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そして夕浜滴は、怪しく笑う

オレは何もできないでいた。完全に状況において行かれていた。


  夕浜? 



 夕浜滴……。


なぜここにいる?

思考が停止して突っ立っているオレをよそに、彼女は立ち上がるとオレの方へ近づいてきた。思わず後ずさりしてしまう。


「ふっふ、怖がってますね。まあ、盗みが見つかってしまったから仕方ないとは思いますが」


学校にいるときとは雰囲気が違っていた。目を疑う。本当に夕浜滴か? 夕浜はオレの前に立つと携帯の画面を向けてきた。


「しかし証拠はあがっていますよ、道後君」


そこには間抜けに笑っているオレが映っていた。商品をポケットに入れてまさにしめしめ盗んじゃたよん! と言わんばかりだ。

オレは無意識のうちに携帯へと手が伸びていた。しかしひょいと躱される。


「お、おい……」


夕浜は相変わらず不敵に笑っていた。


「道後君、盗みはいけないですね」


「お、オレは盗んでない!」


やっと出た言葉はそれだけだった。しかしそのセリフは説得力がゼロであろう。誰がどう見てもこの画像は盗もうとしている瞬間だと見える。それが分かっているのか夕浜は携帯を揺らして暗く笑う。


「さて道後君これをどうしましょうか」


「た、頼む。やめてくれ夕浜」


「はて、私はまだなにも言っていませんが、いけない事をした道後君」


「まて待ってくれ。これはちょっとした間違いなんだ。勘違い、取り違いだ」


「ふっふ焦っていますね」


弁明をするが聞き入れられる雰囲気がない。今更ながら全身から嫌な汗が流れ出てくる。


これってやばいんじゃないか? 


オレはよろよろと夕浜に近づいて行った。

が、彼女はオレの動きを手の平で静した。そして右手の人差し指をピンと立てた。


「もし私がこの携帯の画像を……」


その指がレジの方を差す。そこにはオレ達を怪訝に見ている筋肉質な店員の姿があった。


「あちらの方に見せたら……どうなるのでしょうか?」


トラウマが刻まれた瞬間であった。その時の夕浜の表情は、とても、可笑しそうで、無邪気な笑顔だったと思う。しかし切羽詰まっていたオレにはそれが悪魔の微笑みにしか見えなかった。


「や、やめてくれ!」


オレは必死に懇願した。最悪な流れが頭の中で展開されていく。

店員に盗もうとしていたこと――誤解だが――がばれる。身体的制裁と社会的制裁により凹凹にされる。学校に知らされる。花の学校生活終了。

顔が青ざめる。それだけはダメだ阻止せねば!


「誤解なんだ!」


「誤解ですか? こんな幼児向けのお菓子をにやにやしながら盗もうとしていたのが誤解?」


「……。そ、そうだ」


「しかもその左手のはグミグミ太郎ですか? そんなグロテスクなお菓子を道後君は好むのですか」


「ぐ、グミ太郎は関係ないだろ」


「ならエンジェルプリンセスを盗ろうとしたことは認めるという事ですね」


「み、認めない。それは妹のために……」


「まあ道後君がこのお菓子で遊ぼうが何しようが私は関係ないですけど」


夕浜はレジの方へと歩を進める。オレは人生最高スピード誇る勢いで回り込んだ。そのままの勢いで頭を下げる。やばい……どうにかして止めなければ!


「道後君そこをどいてください」


夕浜はにこやかに告げる。しかしその笑みから優しさは受け取れない。

くそ、夕浜は本気だ。何としてでも説得せねば。その焦燥感が言ってはいけないセリフを口に出してしまった。


「な、なんでもするから! 頼む夕浜!」


流れが止まった気がした。

コンビニが静寂に包まれる。沈黙。圧倒的沈黙。オレは汗が滲む顔をゆっくり上げた。


「夕……浜?」


「なんでも、ですね」


そこには暗黒の微笑があった。光度0パーセントの笑顔。オレは悟った。彼女の異様な雰囲気の正体を。それは夕浜の内面に潜む邪悪性だ。夕浜は悪さを企む参謀の如く目を細めオレを見ていた。


「な、なんでもと言っても――」


「明日」


「え?」


夕浜は瞼を伏せて、口元を上げながら、ぶつ切りの単語を発した。


「明日、学校。昼休み。屋上へ来てください」


「え?」


「それと今日のことは誰にも口外しないでください」


「あ、ああ」


「それでは。あ、写真は保存しておきますね。では」


というと彼女は髪をなびかせてコンビニを出て行った。チロリロと陽気なブザーが鳴る。オレは一人呆然と突っ立っていた。


「……え?」


    〇


庭先へと自転車を放り込む。乾いた音を立てながらカラカラとホイールが回っていた。しばらくその回転を眺めていた。止まる。オレはおぼつかない足取りで玄関まで歩いて行く。鍵穴に差し込み扉を開いた。


「……ただいま」


静かに帰宅の挨拶をして玄関へと上がった。玄関には妹の革靴が不揃いに放置されていた。いつもなら綺麗に整えるところだが今その気力はなかった。ふらふらと歩いてリビングの扉を開いて中に入ると妹がソファーに寝転がっていた。中学の制服のまま携帯をいじくっている。音に気づいて妹はこちらへ振り返った。


「ただいま」


片手をあげて挨拶をした。しかし妹はむすっとした表情になってふいっと顔をそむけた。


「……変態が帰ってきた」


と悪態をつくと再び携帯をいじる作業に戻ってしまった。

オレは鞄を置くと中から例のなんたらプリンセスの菓子を取りだした。


「菜子、今日部活はどうしたんだ?」


「変態におしえたくない」


「吹奏楽の定期演奏、オレは楽しみにしてるんだぞ」


「しなくていい」


「今日はテスト期間か?」


「違ううるさい。変態はお口にチャック。一生チャックしてて。そのまま窒息死して」


「……分からないところとかあるか? あったらいつでも言えよ」


「教えてもらってるとき襲われたりしたら怖い」


オレは頭をかいてふてくされる背中に根気よく話しかける。


「菜子、今朝は悪かったよ。けどワザとじゃないんだ」


「うそ。見ようと思ったんでしょ。……変態兄貴はエッチだから」


妹のトイレをのぞいて興奮できる兄貴が何処にいるというんだ?


「そこにいる、『はあはあ、菜子ちゃんはあはあ』って興奮してた」

「いないし、してないし、言ってない」


「いいから変態はあっち行け。またエッチなことするんでしょ」


「隙あらばセクハラをするみたいな言い方はやめてくれ」


オレをどんだけ変態に仕立て上げたいんだ。だいたい菜子みたいなちんちくりんのぽんぽこりんに興奮などできない。と言いかけたが寸止めする。今は妹の機嫌を直しているのだ。


「違う、大切な妹にそんなことするわけないだろ?」


ふと菜子の携帯をいじる手が止まった。


「朝寝ぼけていたんだよ。な? 菜子はオレにとって一番大切なんだ。覗いたりなんてしないよ」


足がパタパタと揺れている。


「……寝ぼけてたって、トイレ入ってるくらいわかるはず」


「本当に気付かなかったんだ。オレが朝弱いのを知っているだろう? それに菜子がトイレしてたところはちゃんとは見てない」


「うそっぽい」


「嘘じゃない。嫌がることはわざわざしない。菜子が大事だからこそこれは言える」


「……ホントか?」


「神に誓う」


無神論者だが。


「……ふーん」


と携帯の画面を見ながら菜子は鼻を鳴らした。実に淡白な反応である。

ここで例のエンジェルなんたらを出すことにする。


「まあそれでお詫びと言っちゃあなんだが」


オレは手に持っているそれを菜子に差し出した。菜子は受け取ると眉根を潜めてそれを見た。


「なにこれ?」


「お詫び、贖罪」


幾秒かそれを見たが菜子はふうとため息をついた。が一見興味なさそうに見えるが彼女が心惹かれていることは分かっている。


「いちおう受けとっとく」


「そうか、それとこのグミもあげるよ」


「……なにこれ?」


セリフこそ同じだが先ほどとは比べられないほど嫌悪感のある表情。


「グミグミ太郎」


菜子は汚いものでも持つかのようにつまんで受け取った。


「グミ? ほんとだ。……キモかわいい」


が、なんとグミ太郎をみて彼女は初めて顔をほころばせた。グミグミ太郎に負けるとは少しショックである。


「もし嫌になったら置いといてくれ」


「いや、いい食べる」


菜子はグミ太郎をむにむにと引き伸ばしていた。

オレは鼻息をつくと鞄を持ってリビングを後にしようとした。だがその時後ろから声を掛けられた。


「なんか兄貴、変? 何かあったか?」


ドアノブに手を掛けたまま俺は動きを止める。妙なところで鋭いな。


「……別に」


がしかし、オレ答えずにリビングを背にして階段を上がって行った。自室に着くと鞄を放る。ベッドへうつぶせにダイブした。


「……」


――やばい。どうしよう。……どうしようもない!

先ほどからオレの頭の中にそのフレーズが無限ループしていた。

夕浜滴。

なぜコンビニに居たんだ。いやそれよりも夕浜のあの笑顔……いったい何を企んでいるんだ。

もし夕浜がその気になればいつでもオレを窮地に追いやることが可能なはずだ。正義感に溢れオレの悪行を成敗しようというわけでは……なさそうだが。

くそ、考えてもわからない。夕浜があのような性格をしているとは思わなかった。

彼女は明日の昼休み屋上に来いといった。何をさせるつもりなんだ。


「うわあああああ!」


枕に顔をうずめて叫ぶ。嫌な予感しかしない。フリとはいえ盗もうとしたオレへの天罰か。

夕浜のダークサイドの笑顔が頭から離れなかった。教室では見せることがなかった、というか無表情以外見たことがなかった。声すら聞いたことがなかった。そんな夕浜の笑顔。性質が悪いことは彼女の笑顔が驚くほど綺麗であったことだった。

オレはベットから立ち上がると部屋の窓を開けた。ぬるい風が頬を撫でる。


「ああー……」


むなしく夕日が輝いていた。


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