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そして理性は、言う事を聞かなくなる


五嶌(いつしま)銀行本店。設立は1946年。八代目頭取は江田宗二。事業内容は普通銀行業務。統一銀行コードは000005――


オレは淡々と説明する夕浜を遮った。唾を飛ばし訴える。


「ぎ、銀行強盗の成功率を知っているのか? ほぼゼロなんだぞ? それに捕まれば懲役十年以上……とてもじゃないが考えられない」


夕浜はこぶしを作り静かに咳払いをした。


「確かにそうです。成功率が高いとは言えません。ただ、ゼロでもありません。マスコミが放送規制しているのが多少影響しているを考えても成功例はやはり少ないと思います。ですが、ゼロではないです。ふつうは九十%以上の確率で捕まりますが」


オレは頭を抱えた。銀行強盗だと? 


おいおいおい! 

馬鹿げている!


 銀行のセキュリティは二重三重で職員は全員非常時における行動マニュアルに沿って動くはずだ。そこらの家を狙うのとはわけが違う。映画や小説とは違うのだ。ここは日本で時代はハイテク文化、ジェシージェイムズはいない。

それにもし成功しても逃げ切ることができるとは思えない。大量の金はそれなりに重い。その途中で捕まっても何らおかしくないのだ。


「おおまかなプランはもう通っています。あとは細かいところと事前の調べ、それから道後君の手助けが必要になってきます」


「オレの手助けだけだと?」


「はい」


「成功する見積もりはあるのか」


「五十%です」


夕浜は先ほどと変わらない口調で告げる。目線を合わせる。夕浜の瞳は静かであった。深海の果てのように深く濃く澄んでいた。オレは椅子に座り直す。ぬるくなったコーヒーで口の中を湿らせた。周りを見渡して誰も聞いていないことを確認した。額の汗をぬぐう。小声で話す。


「だいたい五嶌銀行といえば大手だ。成功したとしても後を引くぞ」


五嶌銀行は全国区で名の通っている銀行だ。そこを襲えば一生尾を引くことは火を見るより明らかだ。


「証拠は残しません」


「可能なのか?」


「理論上は」


オレは軽く息をつく。


「……、まず人数は?」


「私と真千さん、道後君、あともう一方の計四人です」


「少なくないか?」


「いえ、問題ありません」


「狙う日は?」


「来週の日曜日です」


来週だと?


「ま、まってくれそういうのは一か月以上の準備期間を置くのが普通なんじゃないか」


一週間後って、阿呆な。


「私たちは半年前からこの計画をたてていました。道後君も実はそのころから視野に入っていました。道後君がプランに参入したのは急きょですが」


オレは鼻をつまんで考える。そういえばそうだ。なぜオレなんだ。この前は夕浜は退屈そうだったからと言っていたがそれでは理由にならない。


「……何故だ。急きょ『わざわざ』オレが入る必要性は?」


「理由は銀行側のセキュリティにあります。そこでどうしても道後君の力が必要になるのです。詳しくは後にお願いします」


オレは袖で鼻の下をぬぐった。目を強くつぶり、開く。夕浜は相変わらずに冷静に話す。


「なぜ来週の日曜なんだ」


「来週の日曜日、その日は夏の宝くじ、配当金の搬入日です」


オレは記憶のひもを手繰り寄せた。たしかに毎年この時季にテレビや雑誌で大々的な宝くじの宣伝をしていることを思い出す。


「輸送車を狙うのか?」


「いいえ、輸送されたお金は一時保管金庫室という場所に置かれます。そこをねらいます」


「奪う金額は?」


「四億です」


口を手で覆った。


狂っている。



四億だと。



よんおく。



四億あればうまい棒が四千万本買える。グミグミ太郎が四百万個買えるんだぞ。

オレは速まる動悸を鎮めるために深呼吸した。めまいがする。だが夕浜を見るとやはり吹けているようには見えない。


「なんで納入日やセキュリティを知っているんだ」


「真千さんからの情報です」


五嶌銀行はストライプ状のガラスのビルで何階あるか外からは分からないようになっていた。オレが前を向き眉をひそめているとふっふと夕浜が口を覆った。


「道後君そうはいってもしっかりと計算しているんですね。成功した後のリスクもちゃんとわかってます。流石です」


「……まだ、やると決めた訳じゃないぞ」


コーヒーを一気に飲み干し夕浜に問う。


「詳しいプランを教えてくれ」


「はい、といいたいところなのですが、ここは場所が良くありません。それと説明するのは決行の前日になります」


「ぜ、前日?」


そんなばかな。なぜだ。


「万一にも情報漏えいを防ぐためです。決して道後君を信用していないわけではありません。ただ情報というのは紙上の水のようにいつの間にか浸透し筒抜けになって行くものなのです。念には念という事です。それに教えれば道後君を危険に晒すことにもなります。どうかわかってください」


「……」


「もちろん、どのようにして盗むかは教えますが、最後の詰めは今はまだ話せません」


夕浜はさらに続ける。


「成功後の話をします。私たちの手取りは二億。四人で五千万ずつ均等に分配します。残りの二億についてはまた日を改めて説明します」


「五千万……」


オレは手を握りしめる。そして再び開いた。じっとりと汗ばむ掌に爪の後が付いた。指が少し震えている。なんだろうか、この気持ちは。期待していた映画の上映五分前のような気分の高まりは。落ち着け。どう考えても厳しいぞ。やめるべきだ。冷静になれ。夕浜が本当の意味で何者なのかもわかっていないのだぞ。夕浜を止めてオレは降りるべきだ。証拠を裏打ちしてしっかり説明できれば身の潔白の照明も可能だ。


やめろ。やめるんだ。


頭の中では分かっていた。この後発すべきセリフが。


夕浜は不敵にほほえみ問いてくる。


「さて、道後君。乗ってくれますか?」


「オレは――」


オレは用意したセリフを吐こうとした。


やらない、と。


しかし、喉元を通り過ぎて行った音は意と全く正反対の物であった。それは瞬きをするかのように、挨拶をする時のように、当たり前のように発せられた。


腹の奥から出たセリフ。オレは静かに肯定していた。


「――乗るぜ」


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