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第七章 霧中に活路を 4


 不気味なほど静まり返ってしまった森の中を二人で逃げる。さっきまで苛烈だった攻撃は鳴りを潜め、時折思い出したように不快な笑い声を上げて煽りながら強烈な一撃が飛んでくるだけになっていた。


「遊ばれていますね。」


「ああ、最初からそうだけどな。」


 お互いに分かり切っていることを口にするだけで精一杯。いつ来るか分からない攻撃に精神を研ぎ澄ましておかないとならない。もう、肉体的にも精神的にも限界が近かった。


 日も暮れかけてきたか、うっすらと見える空は茜色に染まっている。


「勇人!」


 リリィクが声を上げると同時に俺の身体を押し倒す。倒れた勢いでタブレットが飛び出してしまった。それに手を伸ばそうとしたとき……


「おおっと、勘がいいじゃねぇか!ハッハァ!」


 霧の腕が倒れた二人の頭上を掠めていく。ついに宣告も無しに攻撃してくるようになった。早く何とかしないといけない。だが、気持ちだけが焦って何も良い案が浮かばない。今は、逃げなくては……


「勇人、月の向きは森のガルマンド側、こちらは大丈夫なようです。」


 起き上がりながらこっそりとリリィクがタブレットを見やって賢者様からの情報を伝えてくれた。


「画面は地面の方を向いていました。内容は見えていなかったはずです。」


「ごめん、ありがとう。」


 しまい込みながらふと思う。


「これってこっちから送信できるのか?」


 敵に聞こえないように、極力声を小さく低くして、逃げるために踵を返す一瞬で……


「賢者様ならおそらく……」


 リリィクが返してくれた答えに少し心が軽くなる。なんとか気付かれないように操作してみなければいけない。


「あ~あ、飽きてきたぜ。逃がして追いかけるだけってのもつまんねぇもんだなぁ?捜す素振りぐらい見せろ……っての!」


「そのまま前だけ見て走って!」


 背後で空気がうねる気配とリリィクが叫ぶのはほぼ同時だった。後ろに霧が迫っている。だが、身体はリリィクの言葉に反応して全力で駆けだしていた。


「おおっ!女ぁ残して一人で逃げるなんざ、とんだ大不正解野郎だなぁ、おい?……っ痛ぇ、何だこの小瓶は!?」


 追い掛けようとする声に重なってガラスの割れる音がした。どうやらリリィクが何かの小瓶を投げ付けたのだろう。すぐに障壁魔法の詠唱が聞こえてきた。


「炎壁の加護を此処に!一重、二重と重なり集え、九連炎障壁!!」


 障壁の展開と共に周囲の温度が上昇する。たとえ防御の魔法といえども炎がここまで密集すれば嫌でも周りに影響が出るのだろう。そして……


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!目が!?てめぇ何しやがったっ!」


 激しい閃光と共に絶叫が聞こえてきた。いったいリリィクは何を?


「加熱発動式の閃光魔法薬です。身を守る術ならいくらあっても困りませんから。」


 敵の目は塞げた!急いでタブレットを取り出し、手早く操作する。


「あった!」


 運よくそれはすぐに見つかった。簡潔に、且つ確実に状況を知らせなければ……


「おおおおお、くっそ、何も見えねぇ。ああっ、畜生!もう遊びの時間は終わりだ。見えるようになったら、即、殺してやるぜ……クヒッ……ヒヒィァヒィハッハァァァァァァッ!!!」


 ……よし、これで状況は伝わるはず。


「ひとまずはここから離れましょう!」


 追い付きながらリリィクが提案する。相手の姿が霧でしか見えない以上今走っている方向が正しい逃げ道とは限らないが、それでもなんとか時間を稼がないといけない。今すぐこの場を離れるべきなんだが……


「レイピア……?」


 地面に落ちている見覚えのあるレイピア。そして


「ゼオ!」


 地面に倒れ伏しているゼオの姿が見えた以上、当然駆け寄らざるを得ない。


「気を失っているようです。足も……」


 曲がってはいけない方向に折れている。これじゃあ意識があったとしても走って逃げることは当然無理だ。


「担いででも連れて行くしかないな。」


 レイピアを拾い鞘に納めたところで賢者様から返信が来た。


『霧四肢は四肢以外は生身の体のままです。間違いなく近くで様子を窺っているでしょう。それを見つけて拘束し、先程見えた閃光のように私に合図をください。その地点を目安に雷の魔法を落とします。』


 リリィクに画面を見せてもらいながらゼオを担ぐ。本体を見付けて拘束……なかなかハードな目標だ。


『雷撃が森を焼いてしまわないように三重の円形障壁を張ります。発生地点の地面が光るのを目安にその外に退避してください。』


「流石に駆けつけて退治します、とはいかないか……」


「どうしますか、勇人?一旦ここを離れるか、このまま迎え撃って本体を捜すか……」


 迷っている時間はなさそうだ。視覚を奪っている今、最善の策は


「拒絶の風よ、うねり立ち昇る壁となり全てを散らせ!」


 先程のような焦りはない。発動した竜巻の魔法は周囲に見えていた全ての霧を遥か上空へと吹き飛ばした。脅威になるのは霧だけだと考えたからだ。それに、ある程度遠くまで飛ばしてしまえば戻って来るまでに何らかの対処は可能だろう。


「本体を捜すぞ!」


 わざと奴に聞こえるように叫んだ。


「ちっ、ふざけんなよ!んなもん大々々々不正解に決まってんだろうが!!」


 森の中を駆けて行く音。罠かもしれないがそれを追い掛ける。上空の霧がゆっくりと降りて来るのが見えるが、一か所に集まろうとはせずに数か所に纏まって木々を揺らし始める。


「風陣、駆けろ!」


 風の魔法で広範囲を吹き飛ばす。


「霧を吹き飛ばしてしまえればお前は何もできないんだろう!?」


「くそっ、ああ、そうだよ!だがそれだけで俺様を倒せるとは思わねぇことだな!」


 撹乱のために何か魔法を使ったのか追い掛けていた音が二つに増える。ということは追い詰められているということだろうか。何度でも戻ってくる上空の霧を散らしながらだいたいの目星を付けてその両方に向かって風の刃を放つ。しかし……


「ああ……ああ、大正解だよ!」


 片方が何かに当たるのと同時に側面からの衝撃で俺達は吹っ飛ばされてしまっていた。


「ハッハァ!驚いたぜ、最初に見たもんがそよ風みたいな優しさだったから余計にな。」


上空を漂っていた霧が一か所に集まり、そしてそこから男が歩いて来る。


「霧化した四肢を吹き飛ばしてしまうってのは、そりゃあもちろん有効な手段だぜ?けどよ、んなもん当然対策してるに決まってんだろうがっ!」


 霧化していない生身の足で腹を蹴られる。胃液が逆流してくるのを感じたが辛うじて耐えきれた。


「特別だ、特別だぜ俺様が姿を見せるのは。逃げると思ってたんだがな。視覚を奪ったぐらいで優位に立てるとでも思ったか?ハッ、風の刃も俺様みたいな奴にとっちゃあただの掠り傷ぐらいしか作れねぇよ。」


 おそらく、逃げても同じ結果になった気がする。もっと冷静に考えるべきだった。


「どこに四肢全部霧に変えて襲いかかるアホがいるんだっての、ハッハァ!お前さんが風が得意だって情報は当然持ってるんだぜ。」


 何かないか必死に周囲を見回すが、俺と同じように地面に倒れている二人しか見えない。


「おいおい、何キョロキョロしてんだ?もしかして打開策があるかもとか思ってんのか?諦めが悪いな。ま、一応俺様を楽しませてくれたんだ。それなりに礼ぐらいしてやるよ。」


 なんとかして拘束できれば……


「形有りて形なし、我が身そのまま水の化身なれば……」


 ゼフュールが呪文を唱えると、その四肢が霧へと変わっていく。


「こうやって霧化するんだ。特別に見せてやったんだから、ま、これで人生諦めてくれや。」


 そのまま霧が俺達を包み込む。まずい、このままでは……


「元に戻るのはどうやるのでしょう?」


「はぁ?」


 霧に潰されそうになりながらリリィクが突拍子もない事を聞く。意味もない事を聞くとは思えない。何のための質問だろうかと考えてみるが、成程そういうことか。


「いえ、先程は遠くてよく見えなかったので、できれば見せて頂けないかと思いまして。」


「はっ、変なお姫様だな。いいぜ、どうせ最期なんだ。」


「ありがとうございます。心残りがあれば化けて出てしまうかもしれませんので。」


「おお怖い怖い。祟りなんてのは御免だぜ。……形依りて無形より、我が身そのまま肉身なれば……」


 呪文を唱える。彼女の前で呪文を唱える。


「これで元通りだ。満足したか?ハッハァ!それじゃここまでだな。一気に握り潰してやるぜ!」


 再び呪文を唱えて霧になろうとする。しかし


「……なんだよこりゃ……霧になれねぇ……?」


「風纏え、奔れ!アクセラレート!」


 無理な体勢からだが四の五の言っていられない。加速してそのままゼフュールの顔面を殴り飛ばした。


「ぐぼぇっ!な、何がどうなっていやがる?なんで霧になれねぇんだよ!」


 そのまま地面に押し付けて拘束できるものを探す。タブレットに何かないか?いや、この体勢じゃ確認は無理だ。こいつを抑えつける手を緩めるわけにはいかない。


「私の前で呪文を唱えることがどういうことか、知らされていないわけではないのでしょう。勝利を目前にして気が緩みましたか?」


「ま、まさか……」


「その魔法、キャンセルしておきました。迂闊でしたね。」


 霧になれなければ特別な力があるわけではないようだ。地面に組み伏せて動きを止めることは容易かった。


「くそっ、退きやがれ不正解野郎がっ!」


 だが、いつまでも抑え込めるわけじゃない。ゼフュールは暴れ続けるし俺にだって体力の限界はある。走り回ったりふっ飛ばされたりしていた分こちらの方が不利なのは明白だろう。


「さっさと……俺様の上から……ッ!」


「勇人、これを!」


 リリィクが身を起こし彼女の細剣をこちらに投げる。


「ああ!」


 あまり気は進まないがこれを突き刺して地面に縫い止めろということだろう。はっきり言って人に刃物を突き立てた経験なんてない。どんな感触がするのか考えたこともない。もちろん進んでそんなことをしようなんて微塵も思わない。だが、俺だって死にたくはない。背に腹は代えられない。意を決して、しかし考えもなく右腕を細剣に伸ばしてしまった。


「馬鹿かてめえは!」


 その瞬間、右の頬を思い切り殴り飛ばされた。


「得物に気を取られて拘束を解いてんじゃねぇよ!」


 そのままの勢いで残った拘束を撥ね退けてこようとする。


「ぐっ……させ……るかよ!」


 咄嗟に左腕も放し体の支えを失わせ、そのまま勢いを付けてその顔面に頭突きを叩き付けた。

骨の砕けるような音がして、同時に当たった部分に鈍い痛みがひろがっていく。


「んがっ!てめぇ……」


「風纏え、奔れ!アクセラレート!」


痛みをこらえもう一度組み伏せ、さらに加速の魔法を使って地面にめり込ませた。だが、すぐに身を起こせないとは言い切れない。素早く細剣に手を伸ばし手繰り寄せそのまま突き刺そうとした……が、


「なっ!刺さらない!?」


その身体のほんのわずか上の空間で切っ先は何かに阻まれるように動かなくなってしまった。


「ハッ!障壁ぐらい張れるに決まってんだろうが!魔法も何も掛かってねぇ剣なんざ詠唱するほどの障壁を張るまでもねぇよ。まあ、さっきの頭突きみてぇな不意打ちなら成功できたかもしれねぇが、残念だったなぁ!ハッハァ!!……ああ、せっかくだから忠告しといてやるが加速させるのは不正解だぜ。その程度じゃ、おっと、な?貫けねぇだろ?。」


 言われながらももう試していたが、届かない。駄目だ、このままじゃどうしようもない。リリィクを見やるがどうやら彼女も限界のようで体を起こすだけでも精一杯といった感じだ。ゼオも未だ倒れ伏したまま……。


「よお、万事休すか?」


 不意に首を掴まれた。ほんの少し悩んでいる間に抜けられてしまったのか……


「右は抜けたぜ?そしてもうてめぇの首が掴める。もう少し頑張りゃ全部抜けれるがそこまでする必要なんざねぇ。」


 その手にゆっくりと力が込められていく。なんとか引きはがそうとするが駄目だ。確実に気管が圧迫されていく感触だけが強くなっていく。


「まあ、久々に暴れられて楽しかったぜ。まさか能力を封じられた挙句に頭突きで鼻をへし折られるとは思いもしなかったがなぁ……クハッ!その礼だぜ、姫様の目の前でもがき苦しませてやる!惨めに死にやがれっ!」


 さらに首が締め上げられる。


「勇人!」


「リリィ……ク……」


 リリィクの手がこちらに向けられているのが視界の端に見えた。障壁でも張ってくれようとしているのだろうか?それとも何か別の対策を?


「おい、見ろよ、ってもう見てんのかよ。ハッハァ、泣かせるねぇ!姫様がてめぇの為に何かしてくれるみてぇだぞ?」


 だが、やがてその手を握りしめ、茫然と俺の方を見つめるだけ……いや、違う!何かを見つけた?縋るようなその視線を追い掛け、その先に居たのは


「穢れ無き悠久の流れに身を委ね、万物一切安らかに眠りたまえ……」


「なっ、てめぇは!」


 同じように視線を辿ったゼフュールの表情が強張り一瞬手から力が抜けた。


「ぐっ!……かはっ!」


 なんとかその隙を逃さずにその手を振り払い飛び退いた直後


「ハイドロコフィン!」


 突如巻き起こった水流がゼフュールを包み込み地面に押し付けると水の柩を形成する。


「……何となく、ただ何となく君の気配を追い掛けて来たのだよ。」


 長い蛇腹剣をマフラーのように身にまとい彼女はただまっすぐにこちらを見つめている。


「ソリド……すまない、助かったよ。」


「礼はいらないのだよ。それよりも状況を教えてくれないかな?」


 強力な助っ人の登場に安堵のため息が漏れる。


「ああ、実は……ッ!」


 だが、安心しきっていた俺の腕を急に誰かが掴んだ。水の柩ごとゼフュールが無理矢理起き上がってきたのだ。


「ぐぼっ!がっ……ぁあっ!クソッ!こんな水ごときで!おおおおおおおっ!!てめぇら殺してやる!ああっ、てめぇだけでも!絶対にっ!!くそがぁっ!」


 不意に顔を向けた所で目が合った。殺意に染まった瞳というものを初めて見た、と思う。瞬間、体が委縮し思考が停止する。もう遊ぶことも嬲り殺しにすることもない、形振り構わず俺だけでも殺そうとする意志が伝わってきてしまって、殺されるという恐怖に飲み込まれそうになって……


「そっちを見るな、私を見るのだよ!」


 蛇腹剣がその手に突き立てられ、同時にソリドが俺の顔を無理やり自分に向けさせた。


「さっき君はこいつを抑え込んでいた。こいつの動きを止めて、そしてどうすればいいのだよ、ユウト!?」


 抑え込んで……そうだ、賢者様に……


 「動きを止めて賢者様に合図を!」


 リリィクの叫び声、その声にハッとする。一度頭を振って恐怖を振り払ってからしっかりとソリドの目を見つめてリリィクの言葉に続ける。


「ああ、そうだ!合図を送れば賢者様がその場所を中心に障壁を張って雷の魔法を放ってくれる!」


 俺の言葉を聞き終わると同時にソリドは水の柩ごとゼフュールを再び地面に叩きつけると、何の躊躇いもなくその胸に蛇腹剣を突き立て地面に縫い止めてしまった。水の柩はあっという間に真っ赤に染まり弾け飛ぶと周囲を赤く染め上げた。


「合図は何でもいいのだね?後は任せるのだよ。少し間をおいて合図を送るからそれまでに君達はさっさと離れるのだよ!」


 なおも抵抗しようとするゼフュールの頭を片手で抑えつけながらソリドが告げる。軽く頷くとそのままリリィクのもとへ駆け寄る。足がふらつくがそれでもなんとかここから離れないと……


「勇人、ゼオを!」


「ああ!」


 彼女も足元はおぼつかないが、それでもゼオを抱えるのを手伝ってくれる。ソリドのあの強さなら少々時間がかかっても大丈夫だとは思うが、それでも何が起こるか分からない。なるべく早く遠くへ……


「……ユウト……姫様……ごめんよ、僕はまた役に立てずに……」


「目が覚めてたのか……」


「気にしないでください、ゼオ……」


 何もできなかったのは俺達も同じだ。何か一つ成功するたびに過信して、死にかけて、ソリドが来てくれなければこうして歩いてもいなかっただろう。


「あれ?ユウト待ちたまえ、ソリ・アリは何を……」


 何気なく後ろを振り返ったと思われるゼオが耳打ちしてくる。


「ソリドがどうかしたか?」


 何かあったのだろうか?確認しようと振り返ると、彼女がゼフュールに何か囁いていた。そしてニヤリと不敵に笑う。そのまま何事もなかったように腕を天空に掲げ呪文を詠唱すると激しい水流が天空に向かって滝のように迸った。気付けばすでに日は落ちていて、空に落ちる様な滝は月明かりを反射して眩いほどに輝いて見えた。


「障壁展開のラインが見えたのだよ。あの外まで行けば良いのだね?」


 気付けばソリドがもうすぐ隣にまで来ていた。俺が頷くのを確認するとゼオとリリィクをそれぞれ両腕で抱えてしまう。


「ユウトは背中に!」


「あ、ああ。」


 ふと、彼女の首周りに蛇腹剣がない事に気付いた。おぶさりながらゼフュールの方を見ると体から真っ直ぐに突き立っている長い物が見えた。


「避雷針かよ……」


 雷の魔法とは伝えたがそこまでしなくていいんじゃないかと思ってしまった。


「しっかりつかまっているのだよ!」


 体が衝撃を感じるほどの勢いで彼女は踏み込むと一気に障壁のラインを越えてしまった。そのまま空中に水塊を作ると俺達をそこに投げ飛ばして自身は華麗に着地する。一方、投げ飛ばされた俺達は水塊に優しく包まれてゆっくりと地面に降ろされた。


「ところでユウト、一つ聞きたいことがあるのだよ。」


内側の方から展開されていく結界を見ながらソリドが呟く。


「なんだ?」


「その、賢者様とやらの名前を聞いておきたいのだよ。」


 ふと、守人に襲われたときに口にしていた名前を思い出す。


「たしか、アルシア……だったと思う。」


「ああ……ああ成程、やはりそうなのだね。雷の魔法に対してこれだけ厳重な障壁を用いるのはアルセィア・ルベラル。それが間違いないのなら、ユウト、よく見ておくといいのだよ。地殻を穿つとまで言われる雷撃、そうそう見れるものではないからね。」


 知り合いなのか?そう聞こうとしたとき、天空から閃光が迸り視界を奪った。轟音と地鳴りを伴ったそれは長く続くことはなく終息していったが、ようやく視界がはっきりしたときそこには底も見えないような巨大な穴が形成されていた。


「地殻を貫き落とす轟雷・アースブレイカー……また少し思い出せたのだよ……」


 ソリドはそのままどこかへふらりと歩き出そうとしてしまう。


「ま、待ちたまえ!君は、その、あの敵にいったい何を……」


 さっきのことが気になっているんだろう、ゼオが声を上げた。それは俺も気になっていた。


「ん?ああ、随分とユウトを、ついでに君達を遊び道具にしてくれたようだからね、お返しに言葉で追い詰めてあげただけなのだよ。」


 振り向いて答えるが有無を言わさぬ口調。何故か苛立っているように見える表情。


「あの状況じゃ生きてはいないだろうし……ユウト、私はもう行くのだよ……」


 一度リリィクをキッと睨んでから踵を返すとそのまま森の奥へと消えてしまった。


 ふと思い出す、彼女はエーテルの臭いを断つために行動していたことを。そして、初めて彼女に出会った時に、頑なに入らないようにしていたという橋に突入してまでリリィクを殺そうとしていたことを。


「やはり嫌われていますね、私……」


「いや、エーテルが嫌いなだけだ。きっといつか……」


 いつか、どうなるというのだろう?……いや、今考えることじゃないか。


「……行こうか。」


 遠くで別の光が落ちるのが見えた。ティアドロップ……リリィクは決してそちらを見ようとはしなかった。


「……うん、星の位置から見てこっちだね。しかも結構近いよ。」


 ゼオが星を頼りに休憩所の方向を割り出してくれる。流石に「僕のおかげさ。さあ、感謝したまえよ」とは言ってこない。誰も何も話せないほど疲弊しきっている。森も静かなまま俺達の他に動こうとする気配はなかった。


「…………」


 ふと、リリィクが森の奥に視線を向けた気がした。気になって視線の先を窺うが暗くてよく見えない。少しだけ開けて何か小さな木が生えているようだが、それを確認する間もなくリリィクは歩みを進めていく。気にはなるが今は休憩所へ急ごう。


 結局休憩所に着くまで一言も話さなかったばかりか、着いて早々に明日洞窟に入るということだけを確認すると各々そのまま眠りに就いてしまった。タブレットに布団とかも用意してあった気もするが確認するのも億劫で、食事だとか入浴だとかそんな設備もあるにはあったが何かをする気力もなく。堅い板張りの床に身を横たえて目を閉じるとあっという間に眠りに落ちていった。


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