第一章 奇妙な逃走劇
遠く遠く遙かなる昔から
私が見続けた世界の行く末
あの時から見えなくなった世界の行く末
貴女に全てを託したいのに
貴女は全てを忘れて消えてしまいました
今この森に居ても
とても遠くに居るような
もう二度と会えないような
ううん、そうですねお人形さん
それは私が臆病なだけですね
会いに行きましょう
今度は眠っているときじゃなくて……
――魔道砲と森の住人――
第一章 奇妙な逃走劇
少し厄介なことになった。森に入るなり伽の守人に出くわしたのだ。
開口一番
「記憶を見せろ!」
と言って掴みかかって来た。
リリィクが俺をかばって記憶を読み取られたらしい。物凄い勢いで守人を突き飛ばすと、森の奥へと駆け出してしまった。
「君の記憶の深淵はまだ見えない。今見るべきは霧原勇人、君の記憶だ!」
再び掴みかかって来た彼女に向って何か小さな影が襲いかかるのが見えた。
そのまま素早く飛び回り攪乱してくれている間に俺も森の奥に駆け出して今に至る。
至るんだが……
「ああ、麗しの姫よ。今、君に一番相応しい僕が助けに行くからね!」
どうしてこうなったのか……
「む、そんなに僕と一緒なのが嫌かい?」
「嫌だよ。」
ため息をついてそっぽを向いてやる。俺はこういうタイプの人間が苦手なんだ。
ナルシストと言っていいだろう。自分の言葉に酔っては「ほうっ」と恍惚の表情を浮かべる
。何とも関わり合いたくない人種だ。
「それにしても今日は森が静かだね。いつもならモンスターどもがうろついていて
それはもう僕の腕を君に見せつける絶好のチャンスになるはずなのに……」
「はいはい、そうですね。」
モンスターがうろついてない理由は何となく察しが付く。木々や地面に多数の弾痕が付いていることから考えておそらくアリスのおかげだろう。
「いいかい、僕のレイピアは百発百中なんだ。落ちてくる木の葉も……ほら、この通り!」
かといって絶滅したわけじゃない。そこかしこの木の蔭から様子を窺っているのもいるようだ。
隙あらば襲いかかってくる気だろうが、そこはこいつが無駄にレイピアの腕を披露してくれているおかげで踏みとどまってくれている。
「いつかこのレイピアのように姫の心も射止めてやるのさ!」
ほっといたらしゃべり続けるんだろうな。まあ、退屈しないからいいか……
こいつと合流したのは守人から逃げた先だった。どうやら王に言われて俺達に力を貸しに来たらしい。
「まったく、びっくりしたよ。無事誘導を済ませて戻ったらカルメア女王とそっちの王様が睨みあっていたんだからね。
それはもう崩れた壁の陰から見守るしかなかったね。ああ、でもあの二人はどうなるんだろう。今でも睨みあっているのかな?」
そう言いながら少し震えている。おそらく陰から見守っていたのは嘘だろう。こいつのレイピアは折れているんだ。
これは俺の想像だが、こいつは二人を止めようとしてどちらかにレイピアを突き立てたが無駄だったのだろう。
王なら声で、女王ならあの素早い斬り払いでいとも簡単に折れるはずだ。
「いや、トーマ……ユリアル……」
そういえばあと三人いたな。あの中で可能性があるとすればユリアルが気を取り戻したか……
「そこで王は叫んだんだ『勇敢なる剣の国の騎士よ。我が娘の力となるのだ。行けっ!!』と。」
おい、バスラ・ゼオ。そこでボケっとしてんな!邪魔だからどっか行ってろ!!
と、こんな感じだろう。
「なあ、お前俺に会った時『良かった!見間違いじゃなかった!!一人で心細かったんだ!!!』って言ってなかったか?」
そう、こいつは確かにそう言った。ボソッとじゃなくて涙が溢れんばかりの感動に満ちた声で言ったんだ。
「いやあ、君は運がいいね。こうして僕と再会できたんだから。さあ、王の言葉に従って姫を守るべく森の奥へと歩みを進めようではないか!」
視線は明後日の方を向き、冷汗をダラダラと垂らしながら森の奥に向かってビシッとレイピアを突き出す。
何とも情けないものである。
「無理しなくていいんだぞ?」
肩をポンと叩いて極めて優しく声をかけてやると、ムッとした表情でこっちを向いた。
「馬鹿にしないでくれたまえ!これでも僕は高貴な方々をお守りするべく幼い頃から厳しい鍛錬によって誰にも負けないレイピアの扱い」
「とリリィクを付け回す能力」
「を身に付けたんだ!え?いや、ちょっと、君はさらっと周囲に人がいたら誤解を招くようなことを言わないでくれ!」
こいつをからかいながらだとしばらくは退屈しなくて済みそうだ。
漫才を続けながら進んでいると、ふと、遠くで何かが折れるような音と地鳴りが響いてきた。
と同時に飛び立つ鳥の鳴き声。嫌な予感がする。
「いいかい、僕の家柄はね……」
まったく気付いてないな。
「……と、まあ由緒ある……ん?さては君、聞いてないね?」
「ああ、聞いてない。お前こそ聞こえてないだろう?」
何が、と言いかけて口をつぐんで耳をすませている。
「ユウト、僕は逃げようと思う。」
言いながら森の奥へと駆け出す。
「お、おい!」
慌てて後を追いかける。少しだけ加速の魔法を使った。
「おお、流石、君は風の魔法が得意なんだね。まあ、ここは逃げて正解だと思うよ。何せ城側から近付いてきてるからね。
きっと追手だろうね。ああ、ヤダヤダ。」
走りながらも饒舌である。
確かに音響が迫ってくるのは後方、城側からだ。手を出さないと言っておきながらトーマが追手を出したんだろう。
ああ、自分では手を出さないということだったな。
「なあ、お前のレイピアって百発百中なんだろう?だったら逃げないで倒してしまえばいいんじゃないか?」
あれだけ自信満々だったんだからきっとやってくれるだろう、そう思って口にした挑発だったが……
「嫌だよ。だいたい何で僕が戦わなきゃいけないんだい?僕のレイピアは折れているんだよ?まあ、そこは妥協したとしても誰のために戦えって言うんだい?
まさか、君のために戦えなんて言わないよね?いやいや、ありえないよ。姫様ならまだしも……」
「多分だけど俺を助ければリリィクは喜んでくれると思うぞ。」
「……うん、いや、それは魅力的な提案だけどね、僕は嫌だよ。どう考えても僕が褒められるのは姫様が君の無事をひとしきり喜んだ後じゃないかい?
そんなの嫌だよ。それなら二人で逃げ切ってお互いに情けないところを見せた方がフェアじゃないかい?だってさ……」
こっちが一言発せば十でも百でも返ってきそうだ。見ればものすごく汗をかいている。
やれやれ、どうやら走っているからだけじゃなさそうだな。
「……お前、怖いんだろう?」
「…………ち、違うよ!全然違うよっ!!君にだってあの音が聞こえるだろう?そしてこの地鳴り。追ってきてるの絶対人じゃないからね!
しかもこれ結構大きいよ?そんなのも分からないの?」
「いや、俺にはよく分らないな。どうやったら分るんだ?」
「くっ、いいかい?こうやって地面に耳を付けて……」
突然止まって這いつくばる。どうやら親切にも方法を教えてくれるらしい。だが……
「土の質や音の響きで距離や質量を測るんだよ。僕は空気の振動で聞き分けられるけど君にはこれがお似合いだろうね。
土下座する君を僕が見下ろすなんて素晴しい。さあ、君も……あれ……?」
「……音、しなくなったな……」
「うん、そうだね……あのさユウト、質問してもいいかい?」
「ああ、なるべく早くな……」
「……逃げた方がいい?」
「うん……」
お互い脇目も振らずに走りだした。なぜなら追手が目の前にまで迫っていたからだ。
巨大な昆虫のような下半身、頭からすっぽりと被られた漆黒のマスクと鎧、鋭く長い刃でできた六本の脚と二本の鎌の腕を持った怪物。
それが追手の正体だった。進行方向にある木を腕で切り払い地面に脚を突き刺しながら凄まじいスピードで迫ってくる。
「何だあれ!?」
「知らないよ!あんな化け物見たことな……ひゃあっ!」
ちょうどゼオの頭上にある木が切り払われた。変な声を上げつつ嫌でもスピードが上がる。
「ちょっとさ!僕の手を牽いてかまわないから君の加速の魔法で僕ごと連れて行けないかい!」
「腕がもげるぞ!」
加速の魔法で人と一緒に移動するときは原則抱きかかえるとかして障壁と俺の体の間に引き込んでおかないといけない。
腕なんて牽こうものなら加速に耐え切れずに千切れ飛んでしまう。一応城にあったマネキンとかで試してみた結果だ。
「じゃあさ!僕も一緒に加速できるようなのを閃きたまえ!」
「無茶言うなよ!」
叫び合いながら走り続ける。少しでも気を抜いたら終わりだろう。
「ククク、木が邪魔をしているおかげで命拾いをしているなぁ?」
不意にトーマの声が聞こえた。
「後ろか!?」
振り向くと怪物の肩のあたりの空間が裂けトーマが顔を覗かせている。
「ほほう、魔道砲の英雄殿は後ろ向きに走るのもお得意か?」
「すごい……」
「うるさい!加速の魔法とか使って必死に走ってるんだ!ゼオは前見て案内してくれ!」
「わ、分かったよ……」
トーマの方を見るために後ろを向けば必然的に速度が落ちる。だから加速とか織り交ぜながら後ろ向きに走ることにした。冷静に考えればおかしいが……
「ククク、せいぜい足掻くのだなぁ。こいつの名は『クィン・デッド』。かつてのストラー様の研究の賜物だ。
このように木が邪魔さえしなければお前たちなど一瞬で始末できたのになぁ、ウククク。」
「お前の目的は何だ!?」
ゼオの絶妙な案内を聞きながらトーマに質問してみる。何か新しい情報でも得られれば後々役立つかもしれないと考えたからだ。
「ククク、いいだろう、話してやる。私はかつてのストラー様の『龍種創世計画』によって生み出された人ならざる者。
石化トカゲと人とのハイブリッド……その力はもう失ってしまったがなぁ。あの憎きガルオム達の手でな!」
感情が昂ったのか、空間の裂け目をさらに広げて身を乗り出すように話し続ける。
「星啜りに取り入り力を得、城を築きゆっくりとかつてのストラー様の復活を待つ予定が、あの男とカルメア、そして紅蓮の姫君の母親ウルリットの三人によって全て駄目になった!許し難い!
故にまず復讐、そしてかつてのストラー様の復活。それが私の目的だ。」
かつてのストラーと連呼するところをみると、あの少年じゃなくてこの世界に来てから度々耳にするストラーの信奉者といったところか。
龍種創世計画は聞いたことないが、響きからして碌なものじゃないだろう。
石化トカゲ……この名前は元いた世界で聞いたことがある。国土の大半を砂漠が占める『ドゥーメリア』という国の御伽噺に出てくるものだ。
なんでも吐く息で近付く者を石に変えてしまう恐ろしいモンスターだそうだ。もちろん空想の生き物で俺たちの世界には存在しなかった。
この世界にはいるんだろうか?
もう少し何か良い情報を得られないだろうか?例えばあの少年の事とか……。そう思ったら顔に出ていたようだ。
「む?ククク、私から色々と探ろうとしているなぁ?今はこれ以上話すこともあるまい。生きていれば嫌でも会うことになる。
機会とはいくらでもあるものなのだなぁ。ククク、まあ、無理だとは思うがな。ウククククク……、ガルオムは結界に封じた。カルメアは操り人形。
ならばまず始めに小娘御一行の命を以て一つ目の復讐としよう。さあ、刈り取れ、刃脚のクィン・デッド!」
空間の裂け目が閉じていく。それを合図にしたように怪物、クィン・デッドがさっきよりも激しく腕を振り回し始めた。
「くそっ!ゼオ、もういいぞ。前向いて走る!」
「くう、一息つけないのが辛いよ!」
お互い限界は超えているはずだ。ここで立ち止まったらもう二度と走れない気さえしてしまう。走り続けなければ!
「ちょっといいかい!?」
「何だ!?」
「もしも森を抜けてしまったら追いつかれるんじゃないかい!?」
そういえばさっき木が邪魔してるからとかどうとか……
「どうしようか……」
「まあ、そこまで僕らの体力がもたないことも確実なんだけどね……」
機械人形に見せてもらった地図を思い出す。今俺たちがいるのはバーゼッタとガルマンドの間にある森の中だ。その広さは広大で、二つの国の間を九割方埋めているといっても過言ではない。
伽の守人に出会ったのが森に入って少し進んだところで、そこからゼオに逢って後ろの怪物に出会うあたりでも木々の間から城が微かに見えていた。
それから走り続けてはいるものの、森がより一層鬱蒼としてきているところから見てもまだ半分も行ってないくらいだろう。
「ちょっとまずいな……」
打つ手がない。だからといって早々に死にたくはない。何か良い案が出ないかと
考えを巡らせても、横に逃げるくらいしか思いつかない。
「無理だよ!あの刃あんなに広範囲を薙ぎ払っているんだよ!?」
ちらっと後ろを見れば片側二車線の道路が出来そうなくらい広い空間……
「ああもう!とにかく走るぞ!!」
ひたすらがむしゃらに走り続けた。もうそろそろ完全な限界が来そうだ。息をするのも苦しい。
「ちょっ……前……!」
俺以上に苦しそうな声でゼオが前方を指さす。少し開けた場所で人影がキョロキョロしているのが目についた。
「ぐっ……そこの人!できれば助け……げっ!!」
藁にもすがる思いで助けを求めようとして後悔した。声に反応してこちらを向いたのは女の子。赤い宝石のついた髪飾り、ツインテールの黒髪、真紅の瞳、真っ黒なマント……
「伽の守人!」
「む、見つけたぞ、霧原勇人!」
最悪だ。最初はこの子から逃げていたのに、これでは本末転倒だ。
「さあ、記憶を……」
無視して横をすり抜けた。冗談じゃない。こんな時に構ってなんていられない。
「ほう、いい度胸だ。」
すぐに横について走ってくる。もうどうにでもなれといった感じだ。
「ふむ、後ろの奴が邪魔だというなら追い払ってやらんでもない。そのかわり記憶を読み取らせてもらう。どうだ?」
「彼の記憶ならいくらでも読んで良いから助けてくれたまえ!」
「おい!」
俺が悩む間もなくゼオがとんでもないことを言う。こいつ最低だ!
「……良いのか?」
守人も困ったような顔でこっちを見てくる。俺も困ってると言いたい。
しかし、迷っている暇ない。助かるためには彼女に頼るしかないだろう。
「頼む!」
「ふふっ、了解。」
ふっとほほ笑むと後ろを向いて立ち止まる。俺たちも何が起こるか見たくて同様に立ち止まった。
「危ない!」
俺とゼオが同時に叫ぶ。鋭い刃が彼女に迫っているのが見えたから。
しかし、彼女は……
「ふん、この程度か……」
左腕で刃を受け止めた。周囲に衝撃波が広がるくらいの一撃だったが、彼女自身には傷一つ付いていなかった。それほど強力な障壁を張ったということか。
「一つ……もらうぞ。」
そのまま素手で鎌をつかむと右手を刃の付け根部分に向けて掲げた。
「エーテル集束、穿て!」
唱えた呪文はそれだけだった。唱え終わると同時に彼女の右手から眩しいほどに光を放つレーザーが発射された。
それは一瞬にして刃をもぎ取って消えていった。
「……すご……」
まともに言葉が出てこなかった。たったあれだけの呪文だったのに、おそらくワイズマン隊長の放つ高威力の魔法並みかそれ以上の威力があるように感じられた。
これが伽の守人……
「さあ、もう一つも……。む?」
ひるんで後ずさり身構えているクィン・デッドにもう一撃を加えようとしていた守人の身体が不意によろけた。
もしやさっきの一撃を防ぎきれずダメージを負っていたのかと心配して駆け寄ると
「すまん、限界だ。寝る。」
と言ってもたれかかって来た……
「…………おい。」
「くー……」
訳が分らなかった。突然現れて驚異的な力を見せつけておきながら止めを刺さずに急に寝るなんて誰が予想できるもんか。
「ユウト……」
「……うん、逃げよう……」
寝ている子を置いて行くわけにはいかない。そう思って伽の守人を抱え上げると、意外な軽さにちょっと驚いた。
よく見れば背はリリィクよりも少し小さいようだ。と言ってもリリィクはそこそこ背が高い方で、俺と同じくらいはある。ということはこの子の身長は……
「その子の身長とか考えてる暇なんてないよ!」
ゼオの声にハッとして顔を上げる。クィン・デットが体勢を立て直しているのが見えた。
「悪い、走ろう!」
俺の言葉を待たずにゼオは走り出していた。慌てて追いかけようと駆けだした瞬間
「ユウトッ!」
目の前に刃が突き刺さった。
やられる!?
そう思った瞬間、全身から血の気が引いて動けなくなった。余計なことを考えるんじゃなかったと後悔しても遅い。
ゼオが向こうで尻もちをついて震えているのが見えた。あいつには頼れない。この子は起きそうにない。
なんとか逃げる方法がないか考えようとしたが頭の中が真っ白で何も浮かばない。
そうこうしているうちに刃が地面からゆっくりと引き抜かれていくのを見て、ああ、死ぬんだなと思った。
振り上げられていく刃を見ながらふと気付く。先程までのように横に薙ぎ払う動きじゃない。その上ヤツは片腕を失っている。今なら横に逃げれば……?
「風纏え、奔れ!アクセラレート!」
ほとんど無意識だったと思う。守人を抱え直して横へと跳んだ。その直後、刃がさっきまで立っていた場所に突き刺さっていた。間一髪、何とか生きてる。
「ゼオ、走れ!」
ゼオに向かって叫んだが何故か立ち上がろうとしない。
「ご、ごめん、腰が……」
腰が抜けて立てなくなった……
「何やってるんだよ!」
いくら叫んでも無意味だ。完全に恐怖に呑まれている。急いで駆け寄って助け起こそうとしたが一向に立てそうにない。
「くっ、まずいぞ……」
「ううっ、死にたくない……」
じゃあ立って走れよと言いたかったが、俺のせいでこうなったようなものだし強く言うのをためらってしまった。
そうして迷っている内にクィン・デッドが突き刺さった刃を引き抜いてしまった。
「そ、そうだ。ユウト、紅蓮の魔道砲で撃ち抜きたまえよ!」
……それができるのならとっくにやってる。
「すまん、あれは撃てないんだ……」
「ど、どうしてさ?」
「リリィクがいないと……そう、あまりにも強大な力が怖くて撃てないんだ……」
「な、何だよそれ……」
……本当は違う。でもこれは彼女との約束だ。真意を話すわけにはいかない。たとえ命を落とすとしても……
「ひいぃっ!もうおしまいだあっ!!」
ゼオが頭を抱えてうずくまる。引き抜かれた刃が振り下ろされるのが見えた。もう駄目なのか?そう思って目をつぶってしまった。
が、刃は届かなかった。
「……ふん、うるさくて眠れやしない……」
守人の障壁が刃を受け止めていた。
「ふむ、ここで君に死なれるのも困る。少しだけ、無理をしてみようか。」
不機嫌そうな顔で守人が体を起こす。しかし、先程限界と言ったのは間違いではないらしくふらりとよろけてまたも倒れ掛かってくる。
「おい、大丈夫なのか!?」
とっさに小さな体を受け止める。
「む、すまぬな。だが丁度良い。そのまま支えていろ。」
そう言ってクィン・デッドの方を指さす。
「しっかり踏ん張っていろよ。」
「え、なんで?」
「エーテル圧縮、貫け!」
疑問に答えることなく先程よりも強力なレーザーが指先から照射された。それはあっという間にクィン・デッドの左脚を三本奪い消散した。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
「ふん、だからしっかり踏ん張れと言ったんだ。」
その反動は凄まじく、俺は守人と一緒に後方に吹き飛んでいた。いきなり踏ん張れと言われても無理ってものだ。
おまけに俺は尻を強かに打って止まったのに、この子は俺をクッションにして涼しい顔。
そして、何事もなかったかのように俺を見て一言。
「おやすみ。」
「おい……」
そのまま寝てしまった。
「なんなんだよ、まったく……」
どうしたものかとゼオを見れば、まだ頭を抱えてうずくまって震えている。クィン・デッドは倒れたままなんとかしてこちらに来ようとしているようだ。
まあ、片側の脚全部と片腕の無い状態ならまず追いつかれることはないだろう。
となればリリィクを捜しに行くべきだな。もちろん大賢者とやらにも会わなければならないが……
「……いい加減立てよ。あれが復活して追ってくるぞ?」
情けなく縮こまって震えているゼオをもがくクィン・デッドを指さして脅してみる。するとうまく立ち上がれなかったのか四つん這いのままものすごい勢いで駆けだした。
「何なんだよ……」
仕方なく伽の守人を背負って追いかける。
「まったく、情けないなぁ。」
器用にシャカシャカと駆けるゼオに話しかけてみる。
「き、君に言われたくないね。怖いからって魔道砲が撃てなかったくせに!」
「それは……」
まあ、そういうことにしておこう。
「だいたい何でその子も連れてくるのさ!伽の守人なんだろう?何されるか分かったものじゃないんだよ?」
「ああ、俺の記憶が読まれるらしいな。」
「う、まあ、そうなんだけれどもさ……」
どうやら俺の記憶を売って助かったことは自覚しているらしく押し黙ってしまった。
しばらく進むと落ち着いてきたのか二足歩行に戻ったが口を開くことはなかった。
「んん……」
伽の守人がもぞもぞ動いている。起きたのかと思ったがそうでもないらしい。相変わらずくーくーと気持ちのいい寝息を立てている。
このままずっと寝ててくれたら安心だ。
うん、安心なんだが、動くたびに別の問題が起こっている。
「……ユウト、君物凄い顔してるよ……」
「ああ、だろうな。」
「うん、そうだね。」
「何がだよ……」
「顔に出てるよ……」
「見なかったことにしてくれ。」
「君ってそういうのに免疫がないタイプなんだね。」
「そうらしいな。」
「でもさ、今の君の状況は相当羨ましいものだよ?」
「じゃあ、代われよ。」
「嫌だよ。」
この子すごくスタイルが良いんだ。出るところはしっかり出てて……
「安心したまえ、姫様にはしっかり伝えてあげるから。」
「勘弁してくれ……」
いつの間にか歩きながら森の奥へと進んでいく。このまま何事もなくリリィクと合流できて、大賢者にも会えればいいんだが……