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そして岩は、転がり始める

ところで。

オレの通うこの高校は大都会のど真ん中にある。

車がぶうんぶうん通る大通りに面している。学校の周りには巨大なビルが群れを成して競うように建設されていた。他にも立体交差点や地震が来たら即座に潰れてしまうのではと思ってしまうようなつりさげ式の電車のなど近未来的な建設物もある。そんな大都会にガラス張りの建物を構えているのがオレのかよっている高校であった。公立なのにお金をかけていると思う。


「では僕は部活に行くよ」


「頑張れよ」


昇降口でオレは帰宅するため革靴へと履き替えていた。隣に立つはテニスラケットを背中に背負った衣川。部活用の白のユニフォームに着替えている。

汚い上履きを下駄箱に入れた。そのとき目線が衣川の足へと流れた。彼女の肉付きの良い足から体をなんとなく眺めた。ボディラインをなんとなく眺めた。なんとなくだ。それは公園の景観を眺めたりするのと同じでやましい所はない。至って自然な動きだ。だが視線から逃れるように彼女は体をねじった。


「……」


別に他意はないのでオレはそんな蔑みの目で見られる事はないと思うんだ。しかし衣川はジト目でオレを睨み続けた。


     〇


学校から家まで15分くらいで着く。本来ならばいつも直帰している。どこにも寄り道することなくそのまま家に帰る実に優秀な自宅警備員、兼、帰宅部員だ。陳腐な喩だがもし帰宅部が本当にあればオレは部長を務めていた自信がある。それも県大会で優秀な成績を収めていただろう。そのくらい品行方正に帰宅していた。まあ部員はオレだけなのだろうが。

しかし残念。今日は少し寄って行くところがある。

オレは牛乳のマークのコンビニの前に自転車を止めた。妹の機嫌を直すため甘いものを買わねばならない。自転車の鍵を閉めつつ今朝の一幕を思い出した。


『ああ、眠い眠いまったく眠すぎる……――ん?』


『えっ……』


『おお、妹よ。おはよう』


『……』


『んん? こら、おはようございます、はどうした?』


『……』


『ん? あー……トイレ入ってたか』


『……』


『なるほどね……』


『……で』


『で?』


『……でてけ変態』


冷静に分析すれば四方八方どこからみても、オレが悪い。ブロッコリーもしょうがないと思う。頭をかきつつ牛乳のマークのコンビニへと足を入れた。


「っしゃせー」


青と白のストライプの制服を着た店員が挨拶をしてきた。

筋肉質で浅黒い体の強面の人だった。

オレは視線を合わせないようにして店内へ進んだ。

向かう先はお菓子コーナー。普段なら雑誌コーナーで思う存分貪るように立ち読みをするところだが。


お菓子コーナーに入るとグミの類やチョコなどが乱雑に置かれてあった。妹は物につられやすい。身内以外の人は妹の事を年の割には大人の雰囲気がすると、よく言う。だが個人的な見解だとオレと三つ違いのくせに体格はすごく小柄で甘いものが大ァ好きという、小学生に間違えられても仕方ないといえるほど幼い妹と思っている。一挙一動はそれこそ大人しいが妹の好みは心得ている。

オレは棚に置いてある商品を適当につかんだ。


正義の肉体 相撲レンジャー


箱にはむちむちしたヒーローが描かれてあった。対象年齢は五歳。中には相撲技を決めているレンジャーのフィギュアがついてくるらしい。これを渡せばおそらく妹はさらに怒るだろう。かわいくない、と。そう対象年齢は関係ない。オレはそっと元の場所に戻した。再び無造作に商品をつかむ。


おいしさ百点満点! グミグミ太郎


そのお菓子は周りが透明のプラスチックで覆われていて中が見えるようになっていた。中身はグミでそれなりにボリュームもあり値段もリーゾナブルだ。だがこの菓子は売れないだろう。現に棚には溢れんばかり残っている。なぜならグミが人の顔の形、おそらくグミグミ太郎だと思われるのだがそれがグロい。目玉が飛び出ていてにやけ顔が狂気を感じさせた。なぜこの菓子を作ったのか開発陣にお訊ねしたいところだが、オレは見た目は気にしないので一つ買っておこう。もう一度商品を適当につかむ。


怪盗ガール エンジェルプリンセス


説明書きがあった。


エンジェルプリンセスは天使の怪盗少女。そしてプリンセス。盗まれた物を盗んで返す正義のガール!


よく分からないが盗みの盗みといったことなのだろうか。天使なのかプリンセスなのか。付属としてこれもマスコットの女の子の人形がついてくるらしい。


まあ、これでいいだろ。


お菓子とかわいい人形のダブルパンチで妹も満足おなかいっぱい間違いなしだ。

オレはそいつを手に取った。グミ太郎とそいつをレジに持っていこうとして、しかし、ふと止まる。危険な思考が頭を過ぎった。


――盗みねえ。


オレにはとある自論があった。それは何かを変えるときは行動を、それも今までとは一八〇度違った行動をとらなければ変わらないというものだ。当たり前のことだがすごく重要だと思う。オレは地味な代わりに相応にまじめだ。そんな自分が百八十度違った行動……例えば盗み、何てことをしたら?


「……」


レジの方を見る。筋肉質の店員はそっぽを向いて鼻くそをほじほじしていた。オレはゆっくりと、気づかれないようにそっと怪盗ガールエンジェルプリンセスの箱をズボンのポケットへと入れた。


――なんて、な。


オレは苦笑いをする。こんなことする訳ない。いくら自分を変えるためとはいえこんな(盗み)ことをするのはあほ過ぎる。百八十度のベクトルが違う。衣川だってオレが地味な原因は見た目と雰囲気だって言っていたじゃないか。万引きなんてしても変わらないだろう。オレはポケットから人形を取りだそうとした。

だがしかし――


カシャ


「!」


不意にシャッターの音。


なんだ? 


左右を見渡した。誰もいない。視線を前に戻す。すると商品棚の隙間から携帯のカメラのレンズがオレの方へと向いているのを発見した。ちょうどオレの手の辺りを捉えている。……まさか、撮られた?

急いで立ち上がり反対側へと走った。足を止めて振り返るとそこには携帯を構えてしゃがんでいる人物が一人いた。


「……道後君。悪行はばっちり撮らせてもらいました」


膝を抱えて不敵に妖しく笑う少女。初めて聞く声は透明感のある涼やかなもの。笑っている表情を見るのも初めて。オレはあいた口がふさがらなかった。その少女の名は。


「夕浜……滴?」


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