黒の縞模様の尻尾だけが長く伸びている。他の部分は洞窟を模した隠れ場所のなかに潜りこんでいて見えなかった。眠っているのかピクリとも動かない。


少々拍子抜けしつつ、次の檻を覗く。


次のドラゴンは、レッドドラゴン。1メートル位のくすんだ赤茶色のドラゴンが2匹、床の上を行ったり来たり、落着きなく往復し続けている。檻の中の熊のような動き。病んでいるのだろうか。


次はブルードラゴン。説明文によると体に猛毒があるらしく、毒々しいメタリックブルーの皮膚は警告色だという。浅い水場の底にじっと沈んでいる。


ブラックドラゴン。夜行性で獣や鳥を襲う。たまに人も襲われるらしい。あの隅っこで丸くなってる黒いのがそれだろうか。


イエロードラゴン。準備中。檻は空っぽだった。


覇気のないドラゴンたちの姿に俺のテンションはどんどん下がっていった。


次の大きな檻には、何か黒い動物がたくさん入っていた。遠目には猿のように見えたが、近づくと全く違う動物であるのがわかった。猿のような体型だが、体毛のない剥き出しの皮膚は黒く皺が寄り、背中には大きなコウモリのような翼。尻からは鞭のような長い尻尾が垂れ下がる。小さな頭部は人間じみているが、瞬かない黒いガラス玉のような眼が不気味だ。ガーゴイル。外地の廃墟などに生息する死肉喰らいの動物。鉄格子の隙間から手を突き出して餌をねだってきたが、何もやらずにいると、唾を吐きしわがれ声で絶叫しながら檻の奥へと去って行った。


見ていると陰気になる動物ばかりで微妙な気分になってきたが、ガエビリスを見るとすこぶる楽しそうだった。まぁ彼女が楽しんでるのならそれで良しとするか。


もちろん、動物園にはドラゴンなどの幻獣、魔獣の類以外にも美しい鳥や、オオカミやライオン、サーベルタイガー、猿、レイヨウなどの普通の獣もいた。


ベンチに座り、動物園に入る前に買った弁当を広げた。鶏肉や野菜や卵などを挟んだ、ボリューム満点のサンドイッチ、胡桃パンと揚げパン。デザートはリンゴとブリーフルーツとビスケットだ。かなり歩き回ったので腹ペコだ。二人して奪い合うように昼食をパクついた。


目の前にいるのはかなり巨大な動物だった。ベヘモト。全体の形状はカバに近いが、ゾウをはるかにしのぐ巨体だ。全長は10メートルは下るまい。下あごから長大な二本の牙が上に向かって伸びだしている。分厚い皮膚は鎧のようで、特に背中側はアンキロサウルスなどの恐竜のように骨のコブで覆われている。まさに動く要塞といった風情の堂々たる怪物だ。

怪物は突然、すさまじい爆発音を発すると、巨大な塊を落下させ地響きを立てた。放屁し、脱糞したのだ。一拍遅れて臭気の波が襲いかかってきた。俺たちは弁当を片づけて急いでその場を退散した。


「まったく、もう。弁当が台無しだ」

「それにしても、すごいうんちだったね!見た、あのうんち!ねぇ」

「ああ、すごかったな。落下の衝撃が伝わってきたよ」

「ほんとだよね。ズシーン!って。あははははは。あ~面白かった」

「…ちょっとお前、うんちで喜びすぎじゃない?」

「そう?」

「子供じゃあるまいし」

「ふ~ん」


日が傾き始める頃、俺たちは動物園を後にした。西日が街の景色を金色に染め上げている。丘の上の聖堂の尖塔群が陽光を照り返し、まばゆく光り輝いていた。行きかう舟にさざ波立った運河の水面も黄金の光をあたりに乱反射していた。


「今日は本当に楽しかったよね。ありがとう」

「いや、こっちこそ。色々面白い動物が見れてよかった」

「何が一番面白かった?」

「そうだな~。やっぱりベヘモトかな」

「うんち凄かったもんね」

「またうんちかよ」

「あはは」

「ところでユピリは?」

その頃は二人でいる時、俺はガエビリスのことをそう呼んでいた。

「僕はね、キンドルンガかな。あとタッツェルブルムかな」

「ええと…」

どんな動物だったか思い出せない。

「え~忘れたの?夜行性動物舎と爬虫類舎にいたやつだよ」

「…ああ、なんかお前らしいや」

「ん?どういう意味?」

「べつに」


「はじめてだな」

少しの間、無言で歩いた後、ガエビリスはぽつぽつと語りだした。


「この街に来て、人と一緒にいてこんなに楽しいと思ったの。ヒロキと会う前はずっと一人だったし、それ

も全然気にならなかった。むしろいつも一人でいたかった。他人が煩わしかった」


「……」


「でも、ヒロキと会って、こうして仲良くなって、人と一緒に同じ時を過ごす楽しさというか、幸せが、はじめてわかった気がするんだ。…ありがとう」


「…いや、こちらこそ。実は俺も、そんなに人付き合いは好きじゃなかったんだ。あっちの世界にも友達なんかいなかったし、惨めなもんだったぜ」


「意外だね。人間って、みんなでワイワイ仲良く騒ぐのが好きなんだと思ってた」


「大抵はそうだよ。でも、そうじゃない人間も少しはいる」


「なんだかダークエルフみたい」


「俺たち二人とも似た者同士なのかな」


「…そうだね」

俺の手を握る彼女の手に、ぎゅっと力が入る。


「こんな毎日が、ずっと続けばいいのにね」


「何言ってんだ。ずっと続くに決まってる」


「あのね、ヒロキ」


「うん?」


「僕の事、ずっと離さないでね。ずっと、一人にしないでね」


「…ああ、当たり前だ」

「…絶対だよ。お願い」

「わかってる」

人目もはばからず、俺は夕日に照らされた大通りで彼女を強く抱きしめた。


しかし、その時はまだ、俺は彼女の言葉の真意を理解していなかった。

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