立ち入り禁止
先日の調査では俺たちは無事地上に辿り着けたが、すべての調査班が同じ幸運に恵まれた訳ではなかった。
トンギット街から都市北壁付近までを探索していたチームは誰一人生還しなかった。襲撃地点、襲撃者の正体は不明。グース大聖堂付近であるチームは巨大な刺胞動物のような怪物に遭遇し、4名が死亡。5名が毒針を打ち込まれ失明。市南部の地下では巨大なムカデのような怪物に噛み殺され3名が死亡していた。西パランティーノ地区、ケルベル町、金融取引センター付近、コル人居住区域他7か所の下水はスライムで完全に閉塞しており、調査不能な状況だった。
大きな犠牲を払った今回の調査だったが、行政局は情報を総合しスライムおよびモンスターの発生源を割り出した。
地下迷宮の最深部。
俺たちが先日の調査で立ち寄った、あの地の底のさらに奥。そこが怪物たちの発祥の地だった。
そして判明した事がもう一つ。モンスター発生の原因。
元来、下水道は多数の下水管を通して外気が流れ込み、ある程度の空気の流れがあった。だが、大発生したスライムが下水道を塞ぎ始めてから状況が変わった。空気の流れが淀み、腐敗ガスや硫化水素などの瘴気が充満するようになった。下水の流れがせき止められ、汚物が堆積して腐敗し、それがさらなる有毒ガスを発生させた。
スライムのせいで下水道内の環境は急速に劣悪化し、まさに地下迷宮の深部と同じような環境になっていった。これまで有毒な気体に満たされた地下迷宮の深部でひっそりと生きていた怪物どもが、大挙して都市の地下へと押し寄せるようになったのだ。怪物は都市から排出される濃厚な養分や豊富な餌で巨大化、凶暴化していった。
怪物どものせいでスライム駆除が滞ると、それがさらなるスライムの増殖と下水の環境悪化を招き、それがさらに怪物を呼び寄せ、それがさらにスライムを…まさに完全なるフィードバックループ。悪循環に陥っていた。
これまで俺たちがやってきたような、対症療法的な手作業でのスライム駆除では最早どうにもならなくなっていた。今では一日かけて苦労してスライムを取り除いても、数日で完全に元通りという有様だ。地下に降りてはいたずらに犠牲者を増やしているだけだった。
ついに行政局は、下水道を封鎖し、全面的に立ち入りを禁止した。
こうなっては、俺たちの仕事はなくなったも同然だ。仕事ができないので、会社は無期限の休業に入った。
事実上の失業だった。
金銭的な不安はあったが、俺がまず感じたのはここ数か月の狂ったような激務の毎日からやっと解放されたという喜びだった。
仕事がなくなって暇になった時間に何したかって?それは…
「ふぁあ~…おはよう。ヒロキ」
俺のすぐ横の毛布がうごめき、中からガエビリスがひょこんと顔を出して、眠そうにあくびをした。昨夜は二人とも明け方まで起きてたのだから無理もない。もうすっかり日が高い。窓から差し込む陽光に、室内を舞う埃の粒子が浮かび上がる。
「ん、おはようユピリ」
ガエビリス・マチェリ・ユピリス。それが彼女の本名だった。俺は彼女を抱き寄せると唇を重ねた。




