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そしてトイレは、友情のハッテン場と化す2


よく、オレは妄想をする。


たとえば登校中。もし己の脳のリミッターが解除されたらこの家々を忍者のように飛び越えて通学するのにとか、前を歩く女学生がハンカチを落としたらイギリス紳士さながらジェントルに手渡そうなどバリエーションはさまざまだ。もちろん少しスケベな妄想もある。たとえば透視能力。道端に倒れている不思議なおじいさんを助けたらお礼に透視能力をくれる。そしてオレは学校でむふふな生活を送ることができるのだ。なんて素敵な展開を想像するがこんな妄想はまだ大人しい方だ。


しかし今日のオレは違う方面で考え事をしていた。


夕浜滴。正直予想の範囲外だった。


まさかエンジェル事件の犯人であったなど誰が考えるであろうか。

いや確かに不思議な少女であったが怪盗だったなんて毛頭考えなかった。しかも彼女はオレに盗みの手伝いをしろという。馬鹿げている。やめるべきだ。頭ではその考えが自己主張をしていた。


――だが、オレはこの土日で何のアクションも起こさなかった。いや、起こせなかった。


理由は二つ。


まず冷静に考えると夕浜が本当にエンジェル事件の犯人か断定ができないから、もう一つはオレまで巻き込まれる可能性があるから。前者はよく考えると証拠が不十分な気もするし可能性は低いだろうが超悪質ないたずらと言う線も捨てきれない、後者はいわずもがな。


一人うつうつと考え猫背になりながら道を歩ていると背を突かれた。

振り返ると上機嫌に口角を上げている衣川が立っていた。


「よう衣川」


「なんだか体調がすぐれないように見えるけど僕の気のせいかい?」


「いや、大丈夫だ。ただ前を歩く女子のスカートの中身を妄想してただけだ」


「あきれるよ」


オレを睨め付ける衣川はしかし機嫌がよさそうだった。


「そういや朝練はないのか? 通学路で逢うなんて珍しい」



「はは痛いところをついてくる。今日僕は寝坊をしてしまってね」


「部長候補がそんなんでいいのかよ」


「そうだな。でも昨日は家が少し騒がしくてさ、寝るのが遅くなってしまったんだ」

ほう。いつも折り目正しい生活を送っている衣川が遅く寝るとはただ事ではないな。


「道後は僕の私生活を見ているのか?」


「隅から隅までじっくり、たっぷり観賞してるよ」


「……」


嘘だ。そんな蔑みの目で見ないでくれ。衣川はやれやれと首を振った。


「まあいいや。僕のおとうさ――父親が何の仕事をしているか知ってるかい?」


「親父さんの職業?」


「うん」


「確か、そうだ。警察の人だっけ」


一瞬、背中がひやりとした。


「うん、正解。知ってるだろ? 一昨昨日のエンジェル事件」


今度は心臓が縮む。


「あ、ああ、浦見駅の近くでおきたらしいな」


「そう、それで父親が夜に緊急招集がかかったって、家がドタバタしたんだよ」


「そ、それは大変だったな」


オレは適当に笑ってごまかした。


「大変だったよ。おかげで今日バナナを持ってき忘れてしまった」


「オレの弁当を分けてやるよ」


「ありがたくもらうとしよう。しかしエンジェル事件は何の手がかりもつかめないみたいだ。父親がぼやいていたよ」


「そ、そうなのか?」


「うん。巧妙な手口だといっていた。これでは僕の不眠が解消される日は遠いかもしれないな」


汗を流しつつ口を開く。


「だ、だったらうちに来て寝ればいいじゃないか? はっは」


「…………なにを言ってんだか。……本気か?」


「じ、冗談だよ」


衣川は再びやれやれと首を振った。それよりもと明後日の方を見て呟いた。


「メールの事についてなんだが」


数秒何のことかと考えたがすぐに思い出す。


「ああ、奢ってくれるってやつか? 別に本気にしなくても――


「いや、ダメだ。おごらせてもらおう」


顔を伺うと衣川は目を閉じてすました顔を作っていた。


「じゃあ、そこまで言うなら、今度お前の部活が休みの日にでも」


すると衣川は口をひん曲げるような、笑みをこらえているような妙な表情を作った。


「そ、そうか、そうか。そこまで言うならそうしよう。忘れるなよ?」


     〇  〇


クラスに入って夕浜の姿を探した。夕浜は席に静かに座っていた。無表情でオレに向けていた笑みは見受けられない。黒板の日付のあたりをじっと見ていた。やはり周りで談笑する生徒から浮いている。


オレは荷物を置くと席に座って彼女の方を見る。いつもと変わらない姿。凛と背筋を張り座るその姿に異変はない。


――だがしかし彼女の正体エンジェル事件の犯人。このクラスにいる奴は誰一人として彼女の真の姿を知らない。ずっと彼女の方を見ていたがこちらへ振り替える様子は見られなかった。


授業中もそのままで昼休みになるとクラスを出て行きどこかに行ってしまった。クラスではオレと彼女に接点は全くなかった。誰もオレと夕浜が放課後に妙なことをしているとは考えないだろう。しかし彼女は本当に何を考えているのだろうか。まさかオレを嵌めるためとか。いや恨みを買った覚えがない。考えても全く分からなかった。しかしいくら苦悩しているからと言っても生理現象は止められない。


オレはトイレの歌は歌わず頭を悩ませながら男子トイレへと足を入れた。青いタイルのトイレ。すると一番奥の便器に眼鏡をかけた禿げが立っていた。中ノ瀬だ。


「はげじゃない!」


中ノ瀬は唾をまき散らす。汚いな。オレは奴から一個空けた便器の前でズボンを下ろした。というかお前いつもトイレにいるな。髪がないとトイレが好きになるのか?


「オレはもうすぐ尿を出し切るわけだがこの手でお前を触りまくってもいいんだぞ?」


「わかった。悪かったよ」


「そもそもオレだってお前とここで会ってるわけだしお前もトイレ好きって言えるがな」


「トイレは好きではない」


「真面目に答えるなよ……」

中ノ瀬はため息をついた。ため息を吐きたいのはこちらの方だ。今お前に突きあってる精神的ゆとりはない。

中ノ瀬はそういえばとセリフを続ける。


「夕浜さんとはその後どうなったんだ?」

どうなったって、どういうことだ? 


……――まさかこいつ夕浜がエンジェル事件の犯人だったって知っているのか。


「だからー、そのー、お前あれだろぉ? 夕浜さんといいー関係に成りたいから声かけたんだろ? その後発展はあったかってこったよ」


安堵して小便をした。夕浜がエンジェル事件の犯人ということは誰も知らないのだ。


「下心満載の中ノ瀬と一緒にしてもらいたくないな」


「なんもないのかー、ったくへたれだよなお前は」


「うるさい」


そもそも、今そんなこと考える余裕などない。夕浜はお前が思っているような女子ではないのだ。中ノ瀬は水を流すと洗面台の方へと行った。


「しかし夕浜さんと付き合うってなったら大変だろうねえ」



「どういう意味だ?」


「言葉通り。夕浜さん社交性があまりないだろ? けど外見はヘレンド食器みたいな繊細系美少女。それに成績もいいときた。だから男子から結構人気あるんだよ。ほっとくわきゃねえ。現によ、月に三回は付き合って下さいと言われるそうだ」


「ご苦労だな。……ってことは誰かと交際をしているのか?」


「いいや、全部断るんだと。難攻不落の城塞てとこかね。理由は知らないがな。まあ? 逆に? 女子からは嫉妬がたくさんらしいぜ。優秀な女の子の宿命だかあらなあ。いずれにせよー、付き合うとなったら女子からも男子からもシットの嵐に遭うという事よ」


なるほど。そういった事に疎いオレとしてはふーんとしか言いようがなかった。


「まあ、がんばれよ」


中ノ瀬はそれだけ言うとトイレを後にした。


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