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そして屋台は、突如あらわれる

更新遅れました

木曜日。放課後。


両手に花、なんて言葉は陳腐でくだらないと思っていた。


個人勝手なイメージだがその言葉には下卑た男が金で買った女性をこれまた下品に笑いながら侍らせているシーンを連想させるのだ。


そもそも女性を花と形容するところが何とも言えない安っぽさを感じる。それは美しい女性をバラのように麗しき乙女と表するのと同じだ。

だが、今のオレの現状を表現するにはこの言葉を使う以外に残念ながら見あたらない。いやここは「花」ではなく「鎖」と表現した方がいいだろうか。


「おい兄貴。あれを見ろ。パントマイムだ」


右手の袖を掴み語りかけてくるのは我が家の菜子である。人差し指が向く先には赤っぱなの化粧をした道化師がいて、カクカクと踊ってロボットのまねをしている。その周りにまばらに客がいて立ち見をしていた。

どうでもいい話だがパントマイムを行う者たちが顔を隠す理由を知っているだろうか。彼らはサングラスや仮面、化粧などをして素顔を隠す。理由はそのまんまで気持ちや意思を表情ではなく行動で表すためである。つまり観客の目線を顔ではなく体の動きへと向けるためだ。


「ぶつぶつ言う癖やめろ。身内として恥ずかしい」


菜子はそう言いつつ引っ張ってくる。

がしかし両手に「鎖」状態のオレはそのまま連れられていくことを良しとしなかった。左手に負荷がかかる。首を曲げると微動せずにオレの薬指を握りしめている衣川の姿があった。彼女は言っていた。今日の僕は少し不機嫌だ、正確には右肩下がりに不機嫌になったと。今の彼女の表情は以前彼女のお気に入りである愛用シャーペンが、とある拍子にオレのシャツの中に入ってしまった時のそれに酷似していた。


「道後、僕はあっちの機械に乗りたいんだが」


と菜子とは反対側の方を指して薬指を引っ張ってくる。ただでさえ結婚などできそうもないのに左手の薬指をこれ以上悲しませないでくれ。衣川が言う方を見ると柵に囲まれたスペースがあった。駅前の広場の真ん中に柵がある。その中にパンダや虎、クマ、羊などの動物をモチーフにした乗り物の機械があった。真ん中におねいさんが営業スマイルをたたえて一人立っており、その動物マシーンの一つには幼児が乗っていた。キャイッキャイッとはしゃぎながら虎を従えている姿は凛々しい。あれは百円を入れると一定時間乗り回すことができるというものだ。想像する。衣川が「楽しい、幸せ」と言いながらパンダに乗っている姿を。シュールだが、見てみたい気もする。


そうして薬指をいじめられていると菜子がひょいと顔を出した。


「霧子さん。その、手、離して――ください」


なんだかねっとりとした言い方である。対して衣川も学校では聞きなれない喋り方をする。


「おや? 菜子ちゃんはあのピエロを見に行きたいのかい? なら「一人で」見てきたらどうだい? 僕は菜子ちゃんのお兄さんとあのパンダに一緒に乗るからさ」


やっぱりパンダなのか、というかオレは乗らんぞ。


「兄貴はこう言っている。霧子さんが「一人で」乗ってきたらいいじゃないですか」


「ほう、ほうほう。なるほど。しかし不思議だな菜子ちゃん。君は一生懸命道後を引っぱっているが彼はパントマイムに興味がなさそうだぞ?」

まあ、あんまりないが。かといってパンダにも乗りたくないが。


「……兄貴、一緒にパントマイムするぞ」


見るのではないのかするのか。と思っていると左小指に圧迫感。目線を下げると衣川が小指まで握りしめていた。


「僕の計算だと道後はもうすぐ禁断症状が出るはずだ。本当はパンダに乗り力の限り暴れ回りたいと思っているんだろう?」


本気で言っているのか、オレが年甲斐もなくただ乗りたいと?


「どっちかというと裸でパントマイムしながらパンダに乗ってあそこにいるお姉さんにアピールしたい」


と言った三秒後、両腕の拘束が解かれた。右を見る。


「変態……」


菜子は放課後に好きな女子のリコーダーをしゃぶしゃぶしている男子をたま


たま目撃してしまった時のような目つきでオレを見ていた。そもそも、妹がよく口にする変態、という単語は変な態度略して変態だ。が、オレはいつも真面目であり変な態度をとった覚えはない。よってオレは変態ではない。証明終わり。それと菜子よ仮にも兄なので視線にそのような蔑みの意を込めるのは勘弁してほしい。


左を見る。


「はあ、君はやれやれだ」


と身を引きながら首をふる衣川。今回に関してはその態度は気に入らないな、オレもたまにはやれやれと言いたいものだ。

と言うか三人で回ればよいだけなのだが、この二人はなぜかそれを良しとしなかった。




――回想始め。




放課後、掃除のための机移動際中オレは衣川を誘った。


「今日部活終わった後でいいからさ、この前メールで言っていたええと、クレープ奢ってくれよ」


ラケットを背負おうとしていた衣川の手が止まる。丸っこいその目がオレへと注がれた。


「クレープではなくハンバーガーと言っていたが」


「そう、そうそう、そうだ。でもやっぱりクレープが食べたいんだ、駅前にあるやつで、場所まで連れて行くから頼む」


オレは手で拝むようにする。衣川は荷物をすべて背負うとオレから目線を外

して窓の外の景色を見た。

「別にいいが。むしろうれし――くはないが、いや、違ういや……まあ……君から誘ってくるとは思っていなかった」


「たまにはな。無性にクレープが食べたいんだ」


「そ、そうか。太るぞ?」


「肥満は幸福の象徴だ」


「そういう事を言っているわけではないけど。……ま、まあいい。わかった奢るよ」


「頼むぜ」


「じゃあ僕は部活に行く。今日は早く終わると思うから」


「ああ、校門の辺りで待ってる。終わったらメールしてくれ」


「う、うん」


と幼馴染はうなずくと視線を合わせることなくそそくさとクラスを出て行ってしまった。オレは入り口の辺りから目線を横に平行移動させた。夕浜の席は空。すでに教室からいなくなっている。荷物を背負ってクラスを出た。携帯を服の中に隠しながらメールを打つ。


to 菜子

件名 無題

本文 今日は夕飯食べないって母さんに言っておいてくれ。


中学校に携帯を持って行っているのか、と聞かれそうだが菜子はやんちゃガールのお年頃である。と思っていると数秒で返信。


from 菜子

件名 なんで?

本文 なんで?


一回で理解できる。知りたがり症候群なのだろうか。


to 菜子

件名 無題

本文 クレープが食べたくて友達と堪能しに行くんだ。もしよければお土産を買って来てもいいぞ。


今度は一分ほどかかって携帯のバイブーレーション。


from 菜子

件名 友達って霧子さんだろ? そうだろ? (笑)

本文 無し


メールには無頓着なほうだがこの文はなぜか妙なオーラを感じる。というかあいつが(笑)を使うことに無差別級の違和感を感じる。


to 菜子

件名 無題

本文 そうだけど


from 菜子

件名 食べたくなってきた

本文 なんだかクレープ食べたくなってきた(笑)

て事だからわたしも行く。学校まですぐ行くから。(^_^)

ちょっとまってろ。返信不要だ


携帯の画面を見つつ頭をかく。


大丈夫か?


いや問題はないだろう。菜子がひとり来たところでやることには変わりない。オレは思考してポケットに携帯を仕舞った。




――回想終わり。




額に汗をかきつつ校門に走って来た衣川は初め、頬を染めて妙に楽しそうな雰囲気をまとっていた。それはバナナの皮をむいている時よりハイなテンションだったと思う。だが、オレが菜子も来ると説明すると、衣川は瞬きを数回繰り返した。腰に手を当てて下唇を噛み空を見上げる。そして大きくため息をついた。「まあ、僕は分かっていたがね」とつぶやいてから何も話さなくなってしまった。語りかけても目をつぶって反応をしてくれないのである。としているうちに妹が到着する。


菜子も菜子で様子が変でありオレを見つけるや否や袖を掴んできた。オレは訝しる。なぜなら、普段は洗面所に置いてある歯ブラシの先が妹のに触れただけで汚いと言い、自分のを出すのが面倒臭かったので妹のコップで水を飲んでいたらものすごい勢いでそれを奪われたりと触れることすら嫌がるからだ。


が衣川もおかしく先ほど言った通りオレの薬指をつかみ「さあ行こうか」と言いぐんぐん引っ張って行った。その妙な恰好のまま学校を後にし駅前まで歩いてきたわけである。

心悸亢進で苦しいよ。


隣に立ち首を振っていた衣川がオレに問うてきた。


「それで道後の言っていたクレープ屋ってのはどこにあるんだい?」


「ああ、案内するよ。じゃあちょっとついてきてくれ」


後ろに二人の女学生を携えオレは歩いて行った。広場から直進し手前の郵便局を左折、再び直進して横断歩道を渡る。右側には開けて緩やかな坂になっている大通りがあるそして左側には高層ビル群。二人に振り返ってオレは指を差した。


「あの屋台だ」


『とあるビル』の横の路側帯にぽつんと佇んでいる屋台。車の立て看板には「サンセットクレープ」と書かれてあった。


「……あんなところにクレープ屋あったっけ?」

菜子が顎に手を当てて首をかしげている。衣川も不思議そうな顔を作っていた。


「とりあえず行こう」



屋台に近づくと目深く帽子を被った店員が一人立っていた。


「いらっしゃいませ」


若い女性の声。

衣川は屋台の隣にあるメニューを覗き込んだ。


「イチゴにチョコ……割と普通だな」


オレはそんな衣川を横目に右斜め上、後方を見た。

大きな照明灯が一つ建っている。ライトが三本に分かれていた。お洒落なデザインで西洋的な雰囲気を感じる。そのライトの付け根の部分に丸い黒い球体が設置されていた。監視カメラである。

袖を引っ張られた。振り向くと菜子がメニューを指して頬を緩めていた。


「……すごい。君は食べきれるか横綱クレープ」


「あ、ああすごいな」


絵にはイチゴパイナップルみかんバナナチョコクッキーおいおいアボガドまであるのか。なんてメニューを作ってんだ。ちくしょう。しかも値段が百0円って。すると隣で衣川が肩を突いてくる。


「ど、道後。今日は僕が奢るという話だったよな」


「無理にってほどでもないから……ていうかやっぱりいいよ」


しかし衣川はそうじゃなくてと言う。


「だったら選択権は僕にあるということになるよな?」


「そうなのか、選んでくれるならありがたいが」


「なら」


となんでもないように衣川の指はとあるところを指した。


「これを頼もう」


やはりというか何というか横綱クレープだった。衣川よお前はオレがたらふく甘いものを食うと気持ちが悪くなるのを知っていたよな?


「う、うん。でもせっかく来たんだし横綱を味わいたいじゃないか。それに君が食べきれない分は僕が食べるし一口ずつ分けて食べてもいいし……うん」


と言ったところで隣から菜子が顔を物理的に突っ込んできた。


「ちょっとまて――ください」


「どうしたんだい菜子ちゃん?」


「霧子さんに奢らせる? だめ。申し訳ない。うちの兄は内で管理します。なのでわたしが横綱クレープを頼み兄と分け合います。霧子さんは他のを頼んで「一人で」食べてください」


「いいや、違うよ菜子ちゃん。こういう約束だったんだよ。なあ道後? だから心配する必要はない」


オレはどちらでもいいし正直横綱はお召し上がりたくない。だが……しかたない。


「わ、わかった。じゃあ三人で割り勘で買えばいいじゃないか」


と案をだしたか何が不満なのか二人ともなかなか妥協をしてくれなかった。

店員の顔を見る。無反応。オレは足元を踵で踏み鳴らしてみた。コンクリートとは違う反発感触。ため息をつくふりをして何気なく下を見た。マンホールがある。ガスのマンホール。


しばらく揉めていたが結局横綱を買うことになった。


「じゃあ横綱クレープを一つください」


店員は中で作業をし出した。生地を焼きその上に具材をこれでもかというくらい乗せていく。出来上がったクレープを受け取った。両手で。右手にクレープ。そして左手に紙コップのオレンジジュースを。


「……おいしそう。写真撮る」



「いいぞ」


菜子は携帯を取り出して写真を撮り始めた。

オレはその隙に右足のつま先を軽く地面に叩いた。

わずかな振動を足先に感じる。つま先を見ると金属の「突起」が靴から飛び出ていた。一見普通の革靴に見えるがこの靴は仕掛けがされているのだ。オレはそいつをマンホールの穴へとひっかける。大丈夫、カメラからは死角になっているはずだ。一気に上へと力を加えた。しかし蓋は開かない。もう少し力を加える。しかし開かない。少々焦る。体を気づかれない程度に傾けて全精力を込めて引っ張った。


――ガキッ


鈍い金属音を響かせてマンホールのふたがわずかに開いた。よし。


「さて道後、先に食べてくれ」


「……先食べろ」


「お、おう。じゃあお先に」


オレは自然な体を装いつつクレープにかじりついた。糖度百%だ。甘すぎる。


「ああ……オレは一口でいいや。あとはどっちかが先に食べてくれ」


これは本心である。とてもではないが甘すぎる。と言った瞬間菜子と衣川がクレープへ同時に手を伸ばした。

店員を見る。やはり帽子のつばに隠れる顔は表情が読めない。


――やるか。


オレは「うっかり」左手に持っていたジュースを地面に落としてしまった。並々と注がれていたそれは派手にオレンジ色の液体をぶちまけて転がった。


「おっと!」


「きゃっ」


短い悲鳴をあげて菜子が飛び退く。ジュースは波状に広がって行きマンホールの上まで侵食していった。


「大丈夫ですか?」


店の中にいた店員が慌てたようにして飛び出してきた。左手に雑巾を持って

いる。彼女はちょうど照明灯に背を向けるようにしてしゃがみ込む。オレも一緒にしゃがみ込んで影を作った。足先の金属はまだ引っかかっている。


菜子と衣川に気づかれないようにしてオレはわずかに蓋を持ち上げた。その刹那、店員が拭く作業にまぎれて「モノ」をマンホールの中に滑り込ませた。早業であったと思う。オレはそれを確認すると音をたてないようにしてマンホールのふたを閉じた。


「大丈夫かい?」


衣川が心配そうに覗き込んできた。オレは笑ってごまかした。


「あ、ああ。問題ない。悪いな手元が狂ってしまったんだ」


「まったく兄貴はこれだから」


「ごめんよ」


店員は液体を拭き終わると頭を下げて店の中に戻った。オレは二人の手を握る。


「ここじゃなんだしあっちに行こう」


と引っ張っていく。


「お、おい一人で歩けるよ」


「ち、ちょっと」


文句を言う二人を素通りして後ろのビルを見た。堂々とそびえ立つビルの名は五嶌銀行。店に立って不敵に笑う少女。オレは背中を向けて歩き去った。


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