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そして童心は、ドロケイと共に蘇ってくる

翌日の放課後、オレは校門で夕浜滴と向かい合っていた。

大変恥ずかしかった。

顔が熱かった。

オレは地味で普段目立つことはあまりない。

体育の授業のサッカーではボールを一度もさわることなく終えることもざらではないほど存在感がない。テストの成績に関する話も衣川以外には触れられたことがない。中学の時、修学旅行のバスがオレがいないのに発車したおもひでは最早笑うしかない。そんな存在感なく生きてきたオレは今、下校中の生徒たちから奇異の目で見られていた。

なぜか、もちろん夕浜滴がいるからだ。しかも話しているとなるとそれは目立つ。


「さあさあ、道後君それでは行きましょうか」


彼女は上機嫌に見えた。対照的にオレは背を丸めながら眉根を潜める。小声で尋ねた。


「行くってどこにだ?」


夕浜は人差し指を立てて答える。


「公園です」


公園、公園で二人で遊ぶのか?


「道後君と二人きりで遊ぶ……それでもいいですけどなんだか言葉の響きが卑猥です」


「そ、そういう意味じゃないよ」


「まあ違います。今日は公園でテストをします。まずは行きましょうか」


テスト、だから何のテストなのだ? 昨日のこともあり嫌な予感しかしない。オレは前方を気分よさげにリズミカルに歩く夕浜の後を追う。部活でジョグをしている学友たちが変なものでも見るようにオレらを眺めて行った。くそ、心臓に悪い。目立つのが苦手、慣れてない方なら痛いほどこの気持ちがわかるはずだ。オレは嫌な汗をかきつつ問いかける。


「夕浜、お前なんでこの前コンビニにいたんだ?」


それは気になっていた疑問であった。夕浜はこちらを振り返らずに歌うように返答する。


「道後君を尾行していたからです」


思わず身をこわばらせてしまった。


「……ふっふ嘘です。あの日私はとあるお菓子を買おうと思っていたのです。そう思いコンビニ行きました。するとどうでしょう、道後君の姿があるではないですか。これはこっそり追いかけるしかありません」


追かけるしかないって声をかけるという選択肢はないのか。オレは夕浜のふりふり揺れるスカートを眺めながら続きを聞く。


「すると道後君はおもむろにお菓子を盗りました。これは撮影チャンスです!」


「ち、ちょっと待って、本当は盗むつもりはなかった――


「大丈夫ですわかってます。道後君の独り言が聞こえていたので」


そういえばそう言っていたな。


「まあそれでも選んだお菓子がエンジェルプリンセスシリーズだったというのは素晴らしかったと思います。私も買おうと思っていたので」


「夕浜がエンジェルプリンセス」


「可笑しいですか?」


「いえ、いいええ、全然」


そうして歩いていると周りの景色はビル街から徐々に商店などがならぶ景色へと移って行った。夕浜はスカートの端を手で押さえてこちらに振り返った。


「そろそろ公園につきます」


商店街を抜けて脇道に入る、と確かに公園がそこにあった。広さはそこそこで滑り台や鉄棒などが設置されている基本に忠実な公園であった。その中では数人の子供が遊んでいた。一人の子が缶のそばに立っている。その周りには木や草の陰に隠れて機を伺っている子供たちの姿があった。一人の子がおもむろに飛び出した。缶のそばに立っている子は気づいていない。しかし近づいてくる足音で気づいた。がすでに缶は男の子によって蹴られていた。ゲームセット。懐かしいな、この遊びは缶蹴りだ。

ぼんやりその光景を見ていたオレと夕浜であった。


「缶蹴りを見に来たのか」


しかし夕浜はオレの問いに答えることなくその子たちのところへと歩を進めて行った。すると遊んでいた子供たちは夕浜に気づく。初めきょとんとしていたが、わあ、という歓声を上げると夕浜の方へと駆け寄って行った。夕浜の元に近づくとその胸へと飛び込んでいった。何人もの子供たちに囲まれて彼女はよろけている。


「しずくねーちゃん!」


「こんにちはー!」


「はいはい、みなさん、こんにちは」


楽しそうに笑っている。その笑みからは邪悪性は受け取れない。むしろ、こう母性愛的なものを感じる。夕浜に近づいて問うた。


「この子たちは?」


「私の知り合いです」


どんな知り合いか聞こうとする。が遮られてしまった。洟を垂らした坊主が指差してきた。


「しずくねーちゃんこの人だれ?」


オレは動揺してしまう。子供が苦手というわけではないのだが。


「もしかして、滴おねえちゃんの、彼氏さんですか?」


と眼鏡をかけたおっとりした子が呟いた。


「違いますよ」


夕浜はコンマ一秒で否定した。


「えーそうなんですか?」


「そーだろ、ねーちゃんがこんな地味なひととつきあう訳ないよ!」


このやろう。怒りとも何とも言えないむなしさを内に感じていると夕浜が話しかけてくる。


「今日のテスト内容はこの子たちと遊んでもらう事です」


「この地味なにーちゃん遊んでくれるの?」


テストが遊ぶだと。この餓ァ鬼共とか。いやです。

夕浜は、はあ、とため息をついてその端正な顔に憂いの色を帯びさせた。


「道後君はよっぽど聞き分け能力がないんですね。しかたないです。……みなさーん、この携帯の写真を見てください。このお兄さんはなんと幼児向けのお菓子を――」


「あ、遊ぶなんて久々だ! わくわくしてきたぞ! うれしいなあ!」


彼女は携帯をしまってにっこりほほ笑む。


「ふっふ、道後君もまだまだ遊び足りないお年頃ですね」


夕浜に脅されるようになってからオレの装甲はガリガリ削られていく。もう赤ゲージに達する勢いだ。ぐったりするオレをよそに子供たちのテンションは上がっていた。


「ねーちゃん何して遊ぶの?」


「はい、それではケイドロをしましょう」


ケイドロ。

それは警察チームと泥棒チームに分かれて遊ぶゲームの名称。他にドロケイやら泥棒警察、ドロハン、助け鬼、ドロジュンなどの呼び名もあるらしいが基本的にやることは同じである。

警察側の勝利条件としては泥棒をタッチして全員捕まえること。捕まった泥棒は牢屋に入れられてしまう。しかし他の捕まっていない泥棒は牢屋に入れられている泥棒をタッチすることで復活させることができる。泥棒の勝利条件は時間までに一人でもいいので生き残っていること。


「が基本ルールですが、これは時間がかかりすぎるので少しルールを変えましょう」


時間制限にすると体力の面がきつくなる。なので今回は泥棒チームは警察側にある「宝」をタッチすることを勝利条件にした。警察チームはその「宝」から半径三メートル離れていなくてはいけない。泥棒はその宝をタッチするために奮闘する。意外と高度なテクニックを要求する遊びだ。


「それではチームを決めたいのですが……」


そこで夕浜はオレを振り返った。


「道後君は泥棒チームです、私は警察チームになります」


別にかまわないが。

子供たちもそれぞれのチームに振り分けられていった。オレの方と夕浜の方でそれぞれ5人ずつ。さっきの洟垂れ生意気小僧はオレのチームだ。


「兄ちゃんどんくさそーだなぁ、大丈夫かなあぁ」


オーキードーキー、お前が捕まってもオレは助けんぞ。


「今回の宝はこのサッカーボールです」


夕浜はそれを木の根もとに置いた。


「では今から十数えるうちに泥棒チームは逃げてください。スタートです」


    〇



「さて……どうするかな」


この公園は入り口が四つある。正方形の辺の真ん中の部分を四つくりぬいた感じだ。木は公園の中央に位置していてその周りに警察チームがいる。

オレたちは今公園から出て路肩に駐車されてる車の陰から様子を伺っていた。いい年した高校生がなにをしてるんだ、という突っ込みは不要だ。そうしていると気の強そうな女の子が語りかけてきた。


「だれかおとりに使うしかないんじゃないですか?」


「確かにそうだ、気を引いてできた隙をつくのが常套手段だな」


しかし、それはあちらもわかっているだろう。そううまくいくのだろうか。それに向こうには実力のほどが知れない夕浜がいる。


「しずくねーちゃんいつも強いからなあ」


「うん、すごいよねー。足も速いし」


そうなのか、というか夕浜はいつもこの子たちと遊んでいるのか? 彼女の正体の謎が深まるばかりだ。


「……、よし二手に分かれよう。オレが囮役をやる。君たちはここで待ってて。オレが飛び出てからチャンスだと思った時に宝をうばってくれ」

すると眼鏡をかけた少女が不安そうに尋ねてきた。


「お兄さん、一人で大丈夫ですか?」


「体が君たちより大きいから見つかりやすいんだ。一人で充分だよ。オレは公園の反対側から行くからここで機を見計らってて」


というと四人はうなずいてくれた。体が大きいだけではなく身体能力がないのも理由だが。オレはそのリアクションを確認すると見つからないようにその場を離れた。


    〇


電柱の陰に身を潜めつつ公園内を盗み見る。警察チームは草をかき分けたり土を掘ったりと公園内のあちこちを探していた。地中に隠れる訳がないだろう。

――囮というのはどの様な役割を果たさねばならないのか。囮とは道化師だ。いかに目立って相手の気を引くかが重要なのだ。オレは計算する。どうすればこちらへ注目させることができるのか。選択肢を展開させた。


一、正攻法にほふく前進する


トムハワード軍曹の如く頭に草をつけ、ほふくしながらお宝まで近づく。あくまで近づくだけだ。

これはオレが囮であるという事をカモフラージュする意味を持つ。おそらく敵はオレ一人で宝を盗みに来たと考えるだろう。油断したそこを狙ってもらう作戦だ。ただこれは欠点があり失敗は許されないという事だ。この作戦だと十中八九オレは捕まる。


二、危ない人を演じる


これは奇声を発しながら特攻するといものだ。セリフは「んぬほおおおおお」や「ほわあああああ」などの意味の持たないものが好ましいだろう。さらに腕や顔を無茶苦茶に揺らしながら走ると得点が高い。人間は理解できない事態を目の当たりにしたとき咄嗟の行動が出来なくなるのだ。その隙をついてもらおうという算段である。しかしこの案にも欠点がある。うまくいった後でもオレへの視線がとても冷たいものになるだろう。夕浜が笑いながら「道後君、大変、変態でしたね」ということ間違いなしだ。一歩間違えれば本物の監獄へと入れられてしまうかもしれない。


三、力の限り挑発する


お尻ぺんぺんと――露出はしないが――相手を挑発して怒らせ冷静な判断をさせない作戦だ。オレの頭の中にある一〇八つの挑発法で夕浜たちを全力でおちょくるのだ。

――これは、やりたくない。夕浜を怒らせたくない。彼女を挑発でもして写真が知られてしまったらどうするというのだ? ドロケイに人生を懸ける度胸はない。

そうだな、一と二を掛け合わせてほふく前進をしながら奇声を発するのがベストだろう。

オレはもう一度公園内を確認した。敵の位置を把握せねばならない。こちらから見て右側に一人。その反対側に二人。宝であるボールの近くに一人。いずれもオレには気づいていないようだ。夕浜は……。


「ん?」


夕浜がいない。公園内のどこを探しても夕浜が見つからなかった。どこだ? 隅から隅まで探すがやはり見つからない。どこか見えないとこにいるのだろうか。オレは不安になって仲間の泥棒チームが待機するあたりに目を向けた。その時失敗したことに気づいた。

夕浜がいた。彼らの後ろに気配を消して立っている。泥棒チームの面々はこっちの動きに注目して気づいていない。しまった。やられた。ここからではオレは声を上げることができない。夕浜は彼らを次々とタッチしていった。オレは唇をかむことしかできなかった。


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