第7話
「(神なんていない……)」
そう心の中でレイスは呟く。
仲間はレイスのことを寡黙な少年だと思っている。それはある意味では間違っていない。
だが、それは真実でもない。
レイスは内心を言葉にすることがあまり得意ではない。嫌、得意ではなくなったと言うべきかもしれない。
そんなレイスだからこそ、実は人一番思考するし、言いたいこともある。
「うるせェな! テメェ、しまいにはぶっ殺すぞッ!」
レイスを思考の海から引き戻したのは一際大きいアイシャの叫び声だった。
レイスとアイシャ・マカロメル、それにファルシール・イルザリアはサイウスを挟んで王都エルメールと反対に位置する町シシリスにいた。ちなみに『クルエル』のアジトのある町でもある。
一般市民御用達の区画ではファルシールの髪はあまりに目立ち過ぎるという理由から、今はシンシアの魔術で少し金髪が鈍い色になっている。しかし、それでも貴族に見えることに変わりはない。
その証拠に、ファルシールを見た幾人かが驚きの視線を向ける。
「まぁまぁ、そのお召し物もよく似合っておいでですよ。やっぱり女の子は可愛い服が一番、そう思いませんか?」
「思わねェよ! 何なんだよ、このフリフリはよ!」
自分の体、純白のワンピースのスカート部分にある装飾を指さし、アイシャが怒鳴る。
小柄な体と赤い髪に、その純白のワンピースはよく似合い、さながら夢物語に出てくるお姫様のようだった。
その証拠に、道行く男達が一瞥し、はたまた立ち止って凝視する者までいる始末である。
「そ、そのフリフリがチャームポイントなんです」
「チャームポイントォ」
「はい! 中々に見事なバランスですよ。多すぎず、かといって少なすぎません。匠の技を感じさせます」
「させねェだろ!」
「次はこの服なんてどうですか? その服はもう買っちゃいましょう!」
「テメェの服を買いに来たんだろうが! ちゃんとテメェの服を買いやがれッ!」
慣れぬことでいい加減イラつきがピークなのだろう、平時よりも三割増しに口調を悪化させたアイシャが言う。
それに、一体何度この会話が繰り返されたのだろうか。
一触即発という雰囲気だった昨日に比べ、幾分か落ち着きを取り戻したアイシャを連れ、レイスとファルシールは護衛期間に必要な衣服を買いに来ていた。それというのもファルシールはその高過ぎる身分のためか、貴族でも上位の者しか着ることが出来ないような最高級のものしか持ち合わせが無かったためである。
しかし、当初の予定とは違い、買い物は難航していた。
もうこれで回った店の数は十を超え、買った衣服とオマケとばかりに買い足した装飾品でレイスは正面からではその体を視認することさえ難しい。
動けず彫像と化したレイスを壁際で待たせ、女性の二人はまだ衣服を選んでいる。
「私の買い物に付き合って頂いたお礼にアイシャ様にもお召し物をと思いまして」
「んなこたァいいんだよ! テメェが選べばそれで終わるんだよ。察しろよ!」
「もはや一着増えるのも二着増えるのも変わらないように思いますけど……」
レイスの方をチラリと見やり、ファルシールは言う。彼女はさらに『それ
から』と前置きし、頬をリスのように膨らませながら言った。
「私のことはファルシールとお呼びくださいと先程申したではありませんか。テメェではなくファルシールです!」
「い、いいじゃねェかよ」
珍しく歯切れ悪くアイシャは返す。
アイシャは先程までの勢いが嘘のように二、三歩後退した。
「良くはありません。名前は一番初めに貰う祝福なのです。家族がその子の幸せやこれからの在り方を祈り、そうあるようにと願い、思考に思考を重ね名前を付けるのです。これを祝福と呼ばずになんと呼ぶのです!」
「す、すまねェ……」
「解ればいいのですよ。さぁ!」
目を期待に輝かせファルシールは言う。
「さぁ! さぁ! さぁ!」
「ファ、ファルシール……」
「アイシャ様!」
感極まったようにファルシールはアイシャに抱きついた。
それと同時にいつのまにか出来ていた見物客たちからそれを祝う拍手が、まるで劇の終焉のように巻き起こった。
「コイツを止めてくれよ! レイス!」
魂の悲鳴がアイシャから響いた。
捨てられた子犬のように縋る目をレイスに向け、それを追うように観衆たちの視線も移動する。
この場を一体どう収めるのか、興味津々と見つめる視線にレイスは呆れのため息を長く、深く吐いた。
レイスは体を覆い隠すようにいっぱいの荷物を強調するように揺さぶりながら、
「ファルシール……いい加減にしろ。これ以上買ってどうする気だ」
その衣服の数は一般的な人物なら数年をそれで過ごせるような数だ。
改めて見直すとその数の多さは際立ちを見せた。
「はい……、わかりました……です」
それを見て現状を理解したらしいファルシールがまだ次の衣服に未練がましい視線を送りながらも賛同を示した。
「さすがに目立ちすぎたな。どこかで昼食にしよう」
少女二人から反対意見は挙がらなかった。