第三章 神話が繋ぐ世界
時の流れを見ることはできても
介入することは許されない
私たちは神ではないのですから
でも……
私は……
第三章 神話が繋ぐ世界
「そうですか。守護龍様は星啜りの封印に力を割いているため協力は要請できませんか。」
大きな丸太で組み上げられた小屋の中でリリィク達が神妙な面持ちで話しているのが聞こえる。
「あと一つ、彼は人々の成長のための試練だと考えてもいるようです。
もしもの時には期待できるかもしれませんが、基本居ない者として考えましょう。」
真っ白なマントを羽織り、大きな帽子をかぶり、眼鏡をかけた女性が答える。森の大賢者様だ。
「私たちにできることは、まず協力者を集めることですね。ガルマンドとバーゼッタ両国を相手にするとなると、龍の協力はほしいですが……」
アリスは周辺に問題が無いようにウロウロしている。ゼオはぐったりとした表情で小屋にもたれかかって空を見上げている。
俺はその横で中の会話に聞き耳をたて、伽の守人は俺に寄りかかってまだ寝ている。
「ユウト、君は僕がなにか悪いことをしたと思うかい?」
「いや、ないな。」
引き摺られてあちこち擦り傷だらけだ。賢者様がくれた消毒薬の臭いがきついからできれば離れていたいが、離れたら中の様子が分からないし仕方がない。
別に賢者様を疑っているわけじゃないが何か起こってはいけないからな。いつでも中に突入できるようにはしている。
「もっと臭いの優しい薬はないのかい?」
「俺に聞くなよ。」
中の様子を窓からのぞいてみる。
「ああ、今日も姫様の食欲は絶好調だね……」
「ホントによく食べるな……」
何故あんなに食べるのか聞きたくても聞けなかったが、いつか聞き出してみたいもんだ。
それ以外に見る物もなかったので首を引っ込める。
「僕寝たいんだけど駄目かな?」
「俺も寝たいが……」
空はとても明るい。夜に城を逃げ出してから明け方近くまで逃げ回ったりなんたりで一睡もしていない。おそらくもう昼だ。
俺たちがたどり着いた時にはリリィクと賢者様は話を始めていて、賢者様に少し待つように言われて今に至る。
ちなみにこいつはさっきまで気絶という名の睡眠をとっていた。少し羨ましいとか思ったりした。
「退屈だなぁ。僕はちょっとアリスさんの方にでも行ってみるよ。」
やめておけ、と言おうと思ったがそのまま見送った。警戒している彼女の近くに行くのは何かいけないことがあるような気がするんだが、まあ俺が行くわけじゃないしいいだろう。
肩のあたりがモゾモゾとする。やっと起きたかと思ってみたが、そんなことはなかった。
「ん……バゼル……」
人の名前だろうか?なんかどこかで聞いたことがあるような無いような……
「勇人、入って来てください。その方も一緒に。」
窓が開いてリリィクが顔を出す。ようやく中に入れてもらえるようだ。
「あの、ゼオはどちらに?」
「退屈だから警戒してるアリスの方に行ってみるってさ。」
「……止めた方が良かったかもしれませんね。」
「そう思ったけど、面白そうだからやめた。」
守人を背負って立ちあがる。入口に回り込もうと一歩踏み出した時、激しい銃声とこの世のものとは思えない叫び声が聞こえてきた。
あいつの犠牲と引き換えにしばらくここは安全になるようだ。
入口を開けて中に入ると笑顔の賢者様と大量のお菓子とそれを上品に消費していくリリィクが待っていた。
「だいぶ待たせてしまいましたね。すみません。」
賢者様がぺこりと頭を下げる。なんか恐れ多い。
「いや、気にしないでください。少し休むこともできましたんで。」
「ひとまずその子を奥のベッドに寝かせてあげてください。その間にお茶をお淹れしますね。」
言われるままに守人を奥のベッドに寝かせて、促されるままリリィクの隣の椅子に腰を下ろす。
「まずは大変な道のりだったようで、お疲れ様です。疲れているところ悪いのですが今後のこととあの子のことを話してしまいますね。」
そう言いながら差し出されるカップを受け取る。良い香りのするお茶だ。
「勇人、これもどうぞ。」
リリィクがお菓子を渡してくれる。なんていう名前かは知らないがおいしそうだ。
「まずは今後のことですが、トーマに対抗する戦力が必要です。急ぎロワールに向かって雷龍の協力を得てほしいのです。
ただ、バーゼッタでの混乱と時を同じくして連絡が取れなくなってしまいました。守護気功団の団長継承を巡って何か起こっているのかもしれませんし、トーマの息がかかった事件が起こっているかもしれません。」
賢者様がふっと眉をひそめる。
「あるいはそのどちらも、ということもあり得ます。ココがあちらに居ますので何とかなるとは思うのですが……」
ココという名前は聞き覚えがある。確かリリィクの妹だったか。
「はい。本来なら式典に出席していたはずなのですが、何の連絡もなしに欠席しているのです。無事でいてくれれば良いのですが……」
リリィクが心配そうな顔でうつむく。血が繋がっていないとは言っても大切な妹なんだろう。
「いろいろと問題はあるようですが、皆さんはロワールに向かってください。それ以外の問題はこちらで引き受けます。それから、これを……」
何やら細々と書かれたタブレットを渡された。食料やら調理器具やらキャンプセットやら書いてある所に触れると、そこから更にそれぞれの細かい内容が表示された。
「急ごしらえですが必要な物を詰め込んでおきました。取り出したいものを選べば転送される仕組みになっています。」
「わざわざありがとうございます。」
魔法ってのは本当に便利だなと思いながら礼をいう。
「私は戦うことができませんからこれくらいはさせてください。」
微笑みながらうつむく。戦えないのには何か訳があるんだろうが無闇に聞いていいものじゃなさそうだ。
「さて、次は彼女のことですね。」
ちらりと伽の守人を見る。相変わらず眠り続けている。このまま起きないんじゃないだろうかと不安になるくらいだ。
「彼女が自分の記憶を取り戻すために何をしているかは知っていますね?」
「ああ、他人の記憶を読み取って自分との繋がりを探してるんだろう。」
たしか機械人形がそんな風に言っていたな。
「……こういうこと、言いたくはないんですが……。はっきり言って無駄な事なのです。」
さっき俺が予想した通りだ。他人の記憶から自分の記憶なんて見つけられるはずがない。繋がりは見付けられても、それは客観的に見た自分で、本当の自分なんかじゃないということだ。
「それに、彼女がこうなるに至った傷がまだ癒えていないのです。治り切るまでは強制的に戻すこともままなりません。
それから、急に眠ったでしょう?あれは、本来なら治り得ない傷を治すための休眠なのです。」
そう言ってマントの中、腰の辺りから何かを取り出す。それはあまりの美しさに目を奪われるほど輝いた白銀の銃だった。
「龍死草、という毒草をご存知ですか?」
「ん?ああ、俺の居た国の神話で見たことがあるな。」
龍死草。それは、どんな形であれ体内に入ってしまうと龍すら死滅するほどの毒を持った草。
神話によればかつて陽の守の国を守護していた龍が長い年月を平々凡々と過ごすことに飽き、戯れに一人の女性を殺したそうだ。人々は女性の死を嘆き、怒り、その龍を討伐することを決意した。
そのために用意された龍死草を加工して作られた弾丸の威力は凄まじく、ただの一発で龍を死に至らしめた。
「よくご存知ですね。」
「神話とか歴史とかを大学で専攻してたんだ。」
まさかこんな所でこの話をすることになるとは思わなかったが……
「その時代に、龍死草は確かに存在しました。その話も実際にあったことです。
死んだのは私の友人の一人、その元になった人物……この話は今はいいでしょう。」
話を逸らすように銃からマガジンを取り外し弾丸を一つ取り出した。
「この中には龍死草が詰まっています。これが撃ち出され対象に接触すると炸裂し体内に飛び散ります。
龍死草の細胞は他種の細胞に触れるとそれを侵食し、凄まじい勢いで増殖します。それが死に至る過程……。……彼女はこれを頭に撃ち込まれたのです。」
ちらりとベッドの方を見る。
賢者様は続けた。伽の守人が北天でストラーとの決戦に臨んだとき、彼女はこの銃弾を撃ち込んで倒すつもりだったそうだ。
しかし、運悪く星啜りの来襲。それによる一瞬の隙を突かれて彼女は逆にその頭に弾丸を撃ち込まれた。
「本来ならば彼女はそこで終わるはずでした。ですが、彼女はエーテルに好かれすぎていたのです。死ぬことは許されず、今も再生と侵食を繰り返しています。」
眠っている彼女の中では今現在も龍死草と彼女との戦いが繰り広げられている。
「始まりはエーテルに求められた彼女の存在。今あるのはストラーによって拡大した求められるものの存在。」
「……その……エーテルって一体何なんですか?」
魔法を使う時に反応する元素。俺はそれしか知らない。だが、賢者様が今言った「好かれる」という表現や「求める」といった言い方からはまるで生きているかのような感じがする。
「……人の意思に反応しあらゆるものに形を変える粒子……ストラーによって発見され名付けられたもの……無限の可能性と未見の恐怖を秘めたもの……」
「そんな曖昧な答えじゃなくて!」
今まで目を見てしっかりと話してくれていた彼女が、突然目を泳がせもごもごと話しだした。それが何故か許せなくなって怒鳴っていた。
「それは、今までこんなものだと当り前に使っていた力に対して突然湧いた恐怖を振り払う怒り……やはり、ハーシュは話さなかったのですね。」
はあ、とため息をひとつ。
「霧原勇人、君は魔法を使うことの対価を考えたことがありますか?ただ願えば、想いが強ければエーテルが反応し魔法が発動するのだと思っていませんか?」
その通りだった。だから何も言えず、ただうなずくしかない。リリィクは何も言わずにただ俺を見つめている。
「エーテルは、例えるなら対象を食い殺さない龍死草。何かを成したいという意思に反応して一時的に侵食、増殖、変化しそれを成す。
少しずつ、ほんの少しずつ依存度を高めていきますが、普通の人ならばそれほど影響はありません。気を付けなければいけないのは君達魔道砲使いのような大量のエーテルと一度に反応できる人々。
エーテルはそういった人を見付けると嬉々としてその身体を作り変えようとします。大量に使うごとに少しずつ、やがて遠くない内に、言葉を用いずとも頭の中でイメージするだけで具現化できるほどに……」
彼女の語りは止まらない。だが、口を挟もうとは思わなかった。その先が気になったから。
彼女はお茶を一口、喉を潤すと更に続けた。
「そうなってしまうと、その身体はもう人に似た何かに変化しています。老化や死すらも曖昧な存在、『エーテル特異体』へと。」
人間ではないもの……
「……リリィク、君はこのことを?」
「知っています。父上も……母上もそうです。そして、私にもその兆候はありますから……」
リリィクは俺の目を見据えて言った。いつもは真っ直ぐな瞳が少し揺らいで見えた。
「ハーシュは……機械人形は知らないでいるのがいいと考えています。リリも同じ。ですから君に知らせることはなかったのです。
ですが、私は知るべきだと思っています。そして、それを受け止めて導き出された答えの上で生きてほしいのです。」
わけが分からない。呆けた顔でいるしかできない。
「……すみません、こんな話をするつもりではなかったのですが……」
またお茶を含んで喉を潤す。
「相変わらず、無理矢理詰め込むのが好きなのですね。」
「……リリ、私はもうどのくらいもつのか分かりません。伝えられることは早めに全て伝えてしまいたいのです。」
リリィクは少し不機嫌そうな顔をして外へと出て行ってしまった。
「……君は、あの子の恐ろしさに気付いていますか?」
出て行ったのをしっかりと確認してから賢者様が問いかけてくる。俺には覚えのないことだ。首を横に振って答えた。
「あの子は一途過ぎるのです。幼い時に君に会って以来、君のことしか考えていない。正義を力で示すことが無くなったのも君の為、無用なわがままを言わなくなったのも君の為……」
「待ってくれ!」
この人は本当に何でも話してしまうつもりなのか?
「俺と彼女が幼い時に会っていたって……?」
「おや、失言でしたか。てっきり話してしまっているものだと……」
リリィクに対する疑問の一つが不意に明かされた。だが、それは気持ちのいいものではなかった。
「……なるほど、あの子の制約のことを全て話しても良かったのですが、君はそれを望まないのですね?」
「彼女は思い出すまで待ってくれると言ってくれました。だから、自分だけで思い出したいんです。」
「そうですか。では、私も話さないようにします。」
ふぅ、とため息をつく。だが、それは話し疲れたというよりはまだ話し足りないといった感じだった。
「まだ、話したいことがあるんですか?」
正直言って疲れた。走り回った疲れもそろそろ限界だ。そろそろゆっくりしたい。
「一つだけ、いいですか?それが終わったら露天風呂まで案内しますから。」
「そんなのがあるんですか。」
「……昔、友人と一緒に作ったのです。」
「その友人は?」と聞こうとして止めた。長い話になっても嫌だし、何よりも悲しそうな表情をふっと見せたからだ。
「さて、最後の話はこの世界と君のいた世界との関係です。」
そう言って彼女が掌を上に向けると、見覚えのある星が立体的に映し出された。俺の居た世界だ。
「あれ?」
見慣れたはずの球儀に違和感を覚えた。何も無いはずの所に十字の形をした島があった。そして、その場所はテレビでよく見たあの場所……
「十字海溝に島が……?」
「なるほど、今ではそう呼ばれているのですね。」
ああ、目まぐるしい日々の中で忘れてしまっていた。いつもテレビでその名前を聞いていたじゃないか。
あの時も、最後にテレビの電源を切る瞬間にも、司会の人はこの世界の名前を言おうとしていたじゃないか。
「ミートゥリア、君がいた星にあり、ストラーの野望と共に星を離れた一つの島。それがこの世界……この星の正体です。」
……これ、卒論の題材にしたらさすがに馬鹿にされるよな。とかどうでもいい方向に思考が移行し始めてしまった。思えば繋がりは沢山あった。そもそも言語や文字が同じだった。
他にも機械人形の部屋で見たものや多尾狐、石化トカゲ、龍死草の神話なんかもそうだ。
「君の国の守護龍討伐の神話、あれはストラーが起こしたものです。そしてその時死んだ女性の写し身に君も出会っています。
ストラーに唆された龍が殺した女性の名はミズナ・アリード……」
「……アリード…………ソリド……?」
そういえばあの子は俺から自分の死臭がすると言っていた。彼女が陽の守の国で死んだ人の写し身とやらだから?だとしても神話の話なんて……
「そう、神話になるほど気の遠くなる過去に起こった事実なのです。」
球儀を消してお茶をすする。そして、呆気にとられている俺に構わず続ける。
「ハーシュ、雷龍、ラトラのユエル、そして私の四人はそれぞれ別の方法で今まで記憶を保ちながら生きながらえています。伽の守人とソリドは記憶を無くして彷徨っています。
全ての元凶であるストラーや北天の星啜りは明確な悪意を持って生きています。トーマやクィン・デッドもストラーの残したもの。そして星啜りの力に縋ったもの。」
「そんなのって……」
突然突き付けられた現実だったが、歴史を過ぎて神話になった過去が二つの世界を結んでいることは分かった。だが、分かったからといってすぐに受け入れられるわけじゃない。
ストラーにしても星啜りにしても、そんなにも過去の悪意が自分にも向けられていることに実感なんて湧くわけがない。神話よりも虚ろな現実が俺を包んでいるように感じた。
「知らなければ受け入れることもできません。知っておけば敵に知らされて動揺させられることもないでしょうから……」
無理矢理に詰め込んででもすべてを知らせること、それは賢者様なりの心遣いなのだろう。もちろんありがたいことではない。
と同時に、いつまでもつか分からないといった彼女の焦りの表れでもあるんだろうなとも思った。
その焦りを持つ人にゆっくりお願いしますなんて言えるわけがなかった。