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そしてエンジェルプリンセスは、月夜に佇む


夕浜?




何だ? デパートの屋上だと。


オレは訝しる。


なぜだ。今日言わなければならない話があるのか、ならわざわざ屋上に呼び出す理由がわからない。それもデパートなんて。やけに細かい指定も気になる。なにか有るとしか思えない。例の写真の事についてだろうか。



――だが疑いの念が芽生える一方、オレの中で同時にとある感情が芽生えていた。



高揚感。それは得体のしれない高揚感だった。



オレは夕浜のメールを見たとき骨がうずきだすような、かさぶたがはがれるような妙な高揚感が内に芽生えた。それは奇妙で今までに経験したことのない高鳴りであった。


時計を見る。短針は八の字、長針は十二を指している。

携帯をポケットに突っこんで玄関扉へと向かった。


「あれ? どこ行くんだ?」


と背後から妹の声がかかる。オレは後ろを振り返らずに返答した。


「ちょっと、コンビニに」


玄関に行き靴を履く。収納から帽子を取りだして目深くかぶった。姿見で己を確認する。妹が顔をのぞかせた。


「なんで帽子をかぶっているんだ?」


「かっこいいだろ?」


ついでにフードも被った。


「……怪しい」


立ち上がって玄関扉を開いた。


電光版のネオンが輝く街へと繰り出す。家を出る際菜子が不審そうに見ていたが気にしなかった。庭から自転車を取りだしてまたがった。自転車のペダルを強く踏み込むと少し冷たい風が頬を撫でていく。ケイデンスを上げながら人々の群れを慣れた操作で躱していった。

浦見駅は家から十分ほどでつく。この辺で一番大きい駅であり近代的な都市として駅を中心に栄えているところだ。私鉄線の併合によりここ十年で開発されていった。商業ビルが乱立していて、常に光り輝いている。眠らない都市。夜はサラリーマンたちを誘う大都市。


スクランブル交差点にでるとオレは信号機につかまった。足を止める。周りは陽気に笑う若者や帰り路の会社員で埋め尽くされている。皆思い思いの事を話していた。


――ふと右の方からサイレンが聞こえてきた。見ると下が黒上が白の車が猛スピードで走ってきた。パトーカーだ。二、三台いる。サイレンアンプを赤く光らせて唸りながら迫ってきた。それらは止まることなく交差点を素通りしていった。ドップラー効果で音が低くなった。隣で話し声が聞こえる。


「今のなんだろね」


「さあ? 事件かな?」


「またエンジェル事件だったりして」


「まさかあ」


信号がGOサインになる。

大回りをして人の塊を避けながら進んでいった。高架線の下を通って行き自転車が乱雑に置かれているコーナーに適当に放置した。首をもたげて上を見る。高々とそびえ立つのは夕浜がメールで言っていた〇〇ビル。屋上の方は飛行機が当たらないための赤いランプが点滅していた。

腕時計を見ると約束の時間まで残り五分ほどしかない。オレは入り口側へと走って行った。ガラスの自動入り口をくぐり中に入ると化粧の甘い香りが漂ってきた。濃いメイクをした店員が不審そうにオレを見ていた。何となく顔を見られないようにした。店内には「蛍の光」が流れている。エレーベーターホールに行きボタンを押した。扉が開き屋上の二階手前のボタンを押す。足に軽いGを感じる。


「……」


エレーベーターガールはいない。エレベーターは意外と古い造りであった。何となく上を見たが監視カメラはなかった。オレは汗をぬぐいつつ呼吸を整える。静かに上昇する。

十五、十六、十七、……二十階。軽い電子音を発しつつエレベーターが開いた。階段はすぐ右にあった。周りに誰もいないことを確認する。小走りに近づいて一個とばしでかけ上がって行った。最上階に着く。しかし扉はあったがそのガラスの向こうでシャッターが閉まっていた。これでは屋上に行くことができない。と思ったら左端の方に開閉式の入り口があることに気づいた。その入り口はどういう訳か半開きになっていてシャッターも閉まっていない。そちらに近づいて扉をくぐった。目の前に広がるのは暗闇。屋上は芝生で覆われていた。端の方には等間隔で木が植わっていた。風が強く聴覚を邪魔する。頭上で点滅する赤い光が屋上を怪しげに照らしていた。

屋上のフェンスの向こうは様々なビル群が赤、青、緑と色とりどりに発光している。


オレは首を回して辺りをぐるりと見渡す。夕浜はまだいないのか。


ぼうっと立ち尽くしながら考える。


オレは今なぜこんなに簡単にここにきてしまったのだろうか。いくら例の画像で脅されているからとはいえここまで素直に従ったことに自分自身で驚いていた。なんとなく現実とも夢ともいえない虚構感に足を浮かされている気がした。


――その時、前方で影が動いた。フェンスの近く。何者かのシルエットが浮かび上がっている。


「誰だ……」


オレは目を凝らしてそちらを注視した。その影はゆっくりとこちらに近づいてきた。スカート? のようなものを履いている。風にあおられて波打っていた。月に照らされてその顔が明らかになった。そいつは囁くようにオレに挨拶をしてきた。


「こんばんわ、道後君」


夕浜だ。「声で」夕浜と判断した。


夕浜の格好は、おかしかった。


制服ではない。なら私服? それにしては奇妙だ。彼女はレースが付いた黒いつなぎのドレスのような服を着ていた。お腹のところには大きな白いリボンがついてスカートは四方に広がっている。というか、これはドレスだ。手には白い手袋がはめられていた。その左手。左手には銀色のアタッシュケースが握られていた。月光を反射してきらりと光っている。靴は派手な赤色。そして極めつけは夕浜の顔。お面をかぶっていた。白い面で三日月型に目と口の部分がくりぬかれている。いかにも私は怪しいですとアピールしているような恰好であった。にやりと笑うその眼がオレをじっと見ていた。


「……」


ここまで思考の歯車がかみ合わないのは初めてであった。オレは口を開けながらフリーズする。


夕浜は表情が読めないその顔で話しかけてきた。


「今日は、風が強いですね」


「え? あ、ああ……」


「そういえば道後君の夕ご飯、私の予想と当たっていましたか?」


「いや……」


「ふっふふ、そうですよね。だって私が言ったのは私の今日の晩御飯にしようと思っていたメニューですから」


夕浜は一人肩を揺らして笑った。――と思ったらゆっくりと手を顔に持っていきそのお面をはずした。夕浜は至って真面目な表情であった。


「道後君、私の格好が気になりますか?」


静かに語りかけてくる。気になるか、ならないか……宇宙の裏側より気になる。

夕浜はおもむろにアタッシュケースを目の前に掲げた。そいつを開く。目を疑った。札束。アタッシュケースの中は札束が入っていた。それもいくつか。ベルトで固定されている。


「な、なんだ、それ」


しかしすぐに夕浜はケースを閉じた。澄んだ瞳がオレの目を見る。


「道後君はエンジェル事件って知ってますか?」


脳裏に走り去るアニメ調のキャラクター。お菓子に描いてあったウインクするエンジェルプリンセス。エンジェル事件はお金を奪いアニメの人形を現場に置き去る事件で……。

ん?


……そうだ、夕浜の格好はエンジェルプリンセスに酷似している。


「その恰好、エンジェルプリンセス……」


「ふっふ気づきましたか? どうですか似合ってますか? 私、『エンジェルプリンセスになりきれてますか?』」


「なりきれる? どういう意味だ」


「そのままの意味ですよ。私がエンジェルプリンセスの姿から役割まで……似ていますかと訊きました」


「何を言って――


待て。役割だと。いくつかのワードが頭の中で踊る。


金。エンジェル事件。夕浜の格好。先ほどのパトカー。


「……まさか、夕浜、お前」


いやいや。あり得ないだろ。オレは浮上した一つの考えを首を振って否定する。そんな馬鹿な。突拍子もなさすぎる。


しかし夕浜は宣言するようにその声を屋上に響かせた。




「さすが道後君です。もう私が何者かわかったみたいですね……。――そう私が、エンジェル事件の犯人です」


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