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AM 11:28


ただひたすらに掴んでは放ってを繰り返していた。

背負っていた鞄を下してその鞄に札束を放り投げていく。


もう時間がない。


四億円という事は全部で約四十キロほどである。どさどさと音をたてながら放っていきすべて入れ終わるとオレは急いでそいつを持つ。引きづりながら管制室まで戻る。鞄はそれ相応に重く俺の肩へと深く圧し掛かった。管制室は先ほどと変わらず床には警備員が伸びていた。

部屋に戻り天井を見上げた。ワイヤーと腰につける機械が換気扇口からとび出てぶら下がっている。

鞄を下してワイヤーを引っ張る。機械の先のリングと鞄をくっ付けた。

ぶら下げたまま今度はオレ自身の作業服を脱いでいった。

上下のつなぎになっているのですぐに脱ぐことができる。

脱いだ作業服を鞄に詰めた。

機械を操作してワイヤーを自動的に巻き戻すようにする。

俺は飼っていた鳥を野に帰すように鞄から手を放した。

すると、しゅるると音をたてながら鞄が闇に飲まれていった。


「……」


しばらく耳をそばだてているとかすかに鞄のこすれる音が聞こえるようであった。四億円の入ったかばんは配管の中を冒険し、きっと夕浜の元へとたどり着く事であろう。


さて。


俺も脱出せねばならない。

もう金さえとってしまえば用済みなのだから。

俺は警備員の方に近づいて行って制服を剥がしにかかった。

ベルトを外して制服をはぎ取る。慣れない手つきでその制服を自身の肉体へと着せていった。帽子を被る。

髪の毛をすべて帽子の中に詰めた。そして俺は先ほどカバンから取り出していた『仮面』を顔面に装着した。

目と口が三日月に裂けている例の仮面。


――その時。


ウウ――――――ン

ウウ――――――ン


突如けたたましいブザーのような音が響き渡り始めた。救急車のサイレンに似ている遠く響く音。その音は非常に大きく管制室全体を揺らしているようである。

オレは身構えた。

管制室のモニターの方を見る。パネルスイッチの横の赤色灯がまわっていた。赤の点滅が室内をライトアップした。


「……」


警報アラーム。この音は五嶌銀行の緊急時に流れる警報である。何に対する警報か。決まっている、オレと夕浜が侵入したことに対する警報音であろう。けたたましいその音が聴覚を刺激していた。

その騒音のなか不意にチンと電子音が聞こえた。エレベーターの方を見る。


――簡単な関係図だった。


俺は銀行強盗で五嶌銀行は危機にさらされている。ならばそのエレベーターの中にいる人物が誰なのかは自明の理であった。左右に扉が開いた。


「動くなっ! 大人しくしろ!」


中からがやがやと出てきたのは紺の制服に警棒を持っている人物が約三人。警察官だ。彼らはオレを見つけると猛進してきた。その表情は鬼のそれに酷似している。俺はされるがままに肩を突かれて床に押さえつけられてしまった。


『誰か』が通報したのだろう。


「足の方お願いします」


抵抗はしていないのだが足から腕までをがっちりと固められてしまった。


「午前十一時三十一分、逮捕します」


手を背中側に回されて両手首をくっ付けるような形にされてしまった。ギリリと冷たい感触と共に手錠がつけられる。ずいぶんときつく締めたようで錠が皮膚に食い込んでいる。


「立てっ!」


と言われて俺は襟首を掴まれて立たされた。


「身柄を拘束します」


エレベーターの方へと押しやられてしまった。

よろけるように中に入る。

後ろから三人が続いて俺を中心にするように取り囲んだ。

扉が閉まってエレベーターが動き始める。

足元に軽い重力を感じて上へと引っ張られていった。

内臓が体内に沈み込む。動きが止まって扉が開いた。

扉の向こうはガス工場の様な殺伐とした空間が広がっていた。

全体的に濃い緑の壁で覆われていて、まばらに銀行職員がいた。

職員は誰しもが動きを止めて俺の方を見ていた。

俺は警察官にされるがまま連行されていく。

その緑の空間を出ると事務カウンターの部屋へと出た。

事務オフィスはさっきよりも人が多く俺は注目の的になった。

視線が体を貫いていく。

前傾姿勢になりながら一歩二歩と歩いて行く。警官は決して俺の体から手を放そうとしなかった。オフィスを抜けて受付ホールへと出た。

正面玄関のガラス張りの向こうにかなりの台数のパトカーが止まっているのが目に入った。俺を飲み込むためにドアを開けて他の警官が待機している。

そしてその横には一人の少女が立っていた。

夕浜だ。

仮面をつけてドレスを着ている。

両脇には一人の警官制服を着た男性が夕浜の腕に錠をかけて立っていた。警官は先ほど俺が放した四億円が入ったバッグを持っていた。


「速く歩け!」


背中を押されてホールの真ん中を突っ切って行った。

まばらにいた客は心配した顔でこちらの様子を伺っていた。俺は夕浜と仮面越しに目を合わせた。

舞台に立った気分であった。

役者は俺と夕浜の二人。

観客はあんたら警察官と銀行職員だ。

ダンスホールの真ん中で仮面の下で薄く笑う。

たぶんきっとこれは喜劇の類になるだろう。

両腕を拘束されていなかったらこの場で夕浜とワルツを踊りだしていたかもしれない。

夕浜に近づくと俺の後ろを警官と共に付いてきた。

警官に連れられたまま入り口を出た。一度歩を止めて辺りをぐるりと見渡した。放射状に車が連なっていた。全部で十五台以上はあるかもしれない。


「なに止まってるんだ、入れ!」


一番近くにあったパトカーの後部座席へと押された。

だがオレは足を踏ん張ってそれに抵抗した。車の中に入る代わりに口を開く。


「……これで終わりだ」


含みを持たせるようにそっと呟いた。

その声に反応して警官が顔を顰めた。


「あ? いま何て言った?」


「終わりだと言ったんだ」


「ふざけるなよこのっ――」


警官のセリフは途中で途切れた。いや、正確には最後まで聞こえなかった。

警官の発する声よりさらに大きな音に邪魔をされたためである。


ガアアアアンッ!


炸裂音が右奥の方から聞こえた。

地鳴り、地震。その瞬間、地面が揺れた。

凄まじい轟音と共にすべてが揺れた。

地面から頭上へ伸びている電柱は小刻みに震え、電線は波をうつ。パトカーも車体を左右に振らした。

轟音は鼓膜を刺激し、警官たちを混乱に招いた。


「な、なんだ!?」


右方を見る。地面が崩壊していた。

コンクリートの地面は粉々の破片になって細い幅の道路が破壊されていた。

近くにあった街路灯は倒れていて、電線を巻き込み断線を起こしていた。

隣接した五嶌銀行の壁面は蜘蛛の巣状にひびが入っており、かなりの損壊を起こしていた。その壊れ方はまるで地面の中にあった何かが炸裂し、ガス爆発をおこしたような様相である。

皆が呆然としその光景を見ていた。


その間はまさに俺と夕浜が期待していた瞬間であった。


手を握る。


夕浜滴の手を握った。


そっとやわらかく、湿った感触が皮膚から感覚神経へと。俺の汗か彼女の汗か。仮面の顔が無垢に俺を見上げる。

優しく腰のあたりに手を伸ばし、ほとんど重みを感じさせない彼女の体を抱き上げた。

ふわりと浮く体。顎のあたりから視線を感じた。

足の筋力を最大限に引き出し、刹那、オレは走りだした。

棒立ちになっている公僕たちを置き去りにし林を抜けるように駆けだした。

彼女のドレスが風に舞ってはためいたのが視界に入った。

警官たちは俺たちの逃走に気づき何かを叫ぶ。


「――っ!」


耳には一切の音が入ってこなかった。

シーンがスローなり、遅く、感じた。走馬灯? 

違う勝利への確信だ。

先ほどの爆発で舞った粉塵がきらめいていて彼女の瞳はきっと輝いて。

一歩アスファルトに沈み込んだ俺の右足は確かな反発を感じて――強く蹴りこんだ。

喧騒と轟音と。

音、匂い、色、混沌に混ざり合った空間は五感のすべてを支配して脳幹を揺らす。大腿筋は力を蓄えて再び動く。

左足は林を抜けるために自らを鞭で叩いた。

左右にはようやく初動にかかった警官たちが手を伸ばしてオレの作業服を掴もうとする。まだだ。うまく避けて進む。進む。進め。


――道後君っ


なぜか彼女の声はクリアに聞こえた。

テレビ。

砂嵐のなかで聞こえる声。

そんな気がした。

俺はがむしゃらに走る。

警官たちは服を掴み怒声を上げる。

裾を掴まれた。

手で殴り払う。

爪で頬を引っかかれて血がにじむ感覚がした。

それでも俺は前にすすんで歯を食いしばって。

そして大破した道路を越えて行った。

道路のコンクリートは粉々になっていて車は通れそうにない。

その壊れた一本道を渡った途端、前からサイレンの音が聞こえた。

一台のパトカーが現れた。

ちょうど前方の横道から俺たちの進路をふさぐように。

赤いランプが回り辺りを照らす。

まるで終わりの色を振りまくように赤が回る。

俺は一度足を止めた。

後ろを見た。

警官達が大破した道路を挟んで十m後ろに半円を作るように取り囲んでいた。

前を見るとパトカーの後部座席が開いてそこから一人の警官が俺たちの方へと歩いてきた。


「……それでは、署の方へいこうか」


そこからは抵抗しなかった。

俺は夕浜を下して彼女と共に連行されてパトカーの中に入れられた。

座席に着くと後ろの席に一人、運転席に一人の警官が乗って発進した。

緩やかに動く。

バックミラーにはこちらを呆然として見ている警官たちがいた。

パトカーは徐々に速度を上げていく。

そして彼らの姿がだんだん小さくなるにつれて、向こうの警官たちは慌てたような素振りを見せ始めた。

しかし次の瞬間、車が右折して彼らの姿が見えなくなった。

車は六十、七十kmとスピードを上げていく。

街は停電を起こしているため信号機のランプが付いていなかった。他の車は立ち往生していた。クラクションや怒号で騒がしいその中を突きぬけて行く。もちろん停電を起こしているため、そう、監視カメラは起動していない。


AM 11:36


俺は仮面を外して運転席に座る警官――古賀さんに話しかけた。


「古賀さん、目的ポイントまであと何秒ですか」


「心配しなくても大丈夫だよ道後君、もう着くからね」


隣に座る警官――真千さんからも声がかかった。


「よくやった、鉄、あとは任せな」


真千さんは笑顔を作った。

目線を夕浜の方に向けると彼女も仮面を外した。

顔は赤くなっていて汗玉が額に浮かんでいた。

車は右折して地下駐車場へと入っていった。駐車場は薄暗く人はいない。

パトカーを駐車させると俺たちは急いで車を出た。古賀さんが持っていた金の入ったかばんを受け取って車を乗り換える。わきに置いてあった黒塗りのバンへと移動する。

俺はパトカーに近づきトランクに入っていた灯油を取りだした。車の中と外にまんべんなくぶちまけた。真千さんからマッチをもらい一本取りだして火をつけた。それをパトカーへと優しく放った。

ぼう、と燃え出す。

火は徐々に広がって行き地下駐車場を明るく照らし始めた。祭りの後のキャンプファイヤーの如く燃え上がる。

その光景を一緒に見ていた夕浜はオレの手を握ってきた。


「……綺麗ですね」


彼女の顔も照らされて、俺は目の前の火柱より何倍も綺麗だと思った。


「道後君、ではいこうか」


後ろから古賀さんの声がかかる。

俺と夕浜は顔を見合わせてから駐車場を後にした。


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