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そして妹は、変態と蔑む


キノコ男子は一学年下の生徒であった。最初呼び出すとぶるぶると震えて非常に怖がられたが、オレが不良に絡み夕浜が小銭を巻き上げ成敗した件を話すと泣いて感謝された。しかし夕浜滴、いったいオレに何をさせたいんだ……?



帰り道、オレは衣川と帰路を同じにしていた。

周りには夕日に輝いてきらめくマジックミラーのビルが屹立していた。街は車のクラクションや電車の走る音などで騒がしい。オレと衣川は自転車にまたがり目の前の大きな交差点で信号が青になるのを待っていた。この交差点は青になれば全方位どこでも渡ることができるものでスクランブル交差点などと呼ばれていた。周りにはサラリーマンや他の学校の学生などがひしめき合っている。衣川は首を傾けてオレに話しかけた。


「それで、その傷は不良たちとじゃれ合ってできた傷というわけかい。まったく君は何をやっているんだか」


と呆れたように言う。じゃれあうって。

衣川には夕浜に脅されていることを省いて不良にからまれた話をした。今日は嘘ばっかりついている気がする。話題を変えることにした。


「そ、それより、今日部活はなかったのか?」


部活がある衣川はオレと一緒に帰れるという事は少なく滅多にあることではないのだ。


「ああ、今日はちょっと休ませていただいた」


衣川はバツが悪そうに言った。


「なんでだ」


「……なんとなくだな」


クラクションの音。左の方を見ると路線バスが乗用車に邪魔をされて出れなくなっていた。衣川は不意にスクールバックの中に手を入れた。取りだされたのは絆創膏。それもキャラクターの。オレは顎に手を添える。


「……ほう」


「僕にはこういうの似合わないと思うかい?」


「似合うか、似合わないかと言われればどうだろうな。二つを天秤にかけてみると少しだけ似合わない方に傾くかもしれないが、それは微誤差の範囲でつまり電子天秤で量れば正確な値が――」


「似合わないのかい、まあいい。これをあげるよ」


衣川はつまんでよこしてきた。オレは受け取りポケットにそのまま仕舞おうと思った。が衣川はオレの手の動きを目で追っていた。その瞳の動きはさり気ないもので無意識に近い所があったと感じた。ポケットにしまう動作を止めた。


「せっかくだし付けてみるよ」


オレは絆創膏の保護シールをはがした。自分の頬っぺたに貼った。

衣川はおかしそうにそれを見た。


「はは、似合ってるよ」


信号機が青になった。


   〇


家に帰るといい匂いが玄関まで漂っていた。適当に靴を放って手を洗ってからリビングに入った。


「ただいま」


左奥の台所の方を見ると母がご飯を作っていた。色が派手なエプロンを身に着けている。


――おかえり、鉄。もうご飯にするわよ


「そっか」


――菜子を呼んできて頂戴。部屋にいると思うから


オレは階段を上がり自室で部屋着に着替える。妹の部屋をノックすると中から声が聞こえた。


「もうご飯だってよ」


「うーん」


「聞いてるのか?」


「うるさい」


「もうご飯だって」


「うーん」


このやり取りを何回か繰り返して妹をやっと部屋から出す。菜子は上着がオレのお古のTシャツ、下がスカートという妙な恰好をしていた。サイズが合っていないのでダルダルである。つまり肌の露出が多い。この格好で街中を歩けば世の男性の心臓が16ビートを刻むことになるであろうが、オレは兄。ゆえに興奮はしない。


「なに見てんだ?」


菜子はオレの視線に眉をひそめた。

胸が見えそうだ、と、兄としては注意すべきなのだが指摘すれば変態とののしられる事は三流小説の落ちよりわかりきっている事なので言わない。


「それはオレのTシャツだろう、返しなさい」


「……ちょっと何言ってるかわからない」


と首をかしげ白を切る妹は階段を下りて行った。

オレも階下に着いて自分の定位置に座る。目の前には鮭の塩焼きに味噌汁とご飯という夕食にしてはやけに簡素なメニューが並んでいた。


――夕食は少なめの方がダイエットにいいのよ、健康にも


「そうだ。女子は大変なんだ。兄貴には理解できない」


と女性陣に言われる。


「そんなことより菜子は間食を制限するべきだな」


「お菓子はお菓子、ご飯はご飯。というかごはんを作ってもらっている身で文句言わないで」


「文句ではなくもう少し豪華にしないかという提案だ」


「同じ。そんなことばっか言って。変態のお弁当、今度はシイタケさん祭りにしてもいいんだからな」


ばっかり弁当シリーズはもう本当にやめてくれ。夕浜の事でも悩みの種なのにこれ以上憂鬱になる原因を増やしたくない。オレはおとなしくいただきますを言った。茶の間のテレビを眺めつつ魚をついばんでいると菜子がオレの頬を指差してきた。


「兄貴、その絆創膏どうした?」


オレは目を下に向ける。キャラクターがプリントされている絆創膏。


「これは衣川にもらった」


「……へー、霧子さんに……」


菜子は魚を口に入れてもぐもぐさせながらじとっと見る。


「なんだよ」


「別に。仲良いんだねってだけ」


含みのある言い方である。衣川は数少ない友人であり守るべき人間関係なので良好なことに越したことはない。


「そうゆうことじゃない、まあいい。そういや昨日そのシリーズのお菓子くれたよな」


「ん?」


オレは頬の絆創膏をはがしてよく見る。お姫様の格好をした女の子が印刷されていた。きらきら光る星に囲まれていてザ、ファンシーと言った感じだ。確かにこれは昨日菜子に買ったエンジェル何たらのキャラクターであった。


「怪盗ガールエンジェルプリンセスだ」


「ああ、それそれ」


オレは絆創膏を菜子の手に貼り付けた。ほおらあげまちゅよ。


「っ! なにすんだっ、変態!」


顔面をつかまれ押しやられてしまった。母が思案顔で何かを考えていた。すると、そうそうと手を振った。


――その、エンジェルさんっていうアニメのキャラクター、テレビ話題になってたわね


母のセリフを受けて目を吊り上げて怒っていた菜子があっという顔を作った。


「そういえば事件があったな。このキャラクターの」


「事件、どんな事件だ?」


「たしか昨日ので三件目……どんな事件だっけお母さん?」


――……。忘れちゃった


わが家の女性陣はそこまで記憶力がよくないようだ。


「詳しく覚えてないってだけ――あ、変態、これだ。ちょうどテレビでやってる」


オレは味噌汁をすすりながらテレビの方へと視線を向けた。


『――……という窃盗事件がありました。現場へと中継が繋がっています。田中さーん』


『はい、お伝えします。事件があったのは昨晩未明で〇〇町住宅街の真ん中で起きました。被害に遭ったのは××県在住の無職、斉藤宗さんです。こちらの斉藤さん宅に何者かが侵入し現金およそ四〇〇万円が盗まれたとのことです。斉藤さんはその日、自らが運営をする総哲会という宗教サークルで談義をするため外出しているときに被害に遭われたようです。警察の方では窃盗事件として捜査を進めているようです。鑑識が進められる中、現場には放映中のアニメ怪盗ガール、エンジェルプリンセスの人形と「盗んだものは返しましょう」などと書かれた紙が置いてあったようです』


『田中さん。被害に遭われた斉藤さんが運営する総哲会について詳しくお願いします』


『はい、斉藤さんが運営する総哲会についてですが、今回捜査を進めて行く上で実は非営利団体として活動しているはずが商業活動をしていたという事実が浮かび上がってきました。それを受けて警察は別件に捜査をしていくようです。以上現場からでした』


『田中さんありがとうございました。それにしても今月にはいって三回目ですねこのエンジェル事件』


『はい、いずれの事件も現場に人形が置かれてありましたね。それに被害に遭われた前の二名は別件でいずれも逮捕されています。ただ今回もそうとは限らないので慎重に捜査を進めてもらいたいですね』


『はい。では続いてのニュースです……――』


オレは茶碗を置いて水を飲んだ。


「エンジェル事件、全く知らなかった。〇〇町って隣町か」


「変態はテレビ全然見ないからな」


「テレビは見てると阿呆になる、菜子がいい例だ」


「決定だ。明日はシイタケお祭り弁当。異論は許さない。情けで選択権はくれてやる。なめこさん弁当でもいいぞ」


よくないです。ブロッコリーお祭り弁当でもう沢山です。


――〇〇町ってことは近くに泥棒さんがいるってことよね、怖いわ


「うーん確かに怖いかも」


菜子はでも、とつぶやく。


「この事件の犯人さん悪い人じゃないと思う」


何でだ?


「ニュース聞いてなかったのか? この人、人を騙したり悪いことして儲けたりしてる人しか狙わないんだ。アニメのエンジェルプリンセスと一緒」


「なるほどね。今回は宗教で不当に儲けた人ってところなのかね」


「それにエンジェルさんは絶対に何の証拠も残さない。かっこいい」


そだねとオレは菜子に適当に賛同する。しかし、エンジェルさんか。キャラクターのチョイスが悪いな。オレだったらもっとかっこいいキャラクターを使うだろう。


「変態兄貴は変態、だからカッコいいなんて無理」


菜子の皿に残っている鮭の塩焼きを横取りして食べた。


「あ! 何すんだっ」


再び顔面をつかまれてしまった。

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