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そして俺は、彼女の陰謀に巻き込まれる

電車には普段乗ることはないのでいかんせん使い勝手が悪かった。


改札口でなぜかピンポーンと侵入を許可されずに詰まってしまい、会社員に舌打ちをされたり、階段を上がっている時つまずいてOLに舌打ちをされたりと心の傷が増えた。

ホームに着くと人の多さに辟易し、電車の扉が開くころには完全に乗る気を失っていた。

イモ洗いの意味を悟った瞬間である。

言いえて妙だ。

今すぐ回れ右をして帰りたいところだが、改札をくぐってしまった以上乗るしかない。電車の中に入ると人の熱気の壁に包まれた。化粧やらオヤジによる加齢臭が充満して鼻が曲がる。さらに後ろから圧迫されての三重苦である。Mr.汚物サンドイッチだ。

毎日このように満員電車で大変な通学通勤をしている方々には頭が上がらないし足を向けて眠れない。

車両の幅をさらに大きくするべきだろう。これでは狭すぎる。

俺は我先にと新鮮な空気を吸うため顔を上にあげていると、電車のモニターが視界に入った。扉の上に設置されている画面である。汗をかきつつ確認するとニュースが流れていた。音声はなく文字テロップだけである。


『昨日発生した五嶌銀行強盗事件に対し、捜査員を八百人態勢で進めて行くことを警察が発表しました』


画面には破壊された道路が映し出されていた。


『警察は対策部を設置し、全力で操作すると言っています。また警察は些細なことでもよいので情報提供をしてほしいと求めています。対策本部への電話番号は……――』


その後、警察の車上カメラの映像が流された。五嶌銀行の建物をバックにしてあわただしく動き回る警察官の姿があった、そして画面に一瞬影が横切った。そこに合わせて映像が止まり影にズームアップする。影は二人で一人は作業着を着て一人はドレスに身を包んでいる。映像が荒いので鮮明には見えないが顔には仮面がつけられていた。

俺はモニターから目を離して視線を落とした。目の前のサラリーマンが新聞を畳んで持っていた。一面には大きな見出しが躍っていた。


『消えた四億円、エンジェルプリンスの仕業か』


   ×


一駅先で降りて俺は改札を抜けた。

全身が汗だくだ。

喉がからからだ。自販機に寄ろう。

しかしよく考えると水分を取るから汗が出るのだから負のスパイラルも良い所かもしれない。果汁ゼロ%のジュースを買って一口すする。一息ついて、ポケットを漁る。夕浜からもらった簡単な地図を取りだした。俺はそれを見ながら歩を進める。

しかしクソ暑いな、人間はオゾン層をいじめすぎた。これからの時代は牛の口に酸素変換機をつけるか車を廃止して徒歩ブームを興すべきだ。伊能忠敬さんはきっと強靭な足腰をもっていて日本全国を歩いただろうが、この暑さには彼もまいってしまうだろう。


サンが燦々と降り注ぐ中、俺は夕浜の自宅へと向かっていた。

五嶌銀行強盗計画は成功した。四億円は無事、盗むことができた。

これは少なくとも今は、という事だが。


いずれにせよ今日俺はその報酬を受け取りに行くというわけである。俺が報酬を受け取った時点でこの計画のすべてが終わる。


見慣れない街を俺は歩いて行く。

小学生が喚声を上げつつ登校している横を歩きつつ、ただぶらりぶらりと歩いていた。


世間は変わりなかった。

マスコミメディアでは俺らが起こした事件は大きく取り上げられたが、でも街は変わらずに回っていた。

変わらずに昨日の計画を始める前と同じいつもの朝で、東の空には同じ位置に太陽が昇っている。木の上ではスズメが朝チュンをしている。


「……」


本当に何も変わっていない?


いやきっと俺は変わったはずだ。世間が変わらずとも、世界が変わらずとも俺は一週間前のオレではない。何が変わった? それは言葉として形にできない。目に見える変化ではない。だがきっと「オレ」は変わったのだ。


しばらくぼうっと歩いていると右の方に緩やかに伸びる坂が現れた。

一度佇む。

幅がとても広くきれいに舗装されている道路で、両脇には等間隔に木が植わっている。鈍いカーブを描いている。道路を挟むようにして建っている家々はどれも大きく立派な外観をしていた。俺は地図を取りだして確認した。彼女の家はこの坂の先にあるようだ。

唾を飲み込んでから歩き出した。

坂は二回大きくゆるいカーブを描いた。その途中の家たちはやはりどれも大きな家でその前には所謂、高級車が止まっていた。高級車と大きな家を足して導き出される答えはお金持ちである。そんな家々が連なっているここはどう考えても高級住宅街だ。どんな悪いことをしたらこんなリッチな家に住めるのであろうか。


そして、夕浜の家も例外ではなかった。

いやこの際例外だったのかもしれない。

彼女の家――と言うより洋館と言った方が適切か――は坂の突き当りにあった。

大きな大きな洋館であった。

他の家と比べ物にならないほど大きな洋館であった。

左右に棟が分かれていてそれぞれで丸いドーム状の天井が突出している。玄関にあたるところには幅のあるレンガ造の軒がでていた。その脇には何かの銅像がポーズをとっている。全体的に西洋の雰囲気を醸し出していて、なんだろうか、城の一歩手前と表現するのが一番近いかもしれない。

だがなによりもその洋館にたどり着くまでにだだっ広い庭があった。薄い緑の芝生が綺麗に広がっていた。所どころでスプリンクラーがシュッシュッと水を撒いている。そして広い庭の真ん中には、噴水があった。


何だこの広さは? なんだこれは。家?


庭だけでも体育館並みの広さがあるぞ。

俺は手に持っていた地図を思わず落としてしまった。いや、何となく予想はできていた。彼女はそれなりの家に住んでいるのではないかと言う予想は立っていた。だが此処までとは……。


しばらく間抜けに突っ立いた俺だがやるべきことを思いだした。インターフォンを押さねば。だが眼前の身長の二倍ほどある門のどこにそれが付いているのかわからなかった。


「……ど、どうしよう」


しばらく逡巡していたがやはり見つからない。あまりこうしてうろちょろしていると強盗犯としてではなく単なる変質者として牢へと入れられてしまうかもしれない。

と嫌な汗をかいていると不意にぎぎぎ……と音がした。重い金属のこすれる音である。ハッとして見ると重厚な門が左右に割れて徐々に開いていた。俺はその様子をへっぴり腰に構えて見ていた。門が開ききってもその恰好のまま待機していた。

入れという事か?

いやいや。勝手に入るのは失礼だろう。そもそもこんなデカい家なんだ。トラップがあると考えるのが常識的だ。それこそレーザー銃などが隠されていてセンサーが感知した瞬間、焼きの制裁を喰らうにきまっている。もしくは涎をまきちらしながら凶悪なシベリアンハスキーや土佐犬が襲いかかってくるに違いない。夕浜よ。そんな罠には俺は引っかからないぜ。

そうして入ることにビビりながらチキン状態になっていると遠く――玄関がここから五十m以上あるので遠いと表現する――から人影が近づいてきた。

その人物はゆっくりした足取りで近づいてくる。門の所まで来ると呆れたような表情を見せた。


「おはようございます、道後君。私は入ってきて下さいという意を込めて門を開けたのですが……一体何をしているのでしょうか?」


その人物とは、まあもちろん夕浜であった。彼女の私服を見るのは初めてであった。白いワンピースをラフに来ていた。髪も後ろで束ねてあり生活感を感じさせるがどこか気品も感じさせる恰好であった。

俺はその姿に目を奪われてしまったがすぐに我に返る。


「――よ、よう。いや、なんか入りづらくてさ。どっかから黒服でもでてきて襲われるんじゃないかって思って。ほら統計学的に考えて大体黒服が」


「ふふ、なんの統計ですか。いませんよこの家にはそんな人は」


がしかし黒服がいなくともやはりきっと防犯セキュリティは厳重なのだろう。


「そ、そうか。どうやって俺が来た事を確認したんだ?」


「上の監視カメラで道後君が来たことを確認したんです」


と言われて顔を上げると確かにカメラらしきものが目にはいった。


「それと迷っていたみたいですがインターフォンはその柱にありますよ」


と彼女は門の横にある中央が丸くなっている神殿などでよく見かける形の柱を指差した。

この柱だけでいくらするのであろうかと考えていた時、俺はふと一つ疑問が浮かんだ。


「ん? ま、待ってくれ、そしたら夕浜はカメラを見て俺が来たことを確認したことになるよな」


「そうですが、それがどうかしたのですか?」


「ってことは夕浜はずっとカメラのモニターを見てたのか? じゃなきゃ俺が来たときに門をすぐに開けられないよな」


「え……あ」


と言った瞬間夕浜は口をわずかに開けた。そして顔を紅潮させる。と思ったらわずかに俺を睨むようにしてきた。


「な、何をいっているのでしょうか、私がずっとモニターを見ていた? ばっ、莫迦々しいですね実に短絡的な考えです。私が道後君が早くこないかなと期待してたとでも言いたいのでしょうか?」


「え? いや――ちが」


「違いますよ。私がモニターを見て道後君が来るのを待っていた訳ではないです。残念でした」


夕浜は目を瞑って指を立てて捲し立てる。


「……じゃあどうやって俺が来たことを確認したんだ?」


「そ、それはその……人が来たことを教えてくれる機械があるんです」


「どんな機械?」


「…………機械です」


答えになっていなかった。


「じゃあ、つまりインターフォンがあるにもかかわらず、人が来たことを教えてくれる機械とやらで俺が来たことが分かったと。インターフォンがあるのに?」


「そうです! もう。いいから行きますよ」


不機嫌そうに俺の手を取ると門の内へと連れ込んだ。手のひらが熱く感じるのは俺のせいではないだろう。


庭は本当に広かった。恐らく業者に頼んで芝刈りをしてもらっているのだと推測するが、汚れひとつない綺麗な庭であった。しばらく早足に歩いていた夕浜だが玄関まで付くと俺の手を放した。

大きな玄関扉を体を使って開けた夕浜は中へ入るように促してきた。

洋館に入って思わずため息がこぼれた。落胆ではなく感嘆からくるため息だ。


玄関からはエントランスが続いていた。真ん中にホテルのような大きな木造の階段があり、両脇にはいくつかの木製の扉が設置されている。コーティングされているのか木は艶やかに光を反射させていた。見上げると吹き抜けになっていて高い天井が見えた。天井には何かの絵が描かれている。そして何やらふかふかするなと思って下を見るとこれまた汚れひとつがないカーペットが引いてあった。


「すごい……」


「そうですか? 私はいつも見ているのであまりすごいと感じませんが」


「いや、本当に。これとかいくらするんだ?」


壁際に透明のガラスケースがあり中に金の装飾がされた皿やらカップやらが飾れていた。一目見ただけで高そうである。もうただただ高級ですとアピールしているとしか思えない。視線を横に移動させると今度は同じようにガラスケースに入った時計やらネックレスやらがあった。


「それは家で継がれてきた品々です」


どれもいやらしくない程度の輝きを放っている。へー、ほー、などと価値が分かっているような素振りでガラスにへばりついているとふふと笑い声が聞こえた。後ろを振り向くと夕浜が口元を押さえて笑みを隠していた。


「いえ、すいません。道後君面白い顔をしていたので」


「面白い顔ってひどいな……」


「ふふ、すねないでください。ではとりあえず客間に案内します、こちらに来てください」


彼女に案内されて奥の扉をくぐって行った。そこには一戸建ての一階部分をすべて使ったくらいの大きさのワンルームが広がっていた。四方の壁には外国の人形やらよく分からない絵や壺みたいのが飾られていたがまあきっと高いのだろう。部屋の真ん中には異様に長い机があった。俺はそこに座らされた。対面して座れるようになっていて端には全体が見渡せるような「王様席」がある。机の上には等間隔に燭台が置いてあった。もう最後の晩餐が今すぐにでも開催できる勢いだ。


夕浜は客間の奥にある扉に消えて行ったが数十秒後盆とティーポットを持ってきた。俺の前にカップを置き上品に淹れる。カップに茶が流れる音と彼女の衣擦れ音だけが場を支配していた。夕浜は淹れ終わるとなぜか俺の横の席に座った。それも肩が触れあるくらいに椅子を寄せて。十人で椅子取りゲームをしても余るほど椅子があるのだが。


「えっと、夕浜? お、俺の近くじゃ暑いしとおもうし他に座るとこあるし……」


「はい、まあそうですね」


「きっと不快だし離れた方がいいんじゃないかな……はっは」


「どうしてですか?」


「え? だから俺の近くにいると暑いし、そ、それにこれだけ広いから」


「暑くないですよ、あとこの席は私が昔から座っていた場所なんです」


「あ、ああ! ああーそうなの、なるほど……じゃあ俺が離れますよ――


と腰を上げた途端脇腹をつままれた。


「いっ!」


見下ろすと満面の笑みがそこにはあった。


「なんでさっきからわざわざ嫌なことをするんですか?」


口は笑っているが目に光彩がともっていない。

その笑みを見せられては黙って座るしかなかった。

しばらく肩を寄せ合ったまま彼女は満足げに俺は背中に汗をかきつつ気まずく茶を飲んでいた。

五分くらい経ってからだろうか、不意に彼女はぽそりと口を開いた。


「五嶌銀行強盗計画は無事最後まで迎えられそうです」


俺の方を見てわずかに首を傾けた。


「うん。俺がお金を受っとって完了だよな。そのために今日来たわけだし」


「ここまで来れたのも道後君のおかげです。本当にありがとうございました」


夕浜は浅くしかし丁寧にお辞儀をした。

いや、別にいいよ。と言おうと思ったのだが口から出た言葉は違ったものだった。


「そうだろ?」


「……ふっふ、はい。警察も私たちの尻尾の毛すら掴めていないようです、今のところですが」


夕浜はしばらくカップを傾けていた。空になるとカチャと静かに置く。


「ではお金を持ってくるのでここでしばらく待っていてください」


と言い、話の流れ的に立ち上がるのかなと思って待っていたのだが、彼女は座ったままであった。


俺は不審に思って横を見る。彼女の顔は髪に隠れて表情が読めなかった。

シュッ、シュッと外のスクリンプラーの音が客間にこだまする。


「父が亡くなってから、私は、私は一人になることが多かったです」


その音にまぎれるようにそっと言葉を紡ぐ。


「兄妹のいない私は母とそれから数人の使用人がいましたが周りが慌ただしくなり、いつも基本的に一人でした」


その言葉は優しくオレの耳へと流れて行く。


「道後君、私高校の時に初めて道後君と会ったと言いましたが実は嘘です。一度だけ中学生の時道後君に会っていたんです。試験表で道後君の名を知ってから数ヵ月経った後、一度だけ会っていました」


夕浜は俺の瞳を覗き込むようにして眉を上げた。俺はそのセリフに驚く。

会ってただと? いつだ? 記憶に全くないのだが。


「はいそれもそのはずです。試験会場で前の席にいたのがたまたま道後君と言うだけでしたから」


なるほど、しかし何故俺だと気づいたんだ?


「解答用紙の名前が見えたんです。すぐに成績表にいつも載っている人だと気づきました。けど話しかけることは出来なくて。それにその試験の日はちょうど父が亡くなって一ケ月の頃でした」


俺は記憶を引っ張り出すがやはり暗記は苦手なのだろうか。


「その時の私は、自分で言うのもなんですが、割と荒んでいました。正直なところ試験などどうでもよいと思っていましたから。だから道後君に気づいても話しかける元気がありませんでした」


「……そうか」


「そうして机に伏している時、不意に独り言が聞こえてきたんです。ぶつぶつ、ぶつぶつ……って」


あ、なんだか思いだしてきたぞ。確かその試験の日は大雨が降ってたはずだ。


「ふっふ。はい、それで顔を上げると前の成績表に載っている人が何かを言っているんです」


「あ、あああー、わ、わかった! それ以上は止めてくれ。お、俺の黒歴史だから!」


当時の俺は天秤主義者だったのだ。思いだしてしまった。


「確かこう言っていました。『この世は幸福と不幸が入れ混じっている。一見幸せそうな奴と不幸せそうな奴がいるように見える。しかし実はすべての人類は等しい割合で幸福と不幸を味わっているのである。天秤にある人の人生における幸福と感じた量と不幸に感じた量を乗せると等しくなるのだ。つまり幸せの後は必ず不幸がやってくる。逆に言えば大きな不幸の後には必ず大きな幸せがやってくる……案ずるな』だったと思います」


やめてくれ、たった今心に深い傷がついた。一種の中二病だったんだよ。


「ふふ『だった』ですか、まあいいです。その時私は驚きましたよ。変な人だと思ったんですが……妙にその言葉が忘れられなくて」


「忘れてくれよ、正直恥ずかしい」


当時は大天使ミカエルに憧れていたんだ。ミカエル道後と自分であだ名をつけていたことを思いだした。


「……でもその言葉に救われたんですよ、私」


「え? 救われた?」


俺の問いに夕浜は答えなかった。代わりに彼女は対面の窓の外を見た。どこか遠くを見ているような感じである。俺もつられて目を遣る。

雲がない綺麗な空だった。よく晴れた空だった。

客間は明かりがついていないが柔らかな光に包まれていた。

長い間そうして外を見ていたが夕浜はふっと立ち上がった。そして後ろの扉の方へ歩いていき彼女の姿が視界から消える。

カチャリと音が鳴り、出て行ったのかなと思っていたらとても小さな声量でこう聞こえた。


「ありがとう、私の王子様」


振り返ると夕浜の姿はなかった。

あるのは半端に開いた木製の扉だけ。

俺は視線を戻して軽くため息を吐いた。

目を閉じて、自嘲気味に独りごちる。


「ロマンチックも悪くない」


薄く笑って彼女を待とう。

                    



           そしてオレは、彼女の陰謀に巻き込まれる   了


ここまで読んでいただきありがとうございました!


毎日更新が後半ほとんど守れていなかったような……汗

いずれにせよ完結できてよかったです。


さて物語をここまで読んで、なんか釈然としない気持ちになったあなたは正解です。

実はもっと話を広げていく予定だったんですが……諸事情により完結へと方向修正をした次第です。

なので衣川霧子や妹、江田宗二が物語に深く入れなかったのが心残りです。

他にも登場予定の人物がいたのですが……残念。

それでも楽しく読んでいただいたのならば幸いです。

それではまた次作で会えればうれしいです。

                  淡夏

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