そして彼女は、得物に狙いを定める
昇降口で靴を履きかえていると携帯に着信があった。
新着メールが一件。
中を見てみると夕浜からだった。
内容は正面入り口ではなく裏門の方へと来てくれとのことだった。
なぜこんなにタイミングよくメールが送信できるのだろうか。
鞄を背負いグラウンドの横を通って行く。グラウンドにはサッカー部や陸上の連中が青春の汗を流していた。テニスコートに差し掛かると衣川がストレッチをしていた。白い足が輝いていた。見つからないように横を通っていった。
裏門は大通りではなく細い路地になっているのでいつも人が少ない。裏門に着くと金髪の女性が立っていた。すらりとしていて、胸が、バストが大きい。
運転手の人だ。
今日もダークスーツを着ていた。オレを見つけると手招きした。
「ど、どうも」
「こっちにきて」
髪を掻き揚げてオレを案内してくれた。
ついて行くと例のベンツが止まっていた。まさかベンツで下校することができるとは人生何があるかわからない。
車の扉を開いて中に入ると夕浜がにこやかに向かいいれた。
「それでは行きましょう。車を出してください」
ゆるやかに発進する。
「道後君はダージリンティーは飲めますか?」
頭を縦に振る。夕浜はシートの真ん中からポットを取りだして設置されていたコップへと注いだ。オレはそいつを受け取る。車はやはり静かで滑らかに走行していた。車内はジャズが流れていた。これも知っている。「コールドダックタイム」。
「どこに行くんだ?」
オレは囁き声で問う。何となく金髪の女性に聞かれたくないと思ったのだ。
「今度私たちが仕事(盗み)をする場所です。道後君にそこでの仕事を手伝ってもらいます。詳しくはついてから説明します」
夕浜はカップを傾けて一口すすった。再び口を開く。
「運転手の人は誰?」
「彼女は――」
「私が言う」
金髪の女性はオレの方をバックミラー越しに見た。鋭いまなざし。
「私の名前は真千」
「あ、お、オレは――
「道後鉄だね」
「あ、はい」
再び前を向くと運転する作業に戻ってしまう。
淡白な喋り方だ。
年はどれくらいらいであろうか。十代にも見えるし二十代後半にも見える。少なくともオレとは同年齢ではないだろう。
オレはもう一度シートに座りなおした。名前ではなく夕浜とどういう関係なのかを聞きたかったのだが。不意に夕浜が体を寄せてきた。横を見る。あの怪しい笑み。夕浜の体温を感じる。胸が少し当たっていた。気づいているのか? 何かを企むようにオレを見上げてきた。
「な、なんだよ」
「道後君やっぱり私たちのことを話さなかったみたいですね」
土日で警察に通報しなかったという事についてか。
「……オレまで警察に疑われたら嫌だから」
「ふっふそれは違いますね。しっかりと説明すれば道後君の潔白はちゃんと証明できるはずですよ」
「そ、それに画像のことがある。あれがばらされたらオレは学校に通えなくなるだろ」
「それも私たちが捕まってしまえばなかったことにされますよ。道後君ならこのくらい計算できるはずです」
どうしても夕浜の足へと視線が移ってしまう。ドアの方へと避難するが詰められて夕浜の体とで挟まれてしまった。
「道後君、あなたはまだ気づいてないようですね」
いい匂いと体の柔らかさとで正常な思考が回らなくなってきた。
「き、気づいてない? なんのことだ」
「道後君の心奥底で眠る欲求に対してです」
今オレの性欲が上がってきているを言っているのであろうか?
夕浜は何かを知っているような顔で見上げて言う。
「ふっふ……まあいいです。すぐに気付くと思うので」
と意味深なセリフを吐くと夕浜はオレから離れてくれた。と同時に車が止まり慣性の力が体に加わる。
「滴、ついた」
真千さんが後ろに振り返ってそういった。
「ありがとうございます。では降りましょうか」
夕浜は慣れた手つきで扉を開いて外へ出た。オレもそれに倣う。外に出るとそこはオフィス街であった。浦見駅から北側にある高層ビルの密集地。綺麗に区画された道路の両脇は様々な形の大きなビルで埋まっていた。何となく自分が小さくなった気がするが周りの建物が大きいだけだ。四車線ある道路は車がひっきりなしに行きかっている。横を見ると真千さんは煙草をふかしてこちらを見ていた。
「私はここにいる」
車に背を預けてふかすその姿は怖いくらいに似合っていた。
「道後君こちらです」
夕浜が指差していたのは喫茶店であった。「ジンジャー」という西洋風の看板が立っていた。レンガ造り風でお洒落な外観をしている。夕浜が先に戸を開けた。店内は薄暗かった。たぶん雰囲気を作っているのだろう。一人では絶対に入らない店だ。表に書いてあったメニューが飲み物代だけでよく行っている牛丼チェーン店のどんぶり一つ分に相応していた。まばらに客がいたがそれでも席はだいぶ余っている。夕浜はカウンターの外が見える場所へと座った。オレも木目調の椅子へ腰を下ろす。目の前はおおきなガラス張りで歩道から中の様子がうかがえるようになっていた。店内はBGMが流れておらず食器のこすれる音だけが響いていた。左右に客はいない。
すると初老の店員がやってきた。夕浜はホットコーヒーを二つ注文した。遠ざかる店員を尻目にオレは小声で問う。
「この店を狙うのか?」
「いいえ、違います」
夕浜は首を振って否定した。すこし安心した。さっきのおじいさんを悲しませるのは両親が痛む。夕浜は目をつぶって囁いた。
「さて、仕事の話をする前に一つだけ。道後君に以前正義と悪との違いについて聞きましたよね」
公園で子供とケイドロをしたとき確かに聞かれた気がする。
「道後君はそのとき正義と悪はまちまちで場合、条件によるといいました。まさにその通りです。物事は一面ではなく他面あり、正義にもなりえるし悪にもなりえるのです。それはわたし達にも適応し言えることです」
夕浜は人差し指をたてて目を開いた。
「質問です。果たして、私は悪でしょうか? それとも正義でしょうか」
オレは思い出す。エンジェルプリンセスは悪党しか狙わない。
「エンジェル事件の犯人は悪儲けしてるやつしか襲わないと聞いたが」
「……確かに、その通りです」
「法的には悪なのかな。しかしだからと言って、完璧な悪という訳じゃないと思う。夕浜の……エンジェルプリンセスの盗みはどんな形でも正義の成分がある……とおもう」
夕浜は表情を変えずにオレを見る。しかしすぐに表情を変えてふっふと笑った。
「道後君はやさしいですね」
「……いや」
「私は悪ですよ。どんなに取り繕っても私は悪です」
店員がコーヒーを持ってきた。夕浜は角砂糖を五、六個入れてスプーンでかき混ぜた。それを飲み干すまでオレはその様子を眺めていた。時間をかけて飲んでいた夕浜はカップが空になると前方を指差した。
「では本題です。今回、狙うのはあちらになります」
オレと夕浜の目の前にある建物。道路を挟んでそびえ立つ建物。打ちっ放しのコンクリートとガラスでできている。重厚な門をかまえていて堅苦しい印象を与えた。入り口の辺りには二人の警備員が直立して辺りを警戒していた。
オレは顔に皺を寄せた。
「う、嘘だろ、夕浜」
「おや、道後君はわたしが嘘をついているように見えますか?」
にこっり笑う夕浜は冗談を言っているように見えない。もう一度前を見る。ありえない、あたまのネジが二、三本飛んでるとしか思えない。もしくは夢遊病者の戯言としか。なぜって、目の前の建物は盗みを働くにはリスクが高すぎる。盗みに対しては特に厳重なセキュリティが敷かれている、つまるところ一番警戒していると言っても過言ではないのだ。ハイリスクすぎる。浅くなる呼吸を整える。
「……オレは降りるぞ」
すると夕浜はあの邪悪な笑みを見せてオレに詰め寄った。
「ふっふふ、ふふ。道後君、果たして私がさせるでしょうか? その気になれば道後君を私と道連れにすることもできるんですよ? まあ……獄中で道後君と生きるのも悪くないかもしれないですけど」
オレは答えに詰まった。確かに引けば夕浜は何をしてくるかわからない。だがかといってこの仕事に加担すると高確率で残りの高校生活をムショで過ごすことになる。オレは嫌な汗を額に浮かべて唇をかんだ。
「だ、だがどう考えても大事になるぞ」
「はい、ですが大丈夫です。私にちゃんと計画があります。安心してください」
安心出来るわけがなかった。絶壁の崖に立たされ背後に銃を突きつけられている気分である。前に飛び込んでも、そのまま残っても死ぬ。もちろん背後で不敵に笑い銃を構えているのは夕浜。六連式の銃には弾がいくつか入っている。目の前の断崖の先は海。よっぽど運がよくないと生き残れない。
「正気か?」
「この前も言いましたが、道後君は少し私と似ています。本当は乗り気なのでしょう?」
「……」
「ふっふ大丈夫です。任せてください」
オレはもう一度前を見る。目の前に鎮座し君臨する建物。その名前は――
「きっと成功しますよ、銀行強盗」




