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第六章  静寂の森




第六章  静寂の森






「ではユウト殿、姫様をよろしくお願いしますね。」


 アリスが申し訳なさそうにお辞儀をする。本来なら彼女も一緒に行くはずだったんだが、何やらラトラから緊急の呼び出しがあったらしい。三年間ずっとバーゼッタに出向したままの彼女を呼び出すくらいだ、相当重要な事が起こったんだろう。森と洞窟を抜ける上での貴重な戦力と思っていただけに少し先行きが不安だ。


「あぁ、心配です。……特にそこのへたれ!」


「ぼ、僕かい?失礼だね。姫様を守ることに関してはユウトよりも信頼してもらっていいくらいだよ。僕には百発百中のレイピアの腕前があるからね。折れたレイピアも直してもらったし、どんな敵が来ようとも一撃必殺さ!」


 よく言う……


「皆さん、気を付けてくださいね。あの子が起きたらすぐに追い掛ける様に頼んではみますから。」


 賢者様の言うあの子とは守人のことだろう。謎の空間で話した限りで判断すれば、間違いなく彼女は追い掛けて来ると思う。助けてもらった対価もまだ支払ってないし。


「それから、今晩はティアドロップ発生の予報が衛星の守護者から届いています。照射地点が確定したらそちらの端末にも情報を送りますので。」


 一瞬リリィクの表情が曇る。やはり彼女にとっていい思いのするものではないようだ。


「……なるべく早く休憩所に着かないといけませんね。では、賢者様、行って参ります。」


「リリ、無茶はしないようお願いします。それから霧原、リリのこと頼みますよ。」


「任せてください。じゃあ、行ってきます。」


 賢者様達の見送りを背にロワールへ向けて出発した。


「アリスからもらった地図によれば、三時間ほど歩けば海岸線に出ます。そこで一旦休憩をとって……」


不意に、森がざわめいた気がした。


「三時間で着けるといいね……」


「ああ、また走るか?」


「フォレストビー、グラスバグの組み合わせですね。勇人、風の魔法でフォレストビーをお願いします。ゼオは私とグラスバグを!」


 リリィクが細剣を抜き出し構える。俺とゼオも遅れないようにそれぞれレイピアと魔道書を手に臨戦態勢をとる。


「移ろう風よ、我が手に集え。翻り真空の刃と化せ、敵を捉え斬り刻め!真空裂衝、ウィンド・スラッシャーッ!」


 俺が斬撃魔法を放つのを合図に二人が地面の敵に斬りかかる。この二種類のモンスターの組み合わせは、小さいながらも驚異的だ。本来ならばどちらも肉食なので餌の取り合いに発展しそうなのものだが、この二種類はお互いの特性を理解して本能的な協力関係を築いているのだ。


 グラスバグはその名の通り草に擬態した虫だ。群れで這い寄り獲物の脚に貼り付きゆっくり肉を溶かして食事していくスタイルで襲い掛かって来る。


 フォレストビーは羽音を立てずに飛行することができ、また体色も暗緑色がベースな為森の中では非常に見付け難い。毒などは持たず、強靭な顎で獲物を縦横無尽に喰い破る危険な蜂だ。ただし、単体で狩りはせず、仲間を呼ぶ際に特殊な羽音を立てるためある程度の対策はとれる。さっきもそのおかげですぐに臨戦態勢に入れたわけだ。


 こいつらが協力する理由は単純、狩りの確実性が高くなるからだと言われている。地面に気を取られれば蜂に襲われ、頭上を散らしている間に草に襲われるというわけだ。ちなみにどちらも少数の群れで行動するため獲物の取り合いが発生した例はないらしい。


 と、蘊蓄を垂れている間にも順調に数を減らしていく。ここからゲームみたいにお金とかアイテムとか落としてくれれば面白いんだが……


「これで最後っ!」


 ゼオがグラスバグにレイピアを突き立てる。しばらくカサカサと蠢いたあと、ピクピクと痙攣してやがて動かなくなった。


「ふう、出発早々大歓迎ですね。」


「ああ、幸先悪いな……」


 しばらくは何も襲ってくる気配はない。俺達は少し早足で、周囲を警戒しながら進んだ。


「どうだい、僕のレイピア捌きは?惚れ惚れしただろう?」


「ああ、そうだな、すごいな。」


「ええ、頼りにしてます。」


 自慢げに語り始めるゼオを二人で適当にあしらう。だが、こんな風に軽口を叩きながら、というか自慢話を続けながらも周囲の警戒を怠っていないのは流石だなと思った。剣の国一番のレイピアの名手というのは間違いないらしい。どうも勇ましさが足りない気がするがな。


「それにしても、勇人は意外に戦うのが上手いね。あ、僕ほどではないけどね。一体誰にどんな稽古を付けてもらったんだい?」


 ゼオの何気ない質問にトラウマが蘇る。そう、生死を賭けたあの特訓の日々が……


「おや、顔が青いよ?聞かない方が良かったのかい?いやいや、そういう顔をされると是非聞きたくなるね。さあさあ、答えたまえよ!」


「私とワイズマン隊長とユリアルの三人から中庭で……」


 絶対に話したくないと思っていたらリリィクが代わりに説明しようとしてくれたが、ゼオは無言でそれを制止した。そして、何かを察した表情で俺の肩をポンと叩くと、


「生きていて良かったね……」


 慰める様に言って頷きだした。


「それであんなに凄惨な状況だったんだね……」


 式典の前日まで連日行われていた特訓、もちろんそれを元通りにする時間なんて無かったわけで、王には珍しく怒られたのを覚えている。まったく、三人とも容赦なさすぎ……


今、ワイズマン隊長やユリアルがここに居れば少しは状況が変わっただろうか?あれだけの力量と技術だ、森で襲ってきた怪物も軽く倒してしまったかもしれないな。


 無い物を望んでもしょうがないが、二人は今どうしているんだろう?騒動が起こった直後から隊長の姿は見えなかった。隊員たちの姿も見えなかったから、緊急時の動きを王に指示されていたのかもしれないな。アリスも王の命で動いていた節があるし、そうだとしたらどこかで合流できるだろう。最終的には城を取り戻さないといけないからな。


 だが、ユリアルは……


「剛剣のユリアル、魔法で強化されたあの娘の一撃は私の障壁でさえほとんど耐え切れません。操られている以上いつかは私たちの前に現れるはずです。……心配、なのでしょう?」


「ああ、俺にとっても彼女は妹みたいなものだからな。できれば戦いたくないな。」


「僕だって嫌だよ。」


 しばらく無言で進む。これからのことを考えると不安しかない。だが、考えていても仕方がないのも事実。まずはロワールで雷龍とやらに会うこと、それだけを目指して進もう。


「おかしいですね……」


 ポツリとリリィクが呟く。


「確かに、これは静かすぎるよ……」


 森が静まり返っている。俺にも分かるくらい異常な感じだ。


「用心して進まないとな。」


 当然のことだったが、それを口にしないといけないぐらい不安に駆られているのをそれぞれが感じていたように思う。


 何もいない、何も出てこない、何も襲ってこない。居るはずのモンスターたちが見当たらない。森の危険性は誰でも知っている。人が深く入り込む限り襲ってこないはずがない。それは、この世界に居れば当然教えられる知識だ。だが、出ない。遠くで様子を窺う気配すらない。遭遇しないことを喜ぶよりも不安の方が大きくなっていくのを感じていた。


 張りつめた空気の中どれだけ歩いただろうか?もう太陽は高く昇っていた。


「もうすぐ海岸線に着くはずです。ですが、このまま休憩しても大丈夫でしょうか……」


 確かに一息ついた瞬間襲われたりしたら堪ったものじゃないが、このまま疲弊していくのも危険だろう。


「……休憩はするべきだと思う。」


「うん、僕もそれに賛成だよ。ただし、交代でね。」


 そうこうしている内に海岸線に着いた。そこは切り立った崖で、下方に波が激しくぶつかっているのが見えた。


「ユウト、君は姫様と休憩したまえ。いくら特訓を積んだとはいっても実戦経験はほとんどないんだろう?情けない話かもしれないけど、いざという時は姫様の防御魔法でなんとかなるさ。僕が戻ったら二人で見張りをしてもらう、いいね?」


 ゼオは早口で捲くし立てるとさっさと周囲の警戒に向かった。


「僕が姫と残る、とか言うと思ったんだけど、意外だったな。」


「ああ見えてもしっかりと状況を判断して動く。見習うべき所ですね。」


「そうだな……」


 ゼオを見送りながら賢者様にもらったタブレットを取り出す。


「これと、それと……後はこれですね。」


 リリィクが横から覗き込みながら必要な物を選択、取り出していく。結構密着してくれたのでいい匂いがした。


「軽い食事と調理器具に飲み物、それから椅子か。」


 出てきたのはレトルトパックに入った何かの肉のような物……後で何か聞いておこう。椅子に腰をおろして軽く調理して食べることにする。


「こうして二人きりになるのは久しぶりですね。」


「ああ、そうだな……」


 彼女と二人きりの状況は正直言って嬉しい。だが、賢者様や守人から、怪しい、危険だ等と言われては若干警戒してしまう。彼女と俺は一体……


「やはり気になりますか、私たちのこと……?」


 いつものように考え事が顔に出ているようだ。


「気にならない、とは言い切れないな。今まで自分の記憶の一部が抜け落ちてるなんて気付きもしなかったわけだし……」


「それが普通だと思います。でも、私としては何があっても忘れてほしくなかったです」


 初めてリリィクが俺に対して拗ねるところを見た気がする。思えば城に居た時はこれからどうするかとか、調べ物で盛り上がったりとか、特訓だとかの話ばかりでゆっくり話す機会はなかったように思えた。


「思い出すよ、絶対……!」


「ふふ、期待しています」


 城を脱出したことが随分と前のような気がする。色んな事があっという間に押し寄せて来て、その流れに何とかついて行っている感覚だ。


「……これからロワールに行って、それから俺たち何処へ向かうんだろうか?」


「それは分かりません。ただ一つだけ言えるのは、ストリア大臣……トーマもストラーを名乗るあの子も、常に何らかの形で私たちを狙ってくるということだけですね。」


 トーマ・ボルスト、あいつはかつてガルオムに倒された恨みで動いているようだ。カルメア女王とユリアルを操り、ガルオムを結界に閉じ込め、今はリリィクを含む俺達一行の命を狙っている。もしあの時守人に助けてもらわなかったら、クィン・デッドとやらに切り裂かれて終わっていただろうな。


「守人、ですか……」


「ああ、あの後意識だけを引きずり出されて色々と話をしたんだが……」


「まだ記憶を狙っているのですか?」


「いや、その辺の方針は転換するらしい。ゼオも一緒に居る時に詳しく話そうと思うけど、とりあえず俺が感じたのは彼女がただの知りたがり屋なんだってことだな」


「はあ、そうですか。では、後ほど詳しくお願いしますね」


 彼女が一緒に来てくれれば色々と助かりそうだが、如何せん休眠がいつ来るか分からない。あまり期待出来るものではないだろう。俺達三人だけで何処まで行けるか……


「大丈夫ですよ、勇人だって強くなっています。ゼオもいます。私も付いています。心配しなくてもきっと大丈夫です」


「ああ、そうか……そうだな。」


「はい、先程の戦闘も難なくこなせましたから、これからだって大丈夫ですよ」


「ああ、気負う必要はなかったな」


 リリィクの言う通りだ。防御魔法のスペシャリストとレイピアの名手が居る。俺だってリリィクとワイズマン隊長、そしてユリアルからの直接指導を受けてきた。きっと大丈夫、今はそう信じて進もう。


 そう思った矢先


「……勇人、本当に強くなりましたね……ええ、強くなりましたから……ふふふ……」


 突然の違和感。


「ん?ああ、ありがとう……っ!」


 以前も聞いた言葉のはず。だからこそすぐに違和感に気付いた。直前までの彼女とは明らかに何かが違う。


「勇人は強いです。……でも、まだです。まだまだです。まだまだまだです。」


 笑顔で、しかし瞳には俺だけを映してて、他には何も映さずに


「だから私が守ってあげます。約束、しましたから……そう、約束したのですから」


 彼女の周りを靄が包んでいるような、何かが彼女を動かしているような、何と説明していいものかよく分らない。違和感。そうとしか言えなかった。


「あ、ああ、防御魔法はスペシャリストに任せるよ……」


 これが賢者様や守人が言っていた彼女の危険性だろうか?危険性……危険、確かにそうだろう。これは、リリィクなんかじゃない。何か別の物が……


「これは、貴方のせい……ですよ……」


 目を疑った。そう言った彼女からは靄は晴れ、彼女の瞳で、でも今までにない光で俺を睨みつけていたからだ。


「俺の……?」


 リリィクが俺の服の襟首を掴んで詰め寄る。


「賢者様から聞いているのでしょう?私が危険だと!そうです、その通りです。いい機会ですから言っておきます。私の想いも私の制約も、その根本は貴方の……っ!……大丈夫です、勇人は私が守りますから。」


 突然いつもの、いつも見ていたリリィクの顔に戻る。何だこれは?俺は何を見ているんだ?


「これが、私です。どれが本当の私か分からないでしょう?今までよく抑え切れていたものです。ですが……」


 これからは抑え切れるか分からない。そう言って手を放すと、彼女は俯いて黙ってしまった。


 賢者様は俺とリリィクが幼い頃に会っていると言っていた。リリィクはあの時俺に思い出すまで待ってほしいと言っていた。つまり、全ての答えは俺が忘れている記憶にあるらしいということ。その記憶が戻れば本当の彼女に戻れるということなのか?だとしても、今の俺にとっての彼女は……



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