【アルシアとミュー】
口元の血を拭って奇麗にする。呼吸は荒く意識はない。ベッドに彼女を横たえて額に手を当ててみる。
「熱いな。」
脈も計ってみたが弱々しい。タオルを水で濡らして額に置いてみたがどれほどの効果があるだろうか……
「どのくらいもつか分からない、と言っていたな……」
勇人と話していた時にそう言っていたはずだ。
彼女が倒れたのはつい先程、勇人達の援護の為に特大の魔法を放った直後だ。ぐらりと身体が揺れたと思えば大量に吐血し意識を失って倒れていったのを受け止めて呼びかけてみたが返事はなかった。その直前まで、目を覚ました私に対してあれこれと世話を焼こうとしてくれていたのが嘘のようだった。
「力になってあげて欲しい、か……」
勇人からの支援要請が来る前に少しだけ話をした。と、言っても重要な話をしたわけではない。今、勇人がロワールに向かっていることと、落ち着いたら追い掛けて力になってあげて欲しいということ。まあ、断る理由もあるまい。記憶を読み取るのだけはもう止めた方がいいと釘を刺された気もするが、勇人達と行動を共にするのは好都合だ。あの二人に渦巻く謎は解いてしまいたいからな。
「なんだ、やけに虫が飛ぶような音がすると思ったが……」
エーテルが話し掛けてきている。聞く耳は持ちたくないが振り払える物でもない。今はそんな気分でもないし聞き流してしまおうか。と、思っていたが、何やら気になることをブツブツと囁き続けている。
「世界の仕組み?調査?干渉?結果?訳が分からないな。妄言を吐くぐらいなら黙っていてくれないか?」
普段は普通の会話もできるくせに、たまにこうして電波を吐き散らしていくから質が悪い。……悪いのだが、調査の成れの果てが沈むのは近い、と言ったのだけは何故か強く耳に残った。いつもはこんなことは言わなかったはずだが、何か意図があるということか?
「ミュー……?」
「ああ、気が付いたか。」
エーテルに問い質そうとした所で彼女が目を覚ました。まったく運のいい奴らめ、追及はまたの機会にお預けだ。
「私、いったい……」
ゆっくりと体を起こして周囲を見渡そうとする。まだ少し横になっていた方がいいのだろうか?一瞬考えて、彼女が起き上がるのを制止してもう一度ベッドに横たえさせた。
「無理をするな。血まで吐いたんだから……」
「そう……ですか……私、アースブレイカーを……」
あの轟雷、彼女はあれに限らず威力を調節することができないらしい。それは生来のもではなく年月を重ねるうちにエーテルを制御できなくなっていったのだと、勇人達からの合図が来るまでの間に話してくれた。
「霧原達は……」
「さっきタブレットにメッセージが届いていた。無事休憩所に着いたそうだ。」
画面に表示されていたから読んでしまっただけだが、何故か執拗にゼオとか言う奴が両脚折られたけど奮闘したとか書いてあった。きっと気のせいだろう。
「よかった……ミュー、私は大丈夫です……貴女は霧原達の所へ……」
「それは後回しだ。今は君の看病が私のするべきことだ。」
「いえ、私は……」
「いいからもう少しぐらい横になっているんだ。辛いんだろう?」
まだ息も荒く目も少し虚ろだ。そんな状態で置いて行けるわけがない。
「それに、他人の記憶を読み取るなと言っていたな?だったら起きた時でいい、私との思い出でも話してほしい。少しは記憶を取り戻す足しになるはずだ。」
「……わかりました、少し、眠りますね。」
そう言ってすうっと眠りに就く。
彼女と居ると懐かしさを感じる。だからこそ記憶への一番の道標になるのではないかと思っている。ただ、それだけだ。私は記憶を取り戻したいだけ。その為の最善の手を取っているだけだ。
……彼女がいなくなるとして、その時に記憶を取り戻していないのだけはとてつもなく嫌だなと……そう思っただけだ……