第五章 暗闇に眠る 3
霧原勇人、妙な男だな。私が言うのもなんだが、一方的に迫ってくる者に対してあそこまで簡単に打ち解けられるものか?
ただのお人好しか、或いは……意識の深奥で気付いているのか?あの時私とも会っていたことに。
あの時、リリィクを連れ戻した時、彼女の違和感の始まりは勇人から引き離すときが一番強かった。あの時の彼女の取り乱し方は尋常ではなかった。
勇人から離れることを異常に恐れていた。そして戻ってからの変貌ぶり……まるで何かの呪いにでも掛かっているかのようだった。
そもそも幼い頃のリリィクの性格は明朗快活。得意だった炎の魔法とマジックキャンセルの能力でいたずらして回るほどの有り余る元気と無邪気さで人々の悩みの種でもあった。あのガルオムが手を焼くほどだったからな。
私に戦いを挑んできたこともあった。軽くあしらってやったが、その魔法の威力にだけは目を見張るものがあった。そう、彼女は攻撃魔法が得意だったはずなのだ。
だが、今は防御魔法のスペシャリスト。いったい何があったというのか?森の入り口で一瞬だけ読み取れた記憶によると制約といったか、攻撃魔法を封印する代わりに絶大な防御能力を得たとのことだが……何故そこまでする必要があったのか?
やはり彼女の変貌と何かしらの関係はあるだろう。ここに戻ってからの彼女は勤勉にして寡黙、子供とは思えないほどの知識を蓄え、国の政治にまで介入する程の実力を短期間で備えるまでに至った。
ガルオムをはじめ周囲の人々はいたずら盛りが過ぎて頭角を現したと手放しで喜んでいたが、私から言わせてもらえばそれは異常だった。
エーテルの侵食が予想以上に速かったとも見れるが、どうもそうではない予感がする。アルシアもその危険性について示唆しようとしていたが……
アルシア……そう、確かに彼女は私が探し求めていた名前だ。その姿にも『知っている』と言える程の感覚がある。
龍死草の傷が癒えれば記憶を戻す手段はあると言っていたが、一体どんな方法なのか気にかかる。そもそも、その記憶が本当に私の物とは言い切れまい。
これは何が何でも自力で取り戻す必要があるな。
「エーテル、頼んだぞ。」
虚空に向かって頼んでみる。何も答えはない。
ふん、いつもは必要以上に話しかけてくるくせに、今日に限ってはずっと沈黙している。まったく、謎だらけの存在だな。できれば一緒に居たくはないが、どうやら私は奴らによって生かされているらしい。
曰く、「興味深い存在」だからだそうだ。いつだったか記憶が戻せないのか聞いたことがある。答えはイエス、しかしそれでは意味がないのだそうだ。
記憶が戻るまで私がどう足掻くのか、戻ってからどのように生きるのか、それらをただ純粋に知りたいらしい。
傍迷惑な存在だが、今の私もこの世界にとっては似た様なものか。ふむ、少し行動指針を変えるか……
まあいい、ひとまずは休眠だ。別にこの空間に居てもそれは滞りなく進むらしいが、一人で黙々と考え事をしていても益はない。
「その点では彼には悪いことをしたな……」
さて、次に会うのはいつになるやら。まったく、一回の休眠の長さが不安定なのはどうにかならないものか。
誰にともなく愚痴りながらゆっくりと眠りに落ちて行った。