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作業主任魔術師資格

シャワールームでの一件では度肝を抜かれた。熱いシャワーに濡れて光る滑らかな肌、スリムな体つき、桃のようにほんのり火照った小ぶりの尻、すらりと伸びる美しい脚、そして……


この世界に来て、はじめて目にした女体だった。ここ数年、自分がすっかり禁欲生活を送っていたことを初めて意識した。


あの時の光景が瞼の裏に焼き付いて離れず、職場でガエビリスに会っても妙にドギマギしてしまい、しばらくは奴にどう接していいかわからなくなった。


だが、そんな俺に対し、奴の接し方は以前と何一つ変わらなかった。聞いてもいない生物ウンチクを一方的に語り、毎日の仕事帰りに俺を食事に誘う。普段の言動には女らしさを感じさせる要素はゼロ。ザンバラ髪に野暮ったい男物の服装。そんな毎日を送っているうちに、あの時の光景は夢だったのではないか、という気がしてきた。


そして、裸体の記憶の鮮明さが失われていくと共に、俺は以前どおり奴と自然に

接することができるようになっていった。単に親しい知人、それだけだ。


だが、職場の同僚たちは違った。あの日の内にガエビリスが女だという話は職場中に広まり、それ以来ガエビリスに対しあけすけに好色な視線を送るようになった連中は一人や二人ではないし、中には下品な冗談を投げかけるクズさえいた。

だが、そんな連中にもガエビリスは我関せずで、軽くあしらって過ごしていた。




転籍先して数か月が経過した。


あい変わらず、スライム駆除作業の毎日が続いていた。だが、スライムの増殖はあきらかに拡大していた。下水道管閉塞トラブルが市内全域のどこかで毎日のように発生するため仕事はさらに多忙になっていた。


そんなある日、俺は上司に呼び出された。命じられたのは作業主任魔術師の資格取得だった。


あまりにもスライムの害が激増しているため、現状の従業員数では業務が回らなくなりつつあった。そこで会社は大幅な新規採用を行い、ある程度経験のある中堅どころの従業員たちを新規採用者たちのリーダーに据える計画を立てていた。俺がこの仕事をやりはじめて、いつの間にか4年も経っていた。経験年数なら十分と会社は判断したようだ。リーダーに必須の資格の一つが、作業主任魔術師。つまり、俺は魔法使いになるのだ。


資格は魔術技能訓練校で一週間の研修を受け、試験にパスすれば取得できる。俺は翌週から一週間、下水とスライムの毎日から免除され、魔法の勉強を受けることになった。




魔術技能訓練校は言うなれば魔法の学校だが、ファンタジーめいた所は微塵もないコンクリート製の実用一点張りの四角い建物だった。受講者は朝から夕方まで講義室に閉じ込められ、尻が痛くなるほど固い木の椅子に腰かけ、みっちり講義を受けさせられた。まるで中学、高校の頃のようだ。一日中座って人の話を聞いているのも非常に疲れるものだということを久しぶりに思い出した。


授業を魔法を使ったことがない未経験者を対象とした講義だったので、まずは魔法の基礎中の基礎から教わった。この世界で魔法が発動する原理はいまだ不明だったが、魔法を使うのは簡単だった。


一連の呪文またはイメージや動作を心の中で正確に想起するだけで誰でも発動できる。種族や血筋などは関係ない。詠唱は想起をし易くするために行うが、なくてもよい。発動に特定の条件や儀式を必要とするものも多い。元の世界のゲームのMPみたいなものはないが、連続使用していると疲労で集中力が低下して雑念が混じり、正確な呪文想起が困難になるため結果として魔法が使えなくなる。


俺がこの世界に来てから知った魔法は、縁の下の力持ち的な地味なのが多かったため、ゲームによくあるような火土水風の攻撃魔法も存在していたのには驚いた。だが、その使用は当局に厳重に管理されている。人を殺傷する能力があり、いわば銃火器のようなものだから当然だ。習得者は魔法管理局への登録を義務付けられているし、そもそも都市部では封じられているため使用できない。もっぱら遠い外地で異種族相手の軍事作戦などで使われているようだった。つまり俺には何の関係もなかった。



最初の3日間で魔法一般の基礎講義は終わり、残りの日々は実技と使用に際しての詳細の講義となった。俺がこの一週間で習得しなければならない魔法は、ガス中毒防止魔法、正式名称「身体改変術式0403211:嫌気的環境下において呼吸可能な心肺構造および細胞内代謝系改変構築の術」と、その解呪だ。


魔法は常に1対1の関係にある。ある魔法とその作用を解除する魔法が必ずペアになっている。いわば解呪もひとつの魔法だ。覚えなければならないのは二つになる。呪文はどちらもなじみのない古典ラフル語で200字程度と意外と長く、防止魔法はそれに呼吸と対象者の鳩尾を軽く突く動作のイメージが伴い、解呪は長くゆるやかな深呼吸と対象者の両肩を払う動作のイメージが伴う。覚えるのは難しかった。親方は数秒で淡々とこなしていたが、あれも長年の熟練による賜物だったのかと、今更ながらに知って驚いた。


今更ついでだが、俺はこの世界でどうやって意志疎通しているのかを語るのを忘れていた。当然だが日本語は通じない。ここでは簡単に触れるにとどめるが、この都市の共通語であるパッタビル語を直接脳にインストールする魔法があり、都市への移住者または稀人は移民局で無償でこの措置を受けられるのだ。だが、魔法に関してはこんな便利な方法は使えず、自分で覚えなければならないのが不便だ。


最終日で、実技とペーパーテストを受け、合格すれば資格がもらえる。ペーパーは問題なかったが、実技は何度か失敗し、4度目の再試でようやくパスすることができた。これで俺も晴れて魔法使いになったという訳だ。使える魔法は実質たったひとつだけだが。

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