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AM 8:00
「それではコールをお願いします」
日曜日決行の日。
浦見駅から歩いて10分のとこにある立体駐車場の屋上の一角。そこには黒塗りのバンが止まっていた。周りには他に車は止まっていない。中にいるのは全部で三人。オレと夕浜と真千さん。真千さんはモッズスーツを着て前席に座っている。オレと夕浜は青緑の作業服にマスクという恰好をしていた。真千さんが座る周りには八台のモニターと複雑に絡まった配線がひしめいていた。複雑に絡み合った線は荷台にあるバッテリーへと接続されている。真千さんは煙草を吸いながらキーボードをたたいていた。
「滴、文の最終確認お願い」
と真千さんがいうと夕浜は身を乗り出して顔をのぞかせた。モニターに映っているのは八行ほどのメッセージテキスト。そこにはこう書かれてあった。
『コンニチハ 日本警察ノ ミナサマ
今日ハヨク 日ガ晴レテ ウレシイデスネ
コンナ日ハ 君タチト遊ビタクナルナア
トイウ ワケデ 挑戦状ダ
ワタシハ今日 遊園テーマパーク××ヲ爆破スル
爆破物ハスベテ シカケテアル ウソデハナイコトヲ
ココニ 約束スルヨ
タノシイ一日 ニナリソウダ ナア
エンジェルプリンセス』
夕浜は目を通して神妙に頷いた。夕浜がエンジェルプリンセスとしてやってきた数々の所業の理由はすべてこのメッセージに集約する。その理由とはもちろん警察と遊ぶためではなく、警察の目をごまかしかく乱するため、またエンジェルプリンセスの名を使用することによってこのメッセージを単なるイタズラと認知させないため。××テーマパークとは浦見駅から五駅ほどにある遊園地である。もちろん警察も馬鹿ではないのでまるまる信用することはないが少なくともかく乱させることはできるはずだ。真千さんはカタカタと操作してメッセージを送信した。
AM 9:30
真千さんの側頭部上にあるモニターにテレビが映っていた。よく見る民放のお笑い番組で芸人二人が漫才を繰り広げていた。ギャグに対しておおげさな笑いのバックコーラスが流れている。不意に警報音がピピと二回ほど鳴った。上部を見てみると時刻の横に白字のテロップが表示されていた。
『本日午前八時ごろに○○警察本部に××テーマパークを爆破するという予告テロがありました』
ひょうきんな顔をして笑いをとる芸人の頭の上で点滅している。真千さんはふくよかな胸の前で手を組んだ。
「うまく出来た。発信元は割れてないとおもう」
「真千さんありがとうございます」
窓の外を見ると電車はいつも通りに動いているし人々もそれぞれの思うところへと足を進めていた。いつもの日常でいつもの朝だ。オレが生まれてから何千日と過ごしてきた朝と変わらない。いつもの朝。
肩をつつかれた。
「飲みますか?」
手に握られているのは茶色の液体が満たされたコップ。どこから取り出したのか水筒が置いてあった。匂いからするにハーブティーであろうか。オレはそいつを受け取って口に含んだ。真千さんが音楽をかけ始めた。「フォア」。四人が動き出す。
AM 10:45
バンは駐車場から移動して五嶌銀行の裏手通りに止まっていた。建物の陰に隠れるように車体を潜ませている。ここはちょうど監視カメラの網から抜けたところにある。また店の表や大通りから隠れたとこにあり人の目につきにくい。
真千さんが尋常ではない勢いで機械を操作していた。たくさんあるモニターは砂嵐で何も映っていない。
「……ちっ」
たまに舌打ちをしながらひたすらに操作している。たまに割れるような音をだしながらキーボードを叩いていた。オレはその光景を見ながら手に汗を握っていた。
元スパイの真千さん。いわゆるこれはハッキングと言う行為なのだろうか。彼女は五嶌銀行の映像をハッキングして映像を盗み、変える作業をしているそうだ。
スパイ活動とやらが何なのか想像がつきにくいが真千さんの技術が並ではない事は分かった。
数十分しばらく作業をしていた真千さんだが額の汗を袖で拭いて薄く笑った。
「切り替わった」
AM 10:50
オレ達三人は窓の外を注視していた。視線の先にあるのは現金輸送車。白いワゴン車は後ろの荷台扉がひらいている。その脇には二人の警備員が立っていた。防護ベストを身に着けて頭にはシールドのついたヘルメットをかぶっていた。重装備である。それはそのはずで現金輸送車はもっとも強盗に狙われやすい。なので警戒しているのは当然である。銀行側の裏口にはもう一人警備員が立っていた。細身の中年男性で他の二人とは違う大手警備会社の制服を身にまとっている。三人は何かを話していたが声は聞こえなかった。所どころで笑顔が見られる。すると車の近くに立っていた警備員が車の中に手を入れた。出てきたのは直方体の銀色のケースであった。開閉部に遠目から見ても頑丈な鍵がついていた。荷台の縁まで運ぶと警備員二人でケースを持ち上げた。
「あれです」
夕浜はぼそと呟く。あの中に四億円が入っているのだ。
すると扉の近くに立っていた警備員が自らの胸についていたカードのようなものを扉に設置されていた機械にかざした。五秒ほどかざしてから今度は設置されている数字のボタンを押していった。ここからだとどこを押したのか見えない。そして警備員は取ってに手をかけた。扉を開いて二人が中に入って行く。警備員はそれを見届けるとその場に残った。十五分ほどすると先ほどの二人が出てきた。手にケースは握られていない。再び二言三言話した彼らは輸送車に乗って反対側へと走り去って行った。しばらくそのままで待つ。すると扉が開いてまた違う警備員が現れた。彼らは確認し合うと見張り役を交代した。
顔を戻す。
時間だ。
オレと夕浜は互いに荷物の最終チェックをした。
「では行きましょうか道後君」
「あ、ああ」
真千さんが手を振る。
「気を付けて」
わずかに心臓の脈打ちが速くなる。一度深呼吸をして吐いた。行こう。
オレと夕浜は帽子を被りバンを出た。手には『掃除道具』が握られている。見上げると五嶌銀行の壁面が空へと伸びていた。壁伝いに歩いて行き扉の方へと歩いて行く。
さきほどの警備員は近づくまでは何をするわけでもなく立っていたがオレたちが視界に入ると微妙に警戒の色を見せた。
「はて? 今日は掃除会社の方が来られる日でしたか?」
首をかしげて怪しげにオレ達を見ていた。
「はい。五嶌銀行様にと会社の方から派遣されました」
夕浜は顔を隠すようにしてそう言った。
「はあ、そうですか。すみませんがどちらの社員さんでしょうか?」
わずかに緊張する。大丈夫。夕浜はゆっくりと警備員に近づいて行った。
「あの?」
警備員は警戒の色を強める。夕浜はそこで足を掛けた。
「うわっ!」
いきなりのことに気が動転したのだろう。彼は後ろへと倒れこんだ。
「道後君っ」
名を呼ばれる前にオレは駆けだしていた。倒れている警備員の腹の上に乗りマウントポジションをとる。そして左手に持っていた催眠スプレーを彼の口元に噴射させた。
「おわああ!」
霧状になった液体が飛び散って行く。即効性のスプレー。彼は顔を左右に振り逃れようとしていた。初めは力の限り抵抗をしていたが十五秒ほどもみ合っていると徐々に彼は抵抗力が衰えて三十秒もすると完全に瞼が閉じられた。オレは腹の上から退いて下を見る。
「……はあ、はあ」
今更ながら息が上がっていることに気づいた。夕浜を見ると真剣な眼差しでオレを見ていた。その顔が頷く。一応周りを警戒したが誰もいなかった。真千さんのバンも姿を消している。
オレは伸びている警備員の胸をまさぐった。……あった。手のひら大のカード。裏を見ると銀色の線が一本入っていた。恐らく磁器になっていてそこで読み取るのだろう。まずはカードをかざした。次に暗証番号だ。
扉に設置されている数字のボタンは銀製で1~9までが羅列されていた。
「真千さんの伝えによると1496です」
オレはそれらを押していく。がちゃりと錠が外れる音がした。よし開いた。オレは急いでしゃがみ込んで警備員を背負った。バランスがとりづらいが持てないことはない。
「いきましょう」
夕浜がゆっくり扉を開く。隙間からのぞくと中は右手に階段、左手に廊下が伸びていた。誰もいない。オレは脳内で地図を広げた。ここは五嶌銀行の裏手側。まず行くべき場所は警備員ロッカー室。夕浜が先に歩いて行く。オレはその背中を追って行った。廊下の方を歩いて行くと警備員室と書かれた扉があった。奥の方にもいくつか扉がある。夕浜とオレは扉の両脇に立つ。まずは軽くノックをした。
「……」
反応はない。一応ノブをひねるが鍵がかかっていた。警備員の懐をまさぐり鍵を取りだす。鍵穴に差し込んで扉を開けた。手前の照明スイッチをいれて見渡す。中は誰もいなかった。入り口から左側へと部屋が広がっていた。ロッカーが左右に等々に並んでいる。中ほどまで進んでオレは警備員を下した。カードの裏側を見る。名前を記憶してこの人のロッカーを順々に探していった。
「ありました」
そちらに行くと夕浜がロッカーを指していた。オレはいくつかある鍵をひとつずつ入れて扉を開いた。中に警備員を立てかけて詰める。鍵を閉めてから夕浜へと振り返った。彼女は鞄を置くとチャックを開いた。その中から銃型の釘打ち機を取りだした。
「出ましょう」
部屋の外に出ると夕浜は釘打ち機を扉のドアノブから横側に向かって照準を合わせた。バスンと鈍い音を発して釘が突き刺さった。オレは鍵を掛けないでノブを回したが開くことはなかった。
「スプレーの有効持続時間は約一時間です。警備交代確認の時間は四十五から五十五分です」
ああ、わかってる。大丈夫だ。
オレと夕浜は廊下の奥を見た。この先には管制室があるはず。天井を見ると監視カメラのレンズがこちらを見ていた。だが映像は切り替わっていてオレ達は映っていない。
夕浜は帽子を目深く被るとゆっくりと奥へと歩いて行った。オレもその後に続く。管制室は木製の扉を構えていて右隣に窓口があった。この管制室から受付ホールへと出れるようになっている。夕浜は窓口にポケットに入れていた手鏡を出した。鏡に映るのは部屋の真ん中で何かの書類を書いている警備員の姿。
夕浜は鏡を仕舞うと代わりに円形型のホッケーのパックのような物を取りだした。金属でできていてちょうど手のひらに乗る大きさである。それを窓口の隙間から部屋の中に静かに投げ入れた。あれは先ほどの催眠ガスと同様の物が詰まっており自動的にガスが噴出するようになっている。
一分ほど待って再び中を覗くと警備員は横になって倒れていた。オレと夕浜は事務部屋に侵入する。素早く辺りを見渡してホールへと出る扉を探した。
扉の前につくと夕浜が確認をしてきた。
「向かう先はトイレです」
「分かってる、トイレだな」
「いいですか、ここから先はたくさんの人の目があります。くれぐれも不審に思われないようにしてください」
「あ、ああ」
「ふっふ、大丈夫ですよ……きっと」
そう言うと彼女は扉に手を掛けて開いた。
扉から出るとそこはちょうど受付カウンターから左手の端に出た所であった。ホールは顧客がまばらにいて空いてもなく混んでもなくといったとこであった。天井にはシャンデリアが垂れ下がり高級感が漂う空間になっている。
オレは夕浜と目で確認してから歩みはじめた。右手には横に並ぶカウンターがあった。高級感が漂う空間。そこから受付嬢の幾重の瞳がオレ達を射抜いていた。一挙一動を監視されている気分に陥る。やばい。手と足が同時に出ているかもしれない。足が微妙に震える。落ち着け。落ち着くんだ。怖がればすべてが終わるんだぞ。逮捕。牢屋。END。それらの単語が頭の中で手をつなぎ陽気に踊る。ふと左手が温かいものに触れた。見る。夕浜がわずかに手を触れていた。
前を向くと夕浜は臆することなく歩いていた。堂々と。職員たちの目がある中。違和感なく。まるで当然とばかりに。彼女は言っていた。「慎重に堂々として下さい。それが怪しまれないコツです」。
少し落ち着いた。
ホールの真ん中について右折する。そこにはエレベーターホールがある。向かい合うようにして四つのエレベーターがあり床は大理石でできていた。この先だ。エレベーターホールを右に曲がり少し先に進んだところにあるトイレ。正面から見て左が女性右が男性用になっている。オレは鞄を降ろして中から『掃除中のため使用不可』と書かれたコーナーを取りだした。それをトイレの前に二つ置く。
夕浜は女子トイレに入って行った。後をついて行く。女子トイレは真ん中の白い柱を中央に左右に個室が分かれていた。8つずつほどありそれなりに広い。一応個室を一つずつ――夕浜が――確認していったが運がいいことに誰もいなかった。
オレは左側の奥から4番目の個室に入った。夕浜も後ろに続く。便器のふたを一つ外してその上に立った。
「どうぞ」
手に握られているのはインパクトドライバ。見上げる先にあるのは四隅がボルトで固定された換気扇口。普通の物より大きい経口である。右端に固定して引き金を引く。割と大きな音が出てボルトが外れた。視線を落として様子を伺う。
「音、大丈夫か?」
「想定内です」
そのセリフを受けオレは作業を続行する。四隅すべてのボルトを外してふたを取った。目線の先には扇状のファンがある。扇風機の羽に似ているが大きさが全く違う。ファンの前には小さいひし形の穴がついている鉄網がある。これは一筋縄ではいかない。ドライバの種類を変更する。六角タイプに変更。ひし形に貼っている鉄網を外す。合計五か所。オレは急ぎながらかつ慎重に作業を進めて行く。とれたボルトを夕浜の手に乗せて行った。網が取れると残るは裸のファンだ。裸と言っても奥の×型格子に取りついているのでそれごと外さねばならない。上半身を突っ込み無理な体勢で作業をする。格子は非常に堅固なボルトで固定されていた。外す際大きな音がしたがもう気にすることはなかった。すべて外し終える。ポケットからニッパーを取りだした。中央部でつながっているコードを断ち切った。ファンを取りだして床に置いた。
上を見る。穴はちょうど人が一人入れるか入れないかくらいの大きさであった。懐中電灯で中を照らしてみる。中は煤のような黒い汚れがところせましとついていた。オレは配管の全体像を頭に思い浮かべた。管はH型になっているはずだ。Hの真ん中の部分が今オレ達がいるところ。管はまず左右に分かれてその後縦組みになる。その後さらに複雑に入り組んでいく。一度便器の上から退いて鞄を漁った。中からゴム軍手とヘッドギアタイプの電灯を取りだして装着した。さらに以前夕浜がビルから飛び降りる際に使っていた腰につける機械も取りだした。それを腰に装着する。そしてワイヤーの先に付いているリングをトイレのレバー軸部分に取り付けた。何度か引っ張ってみるとしっかりと固定できていた。背中に別途に持ってきた鞄を背負う。
オレは立ち上がって上を見た。さあ行こうか。横で一連の動きを見ていた夕浜が声をかけてきた。
「頭は大丈夫ですか?」
「機能的にという事?」
「ふふ違いますよ。回転力です」
「……やれるだけやってみるよ」
オレは自嘲的なため息を吐く。こんな時こそ気障にいこう。便器の上に立って管の中を覗く。鼻に湿りつく匂いが充満していた。マスク越しにも感じる刺激臭だ。それにへばりつくヘドロ。人生最高記録で汚い。小学五年生の時、犬の糞にダイブした事を髣髴とさせる。だが仕方ない。四億円のためだ。
縁に手を掛けて懸垂の要領で体を持ち上げた。まずは上半身を入れてその後に下半身を入れる。腹の下でネチャと音が鳴った。頭のライトをつける。
後ろで再び声が追ってきた。
「楽しんできてください、道後君」




