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17/30

そして計画は、綿密に組まれていく

夕浜から銀行強盗の話をされた翌日の火曜日。


昼休み。


割れそうな青い晴天のなかオレと夕浜は屋上に立っていた。目の前には二人の男子生徒。学校の屋上でオレは例の不良二人組の一人である茶髪と向き合っていた。隣には同じように向き合って姿勢よく立っている夕浜とその脇でへっぴり腰で立っている金髪がいた。

「ゆ、ゆうはまさーん。お願いしますよ。もう勘弁してください」

茶髪は泣きながら震える声で懇願してきた。その顔は所どころ擦り傷がある。だが夕浜はにこやかに笑みを見せばさりと断った。


「いいえ、だめです。まだまだです」


「そんなぁー! うう……」


茶髪の制服は穴が開いていた。髪は乱れて洟が垂れている。少し不憫だとおもった。


「それではもう一度です。お願いします」


茶髪は鼻水をすすると、うおおと言いながら両手を突き出して走り込んできた。

オレはまず茶髪の懐に滑り込む。夕浜にはラグビーのタックルをイメージしてくださいと言われた。腰を低くして正面から対峙する。衝撃で体がよろけた。しかし茶髪の勢いを相殺する。刹那、夕浜が茶髪の左腕を取る。力を流すように体を滑り込ませた。そして背中に茶髪を乗せる。一瞬後、茶髪の体は宙に浮いていた。それもつかの間反転して地面にたたきこまれた。


「ぐあっ」


断末魔の叫び声をあげて顔を顰めた。体捌きのうまさに驚愕する。夕浜は立ち上がるとスカートの埃を払った。そして顎に手を当ててうーんと唸っていた。


「大体はいいのですが、突っ込んでくるだけでなく掴みに掛かってきてほしいんですよ」


茶髪は背骨を摩りながら立ち上がると恐怖色に顔を染めた。


「ゆ、ゆうはまさん、もういいじゃないすか。オレたち十分に反省しましたよ」


金髪がそれに便乗する。


「ちょ、そうですよ、マジでオレたち反省してるんすよ、マジで」


しかし夕浜は眉を八の字にして笑う。


「いいえ、別にもうあなた達が反省したしてないは関係がないんです。今はシミュレーションの相手になってもらっているだけなのでもう謝る必要はないですよ。さ、次は金髪さん、あなたの番です」


「ひいいっ、ま、マジ、やめ……」


「さあ、はやく」


夕浜は金髪の手を引っ張り屋上の真ん中に立たせた。金髪は顔を青ざめ震えている。


夕浜からこれは対警備員用のシミュレーションだと言われた。侵入する際にどうしても一人と対峙する必要があるらしい。その時にオレと夕浜が対応する。というものであった。


不良二人はすでに何回も投げられており、体はたぶん痛いはずだ。オレは夕浜のSっぷりに改めて恐怖した。


「では今度はわたしに殴りかかってきてください」


「くそ……。ああああ!」


金髪が走る。右こぶしが風を切って肉薄してきた。夕浜は動かない。拳が迫り夕浜の眼に触れそうになった。だが金髪の右手は虚空を過ぎる。夕浜は金髪の後ろにいた。拳が触れそうになったその時、身を時計回りに翻し背中へ回り込んだのだ。彼女は右足を金髪の左足にかける。


「うおあ!」


見事に引っかかって金髪が倒れた。うつぶせに滑る。見てるだけで痛そうだ。


「道後君、ここで捕まえてください」


「あ、はい」


なぜか敬語になりつつオレはいそいで金髪の上にまたがり手を抑えた。しかし金髪は抵抗することなく寝そべっていた。かすかに肩が震えている。


「うう……もういやだ」


「金髪さん、抵抗してください」


「うう……」


しかし反応しない。夕浜はふうと息をついた。


「仕方ないですね、まあこれくらいにしておきますか」


オレは立ち上がると夕浜の隣に立った。

茶髪は金髪の元に駆け寄ると肩をゆすった。


「お、おい! 大丈夫か?」


「マジで……やばい」


昼ドラのシリアスシーンのような雰囲気を出している。夕浜はそんな二人に近づいてしゃがみ込んだ。


「それでは今日はここまでにしましょうか。ふっふ、それともまだ協力してれれますか?」


背を向けているのでわからないが、きっと毒々しい微笑みを見せているだろう。茶髪と金髪は叫び声をあげた。


「「ひいいいっ!」」


二人してしどろもどろになりながら屋上を飛び出していった。


「ふふっふ、彼らも私たちに協力してくれて、ありがたいですね」


邪悪に笑う夕浜は至福の瞬間といいたげな顔をしていた。


「道後君、私は別に楽しんでやっているわけではありませんよ」


本当にそうならばそんな恍惚の表情を浮かべることはないであろう。


「それでシミュレーションはこんな感じでいいのか?」


「はいだいたいはこんな感じです。詳しいことは土曜日に説明します」


というと夕浜はこちらに近づいてきた。ふわりと芳香が漂ってくる。綺麗な瞳がオレの目を覗き込んできた。


「ふーん、どうやら私たちの手伝いの件、気持ちの整理ができたみたいですね」


「……いや」


「ふふ、まいいです」


夕浜はくるり体を回転させた。後ろに手を組んで振り返る。


「それではそろそろお昼ご飯を食べましょう。お腹がすいてきました。道後君お弁当はありますか?」


「え。こ、ここで食べるのか」


不良を成敗したここで、というか二人きりで。


「はい。嫌ですか?」


嫌ではない。ただ夕浜のような美少女と屋上でいろんな意味でドキドキランチをできるとは思っていなかっただけである。どちらにせよ食うには弁当がいる。


「弁当教室だ。取ってこなくちゃ」


「そうですか。ではここで待っているので取ってきてください」


「わ、わかった」


オレはなぜか駆け足で屋上を出て行かねばならないという使命にさらされた。階段を一個飛ばしで降りていく。そういえば夕浜が昼飯をとっているところを見たことがなかった。彼女はいつも屋上で食べていたのだろうか。廊下に出てたむろする生徒を華麗なステップでよけて走りながら我が教室へと足を入れた。机の方に視線をやるとオレの席にとある女子が座っていた。後ろの席の衣川と談笑している。歩きながら近づくとその女子が振り返った。


「あ! 道後先輩! すみません席使わせてもらってます」


椅子を立ち上がり頭を下げてきた。テニス少女だ。オレはそれを制する。


「い、いやいいよ。思う存分使ってくれ」


「あは、じゃあ使わせてもらいます」


オレが鞄へと手を伸ばすと衣川が声をかけてきた。


「道後、君は昼休みどこに行っていたんだ。せっかく昼飯を食べずに待っていたのに」


若干の不機嫌オーラを身にまとう衣川は訳知りたがり顔で問うてきた。どうしようか。オレは適当にごまかすことにした。まさか銀行強盗をする際のシミュレーションをしていたとは頬をはたかれても言えない。


「あ、ああー、ちょっとおなか痛くてさトイレにこもっていたんだよ」


「そうなのかい? にしては体調が悪いようには見えなかったが」


「男はあまり弱いところを見せないんだよ。特に衣川霧子には見せないんだよ」


「なんで僕単体なんだい」


衣川は片眉を上げ腕を組む。


「ほ、ほら、昔からそうだったじゃないか。衣川に弱いところを見せるなっていう教訓が小学校のころから」


「あったか? むしろ君はちょっとのことで僕の前でよく泣いていた気がするが」


「そ、それはオレが衣川の母性本能をくすぐる作戦があったからだ」


「は、はあ? 意味が分からないよ。なんで僕の母性本能をくすぐる必要があるんだい」


衣川はなぜか狼狽したように言う。


「いや、だって衣川の母性本能だぞ? こう、興奮するだろ?」


「……」


「というのは冗談だ、はは」


分かっている。自分でも何を言っているのかと呆れている。もし穴があったら全身ダイブしたい気分だ。そんな目でオレを見ないでくれ。


「あれ?」


突如頓狂な声をあげるテニス少女。見ると頭をかしげて頭上にクエスチョンマークを作っていた。しばらくそうしていると、何かをひらめいたような顔になり掌をポンとたたいた。


「どうしたんだい?」


「いえちょっと気づいてしまったことがあるので」


しかしテニス少女は衣川ではなくオレを見てきた。


「道後先輩、霧子先輩を大切にしてくださいよ」


「え? お、おう」


いきなりなんだ?


「ばっ、なっ、おい! 何を言っているんだ」


衣川は後輩女子のセリフにらしくもなく慌てた。その手がテニス少女をつかもうとするが彼女はするりと抜けた。


「あはは、ごめんなさい霧子先輩。それではお邪魔しちゃ悪いので~」


と手を振って教室の出口へと駆けて行った。衣川はこぶしを作り頬を赤くしている。分析するに、怒っているようだ。


「ま、まったく、あとでたんと注意してやる」


「大切って何をどう大切にするんだ?」


「し、知るか」


衣川は頬杖ついて横を向いてしまった。これは不機嫌な時の行動だ。

ってそうではない。オレは弁当をもって屋上に行かねばならないのだ。夕浜を待たせる時間は起爆スイッチへのカウントダウンのような気がしてならない。鞄からショッキングピンクの弁当を取りだす。


「ご飯を食べよう。まったく腹が立ってお腹が余計に減ってしまったよ」


「あー……――オレはちょっと行くとこあるんだ」


衣川の瞳が己の目玉に注がれる。


「どこにだ?」


と、トイレ?


「弁当持ってか?」


ほら最近はやっているんだよ。トイレ飯って。みんなやってるみたいだからオレもやってみようかと。


「道後? 君はなにを隠して――っておい」


オレは衣川のセリフの途中で教室を抜けだした。


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