そして泥棒は、仁義の元に身を挺す
捕まった彼らは地面に線を引いた牢屋ゾーンに隔離されていた。オレは相変わらず電柱に隠れている。
「どうする」
こうなってしまった以上おとり云々は関係なくなってしまった。
一人で宝を奪うこともできないことではない。
だが彼らが捕まってしまったのはオレのミスだ。
ここは助けるのが義理で人情というものだろう。
宝の周りには警察が二人。
その横の牢屋には夕浜を含めた三人がいる。オレが飛び出てくることが分かっているのだろう。
ここから牢屋までざっと三十m。しかたない、捨て身必死でとびこむしかないな。
〇
石を投げる。
公園の反対側で音がした。
一瞬、警察の目が外れる。
いまだ。オレはダッシュした。
もちろん声をあげたりなど愚行を犯したりしなかったが夕浜はすぐにオレに気づいた。続いて小学生たちも気づく。
「みんな! 地味兄ちゃんだ!」
一番手前の女の子、左右にフェイントをかけて突破する。続いて二人。宝を阻むように手を広げている。しかし今は宝に用はない。スルーして牢屋の方へ向かう。
「にーちゃん! こっちだ!」
坊主が叫んでいる。
わかってる今行く!
しかし、オレは再び罠にはまっていた。
さっきの二人は宝を守っているわけではなかった。
手前の女の子はフェイントに引っかかった訳ではなかった。気づくとオレは囲まれていた。警察が手を広げて輪っかを作っていた。
「……くそ」
夕浜が近づいてきた。ふっふと笑っている。
「道後君、さあ降参してください」
しばし案がないか逡巡する。……何も思いつかなかった。だったら。
「うおお!」
オレはがむしゃらに走った。牢屋はすぐそこだ。手だけでも触れられれば。
しかし、言った通りオレは運動神経が悪い。それが露呈したのか何もない所なのにつまずいてバランスを崩してしまった。
「っとお!」
前のめりに倒れる。ずさあと夕浜を巻き込んで転んでしまった。砂埃が舞う。
「ご、ごめん。夕浜、大丈夫か?」
オレは顔を顰めつつ上体を起こす。左手が何かをつかんでいた。やわらかい。握る。手に収まらない弾力を感じた。もう一度握る。超低反発まくら。下を見る。マシュマロ。オレの手は夕浜のマシュマロマモンスターを鷲掴みにしていた。制服越しの感触が脳内を刺激する。夕浜の顔は髪で覆われて見えなかった。
「す、すまん! 夕浜!」
ビックリ人形の如く起き上がって頭を下げる。なんてことだ。ケイドロに熱くなって自分の立場を見失ってしまった。最悪だ。夕浜を怒らせていいことは何もないのに。
夕浜はゆっくりと立ち上がった。ぽんぽんと制服のほこりをはたいている。
その動きはいたって冷静だった。そして彼女は口を開いた。
「べ、別に、大丈夫、ですよ。道後君」
顔を上げる。夕浜の顔は心なしか赤かった。
〇
オレはベンチに座る夕浜に自販機で買ってきた紅茶を手渡す。
「ありがとうございます」
夕浜は公園の色の禿げたベンチに座っていた。やはり背筋を伸ばして綺麗に腰かけている。オレも座った。なるべく端の方に。
「さっきは本当にごめん、ワザとじゃないんだ」
オレは何度目かになる謝罪を口にして頭を下げた。ラッキースケベって何をしているんだ。五分前の己を殺してやりたい。
夕浜は髪を撫でつつぽそりと返答する。
「いえ、気にしないでください」
目の前には引き続いてケイドロをして遊んでいる子供たちの姿があった。さっきのゲームは結局泥棒チームの完敗であった。夕浜は流れを切るようにわざとらしく咳払いをした。
「ううん……それより、テストの結果を発表します」
負けたんだし不合格だろう。となんとなく思っていたが夕浜は目をつむると
「合格です」
と静かに言った。
「今回のテストの目的は協調性です。道後君はあの子たちと作戦を立てて行動することが出来ました」
「でも捕まったけど」
「それでも道後君は宝より人質を優先させました」
オレは頭をかく。テストに合格したのはいいのだが、それでオレはどうなるのだろう。
「テストはこれで終わり?」
「いえ最後にもう一つだけ」
もう一つあるのか。しかし文句は言えない。いまは澄ました顔をしている彼女の胸部を揉みしだいておきながら文句など言えるはずもなかった。
「道後君、正義と悪の違いってなんだと思いますか」
横目に夕浜を見る。子供たちが遊ぶ様子を眺めていた。唐突な質問である。
「悪と正義って泥棒と警察みたいな?」
「そう考えてもらって構わないです」
急な質問だが答えないわけにはいかない。
「……客観的に見て悪いことしてるのが悪?」
「それは答えになってませんよ」
目をつぶって再び考える。
「……まちまちじゃないかな。正義とか悪ってそのときの状況に依ると思う。必ずしも悪が、悪いとはかぎらないから」
夕浜はオレのセリフを聞くと笑いかけてきた。
「ふっふ、わたしと同じ意見ですね。正義は偽善、悪になりえるし悪はもしかしたら正義になりえるかもしれない」
オレの答えは満足のいくものだったのだろうか。
「でも、道後君。世の中には正義と悪があります。それはどこで線引きされているのでしょうか」
三度目の思考。
「大衆の判断、かな」
オレは眉に皺を寄せて答えをひねり出した。結局物事の大きな判断は多数正義の部分があると思う。その答えに夕浜はふふっと笑った。
「そうですね……」
余韻を持たせる言い方だった。しかすぐに声の色を変えて話しかけてきた。
「ところで、道後君メールアドレスを教えていただけないですか?」
夕浜の顔を見る。笑みを浮かべ小首をかしげている。オレは目を泳がせる。
「メアド? オレの?」
「はい」
オレは慣れない手つきで携帯を操作する。赤外線通信など使うのは久々であったのでどこに機能があったのか思い出せない。
夕浜の視線を感じつつ、もぞもぞしていると二人の子供がオレに寄ってきた。
「地味にーちゃん遊ぼうぜ!」
「ケイドロの続き! ね、いいでしょう?」
どうしたものかと困っていると夕浜がオレに笑いかけた。
「ふふ、遊んできてください」