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そして日常は、緩やかに流れていく

毎日更新できるようにしていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

第一章


オレは地味だ。





色で例えるならばグレー。それも暗灰色の濁っているもの。

……「地味」を辞書で調べると華やかでなく態度や行動が控えめなさま、と出てくる。

なるほど、前者に関しては大いに同意できる。

オレは華やか煌びやかではない。

野球で言えばホームランではなく犠牲フライ、お菓子で言えばケーキではなくかりんとう、漫画で言えばデスビームではなく狼牙風々拳、飲み物で言えば炭酸水ではなく水道水、スポーツで言えばサッカーではなくゲートボール――まあとにかくオレは派手ではないのだ。

だが。

態度や行動が控えめかと問われれば、少し同意しかねる。なぜなら性格がダークというわけではないからだ。オレは決して根暗というわけではない、と思っている。それは証明が可能だ。


証明。


一、誕生日パーティを開き、家族と団らんに過ごすことができる。


偏見かもしれないが根が暗かったらそんなことはできないはずだ。一人暗い部屋の中でショートケーキにろうそく一本を差し、ハッピーバースデーと呟くのが根暗だろう。パーティと言っても普段の夕食にケーキを追加しただけのものだが、自分の生誕祭を楽しむことができる。


二、学友と遊びに行くことができる。


遊びとは放課後にゲームセンターで戯れたり、学友の家に行って球技に興じたりとさまざまだ。遊んだ回数が数えるほどしかないことや運動が苦手であることや友が少ないことは脇に置いて、根が暗かったら楽しく遊ぶなどできないはずだ。


三、冗談を言うことができる。


この前は教室の中を蠅が縦横無尽に飛び、クラスメイトの注目をあびていたので、ここぞとばかりに「ハエははええな」と言って笑いをかっさらったところを鑑みても、オレのジョーク力の高さがうかがえるだろう。くどいが根が暗かったらこのような気の利いたことを言うのは不可能だ。以上一、二、三よりオレは根暗ではないことが証明された。反例はない。


だが。


オレは地味だ。

何故だ。クラスで目立つことはあんまりない。というかない。

解。

考えられる原因は一つで雰囲気、それが地味なのだ。

テレビのなかで活躍する芸能人は画面を通してでもカリスマの雰囲気を感じる。オーラと言ってもいい。それは教室で目立ち輝いている連中にも言えることだがパッと見た瞬間にそのようなカリスマ性は分かるものなのだ。しかしオレにはそれがない。小学校の給食で出るプリンを彼らとすると俺は皿にへばりついてカピカピになったご飯粒と言ったとこだろう。

――結局何が言いたいかというと、ようはオレは見た目が地味なのだという話だ。

そんなことを考えながらオレは机に両肘をつけて顎を掌に乗っけていた。

場所は教室。

視線の先には頭が禿げあげて光を反射させている男性教諭が教卓で呪文を呟くように授業を行っている。黒板には数式がずらりと板書されていた。授業スピードが速く周りを見るとみんなせっせとノートに筆を走らせている。さながら首をカクカクさせるあかべこのようだ。実に大変そうだ。後ろの方へと視線を向けると何人か机に突っ伏しリタイアしている輩も確認できた。

しかしそれも納得できる。この授業、腹立たしいほど内容が退屈だ。どれくらい退屈かという声が全く耳には入ってこず、思わず自分の地味さについて考えてしまうほどであった。


「えーっと……だからこの数式を……ありゃなんだっけ、ああそうそうこの①に代入して、いや? ちがうかな。うん……、うーん。あ、あってたわい、すまんすまん」


頭の中まで禿げあがっているのではと疑ってしまう。だがあの口調ですさまじい板書スピードなのがミソだ。

こういった具合に授業を進められる故、オレの体内に潜む睡魔も瞼を開いてしまう。こいつが起き出したら三大欲求の順位が、性欲>食欲>睡眠欲から睡眠欲>性欲>食欲となり授業から強制リタイアとなる。

しかし、幸福の音とはこのことだろう。

教室の一角に設置されているスピーカーから燦々とチャイムの音が降り注いだ。まさにその音は干からびた砂漠に数か月ぶりに振った雨の如く我々を潤わせた。枯れ死していた者は体を震わせ起き上がりノートを取り続けた者は指の痛みに耐えながら魔の時間の終了を喜んでいる。かく言うオレも教室の天井を仰いで身の内で暴れまわる睡魔を追い出した。


「ええーではこれで授業は終わり。次回までにワークのp98まで終わらせておくように」


とセリフを残すと教師はゆっくりした足取りで出て行った。

昼休みになり教室内が喧騒に包まれていく。学友たちは互いに今の授業爆睡したとか昼飯どこで食べるか、などとわいわいと話している。

一方オレは、一人、机のわきにかけてある鞄の中から弁当箱を取りだした。ご飯の時間だ。ランチタイム。

風呂敷を解こうとしたその時、背中をつつかれた。とがった感触。振り返るとシャーペンの先が我が背中へ向いていた。ペンを握っている手を手の甲、肘とたどっていく。すると頬杖ついて微笑している顔に行きついた。


「衣川」


「君、よく寝ないであの授業うけられるよね。僕は睡魔を追い払うことはできなかったってのに」


とおかしそうに話しかけてきた。衣川は機嫌がいいと判断する。


「そんなことはない。上半身が起きていただけで授業の内容は全く頭に入ってこなかった。ほとんど寝てたも同然だな」


「ふーん、でもなんか考えてる風だったけど?」


「人は考えながら往々に生きているからな。仮に睡眠していたとしても脳は働いているさ」


「いいや違うね。そういうふうじゃなかったよ。君は起きてた。君は思考しているとき、それもあまり面白くないことについて考えているときよく出る癖があるからね」


「ほう、いってみてくれ」


「肩が小刻みに揺れるんだ」


「嘘だろ?」


「ホントさ。で、どんな事を考えていたんだい?」


オレは体を横向きにさせた。衣川の机の上に弁当箱を乗せる。風呂敷を解いて中から弁当箱を取り出した。


「なんでオレはこんなに地味なのかなあと、考えてた」


「地味?」


弁当箱を開ける。オレは目を見張った。緑。中身は全部ブロッコリーだった。本来あるべきウインナーや卵焼きの姿が見えない。


「おや? 君はブロッコリーラブな人間だったかい」


「いや……」


一度弁当箱のふたを閉じる。開ける。やはりブロッコリーのワンダーランドであった。


「そのお弁当はたしか妹さんが作ってたよね」


「ああ、今朝ちょっと問題がおきてな」


「また妹さんを怒らせたのか。君も懲りないねえ」


オレは一応弁当箱の下段も確認したがやはりごはんはなくブロッコリーが詰まっていた。妹の怒った顔が頭に浮かびあがり霧散する。一つ口に入れると生の新鮮な味が広がった。

一方、衣川はコンビニの袋を取り出した。中からバナナを取りだした。やけに黒い斑点がついているバナナ。

この黒い斑点はスイートスポットと言うんだ、ほら、テニスに通じるところがあるだろう? 衣川は以前、得意顔でそう言っていた。

バナナの皮をむきながら彼女は口を開く。


「それで君の地味さについてだっけ」


「別に話を掘り下げる必要はない」


「ダメだよ。せっかく道後が悩みを打ち明けてくれたのだから」


「打ち明けた訳ではないが。まあいいや。ほら、オレってサッカーより卓球って感じするだろ?」


「どちらかというとカバディって感じだがね」


「で、なんでこう地味なのかなあと。なんでだろうか」


「見た目と雰囲気だろう?」


衣川はあたりまえとばかりに首をかしげてほざいた。その結論はオレの中で確立されていたがお世辞を言ってくれてもいいだろうよ。他にはないのか。


「うーん。どうしてまた今さらそんなことを」


「どうしてって地味よりは目立った方がいいだろうよ」


「そうかい?」


「そうだよ、たとえばほらあそこを見ろ」


オレは教室の一角を指差した。そこには制服を乱して着て、頭をつんつんと跳ねさせている輩がいた。その隣にも大げさな素振りで何かを話している学友がいた。彼らはクラスの女学生と楽しそうに談笑している。


「ほら、地味でなく明るければああやって周りを楽しませることができるんだ」


衣川は指差す方を見ながらバナナを食べている。食べ終わるとまた新たなバナナを袋から取り出した。


「うーん、地味と明るいは対称ではないと思うな。それに大切なのは見た目ではなく中身だろ?」

得意げな顔で言う、腹立たしい。


「くさいこと言うなよ」


「ハハ、ごめんごめん。見た目を変えたいならまずは環境を変えるのがいいとおもうね。周りの環境というのはいい意味でも悪い意味でも君の性格に影響を与えると思うから」


「確かに、オレの今の生活環境は退屈で地味かもな」


「学校行って、僕と話して、勉強して、お風呂に入って――寝る。そんなとこかな?」


「……そこまで簡素じゃない」


――具体的には、勉強とお風呂の間にネットサーフィンなる物をして暇な時間と己の性欲をつぶすわけだが、言うと嫌な顔をされることは分かりきっているので噤むが吉である。

衣川は再びははと笑うと机から立ち上がった。スカートを翻してゴミ箱の方へと行きコンビニの袋を捨てた。

スカートの端を揺らしながら戻ってきた。


「バナナの皮を直接捨てるんじゃないかと思った」


「そんなことしたら教室内が匂うだろう。バナナ好きとして非常識だ」


オレはようやく上段を完食した。だがまだ下段がまるまる残っている。にもかかわらずブロッコリーの味にはかなり辟易していた。


「衣川、マヨネーズとか持ってないか」


「持ってないね」


オレは箸でブロッコリーをつまむと衣川の前に持って行った。


「食え」


すると彼女は目を開いて驚いた。


「い、いや遠慮するよ」


大げさに断る衣川を横目に、オレは行き場のなくなったそいつを自分の口へと放り込んだ。ブロッコリーはもう勘弁だ。帰り道にチョコレイトでも買って妹の機嫌を直すとしよう。


「で、君は自分の地味さを変える気なのかい?」


ふうと息をつき、椅子に座りなおした衣川が問いてくる。


「変えることができれば変えたいよ」


「ふーん……」


とは言っても生活環境や見た目を変えることは意外に簡単にはできないものなのだ。

たとえば散髪。

髪を切りに床屋や美容院に行く前、カッコいい、可愛い髪型にしたいなあと希望をだいたいの人は持つだろう。それは雑誌に載っている髪型だったり俳優や芸能人に似た髪型かもしれない。しかし実際の出来上がりは想像と近くないことが多い。急いで家に帰り鏡を見て、あーあとがっくり肩を落とすのだ。切らなければよかったなあと。

生活環境を変えるとはそれに似ていると思う。思い通りにはいかないのだ。


「君の髪型が変わったところを見たことないけどね。そういや、その坊主とも、スポーツ刈りともいえない妙な髪型はなんて言うんだい?」


衣川はオレの頭髪を見ながら眉を上げて口元を歪ませた。妙とは失礼だな。


「知らん、というかオレ、一ケ月に一回は髪切っているが」


「え、本当かい?」


……やはり、地味ゆえに、髪の毛の伸び縮みに関してさえ気づいてもらえないのであろうか。せめて衣川だけでも気づいてもらわないと切られていった髪が救われない。

はあ、悩んでもしかたない、とりあえずは弁当の中身を減らそう。

自分の髪と地味さについてはわきに置いておいて、弁当に専念することにした。そうして横から、衣川の応援を受けつつブロッコリーと格闘していると突如ガラッと教室の前扉が開いた。そこにはこのクラスの担任が何かの紙の束を持って立っていた。


「はい、すいませーん。みなさん注目してくださーい」


よく通る声で叫ぶ。クラスの皆が手を休め担任へと視線を集めた。


「お昼中しつれいしまーす。おまちかね、中間テストの成績表ができました。なので出席番号順に取りに来てくださーい」


瞬間クラスがどっと沸騰した。手を叩いて何かを叫んだり嘆いたりと阿鼻叫喚の体を奏し始めた。テストの総合点数の結果はここ何日かの気分を良いものにするか、悪いものにするかを決定させるので盛り上がるのも納得である。


「中間テストか、やっとだね」


衣川が耳打ちする。息が耳たぶに吹きかかる。

だがオレは鼻息を付いてその様子を見守っていた。教卓に行き成績表を受け取った生徒はほっとした顔になったり青ざめたりと様々なリアクションであった。それはまさに成績の良し悪しを表している。


「衣川ー」


名を呼ばれ衣川はファッションショーの舞台のように颯爽と歩いていく。受け取るとそれをちらりと見て、やはり颯爽と戻ってきた。


「なんでそんなに堂々としてるんだよ?」


「はは、いやあ君が見てるから」


何言ってんだ。それよりどうだったんだ?

衣川はオレから遠ざけるように成績表を離した。

「君に見せるのは嫌だね」


「そうかよ」


「道後ー」


オレの名が呼ばれた。教卓まで猫背で歩いて行き成績表を受け取る。その時担任がにっこりと笑顔を向けてきた。


「道後、お前頑張ったじゃないか~」


「はあ」


「ちゃんと自習をしているんだなあ~、偉いぞ~」


「どうも」


背中からクラスの視線を感じる。その視線は手に握られている成績表へと注がれていた。オレは表を胸の中に隠すようにして、やはり背を丸めて席へと戻って行った。


「さぞかし気持ちいいんだろうな」


「そんなわけあるか」


「はは、だがやっぱり君には叶わない」


衣川がやれやれと首を振った。オレは成績表を見る。順位のところに目をやった。二学年全生徒400人中2位。右端の上には上位15人の名前が書いてあった。


二位 道後 (どうごてつ)


成績表から目を離した。


「相変わらず君は頭がいいな――いや努力したのか」


「そんなんじゃないよ、それにオレは勉強しか取り柄がないし」


だいたいと付け加えて指を差す。


五位 衣川 霧子(きぬかわきりこ)


「部活をしながら5位ってお前の方が化け物だろ」


というと衣川は髪を手で梳いてなんでもないような表情を作った。


「化け物とは酷いね。ま、でも君がそういうならそういうことにしようかな」


本人はすましたように言っているつもりであったと思うが、満更でもないのはすぐに分かった。

オレは衣川を横目に成績表のとあるところを見ていた。オレの一つ上に書いてある名前。第一位。


「夕浜ー」


オレから見て右側の後方、そこからスッと音もなく一人が立ち上がった。目だけ動かしてそちらを見る。そいつは足音を立てることなく教卓に近づいて行った。陶磁器のように白い手を担任へと差し出す。


「あ、ああ。成績表な」


担任がぎこちなく表を手渡す。表を受け取ると一瞥もくれずにそのまま戻る。彼女は席に着くと膝の上に手を置いて行儀よく背筋を伸ばし、目線を前に向けた。

オレは目を細める。

彼女の喉元。

白く輝く曲線。

視線を少し上にあげる。

くっきりとした二重の瞼は綺麗な影を作っている。

長い睫毛は綺麗に反り返っている。

汚れとは対極にあると思えるほど澄んだ瞳はやわらかい黒色を描いていた。

視線を外す。

オレの一つ上に書いてある名前は――


一位 夕浜 (ゆうはましずく)


「……彼女また一位取ったんだね」


声を潜めて衣川が言った。成績表の自分の得点を見た。七教科七百満点中六七二点。平均九六点。今回は自分でも実力以上が出たと思う。最低は国語の九〇点。最高は数学の百点。

だが。夕浜は総合六九六点。なんと平均九九点。しかも落としているのは数学の四点で後は驚異のオール百点。点数のインフレだ。


「夕浜さん不思議な人だよね」


「ああ、何というか近づきがたい」


再び夕浜の方を見た。彼女は周りではしゃぐ生徒を気にも留めずただただじっとしていた。

微動せず、ひっそりと。

何というか急流の川に佇む石を連想させる。円状の境界線があるように夕浜とその周りとでは静と動で分かれている。

オレはその様子を見ながら頭の中でカタカタとモノクロの映像を再生した。

夕浜滴。

その名を知ったのは高校一年の中間テストのことだった。

オレは自分で言うのもなんだが毎日暇だ。

部活もやっていないし趣味もない。もちろん隠された異能力もなければ面白爆笑一発芸もない。そんな地味男である自分がいつも家に帰って何をするか。

お分かりいただけるだろうか。

答えは勉強だ。

人間本当にやることがないとつい勉強してしまうモノなのだ。

気づくといつも勉強ばかりしていた。

家に帰ったら手を洗い、おやつをハフハフ貪り食べて、自室に入り、勉強。こんな感じである。決して勉強が好きというわけではない。ただ本当に小学校のころから放課後は暇で暇でしかたがなかったのだ。

そんなに暇なら何かスポーツでもやれば良かったじゃないかと言われそうだが、残念ながらその選択肢はすでに実行していた。しかし水泳、サッカーなど様々なスポーツクラブに参加したが結果は惨敗。一向に上達することなく、周りともあまりなじめずに脱退。母には大変申し訳ないと思っている。

よって残された選択肢は勉強しかなかった。

空いた時間は、同学年の仲間が部活で汗水を垂らしているのに自分は何をしているのだろうかと言う、罪悪感に苛まされながら過ごす。夕方近くになると、妙に物悲しい気分になるのだ。その悲しい気持ちを払拭するために逃避的にペンを走らせていたこともある。

勉強するのがある種ステイタスになっていたのもしれない。結果、いつもテストでは一位を取っていた。そう。小学中学と学校のテストの総合点数で負けた記憶はなかった。

が、高校一年の一学期中間テスト一週間後某日オレの記録は破られた。

今とあまり変わらないが、青臭い高校一年の六月、初めての中間テストが終わった後の事。成績表を受け取った時である。

慢心と傲慢の心があったかもしれないがその時も一位をとれると思っていた。だが叶わなかった。驚くオレをよそに一つ上に君臨する名前。

――夕浜滴。

その名は高校一年の間ずっとオレの頭の上に鎮座していた。

高一のころは名前しか知らなかった。テストの成績表が返されるたびに嫌でも名が目に入っていた。その都度オレは夕浜滴という少女がどのような容姿をしているか想像していた。

眼鏡の委員長? それとも意外におっとり天然系か? と勝手にイメージを膨らませていた。

だが今年二年に進級し夕浜と一緒のクラスになった。

そこでオレは驚いた、夕浜の容姿と雰囲気に。

オレは一度話しかけてみようと思っていた。

頭の中の夕浜滴はおっちょこちょいだが女子力――余談だが個人的に女子力とは萌え力だと考えている――が高くクラスをまとめ上げる委員長。と想像していた。

高一のころに一目見ておけば妄想する必要もなかったが、オレは社会的コミニュケーション能力がないのでそこは触れないでほしい。

まあともかく、高二の初日、クラスに入り夕浜を一目見てそれができなかった。

まず彼女のベタな言い回しになるが美貌に圧倒された。

鼻筋は通っていてくっきりとした目元。薄く伸びた輪郭と広めの額はおかしなくらい整っていた。細身の体躯は洗練された刀を連想させる。と同時に精巧緻密な時計仕掛け、振れたら崩れる氷像のような脆さも感じられた。

正直ここまで――俗に表現するかわいいだけでなく――綺麗な女子は初めて見た。

だがそれよりも何よりも彼女の人を寄せ付けないオーラ。

オレの地味さとは異質なものを感じ取ったのだ。

席に静かに座る夕浜はまるでそこだけハサミで切りとり、再び貼り付けたような違和感、異質さを感じた。

なぜ? と言われてもなんとなくとしか言いようがない。無口であることが一端を担っている気もする。

事実彼女は学校で噂になっているようだ。変わった女生徒がいる。見た目はものすごい美少女。だがその雰囲気は近寄りがたい。さらに学業成績は学年トップと。この学校では一目置かれた存在として名が通っていたようだ。さらに担任も指名しにくいのか声を聞いた人は誰もいないとかなんとか。


「オレあいつに勝てる気しない」


「夕浜さんは少し変わってる人だからね。君が学年で二番の成績をとったって聞いたときは吃驚したけど彼女をみて僕は納得したよ」


衣川は再び顔に微笑を作った。


「君はそれでも充分すごいと思うけどね」


ふと、夕浜がこちらを見た気がした。しかし視線を向けると気のせいだったのか夕浜はさっきと変わらず前を向いていた。

クラスの喧騒のなか彼女が座るところだけ静かだった。


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