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共生体

「おめでとうワタナベ」

作業主任魔術師の資格を取った後の久しぶりの出勤日の帰りに、行きつけの料理屋でガエビリスは実にそっけなく俺の合格をねぎらってくれた。


「魔法と言っても意外と大したことないんだな。まあ教えてもらった魔法が地味だったのもあるけど」


「あの魔法、そう馬鹿にしたもんじゃないよ。正式名、覚えてる?」


「身体改変術式0403211:嫌気的環境下において呼吸可能な心肺構造および細胞内代謝系改変構築の術」

通称ガス中毒防止魔法。正式名を見ればわかるが実はかなり大幅な身体改変を伴う術だ。硫化水素やメタン二酸化炭素などのガスが高濃度の環境で人体が生存するために、呼吸器系粘膜の構造をはじめ血液成分のタンパク質などが根底から作り変えられる。そしてさらに怖ろしい事実をガエビリスは教えてくれた。


「この呪文の第45文字目から57文字目、この部分何だと思う?実は召喚魔法のコードになってるんだ…」


「召喚魔法?魔物とかを呼び出すっていうあれ?」


「そうだ。そして召喚している物は―――」


硫黄酸化細菌に近縁な微生物の一種。硫黄酸化細菌とは酸素がほとんど存在しない、つまり嫌気的な環境下に生息する極限環境微生物で、硫化水素をエネルギー源としている。この微生物が何百兆体も召喚され、全身の細胞内で一時的な細胞内小器官オルガネラとして共生し有毒成分の代謝を受け持つ。この共生生命体のおかげで、生身の人間が一息吸っただけで即死するような有毒ガスに満ちた下水管内でも作業できるのだ。毎日何気なく掛けられていた魔法のえげつない正体に血の気が引く思いだった。


そこで俺はあることを思い出した。たしかNHKの特番で見たのだが、ハオリムシやシロウリガイといった深海生物がこの魔法と同じことをしていたのだ。海底の熱水噴出孔という硫化水素に満ち他の生物が生きられない環境下でも彼らは体内の共生微生物のおかげで繁栄を謳歌していた。このことをガエビリスに説明すると、深い青緑色の目をキラキラと輝かせて熱心に聞き入ってくれた。ついでにダイオウイカやらダイオウグソクムシなどの話をしてやると感極まって奇声をあげていた。何にしろ彼女に喜んでもらえたのは嬉しかった。



リーダーに配属された俺を待っていたのは新人教育だった。右も左もわからない未経験者にイチからこの業界のルールを叩きこむ。だが新人とは言え、この業界に流れ込んでくるのは大半が一癖も二癖もある人物ばかり。中々常識が通用しないこともあり、魔法などよりこちらの方がよほど大変だった。もとより俺は人に対して強く出てきつく言ったりするのが苦手なのだ。だが何とかやっていくしかなかった。




そんな毎日が過ぎていたが、ある日、ついに第2、第3の襲撃事件が続けざまに発生した。


社の担当地域からは市の反対側になるが、そこを担当する清掃会社の社員と雇われの護衛を含む死者12名という大惨事が発生した。唯一の生存者の証言からは、前回親方たちを襲ったのと同じ生物だと考えられた。


その二日後、それとはまた違う地域で新たな襲撃が発生した。今回の犠牲者は一般市民だった。しかも前2回とは明らかに異なったタイプの怪物だった。


貧民街というよりスラム街となっているベリス地区の排水溝から、イタチのような細長い生物の大群が湧き出し、付近の掘立小屋の住人5名を穴だらけにして食い殺した。一匹が捕獲されたが、それはイタチよりむしろ奇形化したドブネズミのようだった。頭部は大きく変形して巨大な牙が突出し、目は退化してなくなっていた。


また、白昼にマンホールから黒い触手が伸びだすのが市内数か所で目撃されていた。


下水道は以前よりさらに危険な状況となっていた。

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